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3.少しだけ話して

「マスター、幸乃ゆきのさん、二番テーブルと三番テーブル、ブレンドコーヒー、エスプレッソ、カフェオレ一つずつ、オレンジジュース二つとコーラが三つ。後、ショートケーキ二つ、チーズケーキとチョコレートケーキが三つずつです」

「「了解」」


 今は三組の仲良し親子連れと思われるお客様方が来店されているので、いつもよりも忙しい。小さなお子さん達もいらっしゃるので、店内も賑やかだ。三人で協力して、ご注文の品を準備する。


 因みに、お店では家庭的な雰囲気を出したくないし、公私混同もしたくない、という理由で、お父さんはマスター、お母さんは幸乃さん、と呼ぶように言われている。最初は慣れなかったけれども、今では仕事と私生活を切り替える為に必要な事だと思うようになった。まあ、以前からの常連のお客様は、私達が家族だという事はご存知なんだけれども。


 ソフトドリンクとケーキの準備を手伝い、マスターが淹れたコーヒーと揃えて、テーブル席に持って行く。一仕事終えた所で、またドアチャイムが鳴った。


「いらっしゃいませ!」


 振り向いて見ると、入って来たのはイケメン君だった。

 嬉しい! 疲れが一瞬で癒される~!


「すみません、今日はこちらへどうぞ」


 今テーブル席は全て埋まってしまっているので、カウンター席にイケメン君を通した。注文はいつものブレンドコーヒー。

 今日は忙しいけれど、彼が来てくれたから元気が出た。また頑張ろうっと!


 出来上がったブレンドコーヒーを、イケメン君の席に運ぶ。流石にカウンター席は狭いからか、イケメン君はノートパソコンを開いていなかった。

 何だか申し訳ないな。折角来てもらったのだから、静かで作業がしやすい環境を提供したかったのだけれども、こればかりは仕方がない。


「このお店良いね。雰囲気も良いし、コーヒーもケーキも美味しいし。流石は美雪みゆきちゃんだね」

「でしょー。実はこのお店、ここの近くに住んでいる幼馴染から教えてもらったんだ」

「そうだったんだ。あっ、ちょっと! クリーム付けちゃってるじゃない、もー」

麗香れいか、おしぼり頼もうか?」

「大丈夫。よし、取れた! ごめんねーうちの子まだ小っちゃいから」

「でも女の子って可愛くて良いよね。和歌わかちゃんの所も一人ずつでバランスが良くて羨ましいな。うちは二人共男の子だからさ。もう手に負えなくて大変だよー」

「そうでもないよ。うちの娘も凄くお転婆で十分手に負えないもの。お互い大変だよね」


 テーブル席から聞こえる笑い声や、時折響く子供達の大声と注意する声に、大変そうだなと思いつつも微笑ましくなる。だけど、イケメン君は煩く感じていないだろうかと、不安になってちらりと見遣った。彼は全く気にする様子もなく、スマホを弄りながら、ゆっくりコーヒーを飲んでいる。何だか彼の周囲だけ雰囲気が違って、ゆったりとした時間が流れているように感じられて、少しの間見惚れてしまった。


 イケメン君はコーヒーを飲み終えると、すぐに立ち上がった。いつもはもっとゆっくりしていってくれるのに、今日はもう帰ってしまうのか、と思うと、やっぱり残念だし寂しい。


「すみません、今日は騒がしくて」

少し緊張したけれど、お会計をしながら、イケメン君に話し掛けてみた。


「いえ、気にしていません。お店が賑やかなのは、良い事じゃないですか」

イケメン君は、爽やかな笑顔を返してくれた。その笑顔にほっとして、私も気分が明るくなる。


「そう言って頂けると嬉しいです。是非またお越しください」

「勿論。また来ます」


 イケメン君を見送って、私は少しばかりその余韻に浸っていた。

 『勿論』だって! 嬉しい! 本当にまた来て欲しいな。今日は慌ただしかったのにもかかわらず、嫌な顔一つ見せずに、笑顔で即答してくれるなんて、彼は本当に良い人だ。


 ガタン!


 少し大きな音がして、我に返ってテーブル席を見ると、お子さんがオレンジジュースをひっくり返してしまっているのが目に入った。私は慌てて台拭きとおしぼりを手にして、テーブル席に持って行った。


 ***


 は……話せた!! しかもあの子の方から話し掛けてくれた!!


 ジュエルを出た俺は、小さなガッツポーズを繰り返した。


 まさかあの子の方から話し掛けてきてくれるなんて思わなかった! 超ラッキーだ! お店が混んでいたから長居は出来なかったけれども、それだけで今日来た甲斐があった!

 しかも! 『是非またお越しください』って!! 可愛い笑顔でそんな事を言われたら、また来るしかないじゃないか!!


 すっかり浮かれてしまった俺は、数回深呼吸をして、気持ちを落ち着かせてから帰路に就いた。


 いや、でも彼女からしてみたら、単なる社交辞令なんだろうな。だけど、『是非』って言ってくれた所を見ると、少なくとも悪く思われてはいないと思うけど……。あー! 折角彼女の方から話し掛けてきてくれたんだから、もっと気が利いた返事をして、そこから会話を広げていけば良かった! 貴重なチャンスだったのに、何でいつもさらっと流して、会話を終わらせてしまうんだよ! 俺の馬鹿!!

 自分が情けなくて、頭をガシガシと掻きむしる。


 それに、今日こそは話し掛けるんだって決めていたのに、いざとなると気が引けてしまって、今日はお店が忙しそうだから迷惑になるかも知れないって、勝手に理由を付けて、またこの次にしようとしていた。俺はどれだけヘタレなんだよ……。


 盛大に溜息をつきながら、俺は改めて決意した。

 次は! 次こそは、俺から彼女に話し掛ける! でもって、彼女の名前を訊くんだ!!

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