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10.約束

 その週、私は処理し切れない情報を抱え、悶々として過ごした。秀君はただでさえ外見も中身も完璧なイケメンなのに、最上グループの御曹司とまできたら、そりゃあ想像を絶するくらいモテるんだろうなとか、それなのに香奈ちゃんが言うように、浮いた噂一つないってどういう事なのかなぁとか、あの『好きな人って、いる?』と言う問いには、どんな意味があったんだろうとか、そんな事がずっと頭の中をグルグルと回っていた。


『もしかしたら優の事、本気なのかもね?』

 脳内で再生される、香奈ちゃんの揶揄いに、ブンブンと首を横に振る。


 いやいや、有り得ないでしょ。私と秀君の関係は、ついこの間まではただのしがないカフェの店員とお客さんだったのだ。そして偶然顔見知りになって、たった一度、一緒に遊んだだけの仲に過ぎない。お姉ちゃんみたいな美人だったら兎も角、元気だけが取り柄の私に、そんなロマンスなど簡単に訪れる訳がないでしょうが。自分の事くらい、自分でちゃんと分かっているんだから。うんうん。


 だけど日曜日、私はカフェを手伝いながら、チラチラと時計を気にしていた。

 金曜日に秀君からラインがあって、今週お店にいる曜日を訊かれたのだ。その日に合わせて会いに行くと。

 もう、心臓がいつもより煩くて敵わない。わざわざ私が居る日を確認して会いに来てくれるなんて、何か用事でもあるんだろうか? 一体どんな顔をして、秀君に会えば良いんだろう? ……あの時の返事を訊かれたらどうしよう? 私が好きな人は、秀君……って言える訳ないじゃない!!


 カランカラン、とドアチャイムの音がして、驚いた私は危うくコーヒーカップを取り落としそうになった。危ない危ない。


「い、いらっしゃいませ」

 上擦った声になりながらも、動揺を抑えて振り返って見ると、お店に入って来たのは秀君だった。


 ど……どどどどうしよう!? いや落ち着け私! 平常心平常心!


「あの、この間はありがとうございました。とても楽しかったです」


 会ったら真っ先に言おうと思っていた、リズニーランドのお礼の言葉を口にする。敬語は止めて、と言われていたが、ここはお店の中なのだ。オンオフの使い分けは必要じゃないかな?


「こちらこそ。とても楽しかったです。是非また一緒に行きたいです」


 爽やかな笑顔で、私に合わせてくれる秀君。また一緒に、と言われてしまって、きっと社交辞令だと自分に言い聞かせつつも、やっぱり舞い上がってしまった。


 秀君をテーブル席に案内し、注文を取る。いつもと同じ事をしているのに、今日は何だかふわふわしてしまって落ち着かない。

 ブレンドコーヒーを持って行って、他のお客さんの応対をしながら、いつものようにちらちらと秀君を窺う。ノートパソコンを弄る秀君の様子も、いつもと変わらない。だけど、私だけが秀君を意識して、ドキドキしてしまっている。


 お、おかしいな。秀君の事は、遠目から目の保養にさせてもらえれば、それで良かった筈なのに。今は……もっと秀君と話したい。リズニーランドでの、楽しかった思い出話がしたい。今日、私に会いに来てくれたのはどうしてなのか、『好きな人って、いる?』って言うあの問いには、どんな意味があったのか、秀君に訊いてみたい。


 だけど、そんな勇気が出せる訳もなく、右往左往しているうちに、秀君がパソコンを片付けて、立ち上がってしまった。


「ありがとうございました。またお越しください」

 お会計を終えて、レシートを渡す。


 今日はもう、これで帰ってしまうんだな。名残惜しいな。わざわざ私が居る日を確認して来てくれたのは、どうしてだったんだろう。

 そんな事を思っていたら、秀君が口を開いた。


「あの、優ちゃん、今度の週末、空いている日はあるかな?」

「え? ……あ、うん、土曜日なら空いているけど……」

「良かった! じゃあその日、ちょっと付き合ってもらっても良いかな? 詳細はまた後でラインするから。今日はどうしても、それだけは直接伝えたかったんだ」

 ほっとしたようにはにかんで、お店を出て行く秀君の後ろ姿を、私は呆然と見つめていた。


 ……え? ええええええ!? い、今のお誘いは一体!?


 再びドアチャイムが鳴り、次のお客さんが入って来られるまで、私は耳まで真っ赤にして、その場に立ち尽くしていた。


 ***


 よ、良かった! ちゃんと誘えた!!


 ジュエルを出た俺は、安堵のあまり壁に凭れて溜息を吐き出した。緊張し過ぎて、心臓が爆発するかと思った……。


 いくら仕事中とはいえ、お店に入った途端に優ちゃんに敬語を使われて、一瞬頭が真っ白になってしまった。こちらもそれに合わせた返答をするので精一杯。コーヒーを飲みながら落ち着きを取り戻し、漸く『優ちゃんをデートに誘う』という、今日の目的を果たす気になったのは、既に帰り際とか……。相変わらず自分が情けないけれど、何とか約束を取り付ける事が出来て、本当に良かった。

 俺は胸を撫で下ろしながら、最寄り駅へと歩き始めた。


 それにしても、優ちゃんと約束を取り付けている時に、カウンターの奥の方から、生温かい視線と殺気じみた視線を感じたけれども、きっと気のせい……じゃ、ないよな……多分……。

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