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残存ツンドラ旅行記Ⅰ  作者: 星野夜
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第16話『エッジ島にて』

 東の空に日が昇り始めた頃、ドレライト柱状節理の大陸の上を一人の人間が歩いていた。防寒対策の獣毛のコートを羽織っていて、腰まで届く長い黒髪を外へと垂らしていた。背中にはリュックを背負い、二本の棒状のものがリュックに突き刺さるように収められている。年齢は二十代に見取れる女性だ。

 彼女はある人物を探してドレライト柱状節理の大陸を歩いている。そして昼頃、南東部にある氷帽、つまり氷河にたどり着く。太陽の光を反射して雪眩しそうな白き氷河だった。その女性は氷河を生まれて初めて見たため、その外見にはしばらく感嘆したりしていた。それから気を引き締め、氷河の上を歩き出して――やめた。

 それは数十メートル先からやってきた。一人の人間が白い景色の中、こちらへとやってくる。光を反射する地面が眩しく、しっかりとは見とれないが、どうやら男らしい。彼女は一応警戒すべきかと、リュックのチャックを開いて棒状のものを取り出す。それは一本の太刀だった。鞘から抜刀せずに引き抜けるようにと左側にぶら下げる。しばらくするうちに、向かってくる人間が男で、彼には敵意がないのが分かるようになった。

「おーいっ! 君はこんな極地で何をしているんだー?!」

 恰幅の良い一人の男性。防寒対策のコートが分厚くて太っているように見える。

「……どうも」

 と、一応は挨拶。

「旅人かい? ……もし、泊まる場所に困ってるなら、僕らの村にでも来るかい?」

 そんな話になって、女性は男性についていくことにした。


――五日前――


 場所はバレンツ島、柱状節理を渡った先にある東の海岸。そこでディノが焚き火をしている時のことだった。一人の女性が彼を見つけ、近づいてきた。ディノは警戒して弓矢に手を伸ばして、いつでも攻撃できるように身構える。

「こんにちは……今日は良い天気、ですね」

「お、おう、そーだな」

「ちょっと一つ、お訊きしたい事がありまして」

「バレンツ村の場所は教えねぇぞ?」

「……旅人……見ませんでしたか? 特徴的な緑髪をした男たちです」

 ……トルクのことか? こいつ、ひょっとして追っ手の一人か?!

「……あぁ、あいつらのことだろ? 見たぜ。今日の早朝に、この海岸から南へと向かっていったぜ」

 本当は北東へと向かっていったのだが、ディノは追っ手だと警戒して逆方向を教えた。

「ところで? あんたは誰だ? あいつらの仲間か?」

「……私はリリア。その旅人たちを引き戻しにきただけ」

「なるほどな。せいぜい頑張れよな」

「ではさよなら、ですね」

 こうしてリリアは舟を作り、南の方角にある島『エッジ島』へと進んでいったのだった。


――そして現在――


 恰幅の良い一人の旅人についていくと、氷河の中に作られた一つの村にたどり着いた。綺麗な氷河のためか、地上の太陽の光を透過して全体が群青色に輝いている。地面から天井までおよそ五メートルの巨大なドーム状に掘られていて、壁は荒削りではなく、まるで研磨されたようにスベスベ。奥にはいくつもの別の穴が掘られ、おそらく奥にも同じような巨大な空間が広がっているだろう。一つのドームの中にはおよそ四~六名ほどの生活スペースが設けられていた。氷のブロックで個人スペースの壁を分けている。皆、服装は防寒には適していない薄い服。この氷河の中は保温性に優れているようで、外のような防寒具は必要ないらしい。

「ここが僕たちのエッジ族の村さ。こうして氷河の中でこじんまりと生活することで、敵とは出会わずに平和に暮らすことができる」

 リリアは表情はあまり変わってはなかったが、物珍しそうに見て回っていた。あくまでも驚いてはいる。表情にはあまり出ていないが。

「……私はやはり、どこか別の場所に泊まることにする」

「え? せっかくだし、泊まっていきないよ。今夜は冷えるよ? それに、氷河の上で野宿なんてしたら盗賊や獣に襲われても――」

「盗賊とは?」

 ほとんど無人かと思われた島で唯一見つけたエッジ族たち。それ以外の人間がどうやらいるらしい。男は顔を曇らせて説明した。

「実は……最近確認したことなんだが、地上のどこかで一人の人間が徘徊しているらしい。彼はエッジ族ではなく、全くの他人で、エッジ族の誰かが襲われ身包みを剥がされた経験がある。他にも重要物資などを奪い取っていったり、食料とかもやられた。だから盗賊って呼んでるんだ。いやあ、君は運が良かった。あんなところで放浪してたら十中八九盗賊に狙われていた」

「もしそうだとしたら、返り討ちにしますが……」

「まぁ、ともかく、泊まっていきなよ。悪い話じゃないだろう? それに、我らエッジ族は旅人には優しい質なんだ。君を歓迎するよ」

 そんなわけあって、リリアはエッジ族の隠れ村に泊まることにした。その日の夜、リリアはエッジ族たちに大歓迎され、それから宴騒ぎになった。リリアのために大量の食料を使ってご馳走を振舞ってくれてたりした。リズミカルな音楽の中、リリアは村長と会話を交わしたり、たまに村民に踊りに参加させられそうになって遠慮したり。久々に煩くて喧しい、楽しげな夕食となった。そして、村長から提供された干し草で作られたベッドでぐっすりと眠って朝を迎える。


 次の日、日が昇る前の暁時。リリアは恰幅の良い男によって叩き起こされた。不愉快な気持ちで目を擦り、男の焦り顔を見つめる。その瞳は睨んだような形だった。

「あぁ、いきなり起こしてすまないけど、緊急事態なんだ。敵襲を受けたらしい」

「……敵襲?」

「今、第一部『入口』にいるんだ。君がいるのは第十部『最奥部』だ。ここまでくるのにはまだ時間があるが、早めに逃走したほうが良いだろう? さぁ、行くよ」

 リリアは眠たそうな眼で数回瞬き、それから脇に置いていたリュックに手を伸ばし、中から二本の太刀を取り出した。

「敵のとこまで、案内してくれれば……追い払います。恩返しです」


 恰幅の良い男の案内によって入口までやってきたリリア。目の前には三人組の男。それぞれにジャックナイフが握られている。そして服装はエッジ族の防寒具だった。リリアは彼らの前へ、五メートルほどの間隔を開けて立った。

「おはようございます、盗賊の皆さん」

 リリアはひとまず挨拶。盗賊たちはそれぞれ顔を見合わせ、それから嘲笑し始めた。

「お前がエッジ族の防衛隊かぁ? 随分とお粗末なもんが出てきたもんだよ」

 おそらくリーダー格だろう、真ん中の男がそう罵倒する。リリアはそれでも無表情のまま、

「警告します。今から十秒以内に立ち去る意を示せば、痛い目には遭わせません。どうします?」

 そう告げる。盗賊たちはバカバカしいと呆れていた。

「んなことするぐらいならお前を殺して、その太刀を分捕ってやるほうが理に叶うとは思わねぇか?!」

 リーダーの盗賊がジャックナイフを構えてリリアへと突撃していく! それに連れて他の二人も同時にリリアを狙う。リリアはただ無言で立っていて、刀を鞘から引き抜こうとはしない。そしてリーダーのナイフがリリアの腹に刺さるその時、リリアはふらつくようにして紙一重で避けきる。次の二人の攻撃は、一人のナイフは避けて、もう一人のナイフは叩き落とした。リリアはナイフの攻撃全てを避け切った。

「十秒経過……これが最後の警告です」

 リリアは、ナイフを叩き落として動揺している一人の男の首に、鞘ごと刀でぶっ叩き、気絶させた。

「今から十秒以内に立ち去る意を示せば、命までは取りません」

 リリアは鞘から真刀を抜刀した。刃から鈍い光が怪しく反射する。

「どうします?」

 リリアは太刀を突きつけ、威嚇的に尋ねる。盗賊たちは狼狽え、それから、

「くそっ! ずらかるぞっ!」

 リーダー格の男がもう一人の部下に指示し、部下は気絶した敵を背負って二人で逃げ出した。それを見届けて、リリアは刀を鞘に戻し、

「終わりました……もう出てきても良いですよ?」

 振り向かずにそう告げる。すると、奥の方から数十人の人間たちが出てきた。その中には、恰幅の良いあの男もいる。出てくるやいなや、拍手喝采に包み込まれた。

「さすがは旅人さん! 凄みというものがある!」

「私はそろそろ行かないといけません。皆さん、昨日はどうもありがとうございました。これにて失礼します」

 リリアは取り囲む村民たちを縫って外の世界へ。すると、恰幅の良い男が一人飛び出してきた。

「もっとここにいておくれよ! お礼がしたい!」

「……今回のは恩返しです。……それだけです」

「君のような強い人がエッジ族には必要だ! 僕らエッジ族は今まで平和に暮らしてきたから戦闘員はいなかった。君なら喜んで歓迎する! ぜひエッジ族の戦闘員になってくれ!」

 必死にリリアの足を引き止める男。リリアは無表情のまま、小さく息を吐く。吐いた白い息が風に流されて消えた。

「私は……人を探しています。灰褐色の髪の少年と蒼い髪の少女、そして頭にコケを生やした男の三人組だ」

「見てはないけど、それを見つける手伝いをしよう! だから戦闘員になってくれ!」

「考えておきます」

 リリアは冷淡にそう答えると、背を向けてそのまま氷河を歩き出した。


 昼頃、リリアが氷河を、つまりエッジ族の住処の真上の地面を歩いていると、盗賊三人組に出会わせてしまった。リリアはどうでも良さそうな顔をしていたが、男たち三人は敵対心むき出しで完全警戒態勢。鋭い睨みをかけられていた。ただ、攻撃してこようとはせず、ただただリリアを睨むだけ。何もしないならと、そのまま通り過ぎようとしたが、

「ちょいと待ちな、旅人」

 リーダーの男の声がリリアの足を引き止めた。

「何ですか? 急いでいるので簡潔に」

 別に急いでいるわけではなかったが、面倒だったので嘘を吐いて突き放すように言った。

 リーダーの男は険しい表情で切り出す。

「あんたのその強さを買って、一つ頼み事がある」

「……聞きましょう」

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