第32話『Q.魔物さん○○! 空欄に何を入れますか?』
「おい、なんで魔物がこんなところにいるんだよ」
「知らないわよ。いいから逃げましょ」
周りの野次馬たちが慌てた様子でその場を後にしていく。
そこに現れたのはシャドウウルフと呼ばれる王都近辺の森に出没する魔物だった。特徴的な四つの目が鋭く周りを威嚇している。
この場で冷静なのは俺たちだけのようだ。否、俺を除いたほか三名だけのようだ。俺は怖すぎて足が震えてます。
「いやぁ、なんかすごいのが飛んで来たねぇ」
「呑気なこと言ってる場合?」
「これ私たちで倒せるのかなぁ……」
え?なんですかみなさん。これ倒す気ですか?この前の授業聞いてましたか?
魔物とは動物が魔素を大量に摂取しすぎたせいで暴走した形だ。当然魔力の貯蔵量は一般人の何倍もあるし、元が動物なだけあり人間など日にならないほどの身体能力を持っている。授業でも俺たちはまだスライムを倒すのが関の山だと言っていた。
俺の心の声になど気づく様子もない三人は互いに視線を交わし合うと、旋回してシャドウウルフを攻撃し始めた。
あぁそっか。コイツら二つ名持ちだったな。普通じゃないんだったな。
しかし、現実はそんなに甘いものではなかった。
小さな悲鳴とともにユナがこちらへ吹き飛ばされる。俺は慌てて受け止める体制をとると、しっかりと腕の中でユナを捉えた。
「あ、ありがとう……」
可愛い。でも照れてる場合じゃないと思うんだけどな。
今の衝撃で一つ思い出したことがあった。シャドウウルフ。そうだシャドウウルフだ。俺たちは授業でコイツについて少しだけ学んでいた。
『いいですか? シャドウウルフとはこの近辺ではかなり高レベルな魔物です。国家騎士が三人がかりでようやく倒せるほどです。今の貴方たちに敵う相手ではありません。もし遭遇しても消して戦ってはなりませんよ――』
先生は俺たちにそう言っていた。国家騎士が三人がかりって……勝てるわけないじゃないか。
そんな事を考えていると、ユナは再び魔物へと立ち向かっていく。
どうして、どうしてみんなそんなに必死なんだ。俺は足がすくんで動けないのに……。
目の前では身体を自身の影へと沈め、影を伝ってテューたちを追い詰めている光景があるばかりだ。俺をボコボコにしたテューも、嵐のような剣撃を放つティナも、一体の魔物によって蹴散らされている。恐ろしい。初めて見る魔物はこんなにも恐ろしいものだった。
「先生も言ってただろ?無茶だ。ここは一旦引いて――」
「ここで俺たちが引いたら、町の人たちに被害が出るだろ!」
「でも、だからって――」
言葉は言い切ることができなかった。シャドウウルフは影を伝いユナの目の前で再び姿を見せると、ロケットのように影から飛び出しユナヘと体当たりを仕掛けている。不意打ちだったせいでユナも反応しきれていない。体制を崩し目を瞑るユナを見て、気付けば俺の体は動いていた。
「あぁもう分かったよ。騎士団が駆けつけてくれるまでだぞ」
ユナの背後から飛び出しシャドウウルフの突進をタックルする形で受け止めると、俺は皆んなへと声を掛ける。
俺のメインヒロインが戦ってるのに後ろでいつまでもうじうじしてられないしね。
「さすが俺の相棒だ」
こういう時だけは調子がいい奴だ。あとで飯奢らせてやる。だから――。
「死ぬんじゃねぇぞ!!」
「お前がな」
今俺たちはシャドウウルフを中心に四方から囲んでいる。影に沈んだ状態で顔だけ出してこちらを警戒しているシャドウウルフだが、どうやら自身の影の形を操れるようで地面に映る黒い水たまりのような影がウニョウニョと動いている。
さて、武器もないこの状況でどうやって騎士が来るまで持ちこたえようか……。
俺が対策を考えているとシャドウウルフの影が伸び、それに合わせて勢いよく伸ばした影の方向へと飛び出す。
狙いは――。
「はあっ! グッ……」
ティナがその強烈な突進を両手を揃え下へとたたき落とすことによって受け止めようとしたが、桁違いに重い攻撃に数メートル先へと押し飛ばされてしまった。
あれほんと痛いんだよね。俺の方も今頃腫れ上がってるよ。
でも今ので一つ分かったことがあった。あの影はどうやらゴムのような性質を持っているようだ。飛んでいく際、影の形が見覚えのある動きをしていた。あれは輪ゴムを飛ばす時に似ている。
だとするとあまり距離を取りすぎると性能をフルに活かされてしまうな。ちょっとリスキーだが試して見るか。
「皆んな、もっと距離を詰めるんだ!」
「トール? そんなことしたらあの突進に対処できないんじゃ――」
「あの攻撃は離れているほど威力が上がる!大丈夫。俺を信じて!」
俺の提案にユナは不安そうに返したが、俺が自信ありげに答えたためすぐに折れてくれた。俺たちはもう一度確かめ合うように視線を交わすと、旋回しながら徐々に距離を詰めていった。
結果は大成功。シャドウウルフの攻撃は威力を弱め、俺たちの力でもなんとか対処できるようになっていた。この調子なら持ちこたえられるかも。そう思った次の瞬間だった。
シャドウウルフはその身体を地面の深くまで潜らせ始めた。徐々に小さくなっていく影。一瞬逃げていったのかと思ったが、魔物といいのはそんなに甘いものではない。
俺が違和感に気付いた時には、すでに手遅れだった。
シャドウウルフは逃げたのではない。身体を深く深くまで沈めることで縦にゴムの力を伝えていたのだ。
「いったか?」
「テュー離れろ! それは――」
目の前を黒い影が音速を超えて飛んでいく。その先を見れば爆音とともに建物に打ち付けられるテューの姿があった。
シャドウウルフはようやく捉えたと言わんばかりに遠吠えをすると、テューの上でマウントポジションを取ると鋭い牙が付いた口を大きく開け、テューの肩へと噛み付こうとしている。テューは身体を打ち付けられた衝撃で気を失っていた。
「やめろぉ!!」
俺たちは焦りながらも、それでも最速でシャドウウルフへと突進する。しかしそれはシャドウウルフの体から出る霧のようなものによって防がれ逆に吹き飛ばされてしまった。
攻撃のバリエーションが多すぎる。これが、高レベルの魔物か。
誰もテューが食いちぎられるのを止めることができなかった。俺たちに出来たのは叫ぶことだけ。絶望感が心臓を握りつぶそうとしているようだった。
大きく開けられた口はもうテューの肩をすぐそこに捉えている。誰もが恐怖に目をつぶったその時、先ほどまで高らかに挙げられていた遠吠えと同じ声が聞こえてきた。しかしそれは遠吠えなどではない。まぎれもない悲鳴だった。
目を開けると――そこには王国の紋章が刻まれた銀の鎧をまとった騎士の姿があった。
とおるA「魔物さん魔力分けて下さい! m(__)m土下座」
魔物さん「――?! この人魔物にするには大陸一つ分の魔力が必要になりそう……」





