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残存ツンドラ旅行記Ⅰ  作者: 星野夜
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第11話『スピッツベルゲン島にて同盟捜索』

 一人の少女が雪原を駆けていた。雪に足を取られずに颯爽と走っていく。その背後、通過した直後の位置の雪に矢が突き刺さった。少女は動じずに今度は進行方向を斜めにずらす。その直後に再び、先程までいた位置に矢が突き刺さった。彼女は今、どこからか、敵の狙撃を受けている最中だった。少女は逃げ走りながらも周囲を見回して敵の位置を把握する。矢の方角から察して、それは雪原に隠れているクレバスからの攻撃だった。クレバスとは、雪原にできた巨大な地割れのようなもので、普段は雪などが積もって隠れることがあり、旅人などは足を踏み入れて落下しないように注意が必要なものだった。おそらく、そのクレバスの中から弓矢で攻撃をしているらしい。

 敵を補足したからには倒す勢いの少女。走り寄りながら、片手に持った長い棒状の武器を構える。それは木材で作られた木槍で、先端は鋭く尖っている。それを構えながら突撃を始める。敵の位置はだいたい把握できている、つもりではあった。だが、次の瞬間、視界が真っ暗闇に覆われた。少女はクレバスを踏み、落ちてしまったらしい。こうなると、少女が生きて地上に出ることはないかも知れない。

 そんな様子を確認するため、別のクレバスの中に隠れてた一人の男が地上へと顔を出した。およそ五メートルほど先に、新しくクレバスの穴が出現していた。少女は落ちた穴だろう。

「……落ちたぞ、あいつ……」

「そうね、落ちたの。もちろん、わざとですけど」

 その声は背後からした。男は背後へと弓矢を構えようとするが、その弓矢は途端に弾かれてクレバスに落ちていった。そして、背後に立っていたのは木槍を構えた先ほどの少女の姿。男は驚愕した顔で疑心する。

「クレバスね……雪山で暮らしてた私からすれば当然の知識だったから、死ぬなんてことはないのよ。そもそも、君が隠れられる深さなら、落下して死ぬことなんてないでしょ?」

 少女はクレバスに落ちた後、男の隠れるクレバスへと移動してきたのだ。そう、クレバスが繋がっているらしい。

「なるほど、な……。これは一本取られたってわけか」

 男は降参といったように無防備に座り込んだ。少女は木槍を男の顔へと向ける。

「まず、理由を訊こうか……。何で、私を狙ったの? あ、もしかして、私が欲しいとか、そんなんじゃないよね?! えぇー、どうしよっかなー? 私はまだ若いんだし――そんなまだ、早いですってぇー!」

「いや、そんな理由じゃねぇけど?! ていうか、勝手に妄想を広げるのをやめてもらえるかな?!」

 少女の妄想に対して的確な突っ込みをする男。軽く引いているように青い顔をしている。

「じゃあ、何?」

「……仲間殺しかと、思っただけだ……」

「仲間殺し? 私はね、あまり殺しとか好まないタイプだよ? むしろ、生かして付き纏っちゃうスタイルだよ?! 可愛い子を推奨しちゃうよ?!」

「いや、聞いてねぇし」

「で? 仲間殺しとは何よ?」

 そう尋ねる少女に、男は冷静になって説明を始める。

「俺の仲間に、ミーナっつー女がいてな、そいつが消えちまった、から……災害の起きないこの地域で旅人のお前なんかが現れたら、それはもう殺人者にしか思えなくてよ」

「酷い被害妄想だよ……。よっぽど、私より妄想癖あるんじゃなくて?」

「あぁ、否定はできない……」

 寂しげに俯く男に、少女は怪訝な目を向ける。

「……で? アンタはミーナが死んだとか思ってるわけね」

「思ってねぇよっ!」

 男は憤慨して叫び、つい殴りかかりそうになる腕を引き止めていた。少女は一瞬たじろぐ。

「はは……その勢い、だよ……その勢い。仲間を信じる心が奇跡を起こすんだよ? 死んだなんて心中で勝手に決めつけたからこそ、こうして私を殺そうとしたんでしょ?」

「……」

「そこで一つ、この私にご提案があるんですよー、旦那?」

 少女はいやらしい顔をして言い寄る。シリアスムードが一瞬にして半回転し、何やらおふざけ感が出始める。男はそんな少女から少し身を引いた。

「実はね、私も仲間とはぐれちゃってるのね。そこで! 私がミーナを見つけるから、そっちも私の仲間を見つけてくれない? これは互いの理に適った提案だと思うんですけどねー、どうです?」

 少女は相手を値踏みするように舐め回すごとく見つめる。嫌そうな顔でそんな少女を睨む男。だけれど、これは好機と見たのか、男は小さく頷いて賛成の意見を示す。

「じゃあ、決まりね。私はスノウ、よろしく!」

 スノウは男へと拳を突き出す。男は一瞬動揺はしたが、すぐに笑顔になって、

「おぅ! よろしく頼むぜ、スノウ!」

 男はスノウの拳に自分の拳をぶつけて、同盟関係を誓う。


 情報によれば、ミーナは茶色の長髪をしていて、上下灰色の毛皮の服を着込んでいるとのこと。最後に見たときはとある山脈の前らしい。スノウはその手がかりを頼って当山脈を登山することに。

 その前に、スノウは雪原に一箇所だけ不自然に作られた雪の塊へと立ち寄る。

「カイト、起きてる? 調子はどうよ?」

 スノウが覗く、雪の塊の中は空洞になっていて、そこの空間にカイトが気分悪そうに横たわっている。その脇にはスノウの荷物が置かれていた。カイトの荷物は、仲間とはぐれた際に、おそらくルマが持ってしまっていただろう。

「……うぅ、全然……」

 苦しげな声がそう呟く。

「ちょっと用事ができたから、しばらくここで安静にしてて。夕方ぐらいになったら戻ってくるから。それと、食料はそこの荷物に入ってるから」

「……どこへ?」

「人探しにちょっと山を登るだけ」

「そう……気をつけて」

「人の心配する前に自分を気遣いなさいよ。じゃあね」

 スノウは雪の塊の家で休息を取っているカイトに挨拶を交わし、その後、山脈へと向けて足を進めた。


 スノウと同盟を組んだ男はというと、一度村に戻って仲間を引き連れてくるらしく、自分の村へと戻っていた。そこで村長と交渉をし、ある程度の仲間を引き連れることに。

 それから村を出て雪原の探索に出る。

「集合場所はそうだな……あの山脈の麓付近だ。それから、同盟を組んだ旅人の元へと向かう。今はおそらく山脈登山中だろう」

 彼らは雪原を探索するためにそれぞれ分裂しての探索を始める。


 結局、男たちの散策は無に終わり、スノウもミーナの姿を見つけることはなかった。山脈中部までは探索し終えていたので、明日はもっと上を探索してみようと決めて、今日はもうとっくに真っ暗闇なので来た道を下っていく。

 夜更けの二・三時間前ぐらいの時間に、カイトのいる雪玉の家へと戻ってきた。こっそりと覗いてみると、中でカイトがグッスリと眠っていた。荷物の中からテントに使う革を半分ほど取り出して枕代わりにしている。その寝顔は、睡眠によって痛みを忘れ、安らいでいた。

「……ただいま」

 クタクタのスノウはカイトを起こさないために、リュックから食料を取り出すことはせず、今日は夜食を取らずに、カイトの横に寝転がって眠った。雪が柔らかくて眠るのには支障をきたすことはなかった。そして、雪玉のおかげで凍死することもなかった。


 次の日、二人は早朝の夜更け前に動き出す。荷物を持ったスノウがカイトに肩を貸し、そのままゆっくりと雪玉の外へ。まだ空は薄暗く、日が出るのにはもう少し時間がかかるみたいだ。

 カイトと共に悠々と進んで、再び山脈へと向かう。その道中に、スノウは色々と状況を説明してあげた。

「……ルマとトルクさんは無事かな……?」

「分からないけど、きっと無事でしょ? 心配しなくたって無事に戻るよ、多分」

 そんな会話を交わしていると、それが『噂をすれば――』の通りに、山脈麓からこちらへとトルクが駆けてくる姿を確認した。

「カイト、ほら! ほら見てよ!」

「……トルクさん?」

 トルクは嬉々とした表情で駆け寄ってくる。全速力で駆け寄って急ブレーキ、勢い余って二人の脇を通過していき、クレバスに見事にヒットして落下していった。

「「あ……」」

 カイトとスノウは二人して口を開いたまま一点注視状態でフリーズする。

「とぅ! トルク様参上!」

 すぐさまクレバスから飛び上がって地面へと着地を決める。幸い、クレバスは人一人分ほどの深さしかなかったらしい。

「心配したぜ、お前ら! 迷子ちゃんは困るぜ、全く」

「どっちが迷子よ? 二対一でそっちが迷子扱いよ」

 トルクが無事に合流し、三人となった。残りは、カイトの荷物を持って消えたルマだけ。

 スノウはとりあえず、トルクに状況説明をする。同盟を組んで探索中のことも説明した。

「……なるほど、ミーナっていうやつを探せば良いんだな?」

「そう、今日は山脈頂上部の探索をしようかと思ってね。トルクは誰か見なかった?」

「んー、一人だけ女に会ったが、迷子とかじゃなかったな。景色を見に来ていたみたいだから、違うな」

「そーかー……本当にあの山脈にいるの? いなかったら、あの男を恨むからね!」

「誰に言ってるんだよ、お前?」


 三人はミーナを見つけるべく、山脈へと向かう。傷だらけで気分の悪そうなカイトをトルクが背負って進む。その山脈は他の山脈と比べて標高が低いからか草木が生えていて、その上から白化粧がなされている状態だった。登山開始場所から木々によって作られた天然のトンネル内を登っていく。草木で阻害されているのに、地面にまで雪は積もっていた。滑りやすい足元をスノウとトルクは慎重に足を踏みしめる。夜が更け始めて空が青々とした色味を帯びていくのが木々の隙間から観測でき、そして朝がやってきた。

「さっき下ってきたばっかりなのに、また登るとなると、メンタルやられるな、こいつは」

「男ならもっと踏ん張れい! そんなんだからコルクと間違われるのよ?」

「間違われたことねぇけど?! ……あ、そうだ。峠の頭頂部にな、絶景が観れる断崖があるぜ! めっちゃ綺麗だから、ついでに寄っていけよ」

「まるで『自分の家へと友達を誘う』ときのような宣伝……。ま、楽しみにはするよ。景色を眺めるのも悪くないしね」

 絶景から見える夕焼けの前に、私と彼(妄想内の彼氏?)。ロマンチックなシーンの中、彼が耳元へと顔を近づけてこう言うの。『スノウ、今日の夕焼けは君のためだけに輝いてくれてる。……でも、夕日に負けないぐらい輝く、君の方が綺麗だよ』

「キャァーッ! そそそそ、そんなことはダメだって! 良いんですか? 本当に? えへ、えへへ。照れちゃうなー、あははは」

 勝手な妄想を広げ、声に出してリアクションしてしまっているスノウの黄色い叫び声に、トルクがビクッと身体を震わせて反応し、顔を青くして距離を取った。こんなときにでも妄想を広げられる少女、それこそがスノウなのだ。


 昼頃、山脈頂上付近まで登山を終えたスノウとトルク。確率的には当たり前なのだろうけど、ミーナが見つかることはなかった。渋々、峠を下って戻っていくことに。その最中、トルクが言っていた断崖を見つける。そこの部分だけ森が切り開かれていて、西の水平線と雪原が広がっていて、それは絶景に相応しい光景だった。なぜだか分からないが、断崖付近には何かの燃えた痕跡が残っていた。

「ん? こいつは途中で会った女の焚き火の跡だ」

「そっか……。それにしても、こんな絶景が見れるとは思わなかったよ、大得だよ! 表すなら、天使の甘美なる抱擁だよ!」

「いや、良く分からんな」

 二人はそれから無言で眺望する。水平線と空の境界が繋がっていて、うっすらと雲がたなびいているのが見える。その手前から眼下までは真っ白な大地が続いていた。太陽はまだ空を照らしている時間帯。

 絶景の見える断崖の前で昼食を取り、それから絶景を堪能したスノウとトルク、そして背負われているカイトは峠を下って雪原へと戻る。戻る際もミーナ探索をしてみるものの、結局見つからず。雪原に戻った頃には、太陽は水平線へと近づいていって夕方を作り出していた。

「……結局、今日もいなかったなー。もう、村とかに戻ってるんじゃないの?」

「戻ってないから探してるんじゃないのかよ?」

 それぞれ愚痴やら悪態やらを吐きながら、雪玉の家へと戻っていく。その時、

「カイト! トルクさん! それにスノウ! やっと見つけたよ!」

 背後からの明るい声に気づいて彼らは振り返る。手を振りながら全速力で駆け寄ってくる一人の少女の姿がそこにあった。

「「「ルマ?!」」」

 三人は同時に驚いて唖然とする。それから無事だったのを知れてホッとする三人。

「全く……迷子ちゃんはこれだから困るんだぜ」

「だって吹雪で視界が閉ざされちゃってたんだもん!」

 やれやれと首を左右に振るトルクに、ルマは悔しげに背中をポカポカと両手で交互に殴る。破壊力が乏しくてダメージにならない。

「まぁ、これで全員揃ったわけか」

 全員が無事に合流することができ、彼らの旅はまだ続くようだ。全員が揃ったことによって安堵した空気から流れる温和な雰囲気の中、トルクがふとあることを思い出し、三人に提案する。

「このタイミングで悪いが……ちょっと一つ、俺に力を貸してくれないか?」


 トルクの提案は、とある少女の妹を救い出すことだった。昨日、トルクは峠の絶景スポットで会った一人の少女の事情を聞いていた。そこで、その少女の妹が明日の夜に生贄となって死ぬという情報を知る。そもそも、全くの赤の他人なんかの心配なんてトルクがすることではない。ただ、不覚にもトルクは他人に同情をしてしまった。だからこそ、その少女の妹を救い出してあげたいと思っている。

「……ふぅ~ん♪ 良いとこあるじゃん、このこの~♪」

 スノウはトルクの腹に肘で小突く。

「んだよ? 今まで俺をどんなふうに思ってたんだよ?」

「人でなし」

「率直だな、おいっ! 俺はな、好戦的に見えるかもしれないが、こういう話には涙ぐんで聞き入ったりするタイプなんだからな」

 そんなトルクの提案により、夜になる前に絶景スポットまで歩いていく。

「何か、あの山脈だけ往復してるよね?」

 スノウが苦々しい顔で呟き、トボトボと歩く。

 彼らが峠の断崖へとたどり着くのは日がとっくに落ちて二時間後のことだった。

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