4.バレてしまった
土曜日の昼過ぎ、少し緊張しながら、ジュエルのドアを開く。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは」
若干年上と思われる、ふわりとした髪をサイドで緩く一つに束ねた、少し垂れ目の癒し系美人が出迎えてくれた。挨拶を返しながら、俺は不安に駆られて店内を見回す。どうやら今日は、お目当てのあの子はいないようだ。カウンター席に案内されながら、俺は肩を落とす。
「ブレンドコーヒーお願いします」
「畏まりました」
注文を受けた女性の背中を見送りながら、俺は小さく溜息をついた。
ここ数ヶ月、週末にジュエルに通って分かってきた事だが、どうやらあの女性とあの子は交代でシフトに入っているようだ。今日は女性が出迎えてくれたので、嫌な予感はしていたが、やはり今日は、あの子には会えないのだろう。何とかしてあの子に話し掛けられないか、色々考えて来たが、また次回に持ち越しになってしまった。
……どちらにしろ、彼女を目の前にしたら、緊張して頭が真っ白になってしまうんだけれども。
運ばれて来たコーヒーに口を付け、飲み終わったら帰ろう、とぼんやり思っていると、カランカラン、とドアチャイムの音が鳴る。視線だけをドアに向けた俺は、そこに居た人物を見て、目を丸くした。
「誠さん! いらっしゃい」
「こんにちは、唯ちゃん。また来ちゃった」
先程の女性と笑顔で会話しながら、慣れた足取りで近付いて来るのは、黒の短髪、はっきりとした二重瞼で、スポーツで鍛えた体格の良い、男の俺から見ても完璧なイケメンの、従兄の西条誠君。
「あれ、秀? お前何でここにいるんだ?」
「それはこっちの台詞だよ。こんな所で誠君に会うなんて」
目を丸くする誠君の横で、サイドテールの女性が、戸惑ったように俺達の顔を交互に見遣る。
「あ、唯ちゃん。丁度良いから、紹介しておくね。俺の従弟の最上秀。秀、こちらは俺の彼女の高良唯ちゃんだ」
「高良唯です。どうぞ宜しく」
「あ……最上秀です。こちらこそ宜しくお願いします」
初々しく頬を染めながらも、にこりと微笑む女性。寝耳に水の出来事に驚いていた俺も、急いでいつもの皮を被り、微笑んで自己紹介した。俺の隣に座った誠君は、高良さんにブレンドコーヒーを注文する。
「あら、誠君、いらっしゃい」
カウンターの奥から、高良さんにそっくりの中年の女性が顔を出した。
「こんにちは。お邪魔しています、幸乃さん。今日は偶々ですけど、従弟も来ていまして。彼が、俺の従弟の最上秀です」
「あら、そうだったの! いつもありがとう。ゆっくりしていってね」
「あ、はい。いつもコーヒー、美味しく頂いています」
凄いな、誠君。ジュエルの従業員全員と仲が良いのかな?
誠君の流石の社交性に舌を巻きながら挨拶をする。幸乃さん、と呼ばれた女性は、にこりと笑うと、カウンターの奥に戻って行った。
「誠君、今の人、高良さんのお母さん?」
良く似ているからそうなんだろうな、と思いながらも、念の為に誠君に小声で確認する。今まではお二人を同時に見る機会が無かったから、全然気付かなかった。
「ああ。ここのカフェは、ご家族で経営されているんだ。カウンターの奥に、普段は滅多に顔を出さないマスターがいるんだけど、彼は唯ちゃんのお父さんだよ」
そ、そうだったのか……。ちっとも知らなかった。
あれ? って事は、ちょっと待て!?
「か、家族で経営って事は、あの子は? ほら、今日はいないけど、黒髪をポニーテールにしている、ちょっと吊り目の可愛い子!」
つい勢い込んで尋ねる俺に、誠君は若干引き気味にしながらも教えてくれた。
「優ちゃんの事か? 彼女は唯ちゃんの妹さんだよ」
優ちゃん!!
あの子の名前は、優ちゃんって言うのか……!! 高良優ちゃん。うん、凄く可愛い名前だ!!
予想外の事とは言え、漸くあの子の名前が分かって、俺は喜びを隠せなかった。取り敢えず落ち着こうと、コーヒーカップを持ち上げる。
「ははーん。秀、お前さては、優ちゃんの事好きなんだろ?」
「ブフォッ!?」
コーヒーを飲みかけたタイミングで、誠君がとんでもない事を言うものだから、俺はコーヒーを噴き出し、盛大に噎せてしまった。
「ええーっ!? そうなの!?」
しかも高良さん……いや、ややこしいな。唯さんが丁度誠君のコーヒーを持って来ている所だった。
本人に気持ちを伝える前から、そのお姉さんにバレてしまうなんて……。最悪だ!!
「あ……いや、そうじゃなくて……!!」
急いでカウンターをおしぼりで拭きながら、俺は必死で言い訳を考える。
「隠すなよ。そんなに真っ赤な顔で否定したって、説得力ないぜ」
「う……っ」
慌てる俺を見て、面白そうにニヤリと笑う誠君。
駄目だ、こうなった誠君は、性質が悪い。絶対に根掘り葉掘り訊かれる!
「秀、こうなったら全部吐いてしまえよ! ……って言いたい所だけど、流石にこの場ではお前が可哀想すぎるな。場所を変えるか。唯ちゃん、悪いけど、また連絡するよ。それまでこいつの事、黙っていてくれないかな?」
「うん、分かった。連絡楽しみにしているね」
楽しみにしなくて良いです!!
生温かい視線を背中に感じながら、俺はコーヒーを飲み干した誠君に連れ出され、近くの公園に移動させられる。無駄な努力と分かっていながらも抵抗を試みたが、執拗な誠君の追究に根負けし、結局洗いざらい吐かされてしまった。
「三ヶ月もジュエルに通っていて、名前一つ聞き出せていなかったとは……。お前、案外ヘタレだったんだな」
「煩いよ!!」
羞恥で真っ赤になりながらも、誠君を睨み付ける。誠君は呆れながらも、こうなったら乗りかかった船だからと、唯さんと一緒に協力すると約束してくれた。それはそれで有り難いけれども、我ながら本当に情けない。