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残存ツンドラ旅行記Ⅰ  作者: 星野夜
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第3話『旅人たち』

 とある名工の所に一人の若者が訪ねて来ました。茶色の長髪ストレートで翡翠色の瞳を持つ少女です。フカフカの毛皮でできた外套を羽織り、同じく毛皮で作られたズボンを履き、極地の寒さ対策をしています。ルマという名前の少女です。

 名工の家は壁から天井、地面の全てが毛皮で作られた特殊な家でした。毛皮の保温効果のおかげで、外気温との差は十度ほどです。

 その家の中央部に一人の人物が座っていました。見た目年齢五十代後半で、白髪頭の男です。毛皮で作ったハチマキを巻き、髪の毛を上げているので額があらわとなっています。白い毛皮の服に身を包む彼は北極一の名工です。この白い毛皮は『白い悪魔』と呼ばれる動物の外皮で、この毛皮を持つ人間は力のある人間だという証明。彼はギェナーという名前です。

 ルマはギェナーに尋ねました。

「ギェナーさん、カイトを知りませんか? ずっと姿がないんですが」

「カイトか? あいつは今、狩猟に出かけてるぞ。良ければそろそろ帰ってくる頃だろう。さて、どれほどの収穫を出すのか、楽しみだ」

 ギェナーは怪しい笑みを浮かべてそう独り言を呟いた。

 ルマはカイトが狩猟をしていると知ると、ホッとして帰っていった。まさか、命の危機に直面しているとは知らずに。


 カイトへとめがけて『白い悪魔』の腕が伸びていきました。カイトは震える足を振るい立たせ、何とか立ち上がると逃げ出そうと足に力を入れます。その足の神経を『白い悪魔』が鋭爪で引き裂きました! カイトは足の神経を切られて倒れます。裂かれたアキレス腱から血が滝のように流れ出し、その場の雪を赤く染めていきます。カイトは痛みに悶絶していますが、『白い悪魔』は気にしません。悶絶して倒れるカイトの頭を足で踏み潰しました! グシャリと鈍い音と共に、『白い悪魔』の足下に赤く温かい血が広がりました。


「うわああああああああああああああああああああっ!」

 カイトが悪夢を見て飛び起きます。全身に嫌な汗をかいて服がジメジメとしていました。

 普段着ている暗緑色の外套と下着は水浸しで干されていました。その代わりに見知らぬ毛皮の服を着せられていました。

 状況判断が曖昧なカイトは辺りを見回します。そこは雪の洞窟でした。天井、地面、全てが雪で作られている家でした。このような類は雪の壁に穴を掘って作るタイプです。そんな雪の洞窟の中は毛皮で作られた床引きが敷かれています。カイトが寝ていた場所は雪と毛皮で作られた寝心地の良いベッドでした。

 カイトの目の前、自分に背を向けて何かの作業をする一人の男がいました。白い毛皮の外套を身に纏う緑色の髪の毛をした男性です。カイトはその男を物珍しそうに見つめます。緑色の髪の毛なんて人生で初めて見たからでしょう。

「おう、起きたか、命知らず」

 緑髪の男は振り向かずに作業を続けながらそう言いました。

「あの、ここ、どこですか?」

 カイトは男に尋ねます。

「ここは俺の家だ。そしてお前は俺に命を救われた身だ。覚えてるだろ? お前さんは『白い悪魔』にその齢にして無謀にも一人で挑んで、そして見事にやられるところだった。そこを俺が救ってやった」

 緑髪の男のその言葉に、ようやくカイトは自分の置かれている状況を把握しました。

「やっぱり無理があったんだ。こんなんじゃ、いつまで経っても旅になんて出られない」

 カイトは悔しそうに拳を握った。緑髪の男が作業を終えたのか、カイトの方に顔を向けた。その顔には斜めに大きな切り傷ができていた。

「以前にも旅に出たことがあるのだろう?」

「はい、だけど一人じゃなかった」

 緑髪の男は先ほどまで手入れしていた弓と矢を壁側に置き、その横に旅荷物の入ったリュックを置いた。それからカイトの前までやってくると、こう言い出した。

「お前は弱い。旅に出るにはまだ最低でも一年はかかる。だが、俺が居ればどうだ? 俺は『白い悪魔』を一撃で倒せる男だぜ? お前の旅をバックアップしてやる。これでどうだ?」

 それは意外な言葉だった。そして意外な出会いでもあった。カイトは彼のおかげで舟を作り、そして旅に出ることが可能になる。カイトの脈動が早くなり、興奮しているのが分かった。だけど、彼に迷惑がかからないかという心配があった。

「そこの問題は気にするな。偶然、俺もギェナーに舟を作る依頼をしていた、旅目的でな」

 緑髪の男が座っているカイトの首根を掴んで持ち上げ、地面に立たせた。それから、カイトの腕を掴むと、男は外へと歩き始めた。カイトは動揺しながら、歩き出される。

「ちょっと、どこへ行くんですか?!」

「決まってるだろ? ギェナーのとこだ。あ、その前に『白い悪魔』の皮を剥ぎ取っとけよ、旅人さん」


「何だ、アンタら、グルだったのか」

 ギェナーがカイトと緑髪の男が訪ねて来たのを見て、すっとんきょうな顔をして言った。

 カイトと緑髪の男は『白い悪魔』から剥ぎ取ってきた毛皮をギェナーの前に提出する。まだはぎ取り立てで、その毛皮は水々しい。ギェナーはその毛皮を触ったり、匂いを嗅いだり、じっくりと観察したりした後、その毛皮を二人に返した。

「合格だ。確かに本物の『白い悪魔』の毛皮だな。舟は約束通り、作ってやろう」

 ギェナーはそう言うと、準備を始めた。部屋の奥、茶色の毛皮が何かを覆い被さっているとこへ行き、その毛皮の中の物品を取り出した。それらを毛皮のリュックに全て詰め込むと、重そうに背負い込んで外へと出ていった。二人もギェナーの後について行って様子を見に行くことに。

「この北極はな、氷だけで作られた大陸、ということはご存知か?」

 ギェナーは後ろを付いてくる二人へと言った。知らなかった二人はボケっとしている。ギェナーはそんな二人を確認して、言葉を続けた。

「氷だけの大陸に、舟を作る木材なんて存在するわけがない。そんな時はどうすれば良いのか?」

 ギェナーは二人に問題を出したが、二人は無言のまま答えることはできなかった。

「木材のない氷だけの大地において、舟を作る素材は――」

 ギェナーは自分の足を地面に二度三度踏みつけた。

「――これだ」

「じゃあ、ギェナーは氷だけで舟を作っちまうっつーのかよ?!」

 驚く緑髪の男を見て、ギェナーは笑顔で首肯した。

 それから数分後、彼らは氷の大地の一番端、海が一望できるやや高い台地にやって来た。ギェナーはそこで荷物を下ろし、中から一つの道具を取り出すと、二人に見せつけた。それは棍棒のような木材に、何かの爪か牙をいくつも並列に取り付けたものだ。見たことないだろう二人に分かるように、ギェナーは説明する。

「これは木材と牙などを使って作られたものだ」

 ギェナーは氷の台地の端にその木の棒を牙が当たるように構えた。そして力を込めて引いたり押したりした。すると、その木の棒が氷の台地を削り始めた。二人はそれを感心して見つめる。

「これはこのように何かを切り取るときに使う。南側の地方ではこれを『ノコギリ』と言っている」

 ギェナーは『ノコギリ』をいったん置くと、次にまた別の道具を取り出した。先端に極端に大きい木材が取り付けられた木の棒と、先端が矢の針のように鋭く尖った一本の真っ直ぐな木材だった。

「これは『ハンマー』と『アイスピック』だ」

 ギェナーは『アイスピック』と呼ぶ鋭い木材を地面につけて、やや穴を掘って差し込む。それから数歩下がり、『ハンマー』を両手で持って、そのアイスピックの後端にめがけて『ハンマー』を叩きつけた! 木と木のぶつかり合う音が響いた。やや振動が足元まで伝わってくる。叩かれた『アイスピック』が掘った分よりも奥へと無理やり突き刺さった。そして周りにややヒビが入った。

「こうやって穴を開け、氷を無理やり割り取る道具だ。だが、やはり時間がかかる。アンタら、明朝、もう一度ここに来てくれ。その時までに完成させる」

 ギェナーがそう言って、緑髪の男はカイトを自宅へと連れて行った。ギェナーは黙々と自分に課せられた舟を作る仕事を楽しげにこなすのだった。


 カイトは緑髪の男へとついて行き、その男の実家へ、雪の洞窟へと向かっていた。時間帯は昼頃。雲のあまり張られていない空には太陽が煌めいていた。風が少し吹き始め、寒くなり始めていた。景色はずっと銀世界だが、カイトはずっと見てきた景色なので飽きるとかはないのだろう。

「何で、あなたは僕の手伝いなんて引き受けたのですか?」

 カイトが疑問になったそのことを緑髪の男に尋ねる。男は背後をついてくるカイトへと振り向き、

「あなたとか言うな、俺にはトルクっつー名前があるんだからよ。ギェナーが言ってたぞ、お前はカイトっつーらしいな。俺はちょうど、お前の年頃の時に旅に出た。懐かしーなー、あの時はやはり相当な苦戦を強いられた。そんな俺を助けてくれた一人の大人がいた。俺の師匠にして、あこがれの人物さ。俺もいつか師匠みたいな人間になりたいと思ってな。そして何の運命なのか、同じ境遇の人間を見つけた。お前だ、カイト。俺は師匠のようにお前を手助けしたくなった、それだけのことだ」

 トルクは空を見上げながら、昔を懐かしんでそう呟いた。

「師匠さんは今、どこにいるんですか?」

 カイトがそう尋ねると、トルクは見上げていた顔を白い地面に向けた。

「師匠は数十年前に突如いなくなっちまったんだよ。それ以来、師匠の姿を見た人間はいないらしい」

「弓矢の上手いトルクさんの師匠なんですから、それはすごい腕の持ち主なんでしょうね」

 カイトは師匠がどんな人間なのか頭の中で妄想を広げて、興味津々に言った。その言葉は疑問ではなく断定だった。トルクは嬉しそうに口角を上げ、カイトを指差して叫んだ。

「そりゃーもちろんだ、お前っ! 師匠の弓矢の腕はおそらく『数百年に一人の逸材』だぞ、マジで! 狙った獲物は逃がさないし、狙いを付けるのも一瞬だ! 落下分の計算も即座にしてるし、目標物の軌道とかも考えての狙撃だ!」

 興奮しながら師匠のことを説明するトルク。その話は実家に着くまで絶えることはなかった。

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