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残存ツンドラ旅行記Ⅰ  作者: 星野夜
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第2話『白い悪魔』

 舟がなくては旅に出られない。この水温零度近いこの氷海を泳いで、遠き大陸を目指すことは体力があっても不可能。舟はとても重要なものだ。これがなければ、やはり旅には出られない。なんせ、北極は大陸つなぎにはなっておらず、氷だけでできた孤島。歩きでも不可能。どう考えても、結論としては舟は必要。しかし、氷の島、北極に舟を作るための木材があるかといえば、正直なところ、ほとんどない。北極においては木材はとても貴重な上、北極への木材運輸は厳しいものがある。途中で腐ってしまうか、木材が幅を取って食料があまり積み込めないために舟員が餓死して終わるか、その二択だけ。木材が北極にあるだけで驚愕といったところだった。舟に木材の使用は考えないほうが良いだろう。だが、木材がなければどうやって舟を作るのか?『獣の革』=沈没。『布』=水没。『弓矢などの小さい木材』=素材不足。舟とは北極においてとても希少価値のある物なのだ。そんな舟がなければ旅には出られない。『旅に出る人間』=財産力とも言われるほど。旅人に舟は付き物、旅人に財産は付き物。何度もいうようだが、舟がなければ北極プリズンからは脱出できない。


 とある名工の所に二人の若者が訪ねて来ました。一人は灰褐色のくせ毛と、空のような蒼い瞳を持つ少年。暗緑色の外套を羽織っていて腰の部分に小さな弓を隠しています。名前はカイトと言う。もう一人は茶色の長髪ストレートで翡翠色の瞳を持つ少女。フカフカ毛皮の外套とズボンを履いて寒さ対策をしている。名前はルマ。

 彼らの訪れている名工は、北極内で『創造者』と謳われている。それぐらいに、彼の技術はすごいということだ。彼らは旅に出るために舟を作ってもらおうとここに来た。

 名工の住む家は北極なので氷の洞窟――ではなかった。壁から天井、地面までもが毛皮で覆われている。中央部は革紐で引っ張られて上げられ、全体としては三角柱のような形の部屋になっていた。カイトたちの家とは違い、地面が毛皮で覆われてるので固くないし、寒くない。全体も毛皮なので名工の家は外気温とおよそ十度の差が開いていて暖かい。

 そんな毛皮でできた部屋の中央部に一人の人物が座っている。見た感じ年齢は五十代後半。頭は白髪。毛皮で作ったハチマキを巻いて髪の毛を上げているため、額があらわとなっている。服装も毛皮で作られていた。ルマの着ている茶色の毛皮とは違い、その毛皮は真っ白。恐らく、北極で噂の『白い悪魔』の毛皮を使用して作られたものだ。『白い悪魔』の毛皮を収集することは難儀とされていて、持っているだけでその人物の強さを証明できる。やはり北極一の名工は名だけではないという事だ。そんな彼の名前は――

「ギェナーだ、よろしく」

 名工の男が二人にそう自己紹介した。二人も同様に自己紹介を済ませる。

「さっそく本題に移りたいんですが――ギェナーさん、舟を作ってくれませんか?」

 カイトは単刀直入に言う。ギェナーの顔色がやや変わったのを悟った。

「分かってると思うが、舟を作るのには貴重な資源が必要だ」

「もちろん、それを承知の上での頼みなんです」

 ギェナーは二人の姿を凝視した。彼らはまだ若いし、大人ではない。旅人とは普通、体力面と精神面の揃った、尚且つ自然現象の常識や戦闘経験なども必須。様々な知識を持った人間でなければ旅になんて出られないし、出れたとしても即死が目に見えている。だからこそ、舟を必要とする彼らを見定めている。舟を必要とするのは漁師か旅人くらいなものだからだ。彼らはどう見ても漁師には見えない。かといって、旅人といっても無理がありそうな体つきだ。

 ギェナーは二人に質問を投げる。

「アンタらは、舟をどういった行為に使うつもりだ? まさかとは思うが、旅に出るとか言い出すんじゃ――」

「旅に出るんです!」

 カイト、しっかりと宣言。ギェナーは頭を抱えた。

「無理だ。アンタらの体格、年齢から見て、旅人には向いていない。出ても即死するだけだぞ?」

「いいえ、僕らはもうすでに旅を経験しています。五年前、僕はルマと一緒に南極から舟一つでここまでやってきました」

 これを聞いたギェナーは驚愕の表情を浮かべる。彼らはもっと幼き頃に旅に出て、そして無事に生還したという。さすがに信じがたい話だったが、もし本当ならば彼らにはそれなりの知識が備わっているはずだ。ギェナーはそう確信、そして彼らに一つだけ試練を与えた。

「アンタら、旅人の力量を測らせてもらう。この試練を合格できたならば、舟は無償で寄贈してやる」

「本当ですか!」

 ギェナーは頷く。カイトたちは大喜びだったが、ギェナーの口から出された試練内容を聞いた途端、先ほどまでとはいって変わって、急に緊張で蒼い顔色になった。

「では、健闘を祈るよ、旅人さん」

 ギェナーはやや皮肉を込め、笑顔で見送った。


 氷の洞窟から一キロほど離れた雪岳。カイトは今、雪に体を半分ほど埋めて息を殺している。こんなことをすれば、全身が凍りついて死に至るのだろうけど、それをせざるを得ない状況下に置かれいている。体には肌身離さず着込んでいる暗緑色の外套を巻きつけ、熱の吸収を阻害していた。両腕で体を持ち上げれば、背中に乗った雪は左右へとずれ落ちて、カイトは地上へと出ることができる。

 カイトの睨む方向およそ五十メートル、崖下のところに白い地表に擬態する一つの大型動物が歩いていた。全身は白い毛に覆われていて防寒の作用が働いている。前足と後ろ足を交互に動かして歩くその姿は悍ましい。四足歩行動物で動きはノロいが、急襲するときは一転して獰猛さ剥き出しで素早く襲いかかってくる。巨大な体格からは考えられない速度を出すため、人間では追いつくことも、逃げ切ることも不可能。見つかってしまったら最後、極太の腕で首をへし折られてしまうだろう。『白い悪魔』と呼ばれている動物だ。

 『白い悪魔』はノソノソと歩いて辺りを徘徊している。餌を探しているのだろう。しばらく何も食っていないようだから、誰これ構わず襲いかかってくる。

 カイトは体を持ち上げ、雪を払う。外套に隠していた小さな弓を手に、崖上から弓を構えて矢を番える。敵との距離は、崖の高低差およそ五メートル、敵との直線距離およそ五十メートル。風は良好、西から東。

 カイトの持つ弓が少し震えていた。『白い悪魔』と対面して、緊張で狙いが定まらない。カイト自身、大型生物を狩った経験はあまりない。一撃では仕留められそうにもなかった。ましてや、カイトの小さな弓で放った矢で殺傷できるかも危ういところだ。外せば、問答無用で殺される。

(でも、それでもやるしかない。じゃなければ――)

 実は、カイトがギェナーに出された試練、それこそが今、やっていること――『白い悪魔』の狩猟だ。いくら何でも無理があるとは思うが、旅人にはそれぐらいの力量が必要だとギェナーが判断したのだろう。あながち、間違えではない。以前、カイトも旅には出ているが、あの時は仲間がいた。それに一人は大人。旅に出るだけの力量を持つ人間が引率していた。それでもやはり、死にかけたこともあった。力のない旅人は死するだけ。

 カイトは覚悟を決めて、弦を思い切り、切れそうなほど引き絞った。それから狙いをつけ、息を軽く吐くと、その引き絞った弦を放った。弦によって押し出された矢は狙い通りの軌道を描き、空を裂いて瞬間的に『白い悪魔』の心臓部を穿ち、鮮血を出させた! カイトは喜びで立ち上がる。五十メートル先の崖下にいる『白い悪魔』は苦しそうにもがくと、そのまま巨体を地面に倒し――はしなかった。なんと、心臓部に矢を射られても、まだ動くことをやめない。むしろ、憤怒をあらわにしてカイトに牙を剥いた。カイトは『白い悪魔』の眼光に睨まれ、全身に鳥肌が立った。死の予兆を感じさせる勢いだ。

 『白い悪魔』はカイトを睨むなり、標的を絞って出血の止まらない身体で疾駆し始めた!カイトは猛スピードで崖を駆け上がる巨体に恐怖し、すぐさま逃げ出そうと身を翻した(ひるがえした)が、足がガクンと崩れ落ち、カイトは地面にへたれ込んだ。立とうと力を入れるが、足が震えて動かなかった。『白い悪魔』の威圧に身体が反応してしまっている。『白い悪魔』のスピードならば、あと数十秒で崖を上り詰め、そしてカイトを食いちぎるだろう。

「あれれ? 何だろう、力は入らな――」

 その瞬間、『白い悪魔』の巨体が目の前に現れた。それと同時に、丸太のような極太の白き腕がカイトを襲う。カイトはもうダメだと覚悟を決め、目をつぶった。

「・・・・・・?」

 腕が振り下ろされるその瞬間、カイトの頭上を一本の矢が飛び去って、目の前の巨体の眉間を貫いた! 脳を損傷した『白い悪魔』は振り下ろすはずだった腕をぶら下げ、その態勢のまま、カイトへと倒れ込んできた。カイトは慌てて逃げようとするが、身体が動かない。そのまま『白い悪魔』の巨体に踏み潰された。

「やーれやれ、これだからガキってーのは、面倒見のかかる生き物だ」

 一人の男が弓を手に、『白い悪魔』の遺体へと近寄る。そして踏み潰されたカイトを引きずり出す。カイトは完全に気を失って気絶していた。彼が引きずり出さなければ窒息死するところだった。カイトは『白い悪魔』の鮮血を浴びて全身真っ赤に染まっている。

「好奇心も程々にしろよな、小さな旅人さんよ」

 彼は血まみれのカイトを気にせず背負い、そのままどこかへと歩き出した。『白い悪魔』の遺体はその場に取り残され、その周りの雪が血液で赤く染まって、赤い雪を作り出していた。

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