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序章

 第1発見者の男は深夜、荒川ぞいの舗装路をジョギングしていた。街灯こそいささかとぼしいものの、車両通行禁止のため交通事故にあう心配はない。腰にぶらさげた小さなLEDライトが青白く明滅しているので、自分の姿が闇へ溶けこむ心配もない。


 川ぞいにおいしげる背のたかい芦の草むらの黒い影がガサリとゆれて、第1発見者の男は身じろぎした。


 野犬がでると云う話はきかないので、猫かなにかが草むらを移動しているのだろう。第1発見者の男はいちいち小さな物音にビクついて足をとめたおのれの小心ぶりを恥じた。LEDライトに気づけば警戒心のつよい小動物は自分から進路をかえるはずだ。


 気をとりなおしてふたたび走りかけると、影絵のような背のたかい草むらがさらに大きくガサリガサリとゆれた。草むらにひそむなにかはゆるやかな斜面をのぼり、舗装路をめざしていた。


 第1発見者の男もさすがに気がついた。草むらをゆらしているのは猫のような小動物ではなくもっと大きななにかだ。


 夜空よりも暗い草むらからはいでてきたのは黒い人影だった。強盗や痴漢にしてはうごきが弱々しい。酔っぱらいが足をすべらせて草むらへころげおちたのかもしれない。


 犬のように這う人影の上体がかしぐと、ガツッ! とかたい音がして「うぐっ!」とひくい声でうめいた人影がくたりと動かなくなった。


 第1発見者の男はふるえる指で腰のLEDライトに手をのばしながら、おそるおそるたおれた人影へとちかづいた。LEDライトがあえかに照らしだしたのは白髪の後頭部と色あせた紺色のジャケットの背中だった。


「あの……大丈夫ですか?」


 第1発見者の男はたおれた老人の正面へゆっくりまわりこむと、ひざをおって声をかけた。老人の身体の下にあるなにかが老人の身体と舗装路のあいだに小さなすきまをつくっていた。


 第1発見者の男はLEDライトから手をはなすと、暗闇のなかで老人の身体と舗装路のすきまに手を入れて老人の身体をあおむけにした。指先に感じたわずかなぬめりに鉄くさい土のにおいをかいだ気がした。


「ひいっ!」


 老人の姿をLEDライトで確認した第1発見者の男が悲鳴をあげてのけぞった。老人の胸にはふかぶかとつきささったナイフの黒い()が頭をのぞかせていた。第1発見者の男が指先に感じたのは赤黒くねばついた老人の血であった。


「……ぐっ」


 老人の口からくるしげな吐息がもれた。われにかえった第1発見者の男は老人の耳元へ顔をちかづけてさけんだ。


「しっかりしてください! 今、救急車をよびます! だれにさされたんです!?」


 第1発見者の男の問いかけにうっすらと目をあけた老人がぐぐもった声でつぶやいた。


「……シャラク」


 その一言が闇へ溶けると同時に老人の命のともしびも消えた。

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