背中を押されて
おまけ話は、天宮香奈視点です。
春だ。
いや、季節の話ではない。私の親友の、頭の中の話である。
「それでね! 今度ジュエルに来てくれた時に、皆に挨拶したいんだって!」
締まりのない、デレデレした顔で惚気話を聞かせてくるのは、私の親友の高良優。つい先日、気になっていた……もとい、何時の間にか好きになっていたと言う、彼女の実家が経営するカフェの常連客、最上秀君と両想いになったばかりだ。優にとって初めて出来た彼氏とあって、相当嬉しかったらしく、ここ数日は、ずっと彼の話ばかりを聞かされている。
「それ、昨日も聞いたわよ。どうせまた、秀君がお父さんの事をやけに気にしているみたいから、ただの強面の元警察官なだけで、別に怖い人じゃないって、どうしたら分かってもらえるか、って言いたいんでしょ?」
「あ、あれ? そうだっけ? 流石香奈ちゃん、その通り……」
あはは、と決まりが悪そうに笑う優。
単純に、お父さんは娘に初めての彼氏が出来て、面白くないだけだと思う。鈍い優は気付いていないと思うけど。
だけど、人懐こくて憎めないその笑顔を見ていると、仕方ないなあ、とこちらも微笑ましく、応援したくなってくる。この親友が、羨ましいと思う所だ。
優は癒し系美人のお姉さんを見て育ったからか、吊り目だの平凡顔だのと、自分の容姿にはあまり自信が無いような事を時折口にする。だけど、パッと周囲に花が咲いたようになる笑顔だとか、明るくて気遣い屋な所とか、意外と行動力がある所とか、感情が豊かで飽きない所とか、一緒に居て楽しい所とか、沢山長所があるのだから、引け目を感じなくて良いのに、と思う。寧ろ、優と付き合い出した秀君を、見る目がある! と褒めたいくらいだ。
「まあ、時間がかかるかも知れないけれど、何とかなるでしょ。誠さんだって、今はお父さんと仲が良いんでしょう?」
「うん。最初の頃は、お父さん何となくピリピリしていたけれど、今は普通だし」
「じゃあ大丈夫でしょ、きっと」
「そうかなぁ。そうだったら良いな」
漸く納得したように、優が笑顔を見せた。
「じゃあ惚気話はそれくらいにして、お弁当を食べないと、お昼休み終わっちゃうわよ。さっきから手が止まっているじゃない」
「え? あ、本当だ!」
私が食べ終えたお弁当箱を片付けながら指摘すると、優は漸く気付いたようで、慌てて食べ始めた。そんなに急いで食べたら、喉につっかえるわよ、と言おうと口を開いた瞬間に、むせ始める優に苦笑する。本当に、一緒に居て飽きない子だ。
「大丈夫? はいこれ」
「あ、ありがとう」
渡したお茶を飲み込み、ほっと一息ついた優。どうやら咳は治まったようだ。
「ねえ、香奈ちゃんは本城君に告白しないの?」
「えっ!? な、何言っているのよ!? 出来る訳ないじゃない!!」
今度は私が慌てる番だった。
いきなり何を言い出すのよ優ったら!! 思わず大声出しちゃったじゃない!!
「ええー? 絶対脈ありだと思うんだけどな。勿体ない」
優はそう言うけれども、私には自信が無い。
私の両親は仲が良い。仲が良過ぎて、家でしばしば夫婦喧嘩という名の夫婦漫才を繰り広げるくらいには。その度に、弟と共に毎回呆れながらも冷静なツッコミを入れていたら、気付けば姉弟揃ってクールで表情が乏しい、可愛げのない性格に育ってしまった。母親も似たような性格だから、もしかしたら遺伝かも知れないけど。
容姿はイケメンである父親似で、自分でも悪くはないと思っているが、体型には自信が無い。母親似でスレンダーと言えば聞こえは良いが、ないものはないのだ。ちらり、と親友の胸元を見遣る。相変わらずスタイルが良くて羨ましい。
そして極めつけは、家同士の関係性だ。本城家は代々、何らかの形で、天宮家に仕えてきた家系だ。私のお父さんと守のご両親は、幼馴染同士で仲が良いけれども、お父さんが社長を務める会社で、守のお父さんは専務として働いている。私と守も幼馴染なので、小さい頃は特に何も気にしていなかったけれど、父親の上司の娘なのだから、きっと気を遣わせてしまっている事もあったんじゃないか、と気付いてからは、今までの関係を維持するだけで精一杯になってしまった。男同士だからか、守と弟の大翔は仲が良く、私には向けないようなやんちゃな笑顔を大翔に向ける守を見ていると、私とは義務感で接してくれているのかも知れない、とネガティブな思いに囚われてしまう。
「……どうして脈ありだと思うの?」
こそっと小声で優に尋ねる。
聞きたい! そこの所詳しく!
「だって本城君って、香奈ちゃんの事結構気にかけているよね? 香奈ちゃんは何かあってもあまり表情に出さないけど、本城君は香奈ちゃんのちょっとした感情の起伏にもすぐ気付くし、新しく買った物とかあったら、ちゃんと分かっているみたいだし。良く見ていると言うか、何と言うか」
「お、幼馴染だから、分かるだけなんじゃない?」
「そうかなぁ。それだけじゃないと思うよ」
「どうして?」
自分でも無意識に、優に詰め寄るような形になってしまった。
「女の勘」
にぱっと笑って言い切った優に脱力する。
私は、そういう答えを求めているんじゃない!
「今度何か口実でも作って、デートに誘ってみたら? それで、すっごく可愛い格好して、本城君を悩殺して、そのまま付き合っちゃえ!」
「簡単に出来たら苦労はないわよ」
優に即答するものの、脳内で復唱していると、悪くない案だと思えてきた。
今度の週末にでも、守を誘ってみようかな……。な、何て言って誘おう? どんな服を着ていこう? 守って、どんな服が好みなのかな? 悩殺……なんて、出来るとは思えないけど。
ついつい考え込んでしまった私が気付いた時には、お弁当を食べ終えた優がにこにこしながら私を見守っていた。
「香奈ちゃん、上手く行ったら、四人でダブルデートしようね!」
「……上手く行ったら、ね」
柄にもなく、真っ赤になりながら返答してしまった自覚は、ある。