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残存ツンドラ旅行記Ⅰ  作者: 星野夜
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第12話『流星日アンサンセ』

 日がとっくに西の水平線へと没していき、東から闇夜が空を覆い尽くす。西から東へと流星群が流れている。そんな時期らしい。峠頂上部、断崖絶壁の上に一人の少女がそこに座って足をぶら下げて空を見上げている。西から東へと流れる流星群はまるで、水平線からこちらへと迫ってくるような感覚を覚える。上下毛皮の服に身を包んだ茶髪の少女は、そんな空を目を輝かせて眺めていた。その背後には数十人もの村民と仲間たち。彼らは少女とは相対して、緑色の儀式服のような服装をしていて、槍のようなものをそれぞれ手に持っていた。

「そろそろ、時間になるが……」

 一人の男が少女へと呟き、少女は笑顔で立ち上がって振り返る。

「うん! 分かったよ、みんな!」

 ニコリと満面の笑みで村民たちに手を振る。しかし、彼らは寂しげな表情の者や無表情な者ばかりで、誰も笑顔な者などはいない。少女は村民の中にいる、友達たちの前へと近寄る。

「私ね、ちょっと長い旅に出るんだ。だからさ、そんな悲しい顔はやめてよ、逝きづらくなっちゃうよ♪」

 少女は涙目で潤っている友達の手を両手で握って目線を合わせる。

「うぅ、うん……じゃあ、ね」

 友達の女の子は服で涙を拭い、精一杯の笑顔で、震えた声でそう返す。

「うん、じゃあね」

 少女は背を向け、断崖絶壁の前まで歩いていく。上昇気流が下から上へと吹き抜け、少女の髪の毛を吹き上げている。眼下には岩肌と雪原。前方は闇の海と流星群の空。少女は小さく息を吐く。白い息は風にたなびき、流れていく。

 背後で見ていた村民たちは皆、少女の周囲五メートルまで近寄って取り囲む。

「それじゃあ、逝ってきます!」


「え? えっ、ええっ、え?! な、何で?! 何でエリンちゃんが?!」

「馬鹿! 声を抑えろ!」

 パニクっているルマの驚声をトルクが口を押さえて黙らせる。

 今、四人のいる場所は峠の絶景の見える断崖、から三十メートルほど先の森の中。断崖の前にはルマが出会った少女、エリンの姿。その周囲に村民たち。森の中は真っ暗で、誰も彼らには気づいていない様子だった。

「状況を説明するぞ、ルマ? まず、あそこに立つのが救出すべき少女だ」

「だからそこだって! あれはエリンちゃんなんだよ!」

「ん? 知り合いなのか?」

「スピッツ村で出会った女の子!」

「村?! お前、村なんかに行ってたのか?」

 話を纏めると、トルクが出会った姉の妹が、ルマが村で出会った案内人、エリンなのだ。そして、エリンはこれから生贄となる。

「――のを俺らが横槍を入れるってわけだよ。つまりは、エリン? は生贄にはならないから安心しな。問題は俺たちの身の保証だ」

 そうこうしているうちに、エリンはどうやら話を終わらせたらしく、断崖の端に立ち尽くしている。

「それじゃあ、逝ってきます!」

 と、エリンの場違いな明るい声が四人の耳に届いた。慌てて三十メートルを大疾駆し、エリンの背後に飛び出した! カイトだけはトルクに止められて森の中。

「逝くにしてはまだ早いぜ、おい!」

 エリンが見知らぬ声に気づいて振り向く。突如として現れた三人の姿に目を丸くした。

「ごめんね、エリンちゃん。何にも知らないのに、勝手に明るく振舞っちゃって。だけど、今は違うよ。助けにきたの!」

 ルマがエリンに背を向け、周囲を取り囲む大人たちを睨みながらそう叫んだ。当然、エリンは驚愕し、目を擦っていた。

「何者だ、お前らは?!」

 一人の村民が緊張の中、そう叫んで、身構える。スノウが答えた。

「幼気な少女に救済すべく現れた、神出鬼没の雪の精霊よ!」

「ナ、ナンダト……?」

「いや、違うだろうが」

 完全に鵜呑みにする村民と、ドヤ顔で自己紹介を告げたスノウの両方へと突っ込むトルク。シリアスな雰囲気をぶち壊す一シーンであった。

「……ルマちゃん、どうして?」

 背後からエリンの震える声がして、ルマは振り返って答える。

「私の仲間の一人が、あなたの姉に会って、あなたの情報を聞いたらしくて……。生贄なんておかしいよ。そうでしょ?」

 ルマはエリンの目を見つめ、笑顔で言った。

「……ごめんね、ルマちゃん。私、しっかりと生贄にならないといけないの。だから――」

「女子どもの会話に首突っ込むのも気が引けるものがあるが……生贄になったぐらいで災害が収まるんだったら、俺たちは猛吹雪に遭って仲間とはぐれることもなかったんだよ。だからな――生贄なんて無意味だ!」

 トルクは振り返らずに、エリンへと言い聞かせて、最後の言葉は周囲全員に聞こえるように大声で叫んだ。ほとんどの人間がその言葉に反応してどよめいている。

「でも、でも……お姉ちゃんに合わせる顔が――」

「お前の姉は……妹が生贄にならないで欲しいって星に願ったことがあるらしい」

 トルクが再び首を突っ込む。

「っ! ……お姉ちゃんが?」

「あぁ、確かにそう聞いた。お前が生贄にならずに帰ってきたら、さぞかし喜ぶんだろうな」

「だけど、それじゃあ、村には帰れなくて……」

 ルマは困惑して言葉が続かないエリンの肩をガシッと掴んで、

「このままここで逝くなんてつまらない。だから――私たちと旅しに行こうよ! きっと今より、もっともっと面白くて、楽しい毎日がきっと待ってると思うから!」

 満面の笑みで、そう告げ、ポカンとしているエリン。

「そうはさせるかぁ! お前ら、あいつらを殺せぇっ!」

 一人のリーダー格の人間が指差して叫び、前衛の槍使いが近づいていく。

「……でも、やっぱり逃げられないよ」

 エリンが悲しげにそう呟く。

「あいつらは知らない、俺らの秘密兵器を」

 トルクは不敵な笑みでエリンへと振り返る。その直後、どこからか飛んできた矢が村民とトルクの中央に刺さり、爆発した! 白煙が一瞬にして周囲の視界をゼロにさせる。

 スノウとトルクは前方を警戒しながら、ルマとエリンを護送する。森の中に飛び込んで、それからカイトのいる場所まで逃げ走る。

「ナイス、アシストだぜ、カイト!」

 カイトの手には小さな弓と、煙幕の矢。カイトは青い顔をして気分が悪そうだけれど、作戦が成功したのを知って微笑する。

 傷だらけのカイトをトルクが背負い、スノウが武器を構えて前衛をし、ルマはエリンの手を引っ張って共に逃げる。ただ、逃げる方向は峠の頂上部へ。トルク曰く、

「麓付近へと逃げることが常識だ。だからこそ、会えて逆方向へと逃げてから逆の麓へと下りる」

 そういう策らしい。

 そしてそれが幸を奏じた。下り坂中部付近、そこにはハンターたちがわんさかと屯していて、警備中だったからだ。

 四人がエリンを連れて山頂を目指す中、白煙の煙に包まれていた村民たちがやっと身動き可能になり、諜報班の数人がハンターたちを呼び寄せていた。甲高い笛の音が山中に響き、それを聞いた中間点のハンターたちが全員、断崖までやってきた。その時点でエリンを奪われておよそ十数分が経っていた。

「おぉ、来てくれたか、ハンターたちよ! 実はな、生贄のエリンの身が旅人どもに奪われた。お前たちの力で奪い返してきてほしい。エリン以外は殺して構わない、以上!」

 リーダー格がハンターたちへと指示を出し、総勢十数名のハンターたちが弓と矢を持ち合わせて山頂へと駆け出していった。


 山頂を越えると、その先は緩やかな山並みとなっている。反対側だからなのか、木々などはそこから先は生えてはなく、雪化粧された山肌と草花だけが生え渡る。木々がないので、西の水平線の方から流れてくる流星群が良く目に入る。

「あ、あの! 皆さん!」

 エリンが、逃げる最中にトルクとスノウ、そしてルマの足を引き止めた。

「……逃げて、それでどうするんです?」

「そうねー、君が死なないように一緒に逃走? 村にはどっちにしても二度と戻れないのは、承知してよね」

 スノウが冷淡に説明をする。エリンは寂しげに、そして悲しげに俯き、黙り込む。

「エリンちゃんはさ、死にたい?」

「ふぇ?」

「私と、私たちと旅をするか……死ぬかだったら、どっちが良い?」

「旅がしたいですっ!」

 エリンはルマの手を両手で握って、勢い良く即答する。あまりの勢いにルマは一瞬だけ言葉を失う。

「……だ、だよね」

「でも……お姉ちゃんにもう会えないと思うと、心が締め付けられるように苦しくて……」

「……死んだら、元も子もない。死んだらダメなんだ」

 トルクの背から降り、エリンの脇でカイトは小さく呟く。

「君だって、分かるはずさ。あの儀式自体、無意味なんだって。それなのに、尊い命を投げ出すようなことなんかして……残されたお姉さんの気持ちを考えてよ。僕は、君のお姉さんには会ったことがないけど、同じ人間だから……大事な人を失う気持ちは、分かるよ」

 カイトは寂しげに流星を眺めながら呟く。そんなカイトの姿に、ルマは過去を思い出して涙で視界が潤んでいた。

「エリン……僕らは君を旅仲間として歓迎するよ? どうかな? 僕らと旅をしてくれない?」

 笑顔で尋ねて、手を差し伸べるカイト。エリンは思い止まったけれど、それから数秒黙考して、カイトの手を握った。

「じゃあ、決まりだな。そうとなれば、こんな物騒な山からはいますぐ立ち去っ――」

 トルクが会話を終わらせるためにそんな言葉を吐いて背を向けた時、エリンは両手でカイトを無理やり吹っ飛ばした! カイトはそのまま地面に雪に顔を埋めて倒れる。ルマがビクッと身体を震わせ、直後、エリンがその場に崩れ落ちた。一瞬の出来事で、誰もがその状況を理解できない中、目前で見ていたルマがいち早く状況判断をし、エリンの身体を抱きかかえる。エリンの胸部にはどこからか飛翔してきた矢が深々と刺さっていた。心臓を穿っているので、助からない。ルマが悲鳴を上げ、トルクとスノウが気づいて振り向く。

「「んなぁっ?! 何が起きた?!」」

 トルクとスノウが同時にそう叫び、ルマが涙を流しながら叫び答える。顔を雪に埋めていたカイトは、その様子を倒れたまま、見つめていた。

「敵襲だよ! エリンちゃんがぁっ!」

 エリンは即死、二度と目を開けることはないだろう。ルマがそんなエリンに抱きつき、絶叫に近い声で泣く。

 その最中、一人の少女がこちらへと駆け寄ってきた。トルクが峠の断崖で出会ったエリンの姉。灰色の服上下に身を包み、その手には弓矢が握られていた。険しい形相でこちらへと駆け寄ってくる。その姿を、ルマが捉え、エリンの死体を雪の上に置いて立ち上がると、叫び声を上げながら、エリンの姉へと突撃していった! カイトがルマの無謀な行動を止めようと駆け出すが、雪に足を取られて転けてしまう。

「ルマ、そいつは違う! 敵じゃない!」

 トルクの叫びも耳に届いてはないらしく、ルマは拳を握ってエリンの姉へと襲いかかる。エリンの姉はそんなルマの姿に驚いて、とっさに避けてエリンの元へ。再び襲いかかろうとするルマをスノウとトルクが押さえつける。

「バカ! あいつはエリンの姉だ! エリンを殺すわけがねぇだろ!」

 トルクは鋭い眼光を山頂へと向けて叫ぶ。山頂に一人の弓術士が立っているのを確認する。

「何で?! 何で?! 私たち、何も悪いことしてないのに、何で?! 旅してるだけなのに、何でこんなにも人が死んでいくの?! ねぇ、何でよ?!」

 ドタバタしながらルマは泣き叫ぶ。トルクもスノウも、何も言えずにただルマを押さえるしかなかった。カイトはそんなルマの頬を思い切りビンタする。乾いた音が響いて、ルマの動きが止まった。

「……その気持ちは、分かるんだけど……一番悲しいのは……エリンのお姉さん、じゃないの?」

 そう言って、カイトはエリンの死体を抱える姉を見る。エリンの姉はただ無言で、エリンを抱えていて、その表情は背中向きなので不明だけれど、きっと悲しんでいるに違いなかった。ルマも、その姿を見て、黙り込む。

「結局、死ぬのは変わらないのね……。昨日、あなたに会って、希望を見てしまった私はやっぱり愚かで、どうしようもない。星に願っても、叶わないことだってある。……だから、エリンは死んだ。でも、どうしてだろう? 涙が、出ない……」

 その場にいた誰もが何も言えなくなってしまった。『敵の矢が再び飛んでくる前に、今すぐ逃げよう』だなんて、誰も言えようがなかった。

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