嫌われたくなくて
「じゃ、そろそろ帰るか」
「あ……うん」
守に促されてカフェを出て、守と並んで歩く。偶々通りかかった、仲が良さそうな数組のカップルを、ついつい目で追ってしまった私は、段々気落ちしてきてしまった。
こんな筈じゃ、なかったんだけどな。今日は頑張って、守との距離を縮めようと思っていたのに、結局、何も進展させられなかった。それどころか寧ろ、守と距離を感じてしまった。あまり態度に出さないようにしているみたいだけれど、今日一日、ずっと機嫌が悪そうだった所を見ると、私と一緒に居る事が、そんなに嫌だったのかな……。まさか本当に、親同士の繋がりだけで、嫌々ながらも私に接してくれているんじゃないよね……!?
幼馴染だからと、誰よりも守に近い場所に居る気がしていたのに、今はもう分からなくなってしまった。
考えたくはないけれど、もしも本当に、守が義務感で私と接してくれているのだとしたら……そんなのは、嫌だ。
「……守、ごめんね。今日、無理に付き合わせちゃって」
「え? いきなり何言い出すんだよ」
ついに足を止めてしまった私を、怪訝そうに振り返る守に、唇を噛み締める。
「今日一日中、ずっと機嫌が悪そうだったじゃない。嫌なら、断ってくれたら良かったのに。無理して付き合ってくれなくて良かったんだよ?」
自分で声に出すと、凄く惨めな気分になってしまった。じわっと瞼に熱いものがせり上がってくる。
駄目だ、私。ここで泣くな。泣いたら、守にますます迷惑をかけてしまう。
「ごめん、私、先に帰るね!」
「香奈!? 待てよ!」
早口で言い捨てて、素早く守の横を通り抜ける。驚いたような守の叫び声を背に、私は無我夢中で走った。
何処か、人気のない所に行かなきゃ。涙は、それまで我慢しなきゃ。一度零れ落ちてしまったら、もう止まらないだろうから。
がむしゃらに走る私は、前なんか見ていなくて。大通りの角を曲がった途端に、何かに思い切りぶつかってしまった。
「いってーな! 何すんだよ!」
「す、すみません!」
顔に感じた痛みを堪えながらも慌てて謝る。顔を上げると、体格の良い三人の男の人達が、私を見下ろしていた。
「へーえ。君、可愛いじゃん。ちょっと俺達に付き合ってよ」
「え!? あの……」
「ああ!? そっちからぶつかっておいて、すみませんで済ませるつもりじゃねえだろうな!?」
「ッ!?」
ぶつかってしまった男の人に怒鳴られ、竦み上がった私は息を呑んだ。
ど……どうしよう!? 怖くて、足が動かない……!
「怖がってんの? かーわいー。大丈夫、ちょーっと顔貸してくれれば済むからさー?」
「そーそー。ちょーっと俺達の相手してくれたら、それで手を打ってあげるよー?」
ぶつかってしまった男の人の後ろから、ニヤついた笑いを浮かべた二人が前に出て来て、硬直する私に腕を伸ばしてくる。
思わず、目を瞑った時。
「香奈に触るな!!」
聞き慣れた声が響き、目を開けると、見慣れた背中が私の視界を埋め尽くしていた。
「大丈夫か、香奈!?」
「あ、う、うん……」
振り向いて尋ねてくる守に、私は頷くのがやっとだ。
「ああ!? 何だよテメエ!! 邪魔すんなこのクソガキが!!」
殴り掛かってきた男の人の手を、守は容易く掴んで捻り上げてしまった。
「イテテテテテ!! 離せコラァ!!」
「このガキ、やりやがったな!!」
襲い掛かろうとする他の二人を、守は腕を捻り上げた男の人を盾にして牽制する。体格の良い男の人達を三人も相手にしていると言うのに、守は一歩も引けを取らない。
凄い……! 守が鍛えているのは知っていたけど、こんなに強かったなんて!
「お前達、社会的に抹殺されたいか?」
聞いた事のない、低く、地を這うような冷たい守の声に、男の人達だけでなく、私まで背筋を凍り付かせてしまった。
「彼女の身に万が一、何かあったら、天宮財閥が黙っちゃいない。即座にお前達の身元を調べ上げて、徹底的に埃を叩き出し、牢の中に放り込む事くらい朝飯前だ。分かったら、今すぐ俺の視界から消え失せろ。こっちにも非があったからな。今回だけは見逃してやる。だが二度と俺達の前に現れるな!!」
守の言葉に、男の人達が目に見えて狼狽えだした。
「あ……天宮財閥だと……!?」
「クソ……冗談じゃねえ!!」
「相手が悪過ぎる! 引き上げるぞ!」
バタバタと逃げ去って行く男の人達を見て、漸く安心した私は、その場にへたり込んでしまった。
「大丈夫か? 香奈」
優しく声を掛け、地面に片膝を突き、右手を差し出してくる守は、私が見知った穏やかな表情だ。
「う、うん……。迷惑かけて、ごめんなさい……」
すっかり気が抜けてしまった私の目からは、涙がポロポロと零れ落ちてしまった。
私、何やっているんだろう。
結局、守に、迷惑しかかけていない。
「も、もう、大丈夫だから……。守は、先に帰ってて……。泣きべそかいた女のお守りなんて、嫌でしょ……?」
自分が情けなくて。これ以上、守に嫌われたくなくて。
しゃくり上げながらも、何とかそれだけは、絞り出したのだけれども。
「いや、全然」
さらっと言われたその言葉に、私は吃驚して、涙もピタリと止まってしまった。
え……何で!? 私と一緒に居るの、嫌だったんじゃないの……!?