第二章 写楽の夜の悪夢〈5〉
撮影データを事務所のデスクトップPCへ移し、撮影画像を確認した。私の背後から画面をのぞきこんだ華響院が小さくうなづいた。
「問題ないようね。そのデータ、あとでコピーしといて」
「わかった」
その間にまどかクンが撮影台をかたづけ、高梨伽耶が写楽絵を薄葉で包みなおすと書類ケースへしまった。
おくればせながら華響院が自分の名刺をとりだすと高梨伽耶へ手わたした。
「これ私の連絡先。なにかわかったらお知らせしたいんで、伽耶さんも事務所のメアドとかおしえていただけるかしら?」
「ええっ!? あっ、はい。今、私のスマホをだします」
高梨伽耶があわててカバンの中からスマートフォンをとりだし、華響院と番号やメールアドレスを交換した。
私も先に高梨伽耶と名刺交換しているが、高梨伽耶の名刺に記載されていたのは、大手芸能プロ『ナタリー・プロモーション』の連絡先だけだ。
ふたりのやりとりをぼんやりながめていたら、まどかクンがいたずらっぽい笑みをうかべて私の耳元へささやいた。
「あ、ひょっとして友紀さんも伽耶さんのケータイ番号ゲットしたいんでしょ? 私知ってるよ。5万でどう?」
「アホか、たかいわい。……2万ならだす」
まどかクンの冗談にのっかって軽口をたたくと、高梨伽耶がおずおずと私へ切りだした。
「……あの、もしよろしかったら柏木さんも一応、番号交換しておきましょうか?」
「いやいや、今のは冗談ですって。まどかクンと華響院が知っていれば充分です」
私は頭をふって高梨伽耶の申し出を辞退した。どさくさにまぎれてアイドルのケータイ番号をゲットするなどと云うさもしいマネは漢たる者の沽券にかかわる。しかもちょっと迷惑そうな顔をしている相手からきくのも気がひける。
「それと、伽耶さん。その写楽絵だけど、鑑定にだすまでは貸金庫かどこかへあずけておいたほうがよいかも」
唐突な華響院の言葉に高梨伽耶が小首をかしげた。
「なぜですか?」
「だって、すくなくともふたりの不審人物がその絵をねらっているかもしれないわけでしょ? おうちにおいておくのはあぶないと思う」
「ぬすまれる可能性があるってか? 華響院にしては用心ぶかいことを」
「でも貸金庫ってけっこうお金がかかるんじゃないんですか?」
「年に数万円だったんじゃないかな?」
まどかクンの疑問に華響院がこともなげにこたえた。
これがほんとうに真作未発見の写楽絵であればそれくらいの出費は安いものだが、無価値の贋作に意味もなく大枚をはたいたとなればもの笑いのタネでしかあるまい。
「どっかの貸しロッカーへあずけて、カギを郵便で自分ちへおくるとか?」
「今時、そんな一昔前のハードボイルド小説みたいなことするヤツいないっつーの」
まどかクンの発想に私はあきれた。数日、時間かせぎをすればよいと云う話でもない。
「それじゃ、薫さんとこの金庫は?」
「なるほど」
まどかクンの提案に私もガッテンした。この画廊の上、すなわち3階の華響院の事務所には大きな金庫がある。金品ではなく未発表あるいは進行中のデザインなど重要案件の保管庫だ。
数人がかりでもはこぶのはたいへんな重さだし、事務所の入り口より大きいため、道路へ面した窓からおろさねばならない。事務所には警報システムもついているし、プロの窃盗集団でもぬすみだすのは至難のわざだ。
「……私はかまわないけど、伽耶さんはそれで安心できる?」
華響院が高梨伽耶へたずねた。私やまどかクンは華響院の人がらを知っているから、彼が写楽絵をがめてくすねて売りはらうようなマネをすることはないと断言できる。
しかし、いかに高梨伽耶が華響院のファンであるとは云え、初対面の人間に数千万円の値がつくかもしれないお宝をあずけるのはどうかと気にしたわけだが、
「華響院さまがご迷惑でなければ、こちらからおねがいいたします」
高梨伽耶があっさり頭をたれた。……心酔するファンってスゴイ。
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「いや~、おいしかったあ。私あんな大っきなフカヒレとかアワビとか食べたのはじめて! 響華さん、ごちそうさまでした」
「おそまつさま」
華響院がハンドルをにぎるガリュー350LXの後部座席でまどかクンが心底しあわせそうに礼を云った。
「私までごちそうになって、ほんとうにありがとうございました」
まどかクンのとなりにすわる高梨伽耶も、ようやくすこしうちとけたようすで華響院の後頭部へ何度目かのお礼をつげた。
「今日は伽耶さんのおかげでおもしろいものが見られたんだから、そのお礼だと思ってちょうだい」
「そうそう。気にすることはありませんよ」
助手席の私がまぜっかえすと、
「あんたはぜんぜん関係ないんだから、つぎはおごりなさいよ」
と無慈悲にツッコまれ、後部座席の女性ふたりに小さく笑われた。この数時間で私はすっかりオチ要員である。




