8.好きな人
秀君の気遣いに感謝しながらカフェで休憩した後、私達はグッズショップを見に行った。お父さん達や、香奈ちゃん達へのお土産を買う為だ。
「あ、これ可愛いなー」
アクセサリーや小物に目移りしながら、お土産を選ぶ。色々迷ったけれども、結局クッキーやチョコレート等のお菓子の詰め合わせを買う事にした。可愛いキャラクターが描かれた缶の中に入れられているので、これならお菓子を食べ終わった後も、空いた缶を小物入れとして使えそうだ。
キャラクターのマグカップなんかも可愛くて良いかな、と思ったけれど、強面のお父さんが使っている所を想像したら、あまりにも似合わなくて笑いそうになってしまったので止めておいた。お父さんごめん。
可愛いお店がいっぱいあったし、グッズの種類も豊富だったので、選ぶのが楽しくて、買い物を終える事には、もう夕日が沈み始めていた。今更ながら、秀君を長々と付き合わせてしまっていた事に気付く。
「秀君、ごめんね。ずっと付き合わせちゃって」
「ううん、お蔭で俺もお土産を買えたから、良かったよ」
そう言って、秀君は手に持っていた紙袋を掲げた。どうやら私と同じお菓子の詰め合わせを買ったらしい。
何時の間に買っていたんだろう。私ったら、選ぶのに夢中になっていて気付かなかった。
「優ちゃん、これ良かったら貰ってくれないかな?」
秀君が紙袋から小さな紙包みを取り出して、私に差し出してきた。何だろう?
「開けても良い?」
断りを入れて開封すると、中身は私がさっき見惚れていた、好きなキャラクターのキーホルダーだった。
「良かったら、今日の記念にって思って」
「えっ、本当に貰っても良いの!?」
「受け取ってくれたら、嬉しいんだけど」
「ありがとう……!! 嬉しい! 大切にするね!!」
どうしよう!! 凄く嬉しい!!
手の中のキーホルダーを見つめながら、顔がだらしなく緩むのを抑えられなかった。
秀君って本当に良い人だな。カフェでの休憩を提案してくれた事と言い、このキーホルダーと言い。私の事を良く見てくれているのかな? と思うと、何だか自惚れた勘違いをしそうになってしまう。
「良いなぁ、何だか初々しいね。付き合いたてのカップルかな?」
少し離れた所で、仲が良さそうに手を繋いでいる、二十代前半くらいのカップルと思われる男女の、女性の方が口にした言葉が聞こえてしまった。
い、いえ違います!! 私達付き合ってもないです!! 今日初めて名前を知ったくらいですから!!
内心でそう叫びながら、真っ赤になってしまっていると、暫くして、秀君が恐る恐る口を開いた。
「あ……あのさ、優ちゃんって……」
「え……?」
「今、好きな人って、いる?」
え?
真っ直ぐに私を見てくる秀君に、思わず目を見開いて固まってしまった。秀君の顔が赤く見えるのは、夕日のせいだろうか?
え? って言うか、好きな人って、え?
「あれ、秀と優ちゃんもここにいたんだ」
その声に振り返ると、お姉ちゃんと誠さんが近付いて来ていた。
「どうだった? 優。しっかり絶叫系、楽しんで来れた?」
「う、うん! 秀君のお蔭で、凄く楽しかったよ!」
「秀が役に立ったのなら良かったよ。今唯ちゃんと、そろそろ二人と合流して、夕飯でも食べに行こうかって話していた所だったんだけど、どう?」
「あ、はい、行きます」
思わず答えてから秀君を振り返る。秀君は何事も無かったような顔をして、誠さんに頷いていた。
結局、そのまま四人で夕食を摂った後、帰る事になってしまったんだけど、あれってどういう意味だったんだろう……。
帰りの車の中でも、私はその真意が分からず、お姉ちゃんと誠さんの会話に適当に相槌を打ちながら、隣に座る秀君を、時折横目でちらちらと窺っていた。
***
あああ!! 折角勇気出して訊いたのに!!
肝心な所で誠君達に邪魔されてしまった俺は、出来るだけ平静を装いながらも、頭を抱えて叫び出したくなる衝動を抑えていた。
あーあ……。でも、返事を聞きたかったような、聞けなくてある意味良かったような……。
そしてその後、同じ事をもう一度尋ねる機会も無いまま、誠君の車で優ちゃん達をジュエルに送り届け、そのまま別れる羽目になってしまった。
まあ、例え機会があったとしても、俺がもう一度同じ勇気を出せたかどうかは怪しいので、咄嗟に連絡先だけでも交換出来ただけ良しとしなくては。
「今日はどうだったんだ? 秀」
優ちゃん達と別れた直後、運転席の誠君にニヤニヤしながら尋ねられた俺は、やっぱりきたか、と溜息をついた。
「お蔭様で、優ちゃんと大分仲良くなれた、とは思うよ」
「何だ、まだ告白していなかったのか?」
「その前に誠君達が来ちゃったからね」
強がってそう言ったものの、例えあのまま優ちゃんと良い雰囲気になっていたとしても、俺がそんな度胸を出せたかどうかは甚だ疑問だ。と言うか、高確率で無理だったと思うけど、そんな事はおくびにも出さない。
「さっさと告白してしまえよ。そんなんじゃ、何時まで経っても優ちゃんと付き合えないぞ」
「そんな事、言われなくても分かっているよ」
呆れながらも、何処か楽しそうにしている誠君を、ルームミラー越しに睨み付ける。
協力してくれるのは有り難いが、こうして揶揄われるのは御免だ。だけど、この状況は、まだもう少し継続してしまうのだろう。それが嫌なら、俺が一日も早く優ちゃんに告白するのが一番だ、と言う事は分かっているのだけれども。
次回、またジュエルに会いに行った時には、優ちゃんにもう一度、同じ事を訊く。そして出来れば、そのまま告白を……!
あ、いや、だけど、お店にいる時に告白してしまったら、流石に迷惑だよな? それに、お店だったらご両親も一緒にいるんじゃないか? ……ど、どうしよう。もしかして、今日が折角の千載一遇のチャンスだったのに、俺はみすみす逃してしまったんじゃ……!?
思い悩みつつ、ふと気付いたら、誠君がルームミラー越しに百面相している俺をニヤニヤしながら眺めていた。今は思い切り睨み付けるしか対抗手段を持たない自分が情けなかった。