第一章 六話 『ハッピーバースデー』
俺は今、戦っている。
緊張で体が強張り、汗が止まらない。
脇や股に少し滲んできて不快だ。
今すぐにでも逃げ出したいとこだが、逃げ場がなく、埒もあかない。
少し考えれば分かることも、緊張で判断力もなく、地雷を今にも踏みそうだ。
対して、相手は緊張の『き』の字もない。
寧ろ、眠そうだ。
奴は虚ろな目をして口を開いた。
「あのさぁ…
言ったよね?
僕はそこまで暇じゃないって…
いい加減、口を聞いてくれないか?」
かれこれ俺の必殺技、『黙秘』を使用してからかなりの時間が経過している。
おかげで奴も苛立ってる。
また殺されることも既に覚悟してはいるものの…
やはり、怖い。
マジで怖い。
殺気を感じる。
でも、口を割れば俺の負けが確定する。
嫌だ、負けたくない。
こんなどこの畑から来たのかも分からない奴に負けるわけにはいかんのだ。
その一心しかない。
と、思った矢先である。
「できれば、実力行使は避けたかったけどね…
申し訳ないが、少し苦しんでもらおう。」
「ーーーー」
奴は声高に謎の言葉を発した。
俺はふと、思った。
あ、これ、なんか見たことある。
死ぬやつだわ。
刹那。
俺は何かに握り潰されていた。
バキュ、ジュビ、と、自分の内臓が弾ける音と共に。
身体がマグマに溶かされるような感覚に見舞われる。
「ああっ、あぁ…」
抵抗するあまり、声が漏れる。
声と一緒に血も口から流れ出て、真っ赤な川を形成する。
苦しい。
「はぁっ、くっ…」
もうどうにでもなってしまえ。
早く、殺してくれ。
苦しすぎる。
親孝行すらも出来ないクソ兄貴を、早く殺してくれ。
頼む。
もう、苦しいのは御免なんだ…
「早く…殺せ…」
最後に、罪滅ぼしに、声を絞った。
「ーーーー」
奴がまた何か言った。
今度は侮蔑の一言だろうか。
それとも、同情したのだろうか。
真偽は分からない。
分からないが、
奴、いや、悪魔は俺を殺さなかった。
俺は苦痛から解放された。
そして無意識に聞いていた。
「何で…殺さない…」
すると、悪魔は気怠そうに喋り出した。
「君に選択肢を与えよう。
一つは、死にかけの状態であの世界に戻り、おまわりさんに捕まって、囚人になるルート。
二つ目は…」
悪魔は少し間を取り、とんでもないことを口走った。
「我らの、魔王となるか」
「魔王…だと?」
驚くあまり、思わず聞き返してしまった。
やってしまったと、後悔の念を募らせる。
「そう、魔王だよ。
決して悪い話ではないと思うけど…」
こいつの言ってることを信用していいものか。
確かにテリーは化け物だ、少なくともこの世界の人間ではない。
なので意味不明なことを口走るのも理解できる。
理解は出来るが…
突然、どこの馬の骨かも分からない奴にそんな重役を任せるのはおかしい。
話が美味すぎる。
だって、魔王だぞ?
あのドンピシャやってるイメージがあるやつだぞ?
この俺が?
魔王?
アホくさ。
そんな考えを見透かすように、奴は釘を刺した。
「あ、勘違いしないでね。
あくまで君の身体を一時的に保護してるだけだから、その気になればどうにでも出来る」
「魔王になります」
即決した。
もう、しょうがないよね。
だって、苦しいの嫌だもん。
笑みを浮かべたテリーは趣味の悪い金歯を光らせて、言った。
「賢明な判断です、我らの魔王、コーセイ様」