おじいさんの時計。
東京の、きんと冷えた冬の朝に、男は目を覚まします。
最近はいつもこんな調子です。
眠りは浅く、朝とはいえど、未だ夜も明けておりません。
空気はことさらに冷え、乾き、まるで雪でも降ったようにしんと静まり返っておりました。
衰えた膝を、痛む腰を庇うように、男は洋箪笥に掴まって立ち上がります。
男は、至極真っ当に歳を重ねた、何の変哲もない老人でありました。
還暦はとうに超えて、今は喜寿の祝いを待つばかり。髪は黒と白のまだら、たるんだ皮膚には赤と青の筋が浮かび、袖口から覗く手首は枯れ枝のよう。
皺に埋もれた小さな瞳は片側が白く濁り、歯は何本も抜け落ちて、食事も上手く飲み込めません。
人はみな、そのように年老いていくものです。意識が身体の衰えに追い付いた途端、衰えは進み、昨日までは可能であったことが今日にはできなくなっているのです。
仕事を引退し、妻も失くしてから、男は小さな一軒家に一人、細々と暮らしておりました。
取り立てて不幸という訳ではありませんけれど、胸を張れるほど幸せでもありません。
自分はまだ、何事も成し得ていないのではないか。そんな胸騒ぎが、ずっとそこにあるのです。
特別やりたいことがある訳でもなく、ただひたすらに無為な焦燥感が男を苛んでおりました。
起きてまずやること。男にとってそれは、腕時計を手首に巻くことでした。
古い古い、骨董と言って差し支えもないような腕時計。真鍮製の本体はもはや磨いても光沢を取り戻すことはなく、ベルトやガラス板は傷だらけで、目を凝らさなければ文字盤を読むことも叶いません。
竜頭を引いてゼンマイを巻かねばすぐに動かなくなるような、男と同じくらいに古びた時計です。
幾度となく修理を重ね、もはや取り換えていないパーツを数える方が早いくらい。古いからといって値打ちがあるわけでもなく、けれど男の人生にずっと寄り添ってきた大事な時計。
緩んだゼンマイを巻き直し、時計のガラス板をこつこつと二度叩いたあと、男はお湯を沸かすために台所へと向かいました。
凍り付くように冷たい畳の上をえっちらおっちら歩いてゆき、板間に降りて。
途端、心臓を握りつぶされたような痛みが、男の胸に訪れました。
とっさに押さえても痛みは治まらず、立っていることも出来なくなって、男はその場に崩れ落ちます。
手を突くことも、顔を庇うこともままなりません。
腕に巻いた時計が、板間の床に打ち付けられて、浅い傷跡を残しました。
全身をしこたま打ち付けて、痛みもあるはずなのに、ただただ衝撃だけが男の脳を揺らします。
肺は酸素を求めて喘ぐばかり。身体だって、いうことを聞きません。心臓の痛みがあまりにも酷すぎて、他の箇所の痛みなど、何もわからなくなっていたのです。
もがき苦しむことすら上手くできず、男は思いました。
ああ、もう死んでしまうのか。
男の心臓、年を経て固くなった心筋の表面に、細く鋭い死の指先が食い込みます。
つまらない人生だった。もっと何か、やるべきことがあったんじゃないか。
後悔が頭をよぎり、枯れ果てた涙腺には涙が滲みます。
その目もやがて見えなくなり、意識は激痛に苛まれて――
ふいに、先日抱き上げた初孫の姿を、男は見ました。
いいえ、姿だけではありません。赤ん坊のふやふやした手触り。子ども特有の匂いに、声、色素の薄い瞳の奥にきらめくわずかな光すら、確かめることが出来るのです。
これが走馬灯というものか。そう考えたときにはもう、胸に抱いた孫娘の感触は消え去って、次の情景が男の脳裏に浮かびました。
妻が亡くなる直前、病室のベッドに伏せり、体中を管で繋がれた姿。
乾き、皺だらけになった手指の感触と、声。
病にあえぐ弱弱しい呼吸のゆらぎと共に、妻の言葉は男の耳へ届きます。
あなたは、孫の顔を見てからこちらに来て下さいね。
おはなしを、楽しみにしていますから。
それが、亡き妻と交わした最後の会話だったのです。
亡き妻の約束はちゃんと守れていた。そんなことを今更に、男は思い出します。
男の人生を彩ってきた数々の出来事が、次々と目の前に訪れては行き過ぎていくのです。
同居を願う娘夫婦に、若い者の暮らしを邪魔したくないと断ったある日のこと。
本当は、妻と娘、三人で暮らした我が家が離れがたく、ただそれだけだったのです。遠方へと嫁に行った娘がもしも帰ってきてくれるのであれば、男は諸手を挙げて歓迎したに違いありません。
時代というものでしょうか、娘の結婚式は随分ささやかでしたけれど、白無垢に身を包んだ娘の姿はとてもきれいで、若いころの、美しかった妻の面影を垣間見ました。
娘の成人式や、大学の入学祝い、高校に入ったばかりの頃は制服もぶかぶかです。ああ、大人になってしまったのだなぁと、男はそう感慨にふけりました。
幼いころはよく膝に乗ってきて、その背中がことさらに温かく、時折こちらをうかがうように振り返るその目元が、母親にそっくりでした。
妻とはそりゃあもう喧嘩だってしましたけれど、結婚式の当日には吐きそうなくらいに緊張して、慣れぬタキシードに首を絞められながら、この人を幸せにするのだと、男は決意したのです。
プロポーズしたのは夜の埠頭で、もう少しいい場所はなかったのかと文句を言われました。けれど、お見合いをしたあの日、砂浜を歩いて話した時の記憶がとても印象深かったのです。言い訳じみた男の言葉を聞いて、妻は、指輪をはめてくれました。
初めての恋人や、学校で出来た数々の友人。未だ付き合いがある者は数少なく、それでも、男が覚えている限り、友人はきっと友人のままなのでしょう。
最後に――思い浮かんだのは、とうに亡くなったはずの父の姿でした。
男がまだ、子どもの頃。父親の腕に巻かれていた時計を、ねだったことがあります。
母さんには内緒だ、もう古いものだから大事にしなさいと、そう言いながら父は、男の腕にぶかぶかの時計を巻いてくれました。
なんだ。
忘れていただけで、私は随分、幸せだったのじゃないか。
いつの間にか、心身を苛む激痛は過ぎ去ってしまいました。
心臓も止まっておりましたから、あとはもう、目を閉じるだけです。
はーっ。
はーっ。
はーっ。
最後の息を吐き出して、目蓋を落とし、男はもう、目を覚ますことはありません。
東京の、きんと冷えた朝のことでありました。
男の遺体が見つけられたのは、三日後のこと。
電話に出ない父を心配し、娘が通報したのです。
冬の寒さのおかげか、遺体の痛みは少なく、仕事を放り出して駆けつけた娘夫婦と孫娘は、ちゃんと表情を確かめることが出来ました。
男は安らかに、笑っていたのです。
大事にしていた腕時計は壊れていましたから、娘は、おじいちゃんの形見だよと言って孫の手首に巻いてやりました。
ですから、誰も気づくことはありません。
古い古い、骨董と言って差し支えもないような腕時計。真鍮製の本体はもはや磨いても光沢を取り戻すことはなく、ベルトやガラス板は傷だらけで、目を凝らさなければ文字盤を読むことも叶いません。
竜頭を引いてゼンマイを巻かねばすぐに動かなくなるような、男と同じくらいに古びた時計です。
故障の原因は、そのゼンマイが切れてしまっていたからでした。
ちょうど、誰かが無理やり逆回しにゼンマイを巻いたような、そんな千切れ方です。
どれほど腕の良い職人であろうと、決して直すことはできないでしょう。ゼンマイを新品に取り換えたって、時計の針が動くことはありません。
男が亡くなったので、腕時計もまた、その命を終えたのです。