第10話『Q.あなたにとってバイバイキンとは?』
え? え? なに? どうなってんの?
あれは十分ほど前のこと。俺は運のいいことにクラスが同じで、しかも最初に話したというのもあって、ユナとはすんなり友達になれた。しかしそこから着替えを覗き見してしまったせいで印象ばガタ落ち。帰りにちゃんと謝って別れたつもりだったのだけれど、何故かその直後に急に呼び出されて、今に至る。
そう。今俺は、学校から少し離れた路地でユナ・カストレアさんと二人きりで向かいあっている。
そう言えばここ前にも来た気がするな……街の雰囲気はどこも似ているから気のせいかもしれないけど、この路地はなんか来たことある気がする。
「あの、それで今度はなんでしょうか?」
恐る恐る要件を聞こうと試みる。すると、ユナは俯いたまま小さな声で答え始めた。
「さっき」
「ん? さっき?」
「さっき言った言葉……バイバイキン!」
「バイバイ……キンがどうかされましたか?」
一体彼女は何を言っているんだ。こんな真面目にバイバイキンを言う人は初めて見た。とっさに聞き返してしまったが、大丈夫だろうか。
「それってどこかで流行ってる言葉なの?」
もしかして、世間知らずのバカみたいなこと聞いているのかもしれないと思っているのだろうか。ユナはものすごく自信なさげにそれを聞いて来た。大丈夫だ。バカみたいなのは俺の方だから。
「いや、これは……全世界どこを探しても言っているのは俺だけだろう」
若干返すのに困った俺は、この際だ、落ちるとこまで落ちてやれ! と思い、引かれるのを覚悟で自虐ネタに持ってった。つもりだった。
「そう……じゃああなたが……」
「えっと……どうしましたか?」
ボソボソと独り言を喋るユナに俺は質問するが反応がない。本当にどうしたと言うんだ。俺は未だ、両手を後ろに組んでキチッと気をつけをしたままだ。
そろそろ楽にしていいかな?
「なんでもないわ。ちなみにここに来たことはある?」
「んー。まだ王都には来たばかりだからよく覚えてないけど、多分来たことある……ような気がしないでもない?」
なんで俺がここに来たことあるってわかったんだろう。俺だって曖昧なのに……は! まさか、エスパー? これが魔法か! でも詠唱なかったよな……。
「もういいわ、また明日。……これからよろしくね。……バイバイキン」
「おう……バイバイキン……?」
ユナは何かに納得したように一人頷くと、恥ずかしそうにそう言って帰って行った。
……これからよろしくね? バイバイキン? 嫌われたはずなのだが……どーなってるんだ? なんで俺の真似してそんなこと言う必要がある? ってかこのパロディネタいつまで使うんだ? 分からないことだらけだ。うん。帰ろう。
俺は頭にクエスチョンマークを十個ほど乗せて宿へと戻るのだった。
「ーーで? 帰り道はどっち?」
戻るのだった。一時間かけて。最短十五分のところをね。
■■■
「ただいま戻りましたぁぁ……バタ」
「おかえりなさい。随分遅かったですね。何かあったんですか?」
宿に戻ると、賺さずソファーの様な椅子に工夫を施したオルロッツ家特製の……あーもうめんどくさい! ソファーでいいよ。異世界ソファー! これからはそう呼ぶ。その異世界ソファーにバタンと倒れた。それを見たエリシアさんは、いつものように、にこやかに話しかけてくれる。
「ごごぁぢがべびだんべずげも、ぶおぶおばっでびらばげぶっで……」
ソファーにうつ伏せに倒れているため、口がふさがっていて何をしゃべっているのか分からない。
「そうだったんですね。でもまだ初日ですし、これから挽回して行けば大丈夫ですよ!」
いや分かったんかい! すごいな。ちなみに、友達ができたんですけど、色々あって嫌われちゃって……って言ったんだよ! みんな、分かったかな?
「頑張ります。あ、あと三十秒現実逃避したら着替えて来ます」
「ゆっくり休んでからでも大丈夫ですよ」
顔を左にくいっとひねり、死んだ目で顎だけ動かして話す俺に対し、エリシアさんはほうきでロビーの掃除をしながら優しく答えた。
着替えると言うのは、汚れてもいい服装に、ここのエプロンをつけてくるという事。つまり、俺はここに泊めてもらう代わりにタダ働きをする事にしたのだ。これで学費は将来ギルドに返し、最初の十数日分の宿代を返せば俺の借金は無くなることになる。
俺は着替えを済ませ、せっせこと働き始めるのだったーー。
とおるA.「再び会うための、合言葉……ですかね」