第一章 五話 『嫌がらせ』
ここはどこだろうか。
異空間とも呼びづらい独特な風景。
360°に渡り、様々な色が混じった液体が川のように流れている。
一言で言うならば『不気味』な感覚だ。
そして、ここでは自然法則が通用しない。
自分が液体の中にいるのか、浮遊しているのか。
分からないが、どちらにしても何も違和感を感じないのはおかしな話である。
随分と奇妙な状態にあたふたしてると、答えが現れた。
「その様子では驚いているようだね」
赤と紫のオッドアイズの三白眼をギラリと輝かせながら奴は言った。
「ああ、色々とワケが分からねえ」
俺はトーンを落とし、警戒心露わに呟いた。
誰だよこいつ。
「そっか、まあ、無理もないよね。
とりあえず、お互いを知る必要がありそうだね。
ぼきゅはテリー・ローズンだ、よろしく」
そう言うと、肩まで着くエメラルド調の髪型を靡かせた。
「何なの?俺をイライラさせたいの?」
「まさか、そんなつもりは全くないよ。
これはぼきゅ達の世界では挨拶みたいなものなんだけど…
やっぱり、君たちの世界に入ったのはぼきゅだから、君達の常識に従うのが筋だよね。
分かった、詫びるよ」
誠意が篭ってもない謝罪なんぞ、むしろ逆効果だからやめて欲しい。
今すぐにでも暴言を浴びせてやりたい。
しかし、聞きたいことが腐る程あるから、ここは我慢。
「何か…世界だの何だの言ってるのは厨二病拗らせたから?
それとも、真面目に言ってんの?」
「いたって真面目さ」
随分と低いトーンで返ってきたな。
ギャップのおかげで、少しビビってちびりそうになった。
何者だよ、こいつ。
「まず始めに、ここはどこだ?」
「ここはぼきゅお手製の異空間だよ。
君達が俗に言う『おまわり』が邪魔に入りそうだったから、ぼきゅら以外は干渉出来ない、超プライベートな空間にご招待してあげたんだよ。
いいと思わないかい?」
そう言うとフフッと笑った。
はっきりいってキモい。
かといって、一々気にしてるとキリがないから割り切ることにしよう。
俺は淡々と続けた。
「それはどうも。
で、『ぼきゅ』はキモいのでやめて下さい」
「ええっ⁉︎
ぼきゅのアイデンティティーが…」
「だからやめろってんだろ、包丁持ってくんぞ」
「ーーーー」
俺が冗談混じりに強く言うと、奴こと、テリー・ローゼンは何かを呟いた。小さくてよく聞き取れなかった。
刹那。
俺は果てしなく吹っ飛ばされた。
肉が取れていくような気がした。
凄まじい重力が俺の体を引っ張っている。
ひたすら岩を突き破り続けるように。
止まらないーー
止まらないーー
止まらないーー
ああ…耐えられそうにないーー
もう肉は引きちぎられてるなーー
遂には人間でもない奴に殺されるのかーー
あぁ、俺…ーー
死んだ。
間違いなく死んだ。
「ーーーー」
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二度と来るはずのない、目覚め。
しかし、来てしまっている。
俺は生きてしまっている。
何だかもう、よく分からない。
分からない、けど…
目を開くしかないらしい。
怖い。
「あまり見くびってもらっては困るね」
聞こえた瞬間、俺はとっさに瞼を開いた。
「でも、君には死なれては困るんだよねー」
そう言って俺の顔を覗き込んだ。
「ちょっと手荒だったかもしれないけど、分かって欲しい」
「ひ…うわぁぁあぁあぁああぁぁぁぁぁあぁぁあぁ!」
絶叫した。
真正面に俺を殺しかけた奴、テリー・ローゼンがいるのだ。
また殺される、今度こそは確実に死ぬ。
しかし、身体はゴムかなんかで拘束されていて、出来ることと言えばせいぜい後ずさり程度だった。
身体は震えている。
そんな俺をよそに、奴はぼんやりと呟いた。
「その反応は心外だなぁ、僕は君を殺した人でもあるが、助けた、
いわば、救世主なんだけどなぁ…」
そう言って、テリーは頬をポリポリとつまんなそうに掻いた。
「とりあえず、もう殺さないと思うから会話をしよう、
僕もそこまで暇じゃないしね」
面倒臭そうにしながら俺を宥めた後、
ニタア、と嫌な笑みを浮かべ、オッドアイを光らせて続けた。
「さあ、茶番は終わりだぁ、始めようかぁ」
声には殺気が篭っていて、身震いをさせるものだった。
そして、彼の本性が垣間見えた気がした。
奴は只者ではなかった。