1.気になるあの子
カランカラン、とお客様の来店を知らせる、木製のドアチャイムが鳴った。
「いらっしゃいませ!」
反射的に叫びながら振り返って、私は思わず目を輝かせた。
あ、また来てくれたんだ……!
私の視線の先には、サラサラの茶髪に、涼しげな二重瞼、スッと通った鼻筋の、背が高い高校生くらいのクールな雰囲気のイケメン君。
何を隠そう、私が最近、気になっている男の子だ。
「こんにちは」
爽やかな笑顔を浮かべて挨拶してくれるイケメン君に、私も飛び切りの笑顔になる。
「こんにちは。こちらへどうぞ」
今は店内が空いているので、イケメン君をカウンター席ではなく、テーブル席に案内した。注文を聞いてカウンターに戻り、マスターであるお父さんに伝える。そっと振り返ると、案の定、イケメン君は鞄からノートパソコンを取り出して、立ち上げていた。
パソコンを弄る姿も様になっていて格好良いな。何をしているのかは分からないけれど。
私、高良優、高校一年生。両親は、二年前に亡くなったお祖父ちゃんの後を継いで、半年前からジュエルというカフェをリニューアルオープンして経営している。
リニューアルオープンと言っても、内装を変えた訳ではない。テーブル席とカウンター席合わせて全二十席の左程広くない店内、木製のテーブルや椅子、照明を抑えた空間が醸し出す、少しレトロな雰囲気はそのままだ。
変わったのは、お店に立つメンバーだ。以前はお祖父ちゃんとお祖母ちゃんとお母さんの三人でお店を遣り繰りしていたが、今はお祖父ちゃんに代わって、警察官を辞めたお父さんが新しくマスターになった。お祖母ちゃんは膝を悪くして長時間の立ち仕事が辛くなってきた為、お店の定休日である水曜日以外の、平日のお昼時の忙しい時間帯だけに。そして休日はお祖母ちゃんに代わって、私と三歳年上のお姉ちゃんが、交代でお店を手伝うようになった。お母さんだけはそのまま変わらずに働いている。
イケメン君との最初の出会いは、リニューアルオープンしてから三ヶ月くらい経った頃だった。お客様であるにもかかわらず、私達にもきちんと挨拶をしてくれる紳士な姿と、爽やかな笑顔に少しずつ気になっていった。それと無く話を振ってみたお母さんによると、以前も偶にご家族と一緒に来てくれていた事があるそうだが、ジュエルのリニューアルオープン後、初来店してからは、ほぼ毎週末に一人で来てくれるようになったらしい。
何を気に入ってもらえたのかは分からないけれど、誠に有り難い限りである。
「一番テーブル、ブレンドコーヒー」
「あ、はい」
マスターからコーヒーを受け取り、イケメン君のテーブルに運ぶ。
「お待たせしました。ブレンドコーヒーです。ごゆっくりどうぞ」
「ありがとうございます」
パソコンのキーボードを叩いていたイケメン君は、わざわざ手を止めて、微笑みながらお礼を言ってくれた。丁寧な会釈にますます好感を抱きつつ、カウンターへと戻る。
イケメン君に話し掛けてみたい、もう少しお近付きになりたい、という気持ちはあるけれど、作業の邪魔になりたくないし、下手な事をして来てくれなくなってしまったら嫌なので、今日も彼をちらちらと見ているだけ。同じ空間に居られるだけで癒されるから、それで満足なのだ。
カウンター席のお客さんの会計を終わらせて送り出し、食器の片付けに向かいながら、ちらりとイケメン君を見遣る。
うん、やっぱり目の保養です。ありがとうございます!
彼は小一時間くらい、コーヒーを飲みながらパソコンを弄ると、パソコンを片付けておもむろに立ち上がった。
「ありがとうございました。またお越しください」
「また来ます」
お会計を済ませ、挨拶をして彼を見送る。イケメン君は、またにこりと笑顔を見せてくれた。
本当にまた来て欲しいな。今や彼の爽やかな笑顔が、私の活力の源なのだから。
***
ああああああ!! やっぱり可愛い!!
ジュエルを出た俺は、真っ赤になってしまっているであろう顔を両手で覆って立ち尽くしていた。少し落ち着くのを待ってから、後ろ髪を引かれる思いで帰路に就く。
はあ、今日も挨拶しか出来なかった……。
俺は最上秀、高校一年生。家族と偶に訪れていたカフェが閉店してしまったと聞き、残念に思っていたのだが、最近リニューアルオープンしたと人伝に聞いて、再び足を運んだのが三ヶ月前。そこで俺は、出迎えてくれた新入りのアルバイトの女の子に一目惚れした。
黒髪のポニーテールに、ぱっちりした吊り目がちの二重の目。快活に応対する少女の笑顔に、時を忘れて立ち尽くしてしまった。小首を傾げて『どうかされましたか?』と尋ねられ、その可愛さに悶えつつも、咄嗟に『何でもないです』といつもの営業スマイルでその場を凌いだ。それ以来、彼女の前では、つい取り繕ってしまう。
父が最上グループの会長を務めていて、クール系美男美女である両親のお蔭で容姿に恵まれた俺には、子供の頃から女子が寄って来る事が多く、その勢いに気圧されて、すっかり異性が苦手になってしまった。その対応策として、爽やかに見える営業スマイルを浮かべながら躱し、その場を切り抜ける術を身に付けたのは良いが、初めて想いを寄せた相手にまで、勝手にそのスキルが発動してしまう。
あの子に話し掛けたい、もっと親しくなりたい、と思うのに、いざとなると緊張し過ぎて、最低限の挨拶しか出来ない。運良く接客してもらえても、他の人達と同じような、さらりと受け流した対応をしてしまうのだ。もう自分が情けない。
次こそは話し掛ける、せめて名前だけでも訊く、と思いながら、ジュエルに通い続けて早三ヶ月。自宅からは少々遠いので、週末にしか来れないのだが、それでも彼女の名前すら、未だに知る事が出来ていない。
俺は自分が、こんなにヘタレだとは思わなかった。