第66話『Q.反射神経は良いですか?』
夏休み最終日、俺は学校に向かっていた。特にやることもなかったと言うのが最大の理由だが、学校なら誰かに会えるのではないかと考えたのだ。
校門をくぐり教室へと向かう。
「――誰もいないか」
教室は静かなものだった。差し込む光はまだ窓ぎわしか照らしていない。木製の机が光を浴びてほのかな空間を作り出している。俺は窓ぎわの椅子に座ると、頬杖をして物思いにふけることとした。
「――誰も来ないなぁ」
暖かな日の光はぽかぽかと教室を温めれば、次第に俺の瞼は落ちていった。うとうとと首をゆらつかせながら少しずつ時間は過ぎていく。昨日までの活力の失せた退屈な時間ではなく、ゆったりとしたのどかな時間。頰が手からずり落ち机におでこをぶつける。ゴンッと言う音とともに俺のおでこにはヒリヒリとした痛みが感じられていた。
「いてて……」
俺は打ち付けたおでこを右手でこする。そして窓の外を眺めながらもう一度頬杖をした。
「とおる?」
透き通った優しい声が教室の入り口から聞こえてくる。自分以外の存在に気づいた俺はハッと目が覚め、しかしゆっくりと頬杖のまま声のする方を見た。そこにはユナの姿があった。
「どうしてこんなところにいるの?」
そう言いながらユナは教室の中へと入ってくる。キューンと言う扉喉知る音が鳴り止む頃にはユナは俺のすぐそばまで来ていた。
「おはようユナ。そっちこそなんで学校にいるの? 学校は明日からだよ」
「とおるじゃないんだからそんなこと知ってるわよ」
いや今それ言ったのがまさにそのとおるなんですがね? ユナの中で俺はどんな扱いなのだろうか……。
ユナは心なしか少し頰が赤くなっている気がする。確かにこんだけあったかい空間にいると体温も上がるよな。俺もちょうどさっきその暖かさにやられてうとうと寝ちまってたところだ。
ユナは目をそらしながら小さな声で続けた。
「今日学校に来たら会えるかなって……」
「え? なんて?」
「だから、トールなら間違えて今日学校にいるんじゃないかと思って来てみたのよ!」
それは俺に会いに来たと捉えてしまってもおかしくない言い方だが良いんだろうか……。まあそれならそれで嬉しいからいいんだけどさ。多分バカにしてやろうとしてるんだと思うんだよ。仕方ない。この心優しいとおる様がその言い回しに乗ってあげよう。
「いや〜そうなんだよ。今日からユナに会えると思って来てみたら休みでさ、しょげてたところだったんだよ。したっけユナから来てくれたなんて俺嬉しいなぁ」
右手の頬杖を左手に置き換えながら俺はそう返した。ニッと笑う俺の顔をユナは見てはくれない。頰はリンゴみたいに真っ赤になっていた。
「じゃ、じゃあ」
「ん?」
ユナが口をゴモゴモさせながら何か言いたそうにしている。俺は頬杖を辞め背もたれに寄りかかりながら聞き返した。妙に緊張した空気が流れ、なんだか音を立ててはいけない気がした。
「きょ、今日のお祭り……一緒に行かない?」
「喜んで! ……ってお祭り?」
一緒にと言う言葉に俺の研ぎ澄まされた全神経が反応し、即答という形で行動を起こした。ユナと一緒ならなんでもやりますぜ。タバコと麻薬以外はね。犯罪は良くないから。しかし、お祭りか。この世界にもお祭りはあるんだな。なんの祭りなんだろうか?
「ソオラムでは夏の終わりに収穫祭をやるのよ」
ほえ〜。夏に収穫祭ですか。まあ地球とは色々違うし、そんな物なんだろう。浴衣とかないのかな? そんな御都合主義さすがにないか。
「どこでやるの?」
「ギルドの前の大通りよ。そう言えばとおる冒険者なのに準備とか見てなかったの?」
「あー今日の朝まで眠り姫だったからさ」
「なんで姫なの? そんなんじゃ休み明けにある剣舞祭で痛い目見るわよ?」
ちきしょう、ことごとく俺のネタが通用しない。ネタというほどのものではないが、チクチク突っ込まれるのが痛いぜよ。
ってか休み明けに剣舞祭があるのか。まあ多分学校祭みたいなものだろう。なんか楽しそうだな。ユナってそういうのやたらと詳しいよね。まさかのイケイケ系女子?
「これには色々と深い事情がありまして」
「ま、そういうことにしといてあげるわ」
そう言ってユナは教室の扉の方へと歩き出した。そして振り返りながら「さ、いきましょ」と笑顔で言うのだ。振り返る時にふわっと舞ったスカートがユナの可愛さを引き立たせている。俺の視線はユナから離れようとしない。
うとうと寝かけたせいで少し重くなった腰を持ち上げると、俺は楽しげに歩くユナの背中を追って大通りで行われている収穫祭へと向かい歩き出した。
とおるA「鼻に止まった蚊に刺されるくらいには良いと言っておこうか」





