第13話『バレンツ島にて』
――一週間が経過して――
目前には、垂直に切り立った巨大な柱状節理。その下に緑の大地。雪はほとんどなくて、溶け残りが少々見える。天候は曇り、風はやや強めで冷たい。
「所で、柱状節理って何?」
木製の舟が止めてある海辺で、カイトはスノウへと尋ねる。スノウは胸を張って鼻高かに説明をした。
「柱状節理っていうのは、柱を並べたような岩石にできた割れ目でね……ほら、あの断崖を見れば分かる通りに、柱が並んでできてるように見えない?」
断崖の壁には縦にいくつもの線の割れ目が入り、柱が並べられているように見える。
「スノウは物知りだよね」
「ふふん♪ そうでしょう? そうでしょう?! これでも千万年に一人の逸材と言われてるからね!」
ルマにおだてられて、良い気分のスノウ。
「で? ここはどこな訳だ?」
トルクが千万年に一人の頭脳を利用して情報を聞き出す。
「そうだね……ここはバレンツ島。ドレライトの柱状節理が特徴って言って良いよ。でも、この柱状節理の上へ出るには、海岸沿いを歩いて山を登山するしかない」
そういうことで、彼らは海岸を沿って歩いていく。
くせっ毛の蒼目の少年、カイト。翡翠のように綺麗な色の瞳を持つ少女、ルマ。緑髪の男、トルク。蒼髪の少女、スノウ。そして彼らには、新たに一人の人間が仲間に入っていた。上下を灰色の毛皮の服で統一した茶の長髪を持つ少女だった。彼女はミーナ。一週間前、複雑な経緯で仲間になった。
「いやー、それにしても、まさかお前が探してた『ミーナ』だったとはな。あの時は本当に驚いたぜ?」
「……まさか、私を探してたのがトルクだったなんて、驚いた」
ミーナは至って淡々というが、驚きが表へとはあまり出ていない。この一週間、彼らはミーナと仲良くなり、普通に会話を交わせるほどの仲になっていた。仲間になった当初は、ミーナは一言も喋らず、こちらから何か尋ねたりしない限りは口を開かないほどの無口だった。
「というより、緑色の苔を頭に生やした男がこの世の中にいる方に驚いたよ?」
なんて戯言も吐けるほどの仲となっていた。
「いや、それ俺のことだろ?! 苔って俺の頭の色のことだろ?!」
「いや、形」
「絶対、色の方だろうがよぉ!」
それからしばらく、トルクとミーナの温度差のある口喧嘩が続いて、夕方ごろには海沿いの麓にたどり着く。
灰色の山肌と、背後の柱状節理。この山の頂上を沿っていけば、柱状節理の台地に足を踏み入れられる。だが、彼らは今日はここで野宿をすることに決めていた。旅には休息は付き物。それに、傷が塞がりきっていないカイトにはこの登山は苦だろう。
トルクとスノウの二人でリュックの中の布状のものなどを組み合わせたりしてテントを張る。ルマとミーナが火起こし。何もすることがなかったカイトは、こっそりと弓矢を取り出して、魚を仕留めようと海へ弓矢を向ける。こっそりするのは、見つかったら身体のことを心配されて止められてしまうからだ。カイトも役に立ちたいという気持ちがある。だからの魚の狩り。
糸付きの矢を構え、落下分や風の抵抗などを考えて、呼吸を整えて放つ。その矢は海面を割いて、浅瀬で泳いでいた一匹の魚の身体に突き刺さり、動きを止めた。カイトは急いで引き上げる。こうして魚を釣って夕食をちょっとでも盛り上げようと思っていた。
その間、トルクとスノウは、ああだこうだと言い合ってテント張りに時間をたっぷりとかけていた。何度も間違えては修正して、途中から布玉でぶつけ合いをしたりして。
その間、ルマとミーナはナイフを利用して火花を起こし、そこら辺に生えていた野草や落ちていた木材に火を点けていた。あっさりと点いてしまい、焚き火が完成してやることのなくなった二人はトルクとスノウの口喧嘩を眺めることに。
「……兄と妹みたい」
と、ミーナが微笑ましい光景のように捉える。
「うん、そうだね」
「え? そこは認めちゃって良いの?」
「あ……え? 何で?」
ルマはミーナの問いを理解せず、ただ純粋にそう思っているのだろう。
「どう見ても、父と娘の関係性じゃない?」
それは、トルクとスノウの身長差に問題があるからだろう。
「あは、あはは……そういうことね」
やっと理解したルマは苦笑い。
「スノウ! 違うぞ、そこじゃない! こっちを引っ張ってだな――」
「それはさっき間違えたばかりじゃないの、この馬鹿! 私に任せなさいよ!」
二人の口喧嘩は海沿い全域から山頂部まで届いていた。
「……やかましいな、動物の闘争か?」
トルクとスノウは、その声にピタリと手を止めた。その声は男で、当然カイトの声ではない。二人の張っているテントの後ろ、そこに一人の白髪の男が立っていた。トルクとスノウは即座に距離を取って、それぞれ武器を手に警戒態勢を取る。ルマとミーナもそれに気づいて周囲を確認する。どうやら男一人らしい。
「まぁまぁ、武器は置いてくれ。もし俺が敵ならば、お前らはとっくにあの世逝きだぜ? 俺はお前らの口喧嘩で引き寄せられたんだわ。煩くて気になった。お前らは何者だ?」
「……単に旅人だ。別に侵略しにきたってわけでもない。ただ、目的地への進路をたどっている、ただそれだけだ」
トルクが警戒を解かずにそう答える。
「ふ~ん、じゃあ、無視して良いわけな? ま、もしこれで侵略とか言ってたら、お前らを始末しなきゃいけない、面倒な仕事が増えたわけだから、こっちとしてもありがたいな」
淡々とそう呟き、白髪の男はそのまま海沿いの向こうへと去っていった。
「みんな、どう? 大漁だったよ。これで夕飯は携帯食料だけじゃない」
カイトが何も知らずに、魚の入った袋を持ってやってきた。
「カイト! また勝手に魚なんて釣ったのね! 傷に響くからやめて!」
ルマがカイトの頭に軽くチョップをして、プンスカと怒る。
「うがぁあああっ! あぁぁああぁぁっ!」
カイトは急に唸り声を上げて、その場に倒れる。ルマが肩をすくめて目を見開いた。カイトは地面で丸くなって激痛で呻く。
「……はぁはぁ、い、痛いよぉ……ル、ルマ? 何を、したの……あぁぁぁぁあぁぁ……」
「ごごごごご、ごめんなさい! 私のせいで、こんな……」
ルマはうずくまるカイトの脇に寄り添い、どうにかしようと困惑している。その最中、トルクとスノウが笑顔でその光景を見つめていた。
「おい、カイト。わざとらしい演技はやめにしてやれよ。ルマが泣いちまうぞ?」
「そうね、やるんだったらもっと、獣の血液とか使って擬似しないとね?」
「あはは、やっぱり騙されるのは純粋なルマだけだね」
カイトはそう言って無邪気な笑顔で立ち上がる。ルマは涙目で今にも泣きそうな表情をしていた。
「ごめんごめん、ちょっとやってみたかっただけなんだ。泣かないでよ、ルマ」
ルマはカイトが演技をしていたと気づいて、再び烈火のごとく怒りだした。カイトの肩を何度も殴る。けれど、攻撃力が皆無でほとんど肩たたきと同じようなものだった。
その日の夕食にはカイトの取った魚たちがメインとなった。矢に魚を突き刺して、火炙りにして食す。その頃にはとっくに日は落ちて夜が訪れていた。
小波の音と夜鳥のか細い鳴き声。周囲はとっくに闇に包まれ、光源となるものは何もない。曇り空が月を隠している。
彼らが点けた焚き火は煙を吐くことをやめ、今は木炭のみが地面に残っている。そのちょっと離れた所に二つのテント。同性同士で分けている。つまり、カイトとトルク、ルマとスノウとミーナの組み合わせだ。寝相の悪いトルクの足がカイトの腹部を蹴りつけたりで、カイトは激痛に苛まされていた。寝付けたかと思うと、すぐに攻撃が飛んできて起き上がってしまい、もうウンザリしていた。明日になったら訴えようと思っているカイト。
カイトはふらりと立ち上がり、テントの外へと一人出て行く。腰に武器である小さな弓矢を隠し持って。
深夜の麓は不気味そのもの。肉眼でもうっすらとしか確認できないが。
カイトは焚き火があった場所を確認する。火は当然、点いていない。それから、テントの周囲を見回し、警戒して凝視する。特に非常事態でもない。
「……眠い……」
目を擦って大きくあくびをする。今頃、テント内でトルクが一人暴走しているのだろう。戻ったら即、吹き飛ばされる。
カイトは近くの岩に座って海を眺める。肉眼ではほとんど認識できていない。結局、闇だけを見ている形になっていた。
それから数十分後、女子のテントの中からスノウが酷い寝癖を付けたまま這い出てきた。ぼんやりとした目で周囲確認。それからフラフラと立ち上がってカイトの元へと歩いてくる。カイトはその音が獣の音と勘違いし、即座に身構えて弓矢を手に持った。寝ぼけたスノウはふらりと近づいていく。距離にして三メートル以内に入り、カイトにはそれがスノウだと気づいて安堵する。同時に、スノウはカイトの存在に気づいて叫び声をあげた。
「しぃっ! 静かにっ! 他の人が起きちゃうよ!」
「……ごめんなさい、だってまさかカイトがいるとは思わなかったし……」
スノウは眠気が覚めて、カイトの隣に座る。
「何で起きてるの、カイト?」
「トルクの逆襲に遭ったから」
「あー、なるほど……」
「スノウもどうしたの? 普段ならグッスリと眠ってる時間じゃなかった?」
「……何となく……気まぐれだよ、気まぐれ」
「ふーん……」
そこまで話すと、二人は黙り込んだ。何も見えないはずの暗闇だけを二人は凝視し続ける。そして、いつしかその暗闇の中にポツリと白い点のようなものが見え始めた。二人共、最初は何ともないと無視はしていたけれど、その点は徐々に大きくなっていき、錯覚などではないと判明した頃に、二人同時に顔を見合わせた。
「あれ、僕だけ見えてるんじゃないよね?」
「そうね、白い何かが動いてるよ」
二人は一度身を引いて、テント裏に隠れる。カイトは弓矢を構え、スノウはナイフを握った。
「やれやれだよ、どうしてこうも災難続きなんだろうね?」
スノウが小声で悪態を吐く。
「僕はさ、あれが何だか、おおよそ判明してきたよ。今すぐルマたちを起こしに行った方が良さそうだ」
低いトーンでそう説明するカイトに、スノウが不安げに何のことかを尋ねる。
「あれは……僕らツンドラ族では『白い悪魔』って呼ばれて避けられてた化物……。白い毛皮の巨体と鋭い爪を持つ、四足で歩く生物だよ」
「それは……確かにまずいね。今すぐ起こしに――」
「待って!」
言葉を言い終える前に飛び出そうとした、スノウの服の襟首をカイトが掴んで抑止させる。勢いで首が締まってスノウは変な声を出した。
「な、何なの?」
「白い悪魔が……増えた」
「え?」
カイトとスノウがテントの陰からコッソリと覗く。先ほどの白い点が二つ見えていた。
「一匹ならまだしも、二匹もなんて……。一刻も早く起こしに行きたいんだけど、これじゃあ動くに動けない」
落胆するカイト。スノウはふと思い出してカイトに尋ねる。
「ちょっと……今、隠れているテントって、トルクが寝てるでしょ?」
「あ、そうだ! トルクさんなら白い悪魔を一撃で仕留めてくれるに違いない!」
カイトはテントの中へと入り、トルクを起こす。入って二秒後、鈍い音と共にカイトがテントから飛び出してきてスノウに激突した。
「いったぁ! 何するの、カイト?!」
カイトは何も喋らない。スノウが上に乗っかるカイトをどかし、様子を見る。カイトは頬を赤く腫れさせて完全にノックアウトされていた。
「あー……確かに一撃で仕留めてくれたね……」
寝相の悪いトルクの蹴りがカイトに直撃したのだろう。カイトは完全に意識が逝っていた。トルクを起こすのは無理と判断して、スノウは策を考え込む。その間も、白い悪魔は近づいてくる。ゆっくりと考え込む時間はない。
「……一撃で、仕留める……?」
スノウはほとんど諦めに取り憑かれた状態で、ナイフをしっかりと握る。どう考えても、近距離戦になれば不利なのはスノウだった。緊張で冷や汗が吹き出て、ナイフを握る手が湿って落としそうになり、再びしっかりと握る。心拍数が上昇している。逃げ出しそうになる足を必死で引き止める。それから、暗闇の中を凝視して白い悪魔を捕捉、呼吸を整えてから、スノウは決死の覚悟で飛び出した。ナイフを前へと突き出し、雄叫びを上げての突撃を行う。
スノウと白い悪魔の距離が二メートルを切った瞬間だった。スノウに気づいて身体を持ち上げ、二本足で立った白い悪魔が突如、崩れ落ちて地面に突っ伏した。
「え……へぇ?」
翌日、早朝。深夜からずっと眠れずに起きていたスノウが、海岸沿いに倒れる二頭の白い獣の死体を観察していた。白い獣は二頭とも、的確に眉間に矢を射抜かれて死んでいた。歪な形をした矢だった。直線ではなく、歪曲した枝が使用されていて、かろうじて放てるであろう矢。矢羽は何かの平葉が用いられている。
「的確な狙撃と非常識な視力……かー」
スノウが観察しながら感嘆の声を出す。
それからしばらくして、ルマとミーナが起床してきてテントの外へ。あくびしたり、伸びをしたりしていて、スノウに気づくと近づいてきた。
「おはよう、スノウ。それは――わぁっ! な、何それ? 死体?」
オドオドと、ミーナの陰に隠れて様子見するルマ。
「そうだよ、死体。第三者による狙撃で死んだ……」
「第三者とは……何?」
ミーナが訝しげに尋ねる。スノウは首を横に振った。
ルマは周囲を見回す。いるのは動物の死体と、その前に三人の少女。ルマが尋ねる。
「……あれ? カイトはまだ寝てるの? 普段ならもっと早く起きてるんだけど……」
「あー、カイトなら……テントの外で伸びちゃってるよ、多分」
ルマが首を傾げて、ミーナと共にカイトのいるテントへ。その入口部でカイトが倒れるようにして眠っているのを見つけた。
「カイト?! 一体、どんな寝相をしたらこんな寝方に……」
「……寝た、じゃなくて……気絶したんじゃない?」
ミーナがそう言って、カイトを抱える。カイトの顔にはアザらしき痕が残っていた。
「敵襲?!」
「違うよ。それは昨夜、寝相の悪いトルクに蹴り飛ばされた結果だよ」
不安なルマの問いに、スノウがそう答える。ルマが状況を理解し、頬を膨らませて露骨に怒り出した。悪態を吐いて、寝相のすこぶる悪いトルクへと動じずに近づいていく。スノウが止めに入ろうとしたが、ルマはそれを拒む。
「カイトの仇討をするの!」
「落ち着いて、ルマ! 早まっちゃダメだよ?!」
しかし、ルマは止まらず、トルクの目の前へ。スノウは見てはいられずに両手で両目を覆う。
「コラッ! いつまで寝てるの! 起きなさい!」
ルマの怒声がテント内に響き、寝相の悪いトルクは適当に足を振るう。トルクの蹴りがルマを捉えた! しかし、ルマはその攻撃を左手でいともたやすくいなすと、トルクの頬に大ぶりのビンタを決めた。パチンっと 良い音が鳴り、衝撃を受けたトルクは目を覚まして飛び上がり、即座に警戒態勢を取った。
「敵、か?! ……ルマ、どういう状況だ?」
「ダメ人間、バーカ!」
ルマは精一杯の大声でトルクに罵声を浴びせた。寝起きのトルクには何が何だか分からず、ただ呆然とするだけだった。そっぽを向いているルマの脇にはミーナ。そしてミーナに抱えられている気絶状態のカイト。その後ろで信じられないとばかりに目を見開くスノウがいた。
「……ルマって案外、強いのね」
スノウは小声でコッソリとミーナへと呟く。ミーナは、怒って頬を膨らますルマを見て、苦笑いしてスルーした。
「ま、まぁ……敵はいなかったんだし、問題な――」
「仇討だぁーっ!」
トルクがボケーっとしているところをルマが滞空時間の長い飛び蹴りを決め込む。腹部にクリーンヒットして、トルクはテント反対側へと吹っ飛んでいった。
「これで良し!」
ミーナに処置を施され、左頬に包帯を巻いたカイト。それでも腫れているのが分かるほど膨らんでいる。トルクはスノウから何があったかを聞き、カイトに何度も謝罪をした。それからテントを畳んでリュックへとしまい、朝食を取ってから登山を始める。
今日の天気は昨夜とは違って大晴れ。風はそよぐほどで比較的落ち着いている。
岩山の山頂には小動物の姿が確認できた。それと、人工的に作られた、木屋が点在しているのも。彼らはその木屋を目指して登山する。
「あの白い悪魔を殺したのはおそらく、昨日の白髪の男か、その仲間だろ。それにしても、良くあんな不細工な矢なんかで的確な狙撃ができたな。相当な腕前だぜ」
登山しながら、トルクは白い悪魔を仕留めた当人を褒め称える。その背後では、ルマが睨みを効かせながらカイトの横について歩いていた。後ろから黒いオーラをひしひしと背に感じ取る。カイトはルマが不機嫌そうなのに疑問を持っていて不思議がっていた。
「……トルクはさ、昔からそんなだったの?」
トルクの横でスノウがヒソヒソと耳打ちで尋ねる。トルクは疑問符を浮かべる。
「だから、寝相の悪さだって」
ルマに聞こえないようにと小声で呟くスノウ。トルクは自嘲の笑みを浮かべる。
「あ、あぁ……。代々、俺らの家系は皆、呪いなのかは知らないけど、寝相がとてつもなく、悪い。寝相の悪い人間は全て、俺と同家系だと考えても良いぐらいにな」
「ふーん……じゃ、仕方ないのかな?」
「そうだな、こればかりはどうしようもない」
トルクはルマの視線を感じ取りながら、申し訳なさそうに呟く。
それからしばらくはルマの怨念を受け続け、木屋の前に着くまで収まらなかった。
その木屋は人一人が暮らすのに必要最低限のサイズで作られている。木を板状に削ったものを重ね合わせて壁が作られていて、屋根は雪を落とすためか、急角度の三角形を描いている。扉は入口のとこだけ。窓は壁にわずかに開けられた横長の穴だけ。そんな木屋が一定間隔(およそ八十メートル)を開けて一つずつ建てられていた。人の気配はしない。
「……トルク、ちょっと木屋の中……捜索してよ……」
ミーナがトルクへとお願いをする。
「いや、何で俺なの?」
「……一番犠牲になって良い人物だから」
「いやいや、どういうこと?!」
「カイトを殺しかけたからね」
「あれは俺の意思じゃなくてだな――」
「やっぱり……頭がお花畑だから……」
「花じゃねぇし! ってか緑色だからな! どちらかでいうと苔に近いからな! いや、苔でもねぇけど!」
「自白した、やっぱり苔頭だ……。ちょっと光合成してみてよ」
「むちゃぶりだな、おいっ! だから苔じゃねぇし! 呼吸一筋だからな!」
なんて温度差の激しい口喧嘩に発展し、スノウとカイトとルマは呆れて事が過ぎるのを見守る。その声に反応してか、一人の人間が遠くの木屋から出てきてこちらへと駆け寄ってきた。トルクだけがそれに気づかず、ミーナと口喧嘩を続ける。
「これはこれは、活きの良い旅人たちで」
背後からの声に、ようやく気づいて振り向くトルク。背後に立つ小さな子供に一瞬だけ怯み、それから凝視する。
「……幻覚か?」
「失礼な! ここに僕は、いる!」
男の子は胸を張って主張する。
「ん? あ、ここにいたのか。小さくて気づかなかった」
「失礼な! それでも、他人への尊敬の意を示せているとでも思っているのか?!」
指をトルクへと突き刺し、そう叫び散らす。その子は、身長がルマよりも小さく、年齢的に見ても十歳に見える。やけに大人びた口調をしている。ルマがそんな男の子に母性本能を刺激されたのか、キュンキュンしていた。
カイトがその子に尋ねる。
「あの、ここは何? 木屋が点在しているのはなぜ?」
男の子は胸を張って、
「ここはバレンツ島唯一の村にして、先住民族の住処。柵を隔てることなく、皆が皆、自分のスペースを保持し、そして争い事がないように、一人一人に間隔を置くことで平和を実現している。満月の夜、決められた集会場へと選ばれた人間たちで会議を行い、それぞれの情報交換をしている。無論、友人たちなどに会ってはいけないなどという愚劣な規則などは存在しない。ここ、バレンツ族の村は愛と平和の村なのです!」
偉そうに、そして自慢げに説明をした。愛と平和の村の割には閑散としていて、寒々しい印象が表に出ている。
「そ、そうなんだね……すごいね」
カイトが言葉に詰まりそうになってそう返す。
「むむっ! 今、僕を子供扱いした!」
「いや、子供じゃん」
と、スノウが突っ込む。それを言われた男の子は激怒して言葉じゃない言葉を連呼して叫び散らかしていた。そんなところへ、再び一人の人間がやってきて、その男の子の肩に手を置いて落ち着かせた。
「まぁ、ひとまず落ち着こうぜ、村長」
黒いフードを被って顔は見えないが、男だというのは声で分かる。その男は肩に緑色の弓をかけていた。
「おぉう、ディノか。すまない、馬鹿にされてつい」
「「「「そ、そそそ、村長?!!」」」」
カイト、ルマ、スノウ、トルクの四人が同時に驚愕する。冷淡なミーナだけが静かに驚いていた。その反応に、村長らしき男の子が再びムッとする。
「今の今まで何だと思ったんだね?!」
カイト「男の子」
ルマ 「横に同じ♪」
スノウ「え? いや、何?」
トルク「生意気なガキ」
ミーナ「……人間」
それぞれが言いたい放題遠慮なく答えをあげる。誰も『村長』とは思ってなかったことに、さらにムカっとする男の子(村長)。そんな村長をディノが抑止させ、落ち着かせる。確実にディノの方が村長に向いているだろうと思う五人。
「……よぉ、旅人ども。昨夜はクマに襲われずに済んで良かったな」
ディノがそんなことを言って、かぶっていたフードを脱いだ。そこには白髪の男の姿。昨日会った、あの男だった。
「……じゃあ、つまりは……あの白い悪魔を歪な矢で撃ち殺したのは――」
「そう、俺だぜ」
ディノは子供のような笑みを浮かべてはにかんでみせる。緋色の瞳が怪しく輝いていた。
「立ち話はこれで終わりにして……旅人たちよ、良ければ僕の木屋に来ないかな? 温かいお茶を出させてくれ」
村長の男の子にそう言われ、カイトたちは村長の木屋の中へ。他の木屋と比べて一回りか二回りほど大きいため、全員が入室できる空間があった。木屋の中には机と寝床、光源置き場、雑多入れなど、必要最低限のアイテムだけ。用意された椅子に座る五人。唯一の出入り口の扉にはディノが寄りかかっていた。
「さて、何が知りたい?」
氷を溶かして作ったお湯に謎の植物を入れてできたお茶。それを灰色の陶器に注いで持ってきた村長がそう訊き、五人にお茶を配る。五人の目線は村長ではなく、お茶でもなく、陶器の方に入っていた。
「ふむ、その陶器か。それはな、土を固めて作られている。てっきり、旅人だから知ってるものだと思ったが、初見ならそれは良い機会だ」
そう説明する村長。見た目と言葉のギャップが酷い。五人は陶器にしばし見とれていた。
「さ、お茶が覚める前に飲むと良い」
そう言われて遠慮がちに陶器に口をつけるカイトとルマ、そしてスノウ。全く遠慮せずに飲み干すトルク。そして、何も手をつけないミーナ。ミーナは、村長が訝しげに見ているのに気づき、
「……猫舌だから」
そう言って、しばらくお茶を覚ましていた。
お茶を飲み終えたトルクが、村長へと、柱状節理についてを尋ねる。
「あそこに行くつもりなのか? やめておいた方が良い。死にに行くようなものだよ」
「数々の猛獣、渇水、極寒の風、足場の悪い岩場、逃げ場なし。旅人にとっては最悪の自然条件だろ?」
村長の言葉に続き、ディノが詳細を荒く説明してくれた。猛獣と戦い続けるのは身が応える。水がなければ生きていけない。低温の風は凍傷を引き起こし、足場の悪い岩場が疲労を蓄積させる。この上ない最悪な条件だった。
「いいや、でも僕らは行くよ。行かないといけない」
カイトが真剣な表情でそう呟く。他の四人も無言で頷き返し、賛同の意見を示した。
「そうか……無理やり止めるつもりはない。旅人は旅人のやりたいようにやれば良い」
「……あぁあぁ、面倒なやり取りだよ、全く! どーせ、ここにいても暇なんだしな、どこぞの死にたがりな旅人について行って案内してやろうかなー?」
ディノは顔を明後日の方向に向けてそう言った。
「じゃあ、僕らはこれで」
カイトが村長にそう告げる。
「おおいっ! 無視かよ?!」
と、ディノ。五人は何のことか分からないというふうに、それぞれで耳打ちをしたりしていた。それなので、ディノが先ほどの言葉を再び大声で叫ぶ。しかし、彼らには意味が伝わらず、スルーされてしまう。
「あぁぁあぁっ! もう良いよっ! お前ら、俺が案内してやっから、今夜はゆっくりと休息でもしてやがれ、この死にたがりの怠け者どもが!」
ディノが気だるそうに言葉を捨て吐き、そのまま木屋から出て行ってしまった。
それを見送ったスノウは、
「ふふん♪ なーんだ、案外優しいじゃん」
なんて呟いてニヤニヤとしていた。




