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残存ツンドラ旅行記Ⅰ  作者: 星野夜
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第19話『北東島にて死別決別』

 暗い洞窟の中、松明の照らす赤色の灯りだけが頼りだった。冷たい氷の上、スノウは手足を縛られたまんまで這いずりながら逃げることを決心して動き出していた。少しずつ少しずつ、それでも急ぎ目で這い進む。方向は松明の照らす灯りを背面に。方角は不明だが、運に身を任せるしかなかった。口から流れる鮮血が地面に擦れてうっすらと赤い軌跡を作っている。呼吸が荒くて苦しいが、動きを止めるつもりはスノウにはさらさらない。ただでさえ動きが遅いのに、休憩なんてしたら余計に遅くなる。例え、これで逃げれる確率がゼロであっても、スノウは這い続けるのだろう。

 ただ残念なことに、スノウの逃走に気づいた誰かがスノウの元へと近づく足音がし始めた。鼓動が早鐘を打つ中、スノウは背後を振り向く。

「ははっ! 随分と活きの良い四足歩行生物だ。さて、ショータイムだよ?」

 そこには短刀を持った一人の男の姿。にこやかな笑みを浮かべ、男は這いずっていたスノウの襟首を掴んで持ち上げて首に刀を突きつけた。スノウは首に冷たい鉄の温度を感じる。

「あぁーあ、せっかく情報とか聞き出せそうだったのに、残念残念。早死するのがお好きなんですね? それでは、さようなら」

「いや……嫌だぁ……死にたくない! 殺さないで!」

 スノウの懇願には耳を貸さない男。持っていた短刀を思いっきり、首へと突きつけ、スノウは力なく地面に倒れた。鮮血が服を染める。


 北東島の地下へと続く洞窟を突き進んで行く四人。前から順番に、トルク、ミーナ、ルマ、カイトの縦列編成。先頭のトルクが松明を持ち、その灯りが洞窟の細い道を満遍なく照らしていた。そのトルクが、自分以外の松明の光を見つける。前方の闇の中にポツリと現れたその松明の光。距離感が上手く掴めないが、とにかく前方に誰かがいるのだろう。

「みんな、松明の光を確認した」

 トルクの報告に、後ろの三名が気を引き締める。ルマ以外は皆、いつでも戦闘態勢に入れるように武器を身構える。そんな時だった。

「――死にたくない! 殺さないで!」

 と、スノウの絶叫が響き渡った! それは松明の光を確認した前方。四人はそれに反応して駆け出す。

「カイト! 見えるか?!」

「確認した! 前方およそ二十メートル!」

「お前ら先に行け! 俺がやる!」

 トルクが弓に矢を番え、そして狙いを合わせる。地面に置かれた松明の向こう側にうっすらと見える男の人影と、取り押さえられたスノウの顔。男の頭部に狙いを定める。その間、他の三人は中腰で前方へとできるだけ早く駆けていく。

「スノウに……手を出すな、変態!」

 トルクは矢を放った。その矢は一秒足らずでカイトたちの頭上を越え、風切り音と共に、男の頭部を穿った! 脳内を一貫し、細胞を死滅させる。男に押さえられていたスノウはそのまま地面へと倒れた。そこに他の三人が駆け寄る。いつの間にか細長い道が広いドームのような空間になっていた。

「スノウ、大丈夫かい?!」

「ミーナ、治療をお願い!」

「……任せて」

 スノウは両手足を縛られて身動きが取れていない。体中に男の鮮血を浴びて服が赤く染まっている。

「……みんな、何で?」

 枯れ果てたスノウの声が尋ね、

「遅れてごめんなさい。皆、必死だったから……」

 ミーナがスノウに治療を施しながら、そう答える。

「よぉ、スノウ! 元気かよ?」

 冷や汗をかきながらトルクがスノウの脇へときた。

「元気なわけ、ないでしょ」

 スノウの弱々しくて枯れた声がトルクに突っ込む。

 ミーナはある程度応急処置を施すと、トルクを呼んでスノウを担ぐように頼んだ。スノウは嫌そうな顔をして、トルクも同じくめんどくさそうにため息を吐いた。

「緊急時だから、わがまま言うんじゃねぇぞ?」

「子供扱い、しないでよね」

 スノウが小声で呟き、トルクはそんなスノウを担いだ。

「うん、重いな」

 バシッ!

「いってぇ! 何だよ、スノウ?!」

「……」

 睨みを効かせて無言の威圧を向けるスノウ。

「はいはい、分かった分かった。とっとと逃げるぞ?」

「逃げられるとでも?」

「っ! 誰だ?!」

 どこからか、男の声。そして、突如どこからか複数の人間が行進する音がし始めた!反響する洞窟内ではどの方角から聞こえる足音か分からない。カイトとミーナが武器を構え、スノウを背負うトルクと無防備なルマを守るように陣取る。カイトが前方、ミーナが後方を。それぞれ弓に矢を番える。

「そこの女一人でこんな島に来るとは思わなかった。だから何も驚くことはない。君たちがここに来ることも一応予測はしていた」

 どこからかする声に一同は耳を澄ませる。背景で足音が鳴り続けていた。

「みんな、敵はこっちだ!」

 カイトが敵を発見し、トルクとルマがカイトの見る方向を見つめる。置かれた松明の光によってうっすらと人影が確認できる。五人ほどだろうか、それぞれに長刀らしきものを持っている。

「……こっちも報告、敵発見」

 ミーナも小声で報告する。ミーナの方向にも敵が現れていた。

「いや、これは違うぞ、お前。取り囲まれているんだ!」

 トルクが一番最初に気づく。まだ視覚では判断できないが、周囲十メートルを敵の集団が円を描くように取り囲んでいた。それぞれ一本ずつ刀を持つ。規律の良い足踏みをして留まっているのだ。先ほどから聞こえてくる足音は全方向からしていたらしい。

「やっと気づいたかい? 君らは既に包囲されているのさ。諦めて武器を置けば、命だけは助けてあげても良いけど?」

 男の声が彼らを誘惑するが、誰一人としてそれに乗ろうとする者はいない。なぜなら、

「命を助ける? そいつは矛盾した答えだ。俺がお前らなら、武器を置いた途端に皆殺しにしてやるけどな? よそ者ほど信用ならない人間はいないからな」

 トルクが言ったとおりである。

「つまり、我らに反抗するつもりで? 言っておきますが、こちらには三十名ほどの戦闘員がいるのですよ? 圧倒的に不利ではないですか?」

「ここで戦うか戦わないかで、結果、俺たちが死ぬのが目に見えていたとしたなら、俺たちは最期まで潔く歯向かってやるさ。ただ、今回はそうじゃねぇ。圧倒的に不利だとは思わない。お前ら、見たところ全員武器は刀だろ? だから俺はこう考える。お前らはひょっとして、弓矢を知らないんじゃないかと」

「弓矢? それはお前らの持つそいつのことか?」

 トルクはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。この笑みが浮かんだ時は、大抵負ける気がしないトルク。まずは口述から畳み掛ける。

「知らないなら、お前らに勝目はないぞ? 例えこの場に百人いようとも、全員殲滅できるぜ、俺らは。そしてこれは脅しなんかじゃねぇ。今から実行してやるからな。カイト!」

「だいたい意図は読めたよ、トルク!」

 カイトは構えていた弓から矢を自分の足元に放った! 放たれた矢の先端には球状の何かが取り付けられている。それが地面に衝突した瞬間、洞窟内に爆煙が咲いた。一瞬にして洞窟内に煙幕が張られる。煙幕を知らない敵一同は驚愕の表情を浮かべ、それぞれでパニック状態に陥っていた。発狂する者、ただただ蹲る(うずくまる)者、警戒態勢を取る者、暴走して勝手に転ける者など様々。その内の二人ほどが煙幕を裂いて飛翔してきた二本の矢で貫かれて声も出さずに一生を終えた。それからその二人の死体を数人組の人間がまたいで越えていく。その際、

「ごめんなさい、二人共……」

 カイトの小声が呟いて通過していった。

 カイトの放った煙幕の効力はおよそ一分。その間、カイトとミーナは後ろを見張りながら、ルマとスノウを担ぐトルクは足音を出さずに遁走する。幸い、洞窟内には灯りがほとんどないために十メートル進めば肉眼では確認されなくなるだろう。

「やったね、ミーナ!」

 カイトは声を抑えて叫んだ。

「……うん、手応え、なかったけど」

「あはは。平和が一番だよ。戦闘なんてあまりしたくない」

 そんな会話をしながら、二人はルマとトルクたちを追って逃げ出した。そして煙幕がちょうど良く途絶えた。地面に置かれた燃える松明と、パニック状態で描いていた円陣が崩れた敵たち、総勢約三十名。目の前から消えた五人の姿、煙幕が張られて逃げられたことは一目瞭然だった。そしてすぐに、リーダーだろう男が二名ほど死んでいるのに気づく。

「……なるほど……弓矢、か……。反発力の力で刃物を飛ばす遠距離武器……良く考えたな、面白い武器だ」

 男は二人の死体に刺さった矢を引き抜き、ニヤリと笑みを浮かべた。


 スノウを救出した彼らはそのまま闇の中を彷徨って、そして無事に出口へとたどり着くことができた。全く見たことない場所に出てくる。目の前一面に氷の大地が広がる、そこは北東島に三つある内の一つの氷河。月明かりを反射させて薄白く輝いている。風が吹き荒れ、汗ばむ身体を冷やしていく。

「ここは一体どこだよ? どっちが南だ?」

「……アウスト、氷河……東に位置する……。だから、あっちが、南」

 トルクの疑問に、背中に担がれているスノウが掠れ声で呟く。スノウを信じて四人は南だろう方角へと走り出す。氷の大地はすぐに不毛な地面へと変わり、すぐに東の海岸と、その海岸に止めてある一隻の船が点ほどのサイズで見えた。背後の出口だった洞窟は少しずつ小さくなっていく。彼らは休むことなく遁走していった。命の危機から脱し、仲間と揃って再び旅ができるんだと嬉々たる表情である。カイトとミーナはもう武器は構えてはおらず、ただ走るのに尽力していた。嬉しさのあまり、カイトとミーナがいつの間にか先頭を走っていた。トルクはスノウを担ぎながらなので歩行速度が自然と遅い。ルマがそんなトルクと並んで走る。

「ずっと背負ってると疲れない、大丈夫?」

「あぁ、こんなんで、力尽きるほど、落ちぶれちゃ、いないぜっ!」

 呼吸を荒くしながら、必死に言葉を放つトルク。そんなトルクの左肩にジワリと暖かいものがかかる。驚いて目線を左肩へと向ける。そこには赤い血液が付着していた。そして、それがスノウの口から流れているのに気づく。

「スノウ! お前っ!」

 トルクは一度止まり、スノウを背中から下ろす。そしてすぐに気づいた。スノウの背中を穿つ一本の矢に。そしてその矢がカイトの持つ矢と同じことに。スノウは焦点の合わない虚ろな目をしている。何か喋ろうと口を動かすが、喉が潰れているうえに、心臓を矢で射抜かれてしまっては何も話せない。痛みを感じる余裕すらないスノウ。ルマが両手を口に当ててうつ伏せで倒れているスノウを見ていた。ショックで失神しそうになっている。

「そんな……この矢、カイト……お前まさか……」

 トルクが悔しさと怒りに震え上がる。走り去っていくカイトとミーナを睨みつけていた。ルマは未だに現実が信じられずに目線を右往左往している。

「……が、あぁう゛……ごぷっ……」

 スノウが何か言いたげに口を動かし、声にならずに涙を浮かべる。それが身体に響いて吐血し、地面に赤い粘液が付着した。衰弱していくスノウの姿に、トルクは悲壮感で目に涙が浮かぶ。ルマは既に我慢できずに泣きじゃくっていた。

「……何でだ、カイト……? 仲間だっただろ……なのに、なぜ?」

 トルクはカイトに殺意を湧かせるが、地面に何度か拳を打ち付けて無理やり抑圧させた。その中、スノウが右手を動かし、自分の鮮血で何かを描き始めた。震える手が最期に何かを訴えかけようとしている。ルマとトルクはそれに気づいて無言で見届けた。スノウが書き残したのは十字架と斜め右に円。スノウはそれを書き終えると、腕の動きを止め、やがて命を絶った。冷ややかで無情な風が二人と死体を通り抜けていく。不毛な大地の上、焦燥感と、一方で全く気づいていない二人組の希望に満ちた感情、二つの温度差が境界線を作っていた。


「リーダー! 弓矢の効力は抜群です! 矢の本数が少なかったのもあって、捕虜だけしか殺せませんでしたが」

「なるほど……勉強になったよ。これが弓矢の力……。おもしろくなりそうだ」

 リーダーと呼ばれた男は怪しげに微笑む。その手には木材と糸で作られた簡易的な弓が握られていた。

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