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第九話 highspec Immunity

 一瞬だけ目の前が白くなり、反射的に目を瞑る理生。ゆっくりと目を開けると、そこは見たことのある場所だった。


「寮に戻った……?」


 本当にワープ出来てしまった。足元には同じようなフラフープが落ちていて、その中に三人はいる。しかしそこは茉夜や静流のいる男子寮ではない。男子寮を左右反転したような部屋の中だ。おずおずと理生は転に訊いてみる。


「えっと……転さん? ここってもしかして……」

「ん? はい、転の部屋ですよ」

「「女子寮じゃねえか!」」


 理生と昴が口を揃えて叫ぶ。二人が男子寮を出発する前は、女子寮にはヤツらが大量に居たはずなのだ。ならば早々に離脱しなければ危険だ。


「ワープ! もっかいワープ!」

「へ? なんでです? 寮に戻るんですよね?」


 慌てる理生に対して、何も分かっていない転は首を傾げる。


「いやいやいやいや! 寮は寮でも男子寮! 女子寮はヤツらが居て危ないから!」

「先に言ってくださいよ〜。じゃあ食堂ですけどいいですか?」

「いいから早く! ヤツらが来る前に!」


 再び転がボタンを押す。瞬時に周りの景色は変わり、男子寮の食堂に着いた。


「ふう……焦ったぜ……」


 これにはさすがの昴も冷や汗を流している。そして、やはり足元にはフラフープがあった。


「静流さんの話をしていらしたので、てっきり女子寮の方にいるのかと思いましたよ」

「そ、そうだったな。俺は一度も『男子寮』とは言ってなかったな……」


 昴が反省。理生も情報提供不足だったのを、心の中で戒める。


「まあそれはそれとして、静流さんはドコです? 早速様子を見に行きましょう」


 転の催促もあり、三人は昴の部屋へと移動することにした。

 昴の部屋に入るなり、静流の絶叫が耳に入る。


「うぐ、ああああああ!!」


 ベッドの上で頭を抑えながら悶え苦しむ姿を晒す静流。傍らでは茉夜が手を握っていた。扉を開ける音で、理生たち三人が入ってきたことが分かった茉夜は、振り向くと同時に怒鳴りつける。


「あなたたち! やっときたの!? さっきからずっと静流は苦しんでるのよ!? なんでもっと早く来ないの!」


 茉夜が怒るのも無理はない。それほどまでに静流の容態がよろしくないのが見て取れるからだ。理生と昴は俯いて茉夜から視線を逸らすしかできなかった。そんな雰囲気の中、一人だけ冷静さを失わない人物がいた。転だ。


「うーん……。見たところ、外傷はこれだけのようですね」


 転が指摘したのは、静流の右腕にある噛まれ傷の事だ。時間は経過しているが、それ自体には変化は見られない。


「ええ。おそらくだけど、今まで見てきた事象を照らし合わせるなら静流も感染していると予想できるわ。ていうかあなた誰?」

「感染? ああ、ゾンビちゃんのことですか。なるほどなるほど。ところで、あなたはどちら様です?」


 流れるような会話でお互いに名前を問いただす。


「私は十六夜茉夜よ。静流のお友達をさせてもらっているの」

「転は風渡転ですよ。一応、医学は少しですがかじってます。ちょっと待ってくださいね……えっと、確かこの辺に……」


 転は自分のポケットをまさぐり始め、取り出したのは小さなプラスチックの容器だった。中には何かの錠剤がいくつも入っている。


「水なし一錠の即効薬です! これを静流さんに飲ませてください」


 そういうと、転はその中から一錠だけ茉夜に渡す。茉夜はそれを受け取ると、眺めながら転に尋ねた。


「……これって、何の薬かしら?」

「鎮痛剤と精神安定剤の複合薬ですよ。転のお手製です。副作用として眠くなりますけど、逆にその方が良いでしょう」

「そう……」


 茉夜は少し躊躇いつつも、喘ぐ静流の口の中へと優しく放り込む。


「さ、静流。飲み込んで」

「ふ、ぐ……ああ! はぁ……はぁ……」


 言われた通りに静流は薬を飲んだようだ。それを確認した転は部屋を出ようとする。


「これでしばらくは様子見ですね。かじっているとはいえ医学は専門外なので、その辺りの事に詳しい人を呼んでみます」

「え? あ、おい、呼ぶってどうやって……」


 理生の制止を聞いたのか聞いてないのか、転はその場から離れてしまった。スマホの通話はできないので、他の連絡手段を用いなければならないのだが、そんなものがこんな窮地にあるというのだろうか? 理生は頭を捻ってみるが徒労にすぎない。


「まあ、あいつがなんとかしてくれるさ。今は静流を見守っててやろうぜ」


 昴だけは落ち着いた雰囲気で、空いている椅子にドカっと座る。茉夜は静流の手を離さずに昴に問いかける。


「ねえ、昴先輩。あの転って子は何者なの? あんな小さな女の子に任せっきりなんて、落ち着かないわ」


 理生も同じ事を思っていた。人は見た目で判断できないものだが、どうも今の状況にしっくりこない。


「そう言うなよ。あいつもれっきとしたハイスペック高校の生徒だ。いわゆる天才(バケモノ)ってやつよ。何も心配することねえって」

「あ、それですよ。本人は大人だって言ってましたけど、なんでハイスペック高校の制服着てるんですか? 色々と辻褄が合わないような……」


 見た目は子供、頭脳は大人とでも言いたいとしか思えない。冴えない理生でも違和感くらいは覚える。


「あいつはな、天才すぎて学校側から『永久留年許可証』なんてもんが発行されてんだ」

「えい、きゅう……? なんですか、それ」

「まあ簡単に言っちまえば、ずっと学校に居られるようになる許可証だ。世間に知られるとマズいような研究ばっかしてっからな。あまり外に出ないようにしてんだよ」


 確かに思い返せば、先ほど理生が経験したワープ装置もそうだ。あんな簡単に、且つ瞬時に移動できるのならば、色々なことに転用できる。勿論、悪事にもだ。それを考えれば、学校で大人しくするという選択肢もあるだろう。


「でもアレですよね? 研究自体をしなければ特に問題はないような気がしますけど……」

「そうはいかねえよ。転は根っからの研究魂を持ってんだ。抑えきれねえほどの研究欲がある。だから本人と相談して、今に至る」


 転の言っていた『色々な事情』というのはこのことなのだろう。これで理生もある程度は納得した。


「ま、あとは転に任せようぜ。俺らは静流の容態が悪化しないように、静かに見守ろうぜ」


 理生と茉夜は、昴の言葉に強く頷く。静流の方も、薬が効いてきたのか、いつの間にか眠っていた。





 その日の真夜中、目を覚ましたのは静流だった。あまりにも熟睡していたようで、眠気はほとんどない。


「ん……?」


 そばで寝息を立てているのは茉夜だった。自分の手を握ったまま眠りについたらしい。なんだか久しぶりに茉夜の寝顔を見た気がする。昴も机に突っ伏して寝ているが、今はどうでもいい。


「んふふ……かわいい」


 イタズラ心が芽生え、頬を軽くつついてみる。柔らかい感触が静流に伝わった。


「私……治ったのかな……」


 確か自分は、ヤツらに襲われて傷を付けられたはずなのだ。そして恐らく、それが原因で感染した──。


「……っ」


 悪夢のような頭痛を思い出す。あの痛みはとても名状しがたく、頭蓋骨すら突き破り脳みそをぶちまけるかと思うほどだった。だが今は全く痛みがないのだ。それが返って恐怖に繋がる。


「茉夜ちゃん……」


 その恐怖を振り払うため、起こさないように茉夜を抱き寄せる静流。そうすれば、以前のように甘い香りがするから。茉夜の独特なそれは、静流にとっての好物でもある。安心する匂いだ。しかし──。


「……あれ?」

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