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残存ツンドラ旅行記Ⅰ  作者: 星野夜
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第14話『バレンツ島にて五里霧中』

 バレンツ島山頂、そこでバレンツ族の少し変わった木屋集落にたどり着く五人。そこでディノという昨日に会った白髪の男に出会う。彼は正確無比な弓撃が得意なのだが、コミュニケーションは残念なことに不器用。そんな彼の優しい待遇によって、五人は野宿ではなく、バレンツ族村長家で一夜を過ごすことになった。村長は子供のような見た目――おそらく本当に子供だろう見た目をしている。村長は部外者である彼ら五人を待遇し、夕食まで出してくれた。

 そして明朝未明、五人はディノに案内されて柱状節理へと向かうのだった。

「柱状節理というのは、柱を並べたように縦に亀裂が入った岩地で、断崖にいくつもの縦の線が入って柱みたいに見えるんだよ」

 スノウは物知り顔で自慢げに話す。

「どうした? 急に一人で話し始めて? まだ寝ぼけてんのか?」

 と、トルクが批難の目を向ける。スノウはムッとして食ってかかる。

「トルクにだけは絶対に言われたくないからっ! 昨夜はトルクの寝相のせいで殺されかけたんだからねっ!」

「すまん、身に覚えはない」

「でしょうね! ほらっ、首のとこ! 昨日、寝ぼけて絞め殺されそうになって、それから私は(ry――


 濃霧に包まれたその地を五人が警戒しながら、足元に気を配りながら、ゆっくりと歩いていく。ディノが自然に馴染む緑色の弓を持って、前衛をカバーする。背には矢筒が背負われていて、中には歪な形の矢がいくつか納まっていた。カイトも小さな弓を持って前衛を、トルクも同じくして弓矢を構えて後衛を警戒。スノウはナイフを腰から引き抜いたまま、左を守る。ミーナはどこから入手したのか、良い質の弓矢を構えていて、スノウとは逆位置の右を見張る。そして、そんな彼らに取り囲まれて、気まずそうにルマがただ歩いていた。

 景色は全周囲が濃霧によって真っ白。地面は岩石の茶色。見えるのはその二色が主だろう。ディノの持つ、自然に溶け込む色の弓矢はもはや何の意味もない。濃霧が原因で、視界は周囲二メートル圏内。五メートル圏内はぼやけて何となくでしか見えず、それ以降は全く見ることができない。だから、現在地点がどこなのかも不明で、どの方角に向かってるかも定かではなかった。

「とことん運の悪い旅人たちだな。こんなのは何百日に一回ほどだぜ、クソッ」

 ディノが前衛を守りながら、悪態を吐いていた。そんなディノと並列して歩くカイトは、ディノの持つ特異な弓矢に興味深げに見つめていた。そしてよそ見していた束の間、陥没した地面に足を取られて派手に転けた。ディノが吹き出しそうになって我慢し、カイトは激痛でうずくまってしまった。治りきっていない傷が傷んでいる。

「カイト?! 大丈夫なの?!」

「あ、う、うん……大丈夫、だよ、ルマ……いたたた……」

 カイトはゆっくりと立ち上がり、再び弓矢を構え直す。そして、ディノの弓矢について質問してみた。

「あぁ? これか……。こいつはエr……師匠からの下賜でな、ちょっと変わった変な弓矢なんだぜ。自然と同化するように緑色の枝を使っていて、矢は毒を持つ自然そのものの枝を使用している。珍しいだろ?」

 カイトは何度か首肯して嬉々たる表情を見せる。キラキラと目が輝いていた。

「お前の弓矢、随分と窮屈そうな作りをしてるよな? どうしたんだ、それは?」

 ディノが素朴な疑問ぶつける。カイトは答えた。

「これは、もともと戦闘向きに作られたわけではなくて、ただ狩りをするための弓矢です。肌身離さず持てるように小さく作られてるんです」

「はぁー、そうかそうか」

 そんな会話が静かな遠征の中で木霊し、それを黙って無表情で聞き入っていたトルクは、思い当たる節があったのか、深く考え込んでいる表情をしていた。


――七年前――


 一人の少年が森の中を駆け回っていた。森に溶け込むための全身迷彩柄の服装をし、その手には弓矢が握られている。髪の色も森に溶け込みやすい緑色をしていた。彼は挙動不審なほどに周囲を見回し、何かに怯えながら警戒を続けていた。木々を縫って疾走し、デタラメに走り続ける。

 その瞬間、耳に風切り音が通過して、脇の木の幹に鈍い衝撃音が響いた。そこには矢尻ほどのサイズの鉄球がめり込んでいた。焦った表情でデタラメに駆け出し、弓矢を構えて狙いを付ける少年。そして放った矢は放物線を描きながら、木々を縫いながら一直線にどこかへと飛翔していき、消えた。目標物にヒットしたかは不明だが、少年はすぐさま移動する。

 そしてそれは功を奏し、先ほどまで立っていた位置に鉄球が着弾して地面に埋まった。

 少年はすでにクタクタで、体力は底を尽きかけていた。今にも倒れてしまいそうなほどに。そんな不意をどこかの敵に突かれて、少年の横腹に鉄球の衝撃が突き抜ける。身体に少しだけめり込み、少年はそのまま前へと倒れた。地面の落ち葉が少年の圧で舞い上がり、一時的に紅葉の世界を作り出していた。

 そこへ、一人の女性がやってきて、少年を上から見下す。

「はい、終了。今日はいつもより生き延びていた方ですかね? おめでとう、トルク」

 その女性は抑揚のない声で賞賛する。少年は作り笑いで返した。

「あまり嬉しくないっスよ、師匠。勝たなきゃ意味ないんだからさ」

 師匠と呼ばれる女性はトルクの七歳年上。紅葉前の葉のような黄金色の髪の毛を纏めて後ろへと垂らしている。瞳は色彩のない灰色。白いコートとズボンを身につけているから、森の中では良く目立っていた。その右腕にはストリングが付けられている。

 トルクは腹を抱えながら起き上がって、落ち葉を払う。師匠と呼ばれた女性は、トルクの足元に落ちた鉄球を拾い上げた。

「シショー、何でストリングなんです?」

「……矢で射抜かれて死にたいなら、明日からは弓矢に変えますが……」

「いやいやいやいや! 遠慮しておきます! やっぱり鉄の拳による制裁の方が合ってます、はいっ!」

 トルクは全力で否定し、必死に死を回避する。師匠は普段から無表情なのに、この時だけはにやりと不気味な笑みを浮かべた。

(うわぁ……こりゃ、マジでやりかねないぞ……)

 ぞわっとした感覚を覚えるトルク。

 それから師匠と共に森の中の木屋へと帰宅。今回のような実戦練習は毎日の日課になっていて、一日一回は腹に鉛玉を決められるのがオチだった。


 ある日、

「トルク、弓矢も単に数種類に分けることができるのはご存知で?」

 木屋の中で二人、朝食を食べているところに、師匠がそう尋ねた。

「何すか、それ? サイズとか?」

「狩猟弓、迷彩弓、狙撃弓の三種」

「んー、パッとしないっス……」

「サイズもあながち間違ってはない。狩猟弓は小さく、そして狙撃弓は長大に作られてますから」

「じゃあ、迷彩弓は?」

 トルクの問いに、師匠はお茶を一口飲んでから答えた。

「……それはサイズ、というよりは色。様々な地域によって特色が出るのだけれど、森の中から緑、大地の上なら茶色、雪山なら白といったように、景色に馴染む色をした弓のこと」

「ふーん、面白いっスね」

「トルクには、独り立ちできるようになった時に一つ、差し上げましょう」

「マジっすか?! よっしゃあっ!」

「その前にまだ試練がいくつも残ってますけどね」

「ぐふっ……」


「もしも、周囲の見通しが悪くて死角だらけの場所で、敵と相対してしまったら、トルクならどうします?」

 森の中を師匠と散歩中、そう尋ねてきた。トルクは歩みは止めずにしばらく考え込む。

「……とにかく、その状況は相手も同じなんだから、自分も身を潜め、敵を探る」

「外れですね。もし、敵が私だったら一分もしないうちに死んでいることでしょう」

「師匠が言うと本当のことのように聞こえるっス」

「とにかく全速力で駆け抜け、敵に位置を悟られないこと」

「……それって、かなり矛盾してません?」

「足音を消す方法を教えましょうか?」

「じゃあ、是非!」


 狩猟のために登山中、師匠は言った。

「どんな生物でも一撃で仕留められる方法を教えましょう」

「なぬっ?! そんな革命的な方法が?!」

 師匠は一本の矢を取り出す。それはごく普通の矢。ただ、矢尻は鉄ではなくて木を尖らせて作られていた。トルクはそれを訝しげに見つめ、

「こんなひょろっちょい矢でですか?」

 そういって矢尻を人差し指で触れようとして、師匠の足蹴りを腹に決められて阻止された。頭から落ち葉に突っ込み、落ち葉を舞い上げる。

「……相変わらずね、トルク。私が阻止しなければ、今頃あの世で後悔していることでしょう」

「な、何が?!」

 と、落ち葉から顔を上げて突っ込む。

「実はですね、この矢尻は毒を付加してます。それも、生物なら数秒で死に至らしめる劇毒」

 トルクは先ほど、そのような矢尻に触れようとしていたことを思い出して、青い顔になって言葉を失った。師匠は地面に落ちた毒矢を持ち上げ、矢尻部分に布のカバーをして矢筒にしまった。

「トルクの単純さだったら、どんな生物でも一撃で仕留められそうですね」

 師匠は青い顔のトルクに微笑んで呟いた。

「なぬっ?! そんな危機的な状況か?!」

 と、トルクは純粋な反応をする。


――そして現在――


「――ねぇ、聞いてるの?」

 ボーッとしていたトルクはルマの声に気づいて我に返り、ルマから飛び蹴りが来るんじゃないかと身構える。

「……何すか?」

 ルマが進行方向を指差す。四メートルぐらい離れた所に何か黒い塊が見えていたが、やはり濃霧でその物体が何かは不明。前衛のカイトとディノは警戒して足を止めていた。

「あれは? サイズからして子供ぐらいか。一体何なんだ?」

「分からないよ、近づいてみないと」

 ルマとそんな会話を交わしていると、ディノが問答無用で毒矢を放った! 驚愕する一同の目の前で、その毒矢は黒い塊に突き刺さる。黒い塊に変化はないことから、おそらく生物ではないと推測する。

 カイトたちを置いてきぼりに、ディノは悠々と確認しにいく。その後をついて行き、二メートル範囲内に入ってようやく何なのかが判明した。それは大熊の死体。体毛が真っ白で、海沿いで野宿していた際に見た白い悪魔と同一のもの。その生物はうつ伏せで倒れていて、岩地に血だまりを作っていた。濃霧による湿気のせいか、血が固まっている様子はない。

「……こいつぁ、死後間もない死体だ」

 ディノが岩地に染みていない鮮血を観察してそう言う。

「それは……ディノさんが今、殺したんじゃないんですか?」

 ルマがオドオドと尋ね、ディノがルマへと向き直る。鋭い眼光に、ルマはカイトの背に隠れた。

「……まぁ良い。ただ、こいつは俺の毒矢で死んだとしたなら、こんな出血量が多いはずないんだぜ」

 ディノはその死体の横腹を思い切り蹴り飛ばす。血液が散布し、死体が半分ほどこちらへと仰向けになる。その腹部には無数の切断痕ができていた。ディノの一撃では到底つかないレベルの致命傷だ。血肉と臓物が、切り裂かれた腹からこぼれ落ちて垂れ下がっている。ルマは気持ち悪さに目線を逸らす。カイトたちも苦々しい表情となっていた。

「な? こいつは何かによって惨殺されている、俺が手を出さずとも死んでいたさ。人じゃねぇって分かったから矢を放ったわけだ、俺たちが生き延びるためにな。そもそも、こんなところに人間が歩いているわけねぇんだから、当然敵か何かなんだよ。だったら、殺すのに躊躇はしねぇ」

 ディノは軽く舌打ちをして、その死体を無意味に蹴りつけた。再び血が散布して地面に付着した。

「……これはまずいぜ。どこかにおそらくこいつを殺した何かが潜んでやがる」

 ディノは弓矢を構えて、いつでも狙撃できるように弦を少しだけ引いて持つ。鋭い眼光で周囲を睨みつけるが、濃霧の中ではほとんど無意味な行為だった。それぞれがいつでも動けるように警戒態勢を取る中、トルクだけが違った。

「お前ら、全員体力は残ってるよな? とにかく走るぞ」

 そう言い、トルクが構えていた弓を肩にかけ直しているのを見て、他の全員がギョッとしたように見入る。

「何を言うかと思ったら、どうかしてるよ? パニクってるんじゃなくて?」

 スノウがトルクの頭をノックしながら、安否確認に入る。トルクはスノウの腕を掴んで無理やり地面に押し付けた。

「良いかっ! この状況を生き残る術は一つだけなんだよ! 敵に位置を悟られない、それだけだ! じゃあ、どうする? ここでのんびりと警戒をし続けるか? 違うだろ! 常に移動は不可欠だ! そこで、俺は提案する。ただ単純に、この濃霧の中を突っ切る!」

「それで、本当に敵にバレない保証なんてないでしょ?!」

 スノウは地面に顔をつけながらも、トルクへと目線だけ向けて叫ぶ。

「じっとしているより、断然マシな方法だ!」

「……確かにそうだぜ、スノウ。こいつの言ってることはおおよそ正しい」

 ディノはトルクの提案に賛成の意見を述べ、スノウはそれをブスッとした憮然たる面持ちで聞き入れる。

「ところで――」

 ミーナが割り込んで口を開く。

「――あの黒い影は?」

 そう言ってサッと指差す方向、彼らの背後四メートルほどに黒い塊のようなものがぼんやりと見えていた。

「ちっ! とことん運の悪い奴らだよ、お前らはなぁ!」

 ディノは鬱憤を晴らす勢いで罵声を浴びせ、それから緑色の弓に矢を番えて即座に放った! それは濃霧を切り裂いて一直線を描きながら黒い塊へと吸い込まれていき、そして突き刺さる。対象の何かは断末魔といえる叫び声を上げてすぐに倒れた。

「さっ! 逃げるぞ、カイト! ルマ! 起きろ、スノウ! ミーナ、走れるか? ディノ、お前の毒矢で次も頼むぜ!」

 トルクが一息で言い切り、容赦なく駆け出した。カイトやルマ、ミーナも走り出す。倒れていたスノウだけが一歩遅れて起き上がり、そして駆けていったトルクを怨念の目つきで睨みつける。

「……あいつぁ、役には立つが、ちょっと暴力的なだけだぜ。お前のような巧妙派が我慢するしかねぇな」

 倒れるスノウを見て、ディノは駆け出さずに留まってくれていた。スノウは疲れたようにため息を吐き、

「そうだね、分かったよ。できる限り我慢するから」

 そう答えた。

「で? どうするよ? はぐれちまったが」

 こうしている間に、トルク率いる一団は進路方向へと消えていってしまった。残るはスノウとディノだけ。お互いにお互いを見合って、それから無言で首を回して背後を確認。

「……まずは、逃げる前にあれを確認しないと」

「あぁ、賛成だぜ」

 ディノが射った、何かを確認するために黒い塊へと近づいていく。そこにいたのは、

「こ、こいつは……突撃魔じゃねぇか」

「突撃魔?」

 そこには茶毛の四足歩行生物トナカイが横たわっていた。頭部と不釣り合いな巨大な角を生やしている。腹部に深々と突き刺さった歪な毒矢により即死だった。

「こいつは突撃魔っつー名前なんだが……数々のハンターたちが、この角に吹っ飛ばされて殺されたからだ。……まぁ、こいつの角は良い弓材料になるんだぜ」

 ディノがやや嬉しそうに説明をする。スノウはちょっと感心してため息を吐いた。

「だが――いや、やっぱりお前らはとことん運のない旅人だぜ、尊敬するわ」

 ディノが脳内で一人、事情を整理してから、そう言い直した。


 数百メートルを全力疾走する四人。岩場に足を取られて転倒したり、あちこちを打撲したりして、必死になって逃げていた。それから独断専行なトルクが、スノウとディノがいないのに気づいて立ち止まる。カイトとルマ、ミーナの三人は息荒く呼吸をしていた。ルマに至ってはもう走る気力もなく、ほとんどカイトに肩を借りている状況だった。カイトも治り掛けの傷が傷んでいるらしく、生気のない顔をしていた。ミーナは疲れただけで、まだ正常のようだ。

「……二人はどこだ?!」

「多分、遅れて、来るんじゃ、ない、のかな……?」

 呼吸の間を開けながら、カイトは小さく答える。

「何だと? あいつらの馬鹿……」

「私的には、独断的な脳筋馬鹿も同等と見てるけど」

「何だと、ミーナ?!」

 ミーナの毒舌に反応して、イライラしてるトルクに火が着いた。トルクはミーナの襟元を乱暴に掴みかかり、逆手に拳を作る。そんなトルクをカイトが腕を引っ張って必死に抑止させる。

「邪魔なんだよ、カイト!」

「喧嘩は無意味な行為だよ!」

 そんなカイトをトルクは腕を振り払い、カイトを引き剥がした。カイトは吹っ飛ばされてルマにぶつかる。

「カイト?! 大丈夫?!」

「うん、それより――」

「……こういうところを言ってるの、短気馬鹿」

 ミーナがトルクに恐れず、今も毒舌を吐き散らしていた。そして、トルクの拳がミーナへと襲いかかる。ルマは見てられないと顔を逸らし、カイトは目を見開く。拳はミーナの柔らかな頬に激突し、勢いで身体を後方へと吹き飛ばす。その際、ミーナは岩場の地面に足を引っ掛けてしまい、勢い良く背中から倒れた。無理やり吐き出されたような声がして、背中を強打したミーナは呼吸がしづらい状況に陥って、地面にうずくまる。トルクの怒りはまだ収まらず、無防備なミーナを掴んで引っ張り上げ、そして再び拳を振るった。腫れ上がった頬に二度目の衝撃を受け、今度は地面に叩きつけられる。

「トルク、もうやめろっ!!!」

 カイトが語気を強めて怒声を上げ、トルクへとタックルして倒す。勢いでカイトはトルクを呼び捨てにしていたが、本人はそれどころじゃないので気づいていない。

「ミーナは仲間でしょ?! 何でトルクは仲間割れしてるのさ?! 非常事態でピリついてるのは分かるけど、それは全員おんなじなんだよ! 僕らだって鬱憤が溜まっててどうにかなりそうなのに、これ以上、僕らを惑わせないでよ!」

 カイトは涙目を堪えながら、思っていたことを全て吐き出した。ほとんど絶叫に近い声だったため、最後の方は声が掠れている。それからカイトは、俯いたまま黙り込んでしまう。荒い呼吸音だけがカイトから発せられていた。そんなカイトの訴えでようやく冷静になったトルクが気まずそうにカイトの前へ。

「……わりぃ、どうかしてた……」

 カイトは何も答えなかった。代わりに、震える手で倒れるミーナを指差す。カイトは、ミーナに謝って欲しいらしい。一方のミーナはというと、ただ無表情で仰向けになっていた。頬が真っ赤に腫れあがり、食べ物を左頬に詰め込んだように見える。トルクはミーナの元へ。

「その、すまん……馬鹿っていうのはやっぱり認める……。痛かっただろ……?」

「……べ、別に……」

 ミーナがいつも通りの声のトーンで答えて、頬を摩りながら立ち上がる。その顔付きはいつも通りだったけれど、この時だけは不思議と暗く見えていた。

 そんな気まずい空気の中、

「うがぁぁぁっあぁぁぁ! 逃げろぉぉぉぉっ!」

 と、ディノの絶叫が響く。濃霧を切り裂きながら、ディノとスノウの二人が全力でこちらへと走ってくる姿が見え始めた。

「あっ! カイトたち! 早く逃げて!」

 スノウが四人へと手を振りながら逃げろと指示する。ディノとスノウの後ろから黒い影がいくつも出現し始めた。それは轟音と共に近づいてくる。四人は先ほどのムードとは一転、全員が青ざめた顔付きになって、それから死に物狂いで走り出した。

「ほんっとーにお前らって運だけねぇよな、おいっ! この濃霧の中で突撃魔の軍勢だぞ! ふざけろしっ!」

 ディノがほとんど八つ当たりのようなセリフを吐き捨てる。

 何かに追われて遁走する中、ミーナが岩に足を取られて派手に転けてしまった。そんなミーナへと向けて、轟音が接近していく。濃霧の中でその対象物が目に入り、その瞬間に何だかを理解した。それは角を持つ四足歩行生物。普段あまり感情を出さないタイプであるミーナですら、この状況には目を見開いて恐怖を顕にする。その角がミーナを捉える、瞬間――一本の矢が角獣の額を穿った! 角獣は断末魔の叫び声を上げて地に頭を垂れて倒れた。

「ミーナァッ! 逃げろ! ここは俺が引き付ける!」

 角獣に負けないトルクの叫び声が届く。トルクがとっさに対応して矢を放ったのだった。ミーナはポカンとしてたが、すぐに我に返って立ち上がり、足をふらつかせながらも再び走り出す。トルクはミーナに当たらないように狙いをずらして、再び濃霧の中へと矢を放っていく。

 すれ違いざま、

「……ありがと」

「は?」

 ミーナが小さな声でそう呟いて過ぎ去っていき、そして誰も見えなくなった。トルクは吹き出して笑い、それから弓に矢を番える。

「ここが正念場か、俺? せっかくできた仲間を守ってやんねぇとな。やってやるぞ、トルク!」

 限界まで引っ張った弦が番えた矢を押し出し、濃霧を裂いて飛翔していく。


 無事に遁走を終えた五人。それぞれ呼吸を整えていた。カイト、ルマ、スノウ、ミーナ、ディノの五人だけで、トルクの姿はない。

「……ミーナ、トルクは?」

 カイトが尋ねて、ミーナは何も答えず黙っていた。それで察したのか、カイトも何も言えなくなった。

「あの馬鹿、逃げなかったわけ?! はぁ~っ……どこまで馬鹿なのよ、あいつ」

 スノウが罵倒しながら、それでもトルクを心配していた。

 周囲は未だに濃霧に包み込まれた状態のままで、見通しはつかない。ただ、轟音がなりやんでいることから考えると、もう追われてはいないようだ。

「トルクは強いから……絶対生きて帰ってくる、大丈夫だよ」

 カイトが心配そうにしていたルマを落ち着かせようと呟くが、反面、自分へと言い聞かせていた。正直、この状況でカイトは大丈夫だなんて思えなかったから。でも、それを

口にしてしまったらルマをもっと心配させてしまうと思って言わなかった。

 するとミーナは、

「トルクは……死ねば良い」

 だなんて呟き出したのだった。

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