第八話 highspec mechatronics
理生と昴は未だに地下の通路を歩いている。というのも、理生が昴の制服の裾を握ったまま離さないからだ。まるでお化け屋敷に無理矢理連れて来られた彼女のようだ。
「ちょっと止まれ」
「なんですか? 昴先輩」
「別れ道だ」
理生は目を凝らして前方を確認してみるが、やはり暗くて何も見えない。昴が続ける。
「多分、真っ直ぐ進めば女子寮に着くだろう。だから左に行こう」
「え? 左右の別れ道じゃないんですか?」
「ああ。今の俺たちの位置は、ちょうど丁字路の右側の部分にいるんだ。だから前か左か、だ」
そういうと、昴は方向を転換し、左へと進み出した。理生も引っ張られながら昴に付いて行く。
「昴先輩って、やっぱりすごいですよね。こんな暗闇の中でも見えてるなんて」
「まあな。俺には身体能力しか取り柄がねえからな」
苦笑する昴。理生もたまらず笑いを零す。
左へ転換してから数十メートル進むと、またしても昴が足を止めた。
「待て」
先ほどとは打って変わって、緊張感を持っている。それはすぐそばにいる理生にも伝わった。
「……どうしたんです?」
無意識に小声になる理生。昴も囀るような声で答えた。
「ヤツらがいる」
「!!」
途端、理生の心臓が早鐘を打ち始める。痛いくらいに鳴るそれは、通路に響き渡っているのではないかと心配になるほどだ。
「大丈夫だ、落ち着け。いるのは一人だけだ。しかも壁の方を向いてる。反対側から行けば問題ない」
「相手が一人なんだったら、昴先輩ならどうにかできるんじゃないんですか?」
理生のその言葉に、昴は返事をしなかった。
「行くぞ」
ゆっくりと歩き出す昴。理生も、必要以上に裾を握りしめ、昴に倣って忍び足で進む。
微かだが理生と昴以外の誰かがいるような音がする。動物が威嚇する時に出すような呻き声が、どこからか聞こえてくる。
「ハァ……っ」
理生は自分の吐く息が大きいことに気が付いた。その音で気取られやしないかと、余計に恐怖する。
まだたった数分しか経っていないが、理生は数時間にも及ぶ徒歩を経験した気分になる。そろりと理生は昴に聞いてみた。
「昴先輩……もう大丈夫ですか?」
「ん? ああ、とっくに過ぎてるぜ」
「はぁぁぁぁ……」
理生の腰が抜ける。裾を握ったままだったため、昴まで膝をつく。
「おいおい、しっかりしてくれよ。まだ半分くらいだぜ?」
「すいません……」
昴に立ち上がせてもらい、理生と昴は再び歩き出す。不思議と、理生はこの地下通路に入った直後よりかは緊張が解けていた。
歩くこと十数分、昴が何かを発見した。
「上りの階段があるぞ」
「部室棟の、ですか?」
「分からん。が、行ってみるしかねえな」
相変わらず理生には何も見えていないが、確かに足の感触から伝わってくるのは階段を上がるものだ。少し進むと、昴が扉を開けるのも分かった。
「ん……どうやら部室棟に着いたようだぜ……」
声を押し殺す昴。理生も、ようやく光のある場所へと出てこられて安堵していたが、昴のそこはかとない危険信号を送っていることに気が付く。
「何かあるんですか?」
理生と昴が出てきたのは、男子寮の時と同じく階段の下部分からだ。昴は廊下の方を見ている。いや、覗いているという方が正しい。曲がり角を影にし、廊下側からは見えにくい位置から覗いている。
「ああ……予想通り、ヤツらが入り込んでる。見てみな」
昴に促され、同じように廊下を覗き込む理生。昴の言う通り、何人かのヤツらが我が物顔で闊歩している。
「どうします?」
「俺らの用があるのは四階だ。気づかれないように階段を上がるぞ」
「はい」
理生と昴は中腰になり、足音を立てないように階段を上がっていく。階段の部分にはヤツらは一人もおらず、順調に四階へと上がる事ができた。問題はその四階だ。当然のように四階の廊下にもヤツらはいた。
「昴先輩……」
理生はそんなつもりはなかったが、つい不安な声が出てしまった。
「分かってる。目的地は目の前なんだ。突っ走るぞ」
「いや、ちょっと待ってください。その目的地ってどこです? それが分からないと走りようもありませんよ」
「あれ? 言ってなかったか? あの電子ロックが付いてる部屋だぜ」
昴が指差す方向に、遠目でも電子ロックが付いている扉があるのが分かる。その扉と理生たちの間には、ヤツらが三人ほど徘徊している。
「よし、準備はいいか?」
「と、とりあえずは……」
「気が抜けるやつだなあ……。まあいいや。行くぜ? 用意……走れ!」
昴の掛け声とともに二人は全力疾走する。途中のヤツらは昴が殴り倒していく。
「付いてきてるか!?」
「なんとか!」
「上出来!」
一人、二人とヤツらが壁に飛ばされる。最後の一人を来た方向とは反対側の壁にぶつけると、昴は急いで電子ロックのボタンの前に立つ。
「ええっと……?」
一瞬の間はあったものの、八桁の番号を素早く押した昴は理生を先に中へと入れさせる。
「早く!」
「は、はい!」
理生が中に入ると、そこには広い空間があった。とても外見からは想像できない程の広さだ。昴も、自身が入ると同時に扉を閉め、ロックを掛けた。
「なんですか……ここ? めちゃめちゃ広いじゃないですか」
理生は率直な感想を述べた。それに広さもさることながら、巨大な機械がいくつも立ち並び、机の上には素人が理解できないような設計図が、疎らに散らばっている。
「まあな……。それがあいつのすげえところよ。おーい、転! いるだろ!?」
昴が大声で誰かを呼ぶ。すると奥から返答がした。
「はいは〜い。もしかして昴さんですか〜?」
女性の声だ。しかも幼さが残っている印象を受ける。そして奥からやって来たのは、小学生くらいの背丈をした女の子だった。
「珍しいですね、まだ一週間は経ってないはずですよ? 緊急事態なのです?」
どこからどう見ても小学生にしか見えない。しかしハイスペック高校の制服は着ている。セミロングの髪を靡かせながら、女の子は丸い目をきょとんとさせている。
「おう。まず、外の状況は把握してんのか?」
昴は慣れているのか、そのまま会話を続けた。
「外? 何かあったんです?」
どうやら女の子はまだ現状を理解していないらしい。昴は状況をかいつまんで説明し、今静流が苦しんでいる事も話した。
「というわけで、お前にも寮に戻ってほしい。お前の力が必要なんだ」
「そういうことでしたら、この風渡転! 出来るうる限りお手伝いさせていただきますとも!」
女の子は元気良く答える。緊張感に欠ける転と名乗る少女に、理生は疑問を抱く。
「本当に大丈夫かな……」
ポロリと出る本音。転がすかさず反論する。
「誰ですかあなたは!」
「あ……えっと、俺は広影理生っていうんだけど……」
「あなた一年生ですね? 転はもう大人なんですよ? 大丈夫ったら大丈夫なんです! えっへん」
胸を張ってみせるが、その体躯では威厳がない。
「大人ぁ? まさか。その身長で大人とかありえないでしょ。それに、大人なんだったら高校の制服なんて着てるわけないじゃん」
理生はポンポンと転の頭を軽く叩く。転は嫌がるような仕草を見せ、理生の手を退かした。
「転は大人なんです〜! もう二十歳越えてます〜! 色々事情があるんです〜!」
子供みたいに頬を膨らます転。昴は呆れるように溜め息を吐いた。
「いいから、早く寮に戻るぞ。こっちは急いでんだ」
「むぅ……。分かりました。じゃあちょっとこっちに来てください」
昴に急かされ、転は渋々といった表情を隠さずに奥へと案内する。巨大な機械をいくつか横切ると、またしても開けた場所に出てきた。まるで何かを実験するためのスペースのようだ。
「おお……」
「こっちですよ、こっち〜!」
理生が見とれていると、転が催促してきた。転の足元にはフラフープのようなものが落ちている。
「なにこれ?」
「よくぞ聞いてくれました! これは名付けて、『来た道を戻る時は楽々、それはまるで段差を飛び降りるよう』です!」
「な、長い……」
「まあようするに、寮までワープするんですよ。ささ、二人とも、輪の中に入ってください」
理生と昴は、転の言われた通りに輪の中へと入る。もちろん、転も入っている。理生は本当にワープなどできるのだろうか? という疑問はあったが、今いうと面倒事を起こしかねないので止めておいた。
「それじゃ、いっきますね〜」
転は掛け声を上げると、手元にあるボタンを押したのだった。