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2.手が触れて

「優、ごめん! 明日のカフェの手伝い、代わってもらっても良いかな?」

 金曜日の夜、お姉ちゃんに両手を合わせて頼まれ、私はピンときた。


「ははーん。お姉ちゃん、さてはデートだな?」

 ニヤリと笑いながら尋ねると、どうやら図星だったらしく、お姉ちゃんは真っ赤になった。


「う……うん。今日、急にまことさんに、気になっていた映画に誘われて、行きたいなぁって。ダメ、かな?」

 眉尻を下げ、上目遣いで私の顔色を窺うお姉ちゃん。我が姉ながら可愛いなぁ。


「良いよ。行っておいでよ。その代わり、お父さん達には話を付けておいてね」

「ありがとう、優!」

 嬉しそうに笑顔を見せるお姉ちゃんに、私も釣られて微笑んだ。


 私のお姉ちゃん、高良唯たからゆいは、現在大学一年生。長年ジュエルの看板娘を務めてきたお母さんにそっくりで、ふわりと柔らかい黒髪に、少し垂れ目の、癒し系美人だ。小さい頃から、『お母さんに似て、美人さんだね』と持て囃されてきたお姉ちゃんは、現在リニューアルオープンしたジュエルの看板娘となっている。そしてつい最近、西条誠さいじょうまことさんと言う、一つ年上の超素敵なイケメン彼氏が出来たばかりなのだ。良いなぁ羨ましい。


 因みに私は、悲しいけれどお父さんに似てしまった。今はジュエルのマスターをしている元警察官のお父さんは、早い話、顔が怖い。本人も自覚しているようで、お店では自主的にカウンターの奥に引っ込んでいて、接客は殆どお母さんや私達に任せてしまっている。

 私もお母さんの遺伝子が仕事をしてくれた部分はあるものの、『睨むと殺人犯のように見える』と揶揄われる目付きの悪い吊り目は、完全にお父さん似。量が多くて太い直毛の黒髪と合わさると、陰気で近寄り難く見えてしまうので、普段は髪を下ろさずにポニーテールにしている。小さい頃からの私への誉め言葉は、大概『いつも元気だね』なのだ。お姉ちゃんとの差が酷い。『可愛い』と言ってくれる人もいるが、そんなのは子供へのお世辞の常套句だと理解している。

 私もお姉ちゃんみたいに、素敵な彼氏が欲しいけど、夢のまた夢だな、こりゃ。


 翌日、いつもよりもお洒落をしたお姉ちゃんは、嬉しそうに出掛けて行った。手伝いを代わったお礼にお土産を買って来てくれると言っていたから、密かに期待しておこう。でも私の期待は、もう一つあるんだよね。


 昼過ぎ、カランカラン、と鳴ったドアチャイムの音に振り返った私は、思わず笑顔になった。


 嬉しい! 今日も来てくれた!

 お店の扉を開けて入って来たのは、私のお目当てのイケメン君。お姉ちゃんと代わってあげたのは、西条さんとの仲を応援しているだけでなく、お店に居れば彼に会えるかも、という下心もあったからなのだ。やっぱり代わってあげて良かった!


「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」


 イケメン君をテーブル席に案内して、毎度お馴染み、いつものブレンドコーヒーの注文をマスターに伝える。ジュエルの一番人気、お祖父ちゃんのブレンドコーヒーを一番忠実に再現出来たのは、妻であるお祖母ちゃんでも、娘であるお母さんでもなく、コーヒー好きを公言する婿養子のお父さんだった。好きこそ物の上手なれ、とは良く言ったものだ。


 ブレンドコーヒーをイケメン君に持って行き、他のお客さんの応対をしながら、ちらちらとイケメン君を盗み見る。

 うーん、今日も格好良いなぁ。黒のVネックに白いシャツ、青のジーパンとシンプルな組み合わせなのに、まるでモデルみたいに見える。


 小一時間程すると、イケメン君はノートパソコンを閉じたので、私もレジの準備に向かう。


「こちらお釣りとレシートです」

「ありがとうございます」


 お釣りを渡す時に、ちょっとだけ指先が触れてしまった。ドキッとしたけれど、すぐに「すみません」と平静を装う。

 イケメン君を見送って、まだ指先に残る、彼の温かい手の感触に、少しの間だけ頬を緩ませてから、テーブルの後片付けに向かった。


 ***


 手! 手ー!!


 ジュエルを出た俺は、彼女の指先に触れた右手を、小銭とレシートごと握り締め、左手でしっかりと覆いながら、その場に蹲っていた。辛うじて残る理性で、カフェに入る人の邪魔にならないように横に移動する。


 手が触れた! あの子の指先、細くて柔らかかった!! しかもその後の「すみません」の時の上目遣い!! うわああああ可愛かったあああああ!!


 暫く悶えてから、漸く立ち上がって家路に就く。

 くそ、この手暫く洗いたくない……。


 彼女は俺がこんな想いを抱えているなんて、夢にも思っていないんだろうな。手が触れた時だって、平然としていたし。他の客でも良くある事なんだろうか? 嫌だ! 他の客には触れて欲しくない!!

 だからって、そんな事を言う訳にはいかないし、言う権利だって俺にはない。切実に、その権利が欲しい。あの子と付き合いたい……。

 俺は歩きながら、小さく溜息をついた。


 休日はジュエルに通い詰めているから、彼女も俺の顔は覚えてくれたとは思う。一人客は大体カウンターに通されるけれど、彼女と少しでも長く同じ空間に居たくて、長居しても不自然に思われないよう、ノートパソコンを持ち込むようになったら、常にテーブル席に通されるようになったし。注文も、いつもブレンドコーヒーを頼んでいたら、一応は尋ねてくれるけれど、『いつものですね』って分かってくれているみたいだし。

 もうそろそろ、顔馴染みの常連客という位置付けからステップアップしたいと、話し掛ける内容も事前にシミュレーションして来ているのに、お店に入って、あの子の笑顔を見ると、可愛過ぎてそんなものは全部吹き飛んでしまい、結局挨拶しか出来ていない。

 何とかしないと、あの子と付き合うなんて、夢のまた夢になってしまう。次こそは絶対に話し掛けなくては!

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