表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
残存ツンドラ旅行記Ⅰ  作者: 星野夜
5/23

第4話『旅立ち』

 カイトは雪の洞窟に一人住んでいる、緑髪の男、トルクに助けられて、一夜を明かした。その間、トルクは『師匠にして憧れの人間』についてを熱弁していて、カイトは月が暮れ始めるまでトルクに耳を傾けていた。最後の方はまぶた半開きで夢と現実を彷徨っていた。

 そして日が登り始め、だらしなく地面に眠っているカイトを、トルクは呆れ顔でたたき起こした。カイトは眠たそうな顔でむくっと起き上がると、辺りを見回してから一言、

「……おはよう」

 そう挨拶をした。あまりの寝相の悪さに、ベッドの上から落ちていたカイト。

 トルクに借りていた毛皮の服を着替え、干していて乾いた自分の服に着替える。下着を着込んで、その上から暗緑色の外套を羽織り、いつも欠かさず肌身離さず持っている小さな護身弓を外套に隠すように、腰の辺りに引っ掛けるようにしてつけた。

「さて、今日はギェナーが作った氷の舟を見に行くぞ! いやぁ、どんな仕上がりになってるか、楽しみだな!」

 トルクは朝だというのに興奮している。同じくして、カイトも旅に出られるとウズウズしているようだった。

 大急ぎで旅荷物の準備を始める二人。ベッドの上に荷物を広げ、それぞれ指差し確認して毛皮のリュックへと収める。ほとんどは生きるために必要な器具などで、テントを簡易的に作るためのロープや皮、火を起こすための乾燥葉、弓の予備弦などと色々な道具類。食料は乾燥肉が数枚だけで、旅道中で食料は補給するつもりだ。

 リュックにしっかりと詰め込んだ二人は雪の洞窟を飛び出し、真っ先にギェナーのいる家へと向かう。その最中、カイトは取り残してしまったルマのことを思い出して立ち止まった。猛烈な勢いで疾駆してたトルクがカイトにつられて急停止し、足を絡ませて雪の上に転け、柔らかい雪に頭がすっぽりと埋まった。

「どーした? 何か忘れ物か?」

 雪の中から尋ねるトルクに、

「大切な人を忘れてた。今回の旅に参加する、僕の大切な人だよ。一夜いなかったから、きっと心配してるだろうなー」

 カイトは蒼穹を見上げながら、どことなくもの寂しげに言った。

「……恋人か?」

 そう尋ねると、カイトは顔を真っ赤にさせて湯気を立てた。まるで爆発するかのような勢いだ。

「まっ、まさかそんなわけ! 別に恋人でも何でもなくて、その――」

「あはっ! 大当たりか! 若いとは良いもんだな、にーちゃん!」

 トルクがカイトを茶化し、カイトは真っ赤になって抗議していた。

 それからカイトに連れられ、トルクはカイトの家がある、北極の氷を利用して作られている氷の洞窟へ。カイトの部屋へと行く。中には一人の少女がせっせと何か作業をしていた。長いストレートの茶髪で、瞳は翡翠のように美しい色をしている。フカフカの毛皮で作られた外套を羽織っていた。年頃はカイトと同じ。可愛らしい少女だった。

「あれがお前の恋人な、ふむふむ」

「いや、違うって!」

 二人の声に気づいて少女は振り返る。

「カイト! 心配したんだから! どこ行ってたの?!」

「ルマ、えっとね――ってうわ!」

 ルマがカイトへと飛び込んできて、そう叫ぶように尋ねた。本当に心配してたのか、泣き出しそうな瞳でカイトに抱きついた。カイトは温度差があって動揺しているようだったが、しっかりと抱きしめてあげた。それをトルクが横目で見て、ニヤニヤとした表情をしていた。

 カイトが泣き出しそうなルマに事情を一からしっかりと説明、それを終えたのを見て、トルクがわざとらしく咳き込んで話を切り替えた。

「ごほんっ! えー……カイトの恋人の、ルマ、で良いんだよな?」

「いや、恋人とかじゃなくて――」

「恋人?! 私、えっと、その、恋人っていうのはあれで、その――」

 カイトとルマが同時に同じようなリアクションをし、トルクはおおよそを推測する。

「はいはい、分かった。まぁ、恋人にせよ、他人にせよ、同じ旅仲間には変わりないんだろ? 改めて、よろしくな、おふたりさん」

「うん、こちらこそ」

「あの、今日からよろしくおねがいします……」

 カイトとルマはそこで荷物をまとめ、氷の洞窟を後にする。それから三人で、ギェナーの家を訪れた。相変わらず毛皮で作られた暖かな家で、室内気温と外気温の差が激しく、中から煙が出そうなほど。その家の真ん中に、いつものようにギェナーは座っていた。毛皮のハチマキを巻いて髪の毛を上げ、毛皮の服装を纏い、寒さ対策万全。『白い悪魔』から取れる白の毛皮を使っていて、自分がどれほどの腕かを証明している。見た目五十代ほどの白髪頭の名工だ。

「おぅ、来たかって――一人増えてるな」

「ギェナー、舟を見せてくれ。こいつら含めても大丈夫か?」

「問題ない」

 ギェナーは気だるそうに身を上げ、立ち上がると三人と共に外へと出た。それからギェナーについて行き、氷の大地一番端へとやってきた。昨日来た時にはなかっただろう、舟が出現していた。全体が真っ白で、形は先端が槍のように、後端が台形になっている。全長およそ五メートル、幅三メートル、高さ二メートルの巨大な舟だった。氷の大地には、その舟にの型に抜けていて、その空間には海水が流れ込んでいた。

「さてと、どうだ? 問題なしだろ?」

 ギェナーが胸を張ってそう尋ね、三人は呆然とそれを眺めていた。ギェナーは遠慮なく話し続ける。

「こいつは海面から五十センチほど出ていて、櫂などで漕ぐ。注意点は津波に遭った場合は簡単に流されるし、壊れる可能性もなくはない。いくら北極大陸の氷とはいえ、津波で削られれば、いつかは割れて消え去る。出航は今日のような晴天で風の少ない日だけにしておきな。それと、南へ向かうにつれ、氷が溶け始める。時間との勝負だ」

 ギェナーは呆然と観覧する三人にそう告げ、自分は颯爽と帰っていった。


 心配ながらも、三人は慎重に氷の舟へと乗り込んだ。今日の波は穏やかで、一定間隔の揺れが地面から伝わり、まるで流氷に乗ってるような感覚を覚える。ギェナーが置いて行っただろう、貴重な木製の櫂が船内にあったので、それを使って舟を漕ぎ始める。ゆっくりではあるものの、少しずつ舟は前進していく。北極大陸が離れて行っているようにも見えた。

「……何か、おもしろそーな旅が始まる予感がしないか?」

 トルクは蒼穹を見上げながら楽しげに尋ね、カイトもまた、同様に肯定した。

 天候は快晴、風・波ともに安穏。朝日が海面を照らし、白い光を美しく乱反射させている。氷の舟底が穏やかな波を捕らえ、十数センチほどの揺れを作っている。背後は上下する氷の大地、前方は何一つない水平線が続く。

 カイトとトルクは木製の櫂を使い、ゆったりとした勢いで舟を前進させる。ルマは力仕事ができない代わりに、食料となる魚を釣っていた。既に二匹ほど釣られていて、氷の舟に開けた穴の中に溜めていた。本来、弓の弦に使うはずの糸なので、かなり頑丈。大型魚が引っかからない限りは切れる心配性はなし。

「トルクさん……あの、一つ訊きたいことがあったんですが……」

 カイトは櫂を漕ぎながら、左側で櫂を漕ぐトルクへとオドオドしく尋ねる。

「ん、何だ?」

「その……荷物、多すぎじゃないですか?」

 カイトの視線の先、舟後方部にはトルクのリュックが五つほど置かれていて、一つ一つが大人一人で運ぶのに一苦労するサイズだった。カイトとルマのリュックがその横にこじんまりと置かれていて、その差は一目瞭然。

「あー、忘れてた。実はな、この舟を強化するために、簡易的な帆を持ってきたんだ」

「帆?」

 カイトは聞いたことのない言葉に首をかしげる。

「帆を知らないのか? とてつもなく画期的なもんだよ。待ってろ、今付けてやる」

 トルクは櫂を置き、自分のリュックを一つ開く。中から貴重なはずの木製物が大量に出てきて、カイトは少しだけ驚いた。トルクはそれを何やら組み立てているようだった。それから動物の毛皮で作った布の何かを木製物に取り付けた。

「ギェナーにあらかじめ、こいつの取り付け場所を作ってもらっていた。一箇所、妙に穴の空いた場所があるだろ?」

 カイトはそう聞かれて後ろを確認する。釣りに夢中のルマの後ろ辺りに十センチほどの穴が空いていた。トルクは木製物を持ち上げ、先端部をその穴へと勢い良く差し込んだ。ちょうど良いサイズで木製物先端がはまり、がっちりと固定された。そしてトルクは、木製物に取り付けた布を開く。途端、その布が風を捕らえて、バサリと大きく開いた! 風を受け止め、その力が舟へと伝わり、櫂を漕いでもいないのに舟が前進し始めた。

「どうだ? これが帆の実力っつーもんだぜ」

 カイトが感心し、トルクが満足げに胸を張っていると、トルクの背後で悲鳴が上がった。ルマが帆の差し込み口を驚愕した表情で見つめている。

「そこ! 釣った魚入れてたんだけど!」

「えぇ!」「なっ!」

 カイトとトルクが同時に言葉を失った。魚、それは北極内において重要なものである。カイトとトルクは焦った顔で帆の取り外しを試みる。しかし、木材と毛皮で作られた帆はそのものが重く、ガッチリと穴にハマってしまった帆は、二人がかりでは持ち上げられるものではなかった。二人はどうにもならなくて嘆息を吐いた。

「せっかくの……食料が……。幸先悪いね」

「仕方ねぇな。俺も説明を忘れてたゆえに起こったことだ」


 魚を帆で潰してしまった一行は、魚釣り一本でやってくことに。誰も櫂で漕がなかったが、海流が流氷の舟をゆったりと流し続けているため、急いでない今は漕ぐ必要がなかった。右端で三人並んで釣竿を構えて座っている。その竿に反応はない。そんなことが一時間ほど続いてた時、カイトが静寂を破った。

「あの、トルクさんは……どこか別の民族だったりします?」

「いきなりどうした?」

「いや、その……何か別次元の人みたいな気がして……」

「なんじゃそりゃ? ……まぁ、確かに当たってない訳じゃない。カイトの言うとおり、俺は別の民族、つまりツンドラ族ではない」

 そこまでキッパリと言い切ったトルクに、カイトとルマは二人してポカンと口を開いて唖然としていた。トルクはあまりの驚きように逆に困惑する。

「えっと……それが本当なら相当なことなんだ。トルクさんはツンドラ地帯に対応できる身体を持ってることになるんだから。でも、いつから北極に転移してきたんですか?」

「それはな――」

 カイトの疑問に答えようとトルクが口を開いたその時、トルクの竿が反応し、釣り糸をグイグイと引っ張り始めた。どうやら魚が餌に食いついたらしい。トルクは久々の反応に驚きつつも、興奮気味に立ち上がって竿を引っ張り始めた。カイトもルマも、食料が手に入ると盛り上がっている。

「ぬあっ! 魚ってこんなにもおめぇーもんか、おいっ!」

 トルクは竿が折れるんじゃないかってぐらいに引っ張っていて、獲物も負けじと釣り糸を引っ張り、二つを介している竿は限界まで湾曲している。

「頑張ってください、トルクさん! それは私たちの今日の食料になるんですから!」

「分かってるけどよぉっ! つえーもんはつえーんだよぉおっ!」

 必死に引っ張りあげようとするトルク。舟の端に足を引っ掛け、無理やり身体を押し倒してテコの原理を利用しての引き上げにかかっていた。しかし、舟の側板が先に限界を迎えていた。トルクの足を支えていた側板の氷に亀裂が走り、そして弾け飛んでしまった! トルクは魚の勢いに身体を持ってかれて突き刺すような寒さの海へとダイブしてしまった。

「「トルクさん?!」」

 波が荒くないことだけが幸いだった。トルクは寒そうに海面へと顔を出し、びしょ濡れになって舟へと戻ってきた。

「ぐぁー、負けたぁ!」

 トルクは濡れた服など気にせずに、ただ魚に負けたことを悔いているようだった。そんなトルクを見て、カイトとルマは笑顔で笑い、トルクはやきもきしてたが、そのうち二人の笑顔につられて笑った。静かな海の上で、三人は疲れるほど笑い、和やかなムードに包まれていた。

 結局、その日はトルク以外の二人の収穫によって、計六匹釣れた。トルクは実に悔しそうにしているが、トルクの竿は海へと落ちてしまったのだから仕方ない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ