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残存ツンドラ旅行記Ⅰ  作者: 星野夜
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第9話『スピッツベルゲン島へ』

 夜間の襲撃を終えて、カイトとトルク、そしてスノウは氷の洞窟を通ってプリンス族の村へと戻る。東の空が青々とし始めていて、早朝になろうとしていた。トルクに肩を借りてふらつきながらも何とか歩いてきたカイト。村に着くなり、その姿を見つけたルマが大慌てで駆け寄ってきた。何か色々なことを涙目で叫んでいたのだが、カイトは疲労困憊で聞き取る能力も低下していてほとんどが耳から抜けていった。

「ルマ、とにかく今は休ませてやろうぜ? 疲れきって死んだ魚の目をしちまってるからな」

 トルクがそう言って、ルマはカイトに肩を貸して、一緒にとある村民の家まで歩いていき、その家のベッドを借りてカイトを寝かした。

「……やっぱりカイトとルマってさ……そういう関係だよね?」

「まぁーな。一目瞭然だろうぜ。……って言っても、あいつらは兄妹らしいけどな」

「え、何それ?! 禁断の恋的な?! ふふふっ、悪くないよ……」

 スノウが歩き去っていく二人の背中を見て、怪しい目つきで呟く。そんなスノウに、トルクは少しばかり距離を置いた。


 その日はプリンス族の集落に泊まることにして、この間にそれぞれ休息を取った。そして次の日の早朝、三人は村の最南端に集まった。

 カイトは至る所に新しく取り替えた包帯を巻いている。服装はいつも通り、暗緑色の外套を羽織る。あまり気分が優れてはいないようで、顔色は悪い。その横で看病をするルマ。それを傍観するトルクという立ち位置だった。

 その三人の元へと、スノウが全速力のダッシュで駆け寄る。

「よっ! みんな、揃ってるね!」

「朝から元気な奴だぜ……」

 トルクは寝癖のついた緑髪をかきむしりながら眠たそうに呟く。

「さて、約束通り、私は君たちの旅についていき、ツンドラ族の元へとお連れ致しまーす!」

 今回のアサシン族殲滅作戦を手伝う報酬は、スノウがツンドラ族の居場所へと連れて行くことだった。

「まずは海を渡るよ」

「舟、ないけど大丈夫かよ?」

「もちろん、木舟を用意しました! ちょっと大きめの奴でまぁまぁ耐久力のあるやつね♪」

「おっ、準備が良いじゃん」

 スノウについていき、三人は海辺の付近へ。そこには確かに大きめな木舟が用意されていて、紐で留められている。このサイズならば一メートルほどの津波にぶつかっても海水が船底に溜まることもないだろう。その舟に慎重に乗り込み、荷物等を舟後方へと纏めて置いた。そして、トルクとスノウが舟の櫂を持って左右に並ぶ。

「ってことで、いざ出陣!」

 二人が息を合わせて櫂を漕ぎ、舟は東の海の向こうに見える島へと向けて進行し始めた。


――それから二日が経過して――


 目前に広がるは雪の大地。不規則に突き出た山脈が層になって遠景の彼方まで重なり合っている。天候は雪で風は穏やか。ふんわりとした雪が地面に膝のあたりまで積もっている。

 そんな雪原を一人の人間が歩いていた。フカフカした毛皮で作られた外套を身に纏う一人の少女。茶色いストレートの髪の毛が風にふんわりとなびく。無地色な景色とは相反し、美しく澄んだ翡翠石のような瞳が前方を睨んでいた。彼女はルマという名のツンドラ族の一人だった。

 悪態を吐きながら、途方に暮れながら、時には休憩を取ったりして、広大な雪原を一人歩いていた。その背中にはリュックサックが背負われていて、中身は旅荷物が少しだけ入ってるだけで、リュックは内容量が余ってるのでたるんでいる。

 ルマは武器が扱える人間じゃないので武器は持たないが、背負っているリュックの中には刃が一つだけ革に包まれて保管されている。このリュックは元々、ルマのものではなく、仲間のもので、それを今、自分が背負っている現状だった。

 その日の昼頃、ルマは広大な雪原の中にある村を見つける。こんな地帯で暮らす民族がいることに、少しばかりの感心をする。とはいうものの、自分自身は北極という地帯に暮らしているので、別段おかしいことではないはずだ。ただ、ずっと無人島だと思っていたから、それゆえに少しだけ希望が湧いてきていた。

 実は、ルマは今、迷子になっている。仲間たちとはぐれてしまい、仕方なく歩き続けている状態だったのだが、もしかしたら匿ってくれるだろう村を見つけた。

 無断で入るのは危険だと判断して、村周囲を囲む木柵の外で待つ。風が穏やかなので凍死したりはしないだろう。

 しばらくして、一人の村人がルマの存在に気づいて警戒しながらも駆け寄ってくれた。一人の小さな女の子。おそらく十歳前後だろう。

「あの……あなたは一体?」

 心配げに、か細い声がそう尋ねる。ルマは自分が迷子になって迷い付いたことを簡潔に説明する。その子はホッと胸をなで下ろしていた。

「旅人なら歓迎します」

 その子につれられて、ルマは入村する。旅人ではないのだけれど、都合が良く物事が運びそうなので黙っておく。村の中には不自然に雪の半球がいくつもできていた。ルマにはそれが何なのか何となく察する。おそらくは家なのだろう。雪を固めて作ったブロックをいくつも積み重ねて作られた雪の家だ。

「旅人には珍しい光景でしょう? ここ、スピッツ村は雪を固めて作った家で暮らしているのです。年中無休で氷点下を切るので、雪が溶け出す恐れはありません」

 その子が丁寧にしっかりと説明をしてくれた。

「そっか……寒そうだね、何か」

「いいえ、そうでもないんですよ? 密閉した雪は保温性に優れていますから」

 十歳程度にしてはやけにしっかりとした対応をしている。

 その子についていく中、他の民族が物珍しそうにルマを見ていた。よそ者が入ってきたら当然の反応だろう。一瞥する者や、警視する者。中には歓迎してくれてるのか、手を振ってる者もいる。

 そんな道を歩いていくと、一つの家に案内された。同じくして雪で作られた半球型の家。見た目だけではサイズ以外の違いが分からない。どうやらここが村長の家らしく、旅人を入村していいか許可をもらうつもりらしい。ルマは女の子に誘導されて慎重にゆっくりと足を踏み入れた。地面も雪で真っ白。半球型の室内の奥に一人の人間が雪で作られた椅子に座っている。その前には炎を灯した松明が刺さっていて、室内をうっすらと照らしていた。

「エリン、案内ご苦労。その者は?」

 村長だと思われる女が案内人のエリンと呼ぶ子へと尋ね、エリンは答える。

「旅人です! どうやら迷ってしまったみたいで……」

 そう聞いた村長は立ち上がり、ルマの前までやってきた。高身長なので近寄ってくると目線が上になってしまう。その女の人の顔は薄暗くて良く見えない。

「ふむ、若いのに旅とは、感心します。お名前は?」

 その女はルマへと手を差し伸べ、握手を要求する。ルマはその手を握って答える。

「ルマと言います。旅仲間とはぐれてしまって、少しだけでも休養したいところです……」

「まぁ、こちらとしては旅人は歓迎する。ただ、条件を一つだけ」

 女は声のトーンを低くして言った。

「そこの少女、エリンを北の峠へと連れて行って欲しい。それだけで十分なのですよ」

 ルマはそれぐらいならばと了承し、パァーっと明るい表情になっているエリンを引き連れて山を一つ登ることに。


 その山はそれほど高くもなく、ちょっとした散歩でも登り切れるほどの標高だった。村から北に少しいったところにあって、西の景色が開いていて、海が一望できる場所だ。そこへとルマとエリンは仲良く登山する。同じような性格をしているからか、重なり合った部分があって話は弾んでいた。あっという間に時間が過ぎて、日が落ちかける頃に二人は峠へとたどり着いた。枝葉がない頂点部では、西の海に日が落ちて暖色に染めているのが眺められる。

「……エリンはさ……」

「ん?」

「何でここに行きたいって思ったの?」

 エリンは少し夕焼けの空を眺めてから、

「この景色が一度で良いから見たかった……から?」

 ちょっと意外そうに、ルマは目線だけエリンへと向ける。

「……見たこと、なかったんだね」

「うん……聞くのと見るのとだと、やっぱり全然違う……。こんな綺麗な景色があるって知らなかった」

「この世界にはまだまだ綺麗なものがあるんだよ。旅してるから分かるの」

「私も、旅したかったなー」

 羨ましそうにルマの服を引っ張って呟いた。そんなエリンの頭に手をポンと置いて、

「これからすれば良いんじゃないの? まだまだ人生これからなんだからさ」

 ちょっと上からだけれど、ルマは素直に親切にそう伝えてあげる。エリンは寂しそうな顔を一瞬だけしたが、すぐに夕焼けへと目線を戻す。

「そうだね……神様は許してくれるかな?」

「きっと大丈夫」

 そこで会話は途切れ、二人はしばし夕焼けに見とれる。エリンが目線を少し下げた時、遠くの雪原に人影を見つけた。ルマの横腹を突いて、それを知らせる。ルマは凝視して遠くに歩く誰かを見つめる。

「あれはー……カイトたちだ! 私の仲間! エリン、良く見つけてくれたね、ありがとう!」

「偶然だよ、偶然♪」

 得意げそうに胸を張ったエリン。

「あの、私もう行かないと! 仲間が待ってる。エリン、一人で下山できる?」

「問題ないよ、そっちの方は」

「じゃあ、ここでお別れだね」

「うん……お姉ちゃん、お話、面白かったよ」

「こっちも、エリンと話せて良かった」

 そして黙り込んで二人は見つめ合う。それから二人して笑いあった。

「じゃあね、もうはぐれちゃダメだよ?」

「分かった。元気でね、エリン」

「あ、その……うん」

 ルマは峠を下り、カイトたちらしき人影を追っていく。その背中が視線の外にいなくなるまで、エリンは手を振ってお別れを告げていた。


――その頃、スピッツ村の村長家――


「今頃、しっかりと景色を目に焼き付けている頃だろうか。エリン、最期の最期に、ルマに会えて良かったね。……もう『お帰り』って言葉を言うこともなくなったわけだな……」


「カイト! トルクさん! それにスノウ! やっと見つけたよ!」

 三人の人間の元へとルマは駆けていく。そんなルマに気づいて三人は笑顔で迎えてくれた。

「迷子ちゃんはこれだから困るんだぜ」

「だって吹雪で視界が閉ざされちゃってたんだもん!」

 トルクの背中にポカポカと両拳で交互に叩いていくルマ。何のダメージも受けていない余裕そうなトルク。

「心配したよ、ルマ」

「その言葉をそのまま返すよ、カイト。怪我は大丈夫?」

 包帯を巻いて傷をかばっているカイト。スノウに肩を借りている。

「みんな揃ったわけか。一時は、ルマにはもう二度と会えないとか考えたよ」

 四人揃って、再び旅は始まるのだった。


(エリン、きっといつか……一緒に旅でもしようね♪)


「……お姉ちゃん、さようなら……」

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