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第二章 写楽の夜の悪夢〈2〉

「とりあえずおかけになりませんか? すぐにでも新発見の写楽絵を拝見したいのは山々ですが、その前に写楽絵のでてきた経緯をおうかがいしたいんですけど」


 私は華響院の腰かけている応接セットへ高梨伽耶(かや)をうながした。まどかクンが高梨伽耶(かや)へ小さくうなづくと華響院のとなりへ座らせた。


 私がお茶のしたくをして席へつくと高梨伽耶(かや)が語りはじめた。


「私の実家は祖父の代から立川市で骨董屋を営んでいました。父もそれをひきつぎましたが、父は私が幼いころ他界したため、骨董屋は父の死とともに廃業しました」


 骨董の知識がまるでない高梨伽耶(かや)の母は店舗兼住宅をそのままに店をたたみ、パートで生計を立てつつ、高梨伽耶(かや)とつましやかなふたり暮らしをしていたそうだ。


「……実は1ヶ月前ほど前、私のうちへ美術史家を名のる男性と古美術商を名のる男性がべつべつに訪ねてきたんです」


「美術史家と古美術商?」


 美術史家は30歳前後のやせた男で、古美術商は50~60代で白髪まじりのすだれ頭に小太りの男だったそうだ。


「美術史家の方は戦前に海外で浮世絵を売買していた画商の調査をしている。その末席に私の祖父もつらなっていたらしい。店に浮世絵はなかったか? あればぜひ拝見したいっておっしゃいました」


「古美術商の人は?」


「うちのお店であつかっていた浮世絵があればすべて買いあげたいと」


伽耶(かや)さんのおうちって有名な骨董屋だったの?」


 まどかクンの問いに高梨伽耶(かや)(かぶり)をふった。


「そうじゃないのでヘンだぞ? って思ったんです。お店の骨董品はすべて手つかずのまま放置されていたんですけど、浮世絵なんて見た記憶もありませんでしたし。ですから、そう云うことはよくわからないからとおことわりして……」


「骨董なんて興味のない人からすればタダのガラクタだもんな」


 私の言葉に高梨伽耶(かや)が微苦笑した。


「実際、うちにあるのは二束三文のガラクタばかりみたいです。母は処分をいやがりましたが、いいかげんそのままにしておくのもどうかと思い、骨董品の整理をはじめましたら……」


「明治期の浮世絵版画にまじって、今回の写楽絵がでてきたんですって」


 まどかクンが言葉をそえた。話をだまってきいていた華響院の瞳にいたずらっぽい光がともる。


「なんだかキナくさい話になってきたわね」


「……キナくさいって、きな粉のことですか? きな粉ってくさくないですよね?」


「まどかクン、ここはボケるところじゃない」


 本気か冗談かわからないまどかクンのセリフに一応ツッコミを入れつつ、私は華響院へ水をむけた。


「なにか腑におちない点でもあるのか?」


「だって、ふたりの訪問者は未発見の写楽絵の存在を知ってたってことじゃない」


「「そうなんですか!?」」


 華響院に傾倒する女性ふたりがすなおに感嘆したが、私は根拠のない暴論に異議をとなえた。


「どうしてそうなる?」


「だってタイミングよすぎない? 浮世絵専門でもない無名のつぶれた骨董店へ同時期に浮世絵を求めてやってくるなんて。それに明治の浮世絵に1枚だけ写楽絵がまじってたってのもおかしくない?」


「専門が明治期の浮世絵だったとしても、写楽なら特別だろ?」


「特別なら明治期の浮世絵と一緒にしておくかな?」


「浮世絵をまとめて保管してただけの話じゃないか?」


 私の言葉を意にかいさず、華響院がつづけた。


「たとえば、かつて伽耶(かや)さんのお店で写楽絵を見たと云うおぼえ書きが見つかったとか、どっかの年よりがいまわの際に未発見の写楽絵を見たとか云って亡くなったとか、そう云う感じで情報がでてきたんじゃない?」


「だったら、どうしてすなおに写楽絵はないか? って、きかないんですか?」


純粋無垢(じゅんすいむく)称揚(しょうよう)すべきか愚直(ぐちょく)嘲笑(ちょうしょう)すべきか判然としないまどかクンへ私がこたえた。


「さいしょから写楽なんて云ったら、いろいろ警戒されるに決まってるだろ。写楽絵が見つかれば無名の美術史家やうさんくさい古美術商にゆだねるより、権威あるところへもちこんでしかるべき高値でしかるべきところへ売りさばく、て云うか、おさめるほうが安心だし」


「云いだしっぺのふたりは蚊帳(かや)の外で一文の得にもならないってことよ」


「なるほど。……伽耶(かや)さんだけに?」


 まどかクンが私ではなく華響院へうなづきかえした。


「ふたりの名刺はもらってる?」


「ええ。でも浮世絵が見つかったら連絡してほしいと連絡先も書いてありますし、偽名ではないと思いますが……」


 華響院の疑念を先読みした高梨伽耶(かや)がバッグのなかからふたりの名刺をとりだした。ひとりが『国際芸術大学美術学部准教授 吉岡英人(ひでと)』ひとりが『骨董・古美術 好古堂 稲沢吾一』とある。


「これ、コピーとらせてもらってもかまわないかしら?」


「ええ。どうぞ」


「はい。よろしく」


 高梨伽耶(かや)の了承をえた華響院が私に名刺をおしつけた。彼の「よろしく」は、名刺と一緒にふたりの人物調査もおしつける「よろしく」である。


 私は抗弁をあきらめると事務机のプリンタ複合機で2枚の名刺をまとめてコピーした。

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