もう一つの世界
月に向かって吸い込まれていくようだった。
そのうち目も開けられないほど明るい光に包み込まれ、芙美は流れるがまま体を預けた。
どれくらいたっただろうか。時間にすると1分くらいだろうが、芙美はとても長い時間経っているかのように感じた。ゆっくりと目を開けると、そこは先ほどまでいた海岸とは全く違う。
「どうですか?美しいでしょう」
最初に目に飛び込んできたのは視界に入りきらないほどの大きな月。
そして漆黒の空に輝く星。どこかの高層ビルにいるのか眼下には都会と同じくらいの眩い光の都市が広がっていた。ため息の出るような美しさにただ目が離せなかった。
「私の出番はここまででーす。後はここの案内人に従って動いてくださいねー。では」
そういうとウルナはボンっと姿を消した。
しかし何もない空間だった。そこに何千人ものの人たちがいて辺りを見回したり、ボソボソの話しあったりしている。
そして高層ビルといってもかなりの高さがあった。
スカイツリーに上ったこともあるが、それよりはるかに高く空にも手が届きそうなほどだった。
「皆サン、コンバンワ」
周りに緊張が走る。
どこからかスピーカーから機械が喋るような声が響き渡った。
「私ハ、コノ、タワーノ【案内人 ピコリ】トモウシマス。サテ、ミナサンノウデワヲミテクダサイ」
腕輪を確認する。ほとんどの人が赤のようだ
「アカノヒトハコチラヘ。アオノヒトハオマチクダサイ」
何もなかった空間の壁から扉があらわれ、開いた。
不安ながらも赤の腕輪をした人たちがぞろぞろと扉の向こう側に消えていく。
数十分経ち、皆が移動を終えて残っていたのは芙美ただ一人だけだった。
「アラ、アオノヒト、メズラシイワ。デワアナタニハ彼ガ案内スルカラ指示ニ従ッテクダサイ」
カツン、カツンと誰かが歩いてくる音がする。
皆が出ていった扉の向こう側から現れた。
「貴方ですか。迷い込んだ人は」
男の人なのに透き通るように綺麗な声。
背も高く栗色のサラサラのとした髪を一つにしばっていた。
耳には青色の月のピアスをしていた。
色白で海を連想するような青色の瞳。
時代劇しか見たことがなかったが、袴に羽織をきている。
年齢は芙美より少し上か。20代前半にみえる。
「あの…ここは江戸時代かなにか…?」
男の人は一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐに微笑んで否定した。
「この格好だからね。ここは江戸時代ではないよ。ここは夢国。死んだ人達が皆通るもう一つの世界」
「私は死んだのですか…?」
「…おいで。これから説明してあげるよ」