メトロホリック
元は、ホラーになる予定でした。
カタン。カタタン。
揺れる吊り革。
薄汚れたガラス窓の外の景色は、スローモーに流れてゆく。
とはいっても、美しい風景が見える訳ではない。
地下トンネルを進む電車の外は、真っ暗。時折見えるコンクリート柱が、ゆらり、灰色に浮かび上がるばかりだ。
車内の空気は淀み、隠そうともしない疲労感が蔓延している。
「…………。」
誰一人として、口を開く者はいない。
皆一様に無表情を貼り付け、ある者は窮屈そうに座席に収まり、ある者は扉と手すりの間に凭れかかっている。
「次は〜××、××です…」
無機的な声が、停車駅を告げる。
カタン。カタタン。
線路に合わせ、車体がくねる。
地面が揺れ、立っている者の一部がふらつく。
「…………。」
誰一人として、口を開く者はいない。
電車は徐々に速度を落とし、温い風を引き連れて止まる。
「××〜、××です、お降りの方を先にお通し下さい…」
プシュウ、と扉が左右に開く。
靴と床の擦れる音と共に、数人が降り、続いて、また数人が電車に乗り込む。
乗降に合わせ、車外の涼しい空気が入ってくる。
「間も無く発車します、駆け込み乗車はお止め下さい…」
スピーカー越しのアナウンス。
高めの警告音が鳴り、扉が閉まる。
最初はゆっくりと、最後は、拒絶するように素早く。
「…………。」
誰一人として、口を開く者はいない。
電車は、静かに発車した。