第7話『良縁ミステイク』
尋常じゃない激痛に苛まされて、カイトは意識を取り戻す。状況判断すべく、身体を起こそうとするものの、ちっとも言うことを聞かず、起き上がることができなかった。激痛に悶え苦しんでいたからか、しばらく気付かなかったこと。カイトの真下、つまり身体で潰されているが、そこには倒れ込んでいるスノウの姿があった。意識はあるらしく、目を見開いてカイトを見つめている。何か口を動かして喋っているらしかったが、今のカイトにはその声すらも届かないぐらいに衰弱化していた。
遡ること、ほんの数十秒前。全方位を敵に取り囲まれてしまったカイトとスノウ。全方位から弓矢で狙撃されてしまう。しかし、カイトは咄嗟にスノウを身体で押し潰し、自分が盾となることでスノウを守ろうと試みたのだ。案の定、風を切って飛翔する矢がカイトの背中へと突き刺さった。幸い、ほとんどの矢は少し頭上を通過して仲間にヒットしたらしく、内戦状態に陥っているところだった。それでも、背中には三本、左足と右太もも、左腕に一本ずつ、深々と突き刺さっていて鮮血を流させていた。カイトは激痛で気を失ってしまい、それから数十秒後に自然と目が覚めたのだった。
「カイト! ねぇ、カイト! 何で私を庇って……」
スノウが泣き出しそうな瞳でカイトへと叫びかけるものの、今のカイトにはその声は届かない。
二人が地面で倒れる中、周囲では仲間割れが発生していて、それぞれで殴り合いや殺し合いが始まって、もうめちゃくちゃになっていた。
「よぉ、随分と荒れ気味になってきたじゃねぇーかって、おおいっ! カイト、その背中はどーしたんだよ?!」
乱戦の中を縫うようにしてやってきたトルクが、カイトの背中に刺さった矢に気づいて驚愕の声を上げる。
「私を庇って、それで……」
「大体察する。それどころじゃないんだよ、今はな。さっさとカイトを安全圏へと運ぶぞ。手伝え、スノウ」
トルクは再び気を失ってしまったカイトの身体を慎重に、それでも迅速に持ち上げる。反対側をスノウがつき、二人は乱戦に巻き込まれないように足早に一軒家の陰に隠れた。それから傷だらけのカイトを、背中には矢が刺さってしまっているのでうつ伏せで地面に寝かす。
「くっ……こういう時に怪我を処置できる奴がいれば……」
「私たちで何とかするしかないんだよ。さもないと、カイトは……」
どうにか救おうと策を練る時間も惜しいほどに時間がない。処置が遅れればカイトは死ぬだろう。だけれど、変に処置しても逆効果。下手に手出しはできない状態だった。二人とも応急処置の方法など知っているわけもなく、ただただ時間が過ぎるだけだった。脳裏に嫌な結果だけが浮き始めていた。
そんな二人の目の前に一人の敵が現れた! その敵は弓矢を構えて二人を睨みつけていた。隙を突かれていて、二人は動くに動けない状態だ。
「……その子、怪我、してる。……痛そう」
目の前の女は小さくそんな言葉を吐くと、目前の敵へと向けていた弓矢を下に下ろした! キョトンとした表情の二人に、女は言い寄る。
「静かにしてれば、その子、助ける……けど?」
「そ、それは……信じても、良いの?」
不安げに、でも希望に満ちた瞳で女へと尋ねるスノウ。女は小さく首肯する。それから倒れるカイトに寄り添い、ほんの数分で突き刺さった矢の処理と傷の応急処置をしてくれた。背中と左腕、左足、右太ももにそれぞれ布状の何かが巻かれている。スノウは初めて見る道具に少し興味が湧いて尋ねてみた。
「ん? ……これは、包帯。傷が塞がるまで、菌の侵入を防ぐ、ためのもの」
「あぁ、そうか。スノウ、お前ら『プリンス族』は包帯がないのか。だから物珍しそうな目をしていたわけか」
「え? どこにでも包帯ってあるもの? 私たちは深い傷が出来た時は氷で冷やしたりして止血するんだけど……」
「お、お前、それ腐ったりしないよな?」
「……ところで、あなたは今、『プリンス族』って……言いましたよね?」
女がトルクへと冷淡な眼差しを向ける。いや、先ほどから感情が表に出ていなかったから、おおよそこういう表情なのかもしれないが。
「この村では……そのワードは禁忌、とされてます。絶対に、『アサシン』族の前で、それを口にしては、いけない」
「でも、あなたは『アサシン』族の一人、でしょ? なのに、何でそれを私たちに教えたりするの? まるで……反逆者、的な?」
スノウがどことなく悲しげな顔つきで女へと言った。以前、スノウはアサシン族の一人であったからこそ、少しだけ昔に戻ってしまったらしい。そのアサシン族をこれから殲滅するのだと思い、複雑な気持ちを抱いているスノウ。女は数秒だけ黙り込んだが、すぐに答えを口にした。
「私はただ、人が死ぬのを……嫌うだけであって、別に加担するわけじゃない……」
そう告げると、女は立ち上がって物陰から外へ。スノウとトルクはその様子を隠れて眺めていた。まだ乱戦は続いていて、数々の死傷者が地面に這いつくばっているのが確認できる。
「今がチャンスだぞ? この場から逃げて、態勢を整えられる。それに、あの乱戦に巻き込まれた人間は殲滅したことにカウントできる」
トルクは不敵な笑みを浮かべてそう案を述べた。スノウは少し複雑な気持ちだったけど、これほどの好機はないだろうと考える。負傷したカイトを運ぶのにも、安全だろう今がチャンスだった。
「そうね、私の野望にカイトを巻き込んじゃったんだから……」
トルクは負傷したカイトが痛まないように慎重に持ち上げて背負い、スノウと共に裏路地へと逃げることに。裏路地は焚き火の光が届いてるには届いてるのだが、中央の通路とは違って薄暗く、物陰に隠れてしまえば見つからないぐらいだ。人の気配は一切なく、雪道に転けてしまわないように慎重に進んでいく二人。
「このまま北へと直進していくと、私の記憶通りならば……あの髭――じゃなくて長老のいる集会場があるはず。他の木造建築物より一回りか二回り大きいからすぐに気づくと思う」
「一応、……いや、仲間の以上、これは訊いておかなければならないことだがよぉ……スノウ、お前は何歳の頃にプリンス族の仲間になった?」
トルクがスノウにそう訊いて、スノウは神妙な面持ちで答えた。
「……それは、今から六年前――
当時十歳だった私は、幼少ながらも『アサシン族筆頭ハンター』として活躍していた。数人の仲間を従えて、良く深い森の中へと食料探しに行ったりしていた。獣を見つければ狩ったり、食べられる野草を見つけては積んだりして、アサシン族に食の幸を振舞ってたりしていた。その活躍ゆえに筆頭ハンターだなんて名称を与えられて、とにかく大勢の人々に尊敬の眼差しを送られたり。仲間との仲が悪くもなくて良好だった。
そんなある時に、私は仲間と一緒に冬空の下、深き森の中へと狩りに出ていた。とはいえ、私は基本的に単独行動が好きで、いつも一人で突っ走っていくタイプなのだけれどね。当時の私は弓矢を主要としていて、その精密さはアサシン族弓使いの中でも随一と言われるほど。今日も何事もなく、ただただ普通に食料である獣を狩って村に戻るはずだった。
そしてそこで事件が発生してしまう。皆が決めていた合流点に集まって集合を待っていたときのこと。私も時間に遅れることなく、森の入口付近へとたどり着いていた。その時には私を含めて一人以外全員が集合していた。だけれど、それからいくら経っても、一人だけ帰ってこなかった。心配になった私たちは森の中へと再び足を踏み入れ、危険だからと一固まりになって捜索を始め、夜に近づいてくる頃、仲間の一人の惨殺死体が見つかってしまう。これには一同、言葉を失うしかなかった。
その事件は長老の元まで伝達され、長老は裁判を開くと断言した。私たちの仲間もその裁判に出ることになる。これからどうなってしまうのかと心配で冷や汗が止まらない。ただ、裁判当日に知ったことなのだが、裁判での被疑者が私だったのだ。何も身に覚えがなくて慌てふためいて、無理やり引き連れられて裁判の壇上に上がらされる。目の前には長老の姿。左右にはアサシン族民が数十名。その中には私の仲間たちの姿もあり、皆が悲しげな表情をして私を見つめていた。
「スノウ、お前は重罪犯だ」
しょっぱなからそんなことを告げられて、まだ小さかった私は困惑するしかなかった。
「証言も回収されてある。無駄口は叩けないぞ?」
子供一人相手に酷い言いようだった。この時の私が言い返せるはずもない。結局、冤罪で私は追放刑を執行されることとなった。追放刑は重罰とされていて、身一つで寒々しい外の世界へと放り出され、二度とアサシン族には戻れないとのこと。無防備状態で投げ出されてしまった私は完全に途方に暮れて、死ぬのを恐れて独り泣きじゃくっていた。とにかく寒いし、それに空腹で吐き気が襲う。呼吸をするのも苦しい状況にまで衰弱しきってしまい、動くこともままならないまま、その場に倒れ込んでしまう。ほとんど意識もなくなってて、寒いはずだったけど感覚も鈍ってきていてあまり伝わらず。冬の雪に半分ぐらい身体が埋まるほど、長時間その場で倒れ込んでいたらしい。そんな場にたまたま通りかかった一人の人間が衰弱していた私を見つけ、保護してくれなければ今の私はなかったと思う。
そして保護してくれた人間は『プリンス族』という民族の一人で、私もその民族の仲間となり、新たに人生をスタートするのだった。
「――そんな感じでつまらない人生を送ったのでした。おしまいおしまい」
「……随分と、酷い話じゃないか?」
「え?」
「理不尽極まりないっつーか、残酷無比っつーかぁ! 子供一人を追放だと?! 確たる証拠は揃ってないだろうに……脅しで強制的に罪を擦り付けたってか?!」
スノウの過去話に、なぜかトルクが憤激していた。それほどに、トルクは話にのめり込んでしまってたのだろうか? はたまた、正義感の強い男なのだろうか? 大声を出すトルクにスノウは慌てて黙らせる。
「興奮するのは分かるけど! ちょっと黙ってよ! バレたら追放なんかじゃ済まされないんだよ!」
小声だけれど叫ぶようにスノウは言い聞かせる。
「おぉう……分かったけどよ。とにかく、そいつは許せないな。実際に会えるんだったら俺がぶっ飛ばす!」
「ふふん♪ じゃあ、そろそろその願いも叶うんじゃない?」
至って変わって、楽しげに言ったスノウが前方を指差す。その先には一回りか二回りか大きい木造物が見えていた。そう、長老のいるだろう集会場だ。入口付近には普段はいないはずの警備役が二人ほど、槍を手にして立っている。先ほど、侵入者の情報が伝わってのことだろう。集会場は警備をつけるほどに重要な場所だと言える。物陰から二人はその様子を確認していた。
「むぅー……こんな時に限って警備が配属されちゃってるよ、もー」
スノウは膨れっ面でイライラしている。
「こういうこともあろうかと、あらかじめ用意周到に行かせてもらうスタイルなんだぜ、俺は」
キメ顔で格好つけながらそう述べたトルクはポケットから小さな笛を取り出す。木で作られた精密な笛で、細かい装飾も掘られている。ただ音を鳴らすだけの笛だ。スノウがそれを怪訝そうに見つめる中、トルクは笛を口に咥え、息を吹き込んだ。
「――――――」
「……えぇ? もしかして、その笛は音が鳴らないの?」
トルクが吹いたはずの笛からは一切の音が聞こえず、ただただ無音で、風の音が吹き抜ける音が一層大きく聞こえていた。だが、トルクは満足げな顔でやり切った感を醸し出している。
「知っているか? この世の中にはなぁ――」
トルクが何かを説明しようとしたそんな時、突如として現れた一匹の野生の四足生物が目の前で、瞬間的に二人の警備兵の頭部を殴打して気絶させた! スノウは飛び上がって、驚声でバレないように息を殺した。
毛並みが艷やかな、白銀の狼。倒れる番兵と比べて一目瞭然だが、人間一人分ほどのサイズを持つ、大型四足歩行生物である。喉を鳴らして威嚇しながら、周囲を警戒しているのか、鋭い眼光で睨みを効かせている。
「……なんてタイミングの悪さ……。トルク、一旦ここは、って、トルク?!」
トルクはカイトをスノウへと預け、平然な顔で表へと出て行く。異常な行為にスノウは目をこれでもかというほどに見開いていた。筆頭ハンターであったスノウでも、野生の狼には手を出さない。野生の狼は狩るのではなく狩られるからだ。そして、この状況は非常にまずいのである。
狼はトルクの姿をロックオンすると、全速力で走り寄って飛び付いた! スノウはどうにもならないと瞳を閉じる。その先で、
「あっはははっ! ずっと我慢してたんだよなーっ! よーしよし!」
そんなトルクの陽気な声が届いて目を開くと、そこには巨体の狼とじゃれているトルクの姿が。現実とは思えないほど、嬉しそうに素直に微笑んでいるトルクの姿と、ペロペロとトルクを舐め回してじゃれている白銀の狼の仲に、スノウは数秒間だけ見とれて言葉を失う。
「なぁ? 危険じゃないんだぜ、こいつはな。名前はフェンリル、俺の飼い狼だ」
じゃれあいながらも、後方の物陰で様子見をしているスノウへと説明をする。トルクはスノウをこちらへと呼び、スノウは慎重に緊張しながら歩み寄っていく。その姿をフェンリルが瞬間的に捉え、目にも止まらぬ速さでスノウへと飛びつき、爪で引っ掻こうとした。トルクが咄嗟に尻尾を引っ張って抑止させる。スノウは全身が硬直して意識を失いそうになっていた。
「フェンリル、こいつは俺の仲間だ、攻撃するな」
トルクがそう伝えると、フェンリルはすぐに大人しくなり、スノウの前に伏せて攻撃しないとの意思を示す。
「あは、あはは……トルク、ちょっと……怖いけど……」
「フェンリルは仲間だと認めた相手を傷つけたりはしないぜ」
「もしかして、さっきの笛は――」
「ん? あぁ、さっきの笛はな、犬笛というもので、犬や狼にしか聞こえない音を鳴らして合図をするものだ。さっきの合図は敵襲を受けたという合図だ。フェンリルはあらかじめ、リュックサックの中に詰めていた。丸まって眠っていたから静かだったけどな。俺が村の北側にそれを設置しておいたのが幸を奏じたわけだぜ」
トルクが持ってきていたリュックの中にはフェンリルが一匹詰まっていたらしい。相当な重量だったに違いない。
「カイトはフェンリルに任せると良い。命をかけて守ってくれるはずだ」
「そ、そう? じゃあ、任せようかな……フェ、フェンリル?」
フェンリルはスノウの声に反応して一度吠える。スノウはビクッと身体を揺らしたが、敵意はないのを知ってるので、背中に担いでいたカイトをフェンリルの背中に乗せる。
「さて、俺らは俺らでケリつけに行くぜ!」
「ちょっと! 何でトルクが先導してるの?!」
スノウとトルクはフェンリルにカイトを任せて、集会場へと足を運ぶ。入口左右に倒れる番兵に心にもない礼をしてから中へと堂々と侵入していく。フェンリルは見送りの挨拶に一度だけ大きく吠えた。背中のカイトが落ちそうになって咄嗟に修正し、物陰にゆっくりと姿を消した。
扉を開いて中へと入ると、目の前にはホールが広がっていた。四角い木製机がいくつか規則正しく並べられ、同じ素材の長椅子が脇に置かれている。壁側には炎の燃えている松明を置く場所があり、木材の壁に引火しないように松明の元に水が溜められていた。その松明のおかげでホール内は暗くなくて明るい。ホール内には数十名のアサシン族が夜飯を取っていて、皆楽しげに騒ぎ立てていた。宴のように思える。そんな中に入ったスノウとトルクの二人。手前の数名が気づいて、波紋が伝わるようにホール内へと二人の姿が認知されて、すぐに静まり返った。
「……何年経ってもこのバカ騒ぎは止まらないんだ。ということは、あのヒョロ髭もまだ生きてるってことだね。とっくに老死してると思ったわ」
スノウがそんな言葉をホール内全域に聞こえる声量で叫ぶ。それに反応してか、当の本人が奥の方で立ち上がった。確かに、ひょろい体つきで、白い口髭と顎髭が結合して下に垂れ下がっている。まるで賢者をイメージさせる、もしくは仙人。
「その特徴的な髪色……変わらない減らず口。もしや、お主は……」
その老人はゆっくりとフラつきながら近づいていき、そしてスノウではなくてトルクの前で立ち止まる。じっくりとトルクの全身を見回した。トルクはやや恥ずかしげに少し身体を後ろへと逸らす。
「おぉう、お主はあの時のガキじゃな? 随分と大きくなったもんだよ。あんなに可愛かったのに、今では男みたいになってしもうたな」
「そっちじゃないって! こっち! ついに老化が行くとこまで行ったわけ?! 人の顔ぐらい覚えておけ、老いぼれジジイ!」
スノウがプンスカしながら老人の腹をポカポカと叩く。老人の割に身長が高く、スノウの身長が低いのもあって、父と娘のやり取りのように見えて和む。
「おぉ、そっちじゃったか。大きくなったのぉ、ス……ス、ス、スゥー……スピリチュアル?」
「スノウよ!」
「おぉ、そうじゃったか」
スノウは惚け呆ける老人を無理やり押し倒し、背中にのしかかって紐を首に巻きつけた。先ほどの和みムードから一転、急に暴力に出たスノウに、トルクは驚愕して一瞬だけ止めにかかろうかとして踏み留まる。ホール内にいたアサシン族民たちが驚いて席から立ち上がる。
「動かないで! 動けば、この老いぼれの首を締めて、二度とを動かない身体になるわよ?!」
スノウの恫喝にほとんどの人間が顔を青くした。トルクは出迎え感のあった入場だったので今の今まで忘れかけていた。本来の目的はアサシン族殲滅。観光や帰宅とは違うのだ。
「……やっぱりまだ忘れていないのだな? あの時、わしらがお主を追放したことを……」
スノウに潰されている老人が弱々しい口調で尋ねる。
「そう! そしてこれは復讐! 君を殺すための、復讐なんだよ!」
スノウは腰に隠し持っていた一本のナイフを取り出すと、それを突きつける。周囲が一瞬どよめいた。
「俺の拳よりお前の制裁のほうが正しいか……。やはり……手ぶらだとは思っていたが、腰にナイフか何か隠し持ってるとは察してたぜ。で? そいつを殺っておしまいか? だったら、とっとと済ませてこんな村なんておさらばしようぜ。」
トルクが背後からスノウを煽る。スノウは険しい表情で老人を睨みつけていた。
「スノウ! ちょっと俺の話を――」
「言うなぁっ! ……わしはお主に刺されて当然の人間なのじゃろう。追放を決めたのはわしじゃからな。さぁ、早くわしを殺して去るが良い。二度と顔を見せてはならないのだからな」
他の誰かが何かを伝えようと叫んだ声を制し、老人はスノウへとそう言い伝える。スノウはナイフを持つ手に力を入れる。少しだけ刃が震えていたのをトルクは見ていた。
「……そこの人、今……なんて言おうとしたの?」
スノウは老人に止められてしまった一人の男性の言葉を聞くために尋ね、老人が喋るなと叫び散らし始めた。その老人の首をスノウが引き締めて黙らせる。
「言って」
スノウの気迫に動揺しながらも、男は口を開く。
「……実は、その……あの時の事件の犯人は……スノウじゃないって最初から分かっていたことだったんだ!」
男は決死の覚悟でそう叫び、スノウは眉を潜める。男は一旦、深呼吸をしてから言葉を口にした。
「六年前……スノウたちの仲間が一人殺された……。その際に独立行動を取っていたのは確かにスノウだけだっただろう。だけれど、スノウには不可能な傷の作り方だった。一目瞭然なんだ、あれはどう考えたって弓矢じゃなくて刀の傷。そして、スノウの仲間の中にその傷を作れるものはいない」
「じゃあ……わざわざ私を追放刑に処したのはなぜ?!」
スノウは感情的に叫ぶ。どちらかというと言葉というより奇声に近い。
「……あの時、殺されたスノウの仲間『ウェル』は、敵軍の侵攻に気づいてしまったんだ……」
「なんですって?」
「ウェルは一人、敵軍へと刃向かった。もし、あの時の彼の行動がなければ、今頃君も死んでいたんだ、スノウ。敵軍侵攻の情報は別の仲間によって伝えられ、私たちはウェルを援護しに急いで駆り出たが……遅かった。ウェルは既に無数の矢を浴びて死んでしまった。ただ、悲しんでる暇はない。今すぐに敵と戦う準備を始めなければならない。そこで、長老はスノウ、君を一人、村から追いやって逃がすことにした。後に、敵軍が侵攻してきて、この村は壊滅状態までに追いやられてしまう。村人は子供女関係なしに惨殺され、家々は炎に包まれて住む場所も潰されてしまった。完璧な作戦に全滅しそうにはなったものの、何とか追い返すことに成功はした。君があの場所に残っていたなら、今頃はこうやって会話すら交わせなかっただろう。これは長老の策だった」
そこまで一気に話し終え、男は興奮状態を落ち着かせる。
「……何で? だったら何で……私だけを追放したっ?! 私には他にも仲間や家族が――」
「……みんな、死んだよ。全員敵軍にやられた。高山帯に住む『プリンス族』によって」
その答えにはスノウだけではなくて、トルクも驚いてしまう。つまりは、追放されて死にそうになっていたスノウを助けたのはプリンス族で、故郷のアサシン族を壊滅的状態にまで追いやったのもプリンス族だということだ。
「……君の仲間は自らの意思で残った。君を追放させる案は長老のものではあるが、同時に仲間の案でもあった。そして、皆はそれに従った。スノウ、君に助かってほしいから」
スノウは、そこまで聴き終えて、無言で構えていたナイフを地面へと落とした。金属の響音が木材の地面に当たって小さく響く。長老から退いたスノウは暗い表情で立ち上がると、トルクへと無言で抱きついた。トルクは訳が分からず困惑し、引き剥がそうと手を回すが、スノウが涙を流して悲しんでいるのを見て、その手は止まってしまう。涙が服を通して伝わっていた。
「……やっぱりあなたは……救って正解だった……」
どこからかそんな声が聞こえる。人々を割いて、一人の女がトルクとスノウの前へとやってきた。先ほど、全身傷だらけで死にそうだったカイトに応急処置を施した女だった。
「あっ、さっきの女!」
「……ん? 何じゃ、お主ら……既にリリアに出会ったのか」
長老が腰を押さえながら立ち上がって、意外そうに反応する。女はリリアというらしい。リリアはトルクに抱きつき泣いているスノウを見て、小さく微笑む。普段から無表情しかしなさそうな雰囲気だったので、トルクはちょっとばかし興味深げに見つめる。
「そろそろ決めなくちゃいけない……スノウが、どっちなのかを」
「どっち? それは何じゃ?」
答えを求める長老に、リリアは淡々と簡潔に答える。
「スノウが『アサシン族』と『プリンス族』のどっちに加担するか、です」
何もためらわずにスラスラと答えるリリア。長老は当然ながら驚いてはいた。まさかスノウがアサシン族破滅の原因を作られそうになった敵『プリンス族』に加担してるなどとは思いもしなかったはず。
その言葉に反応したのか、トルクに泣きついていたスノウが俯いたままだけれど振り向く。そして小さく口を開いた。
「わ、私は……アサシン族出身だし、アサシン族の血脈を持つけど……。でも、プリンス族にだって……恩を売られてる。この命は、プリンス族の人間によって守られたから……。だから、どっちかなんて……」
「どっちか、しかないんじゃよ。敵対関係である以上はな」
スノウが再び泣きそうになっている中、後ろで黙りこくっていたトルクが口を開く。
「スノウ、目的は何だったっけ?」
「え?」
「お前の本来の目的、ってもんだよ。確か、そこの髭ジジイに仕返しすること……じゃなかったか? だったら、お前はプリンス族に残るべきだ」
「で、でもそれじゃあ……」
「スノウよ、アサシン族から追放したのは止むを得なかったのじゃよ。それに、今は戦いはなくて平和じゃ。もう一度、アサシン族に戻ってきてはくれんかのう。みんなが暖かく迎え入れてくれるはずじゃ」
トルクと長老の言葉を順々聞き、スノウは余計に苦悩する。今の状況ではどちらに加担しても結局は以前の仲間と一緒にいれる。
「……わ、私は――