15.これからも
夕暮れの中、秀君と並んで帰路に就く。
何だか、まだ信じられない。秀君も、私の事が好きで、晴れて恋人同士になれただなんて。
歩きながらそっと隣を見上げてみたら、秀君は、凄く幸せそうな、蕩けるような微笑みを浮かべて、私を見つめていた。ドキッとして、慌てて視線を彷徨わせる。
し、秀君、ずっとあんな顔で私を見ていたのかな!? あああ恥ずかしくて秀君の顔が見れないよ!
最寄り駅に着き、名残惜しくなりながらも、秀君に向き直って顔を見上げる。
「あ、あの、今日はありがとう。ここまでで良いよ」
「ううん、今日は送らせてよ。彼氏の特権で」
秀君の申し出に、顔がまた熱くなる。
彼氏の特権……。そんな事を言われると、本当に秀君と付き合える事になったんだなぁ、と、少しずつ実感が湧いてくる。
だけど、家まで送ってもらうとなると、秀君の家とは反対方向になってしまう。だから、私は辞退しようと口を開いたが、言葉が喉から出て来なかった。秀君が、凄く嬉しそうな表情で微笑んでいたからだ。
そんな顔をされたら、断れなくなっちゃうじゃないか……。私も、秀君と一緒に居られるのは、嬉しいのだから。
「じ、じゃあ……、今日は、お言葉に甘えちゃおう、かな?」
「うん。そうして」
爽やかな笑顔を浮かべる秀君につられて、私もへにゃっと微笑んだ。
良いのかな、甘やかされちゃっても。良いかな、今日くらいは。だって付き合い始めの初日なんだもの。
段々実感と嬉しさが込み上げてきて、帰りの電車の中では、ずっと頬が緩みっ放しだった。きっと締まりのない顔を晒していたと思うけれども、秀君はずっと優しく微笑んでくれていた。
電車を降りて、家まで歩く。隣に秀君が居てくれる事が、本当に嬉しくて、凄く幸せだ。
夢じゃないよね? ちょっとだけ、良いかな? と思って、秀君の手をそっと掴んでみたら、秀君は少しだけ驚いたような顔をしたけれども、しっかりと私の手を繋ぎ直して、ぎゅっと握り返してくれた。手も顔も熱いし、心臓が煩いけれど、嬉しくて、また顔がニヤケてしまう。
何だか今日一日で、一生分の幸運を使い切っちゃった気分。それくらい、今日は本当に良い日だった。
「送ってくれてありがとう。秀君も、気を付けて帰ってね」
「どういたしまして。また連絡するよ。今度ジュエルに行った時は、お父さんにもご挨拶させてもらうね」
「あ、挨拶!?」
秀君の言葉に、私は驚く。
「うん。俺、優ちゃんとの事、真剣なんだって分かってもらいたいから」
そ、そこまで考えてくれているんだ……。嬉しい!!
顔を真っ赤にして頷いた私は、秀君と手を振って別れ、少しの間、その背中を見送ってから、家の中に入る。自分の部屋に戻っても、嬉しくて嬉しくて、枕を抱いてベッドの上を転げ回っていたら、ヘッドボードに頭をぶつけてしまった。
痛いけど、夢じゃないから良いんだ。えへへ。
***
優ちゃんと別れた帰り道、俺は幸せを噛み締めていた。
優ちゃんが、俺の彼女……!! ああもう幸せ過ぎる!!
優ちゃんと両想いになれたどころか、至近距離で見る優ちゃんの笑顔とか、繋いだ手の柔らかくて滑らかな感触とか、思い出すだけで昇天しそうな出来事まで付いてきてしまった。浮かれまくっている頭を冷やす為にも、俺は今日の反省しなければならない点を思い出す。
まあ、ある程度は仕方が無かった、かも知れないが、もう少し格好良く告白したかったな、とか。下手をすれば優ちゃんを勘違いさせてしまって、泣かせてしまう所だった、とか。手を繋ぎたいなぁと思っていても、初日からがっつき過ぎるのはどうかと思って勇気が出せないでいたら、また優ちゃんに先を越されてしまった、とか。
興奮していた頭が、段々冷静になってはくるが、同時に気落ちせずにはいられない。今の所は、何とかなっている……と信じたいが、俺の中身がヘタレだとバレてしまって、優ちゃんを失望させてしまわないように、日々頑張らねばなるまい! と、俺は決意を新たにする。
取り敢えず、次の課題は、優ちゃんのお父さんだ。誠君の話によると、最初は完全に敵視されるけれど、きちんと挨拶をして、誠実で真剣な姿勢を見せ続ければ、徐々に態度が軟化していくらしい。だけど、以前にジュエルで何度か感じた、殺気じみたあの視線だけでビビっていた俺には、なかなかハードルが高そうだ。まだ見た事はないけれども、いかにも頑固親父といった風貌で、睨まれると誠君でも飛び上がりたくなる程怖いらしいし。
それに、お父さんに認めてもらえたとしても、ちゃんと優ちゃんとの仲を進展させられるのか……。今の所は、全部優ちゃんにリードしてもらってしまっているような気がしなくもない。優ちゃんにばかり頼ってしまうのではなくて、俺も勇気を出して頑張らなければ!
優ちゃんと付き合える事になったとは言え、これからも気を抜く訳にはいかない。内面がヘタレの俺には、まだまだ課題が多いのだから。
家路に就いている間の俺の一人反省会は、まだ続きそうである。




