第17話『冷淡無情』
月夜の晩、一人のエッジ族の女性が同族の男性と待ち合わせをしていた。場所は氷河で作られた隠れ家入口前。雲一つない空の上には月が浮かび上がり、氷河は月光を美しく綺麗に反射させていた。この女性は今夜、この場所で初恋相手である男性に告白するらしい。緊張で胸高鳴る中、独り言で自分に言い聞かせるように呟いていた。
「今日は大事な一夜になる。あの人の気を惹かせるために頑張らないと。どうすれば良いかな? やっぱり派手な服装にすれば良かったかも。鮮やかな色が良かったかもね。でも、この服装で来てしまったから、仕方ないかー」
「なら、その願い、叶えてあげましょうか?」
「え?」
女の独り言に誰かが返しをした。女がビクッと身体を震わせた直後、上から一人の女性が飛び降りてきた! 氷河入口、上の地面で待ち伏せていたらしい。その女性の手には一本の鈍色に輝く太刀。その太刀が女性の首を捉え、一瞬にして身体から切り離した! 首から大量の鮮血が溢れ出し、白い服を赤く鮮やかに染め上げる。女性はもう一度、ビクリと震えると、そのまま氷の地面に倒れた。鮮血の湖ができて、白い湯気が立つ。太刀を持つ女性は一度太刀を振るい、刃に付着した血液を吹き飛ばした。
ちょうどそんなタイミングで、エッジ族の女に呼ばれていた同族の男がやってきた。彼は女の方と同じ気持ちを持っていて、嬉々とした表情をしている。これから彼女が何をするのか、もしかして告白じゃないのかなとか考えてニヤけていた。そして足取り軽く入口まで辿り着き、そこで色鮮やかに着飾った女、の死体を見た。そこに犯人の女性の姿はない。男はその死体を見て絶句し、膝から崩れ落ちる。その背後、いつの間にか忍び寄っていた女性によって、男の首がはねられた。目の前の死体の上に、男の死体が重なるように倒れた。それを目の前で見ていた女性は無言で背を向け、誰もいない入口からエッジ族の住処へと足を踏み入れていった。
――遡って、その日の昼――
「エッジ族を壊滅に追い込んで欲しい」
一面白い氷河の上で、三人の男とリリアが話をしていた。リーダーの男は険しい表情でリリアへと告げた。リリアは呆れて小さく息を吐く。
「……今朝、あなたたちからエッジ族を守った私にその依頼をするつもり? 愚鈍だと思いませんか?」
リリアは冷淡にそう尋ねる。
「あぁ、分かってるぜ、んなことはよ。だが、あんたはエッジ族に加担したつもりは、ないだろ? あれは恩返し程度で、もうどうでも良いんだろ? なんせ旅人だしなぁ」
リーダーの男の自問のような質問に、リリアは頷く。
「それを見込んでの頼みだ。もちろん、それなりの報酬は出すぜ? どうだ、引き受けてくれねぇか?」
リリアはしばし黙考、後に答えた。
「……良いでしょう」
――そして現在――
エッジ族は氷河を掘って作った空間を住処にしているため、朝は日光が透過して明るいのだが、夜は暗いために中で焚き火を灯す。赤い炎の光を浴びながら、数人の人間が眠りに就いていた。干し草のベッドの上、毛布をかけて眠る親と子。幸せそうな寝息を立てる脇に、リリアの姿があった。暖かい炎とは反する冷たい目線が見下していた。その手には鈍色の光を反射させる真刀の刃。リリアは躊躇せずに眠り就く彼らをそれぞれ一撃で絶命させる。幸せそうな顔のまま、赤く濡れた干し草ベッドで三人仲良く永遠の眠りに就く。それを無言で見送り、リリアは奥の空間へと向かう。
次の空間では六人の人間がいた。そのうち、二人組がまだ起きていて焚き火の前で会話を楽しんでいる。彼らにバレないように眠っている人間を容易く殺して、リリアは二人組の背後へと寄った。その男女はリリアには気づかずに呑気に会話を続けている。右側の女の首を太刀ではね飛ばした。それに男が反応するよりも早く、リリアは男の背中に足蹴りを食らわせ、焚き火の中に男を蹴り入れた。炎が衣服に燃え移り、男が断末魔の叫び声を上げながら火だるまになっていく。皮膚が熱で爛れていき、炎が肉を焦がす匂いが漂う。リリアはこれ以上うるさくされるのは不都合なので、太刀で心臓を一突きして殺しておいた。
だが、男の断末魔は氷河の空間に反響したらしく、二人の男たちが駆け寄ってきた。
「どうした?!」
「何があったんだ?!」
その応答をするものは既に息絶え、不気味な静寂と不快臭が漂っている。二人の目線は焚き火脇の火だるま死体へと入った。二人はそれを見るなり絶句して言葉を失う。そして背後にはリリアの姿。その太刀の斬撃が二人の首をリズミカルに吹っ飛ばし、首のない身体がそのまま適当に倒れる。リリアは飛散した血が衣服に付かないように距離を取って、絶命した二人を無言で見下すと、背を向けて再び別のエリアへ。
そんなこんなで順調に殺人を繰り返していたリリアは、ついに最後のエリアへと到達する。そしてそこには見覚えのある人物が二人。恰幅の良い男と村長だ。二人は静かに入ってきたリリアの姿に即刻気づき、
「おぉ? もしかして旅人さん? 戻ってきてくれたんだね、嬉しいなぁ」
恰幅の良い男が完全に別のことで戻ってきたと勘違いしていた。村長もリリアが殲滅目的で来ているとは思いもしていない。
「こんな夜遅くにすいません」
と、まるで訪問に来たような軽口をかけるリリア。
「どうだい? 戦闘員になってくれるかな?」
「いいえ、それはやはり無理だと……。もう、エッジ族を守る必要はなくなった、からです……」
「おや? それはどういった意味で?」
男の疑問に、リリアは淡々と答える。
「あなたたち二人を残して、残りの人々は皆、死にましたから」
あまりにアッサリとした口調でリリアの口から放たれた言葉に、二人の人間は呆然としてしばらく押し黙った。
「……聞き間違いだったら悪いが、もしかして『死んだ』と今言った?」
リリアは頷く。
「どういうことなんだ、それは?!」
恰幅の良い男が憤慨したように声を荒げて尋ね、リリアは変わらず淡々と答えた。
「私が全員殺しました」
「はぁ?」「はい?」
恰幅の良い男と村長の二人から呆けた声が漏れる。リリアは分かりやすいように一から説明を始めた。
「早朝、三人組の盗賊を追い返しました。そして昼頃、私は盗賊たちの依頼を引き受けました。エッジ族殲滅の依頼です。そして現在、このような形で殲滅を遂げようとしています」
リリアはそう言って腰に吊ってある太刀を鞘から引き抜き、二人に見えるように掲げた。その刃には生々しい鮮血がベットリと付着している。それが無言の証明をしていた。
「……何で?! 君の行為には矛盾が生じる!」
恰幅の良い男が意味不明だと憤慨する。
「報酬を出すらしいので。……今朝、盗賊を追い払ったのは、エッジ族を守るためではありません。恩を返すためです。別に情があって助けたわけではありません」
リリアは太刀を構え、恰幅の良い男へと一歩ずつゆっくりと近づき始めた。男は狼狽え、後ずさりする。
「考え直そう! ここで僕らを殺さず依頼遂行の報告をしても、バレないんじゃない? 僕らが生きていることは。だったらこの殺生は無意味だ。僕らを生かして良いんじゃないのかい?」
「……ここまでしてしまったなら、最後までやり遂げます」
リリアは容赦なく太刀を振るい、恰幅の良い男の首を狙う。男は咄嗟に屈む。その際、太刀の斬撃が男の右腕を切り落としてしまった。男は激痛に悶絶して、左手で右肩を押さえる。悲痛の叫びが反響し、村長はその男の姿に身震いをした。右肩付け根から大量の体液が流れて地面に血の池を作り始めた。恰幅の良い男が殺意剥き出しでリリアを睨みつける。
「避けなければ、一撃でした……」
「このっ、悪魔がぁぁぁっ!」
恰幅の良い男が最後の力を振り絞ってリリアへと突撃するが、リリアの突き構えた太刀を顔にめり込ませ、男がガクリと力なく崩れ落ちた。顔面部から喉を通して心臓まで一貫して絶命した。
「なんてことを……」
「どのみち、出血多量で死んでましたが……」
「お主は鬼か何かか? 良くもこんな惨たらしいことができるな」
恨みの籠った村長の声に、リリアは振り向いて一度、ニコリと笑った。
次の日、リリアは東から昇る太陽に照らされながら、エッジ島を出た。一隻の作りの良い舟と、荷物置きスペースに置かれた数日分の食料とその他物資と共に。目指すは南へ。海岸部には三人の男たちの姿があって、リリアに元気良く手を振っていたが、リリアは一瞥するだけで、それ以降は二度と振り向くことはなかった。




