第一章 一話『終わらない夢』
「ーーーー」
ーー闇の中だ。
何も見えないーー何も感じないーー
「ーーーー」
今にも闇の深層に飲まれそうだ。
よく考えたら、心がおぞましい闇にで溢れかえっているのだから、むしろ飲み込まれて当然かもしれない。
自分は闇に消される資格を持っている。
でも、誰でも地獄を見れば簡単に資格は持てる。
あんな絶望を見たんだ。
死ぬ以上に苦しい思いをさせられたんだ。
辛かったんだ。
「ーーーー」
俺が悪い訳じゃない。
あの場に俺を置いた神様が悪い。
だから、もう諦めさせて欲しい。
最後の仕上げである『自暴自棄』を終え、心が真っ黒にに染まりかけた時だった。
感じるはずのない、少しばかりの風を感じた。
ゆったりとしていて、生暖かいような、優しい風。
心地いい。癒される。
心が濾過される気分だ。
風は俺を運び始めた。
ゆるーりと、ゆるーりと、心がもう傷つかないよう、配慮するかのように。
俺は何処へ行くのだろう。
でも、この風が導いてくれるのだったらどこでもいい。
その先待ってるものが如何なるものでも、せめてもの罪滅ぼしのために戦う義務が
俺にはある。
俺は最低最悪の人間なのだから。
「ーーーー」
しばらく漂流は続いた。
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「ッ!」
目覚めた。いつもの天井で安心って…
熱い、熱い、熱い、熱い!
なんだなんだなんだ!
身体中の血液が沸騰してんだろ、これ!
やべえ、死ぬって、やめて!
俺、死因が『血液沸騰』なんて嫌だよ!
目覚めた瞬間に高熱に包まれている身体を冷ますべく、無我夢中で冷たいものを求めて俺はベットから飛び出て、ドアの下を蹴り飛ばし、廊下に踊り出た。
「誰か助けてよぉ〜!」
呻きながらも熱を持った体を強引に動かしてリビングへ向かう。いつもなら大して感じないような距離も、この時ばかりは3000里はあると感じた。
そんなどうでもいいことを考えているうちに、ついに意識が遠のき始めてしまった。
このままいくと…
死因、『血液沸騰による衰弱死』。
絶対やだ!恥ずかし過ぎる!俺にもプライドぐらいあるわ!
執念が湧き出た結果、何とかリビングには到達した。
「はぁ…はぁ…」
肩で息をしながらも、約3トンはある扉をこじ開けると、テーブル椅子に座りながら携帯をいじる妹と皿を洗っている母親が和気あいあいと談笑していた。
「お兄ちゃんおはよー…ってそんな時間でもないか…」
俺は妹に話しかけられた瞬間に身体の熱が一気に冷めていくのを体感した。それと引き換えなのか、目から熱いものが溢れていることにも気づいた。
「何でお兄ちゃん泣いてるの?」
「えっ…それは…その…」
熱が冷め、冷静さを取り戻した俺はとんでもない悪夢にうなされていたことを思い出していた。でも、それは頭が反応する前に感情が先に反応してしまったのだ。
あの光景は今でも鮮明に覚えている。
絶望と虚無しか残らない、あの地獄。
今にでも忘れたい。でも、絶対に忘れることは出来ないだろう。
何故なら、生々しさが尋常ではなかったのだ。まるで実際に体験したように恐怖や絶望が心に染み着き、蝕んでいる。
あれはただの悪夢ではない。
「お兄ちゃん?」
「あぁ、大丈夫…だよ…」
声が掠れてしまう。涙が溢れてしまう。力が抜けてしまう。
妹の前でこんな姿をみせるなんて、不覚だ。
「何があったの?」
しかし、3度目の優しい問いかけで俺の感情は崩壊した。
「うっ、うっ…」
その場で崩れ落ち、号泣した。