第五話 highspec life
四人で女性の死体を丁重に葬る。といっても、身体に付着した血をタオルで拭き取り、場所が場所なので頭と胴体は窓から放り出しただけだ。死体といえども元は同じ人間、抵抗はあったが非常事態故に故人には受け入れてもらうしかない。
その後の理生と茉夜は、昴たちとともに見回りをする。他の階や男子寮には異常なく、それを報告するために一度玄関ホールへと戻った四人。そこには昴の言っていた通り、三十人ばかりの生徒が集まっていた。
「うっ……」
理生が見たのはそれだけではない。外におびただしい数のヤツらが、玄関ホールの扉を叩いているのだ。夕焼けに照らされ影になっているソレらは、怪物のそれと変わりない。
「ねえ。あれって、ヒビ?」
茉夜が指差したのは、玄関ホールの扉だ。そこにはくっきりとヒビが入っている。今にも割れそう、というわけではないが、いずれ割られて入ってくる証拠だ。他の生徒と話を終え、聞きつけた昴が落ち着いた様子で嘆息する。
「やっぱ何度も衝撃を与えられちゃ持たねえか……。予想通りではあるけどよ」
そんな昴に対して理生が噛みつく。
「じゃあどうするんですか!? ここままじゃアイツらに入られますよ!」
「落ち着けよ。予想通りだっつったろ? ここには防火シャッターがいくつも設置されてる。そいつを全部閉めれば問題ねえよ」
昴は生徒たちに指示を出し、一緒になって一階の廊下にある防火シャッターを次々と閉めていく。これで男子寮、女子寮ともに一階で利用できるのは階段だけとなり、実質使用不可となった。二つの寮を繋いでいるのは二階にある渡り廊下だけだ。その渡り廊下にも防火シャッターがありいつも閉められているが、今回ばかりは開けられた。男子寮に男子、女子寮に女子が入った後再び閉められる。お互いのプライバシーを守るためだ。
「じゃあね、お兄ちゃん」
閉める間際に静流が昴に小さく手を振る。
「おう。なんかあったらすぐにこっちに来るんだぞ」
仲睦まじい兄妹を見て、理生もそれらしいことをしようと茉夜に声を掛ける。
「茉夜!」
「さようなら」
即答。あいも変わらず冷たい茉夜だった。
それから二日が経った。電気や水は、屋上に設置されているソーラーパネルや浄化槽のおかげでなんとか賄っている。食糧の方も、寮が食堂を兼任しているので今のところは問題ない。
「ふぁ……」
自室で起き上がる理生。快眠、とまではいかずともとりあえずは眠れている。顔を洗い、食事をしに二階の食堂へ向かう。食堂では既に数人の男子生徒がたむろしていた。その中に昴もいる。
「昴先輩、おはようございます」
「理生か。おはよう。よく眠れたか?」
「正直に言うと、あまり……」
途端に欠伸が出る。眠気はあるのだが、やはり身体が受けつけない。
「まあそうだろうな。こんな状況だもんな」
昴が窓の外を見る。玄関ホールの扉を叩く人影の数は、一昨日よりもさらに増えている。自分の命を取ろうとしているモノが、大群となって押し寄せているのだ。中々寝つけないのも無理もない。
「まあ起きたんなら飯でも食えよ。あるもんしかねえが」
「はい、そうします」
理生は食堂の奥へと入っていき、冷蔵庫の中を漁ってみる。中にソーセージがあったのでそれを取り出してその場で咀嚼する。次第に脳が活性化され、いつの間にか茉夜のことを考えていた。
「大丈夫かなぁ……」
様子を見に行きたいが、場所はある意味では聖域、女子寮だ。緊急時とはいえ茉夜と一緒に入ってしまったこともあったが、あれはノーカウントだろう。
「…………」
無意識にスマートフォンの画面を開く。待ち受けに設定してあるのは、こちらを睨みつける茉夜の顔写真。電波は届いておらず、これで連絡を取れることはできない。それでもやはり頼ってしまうのは文明の利器だ。既に履歴で埋まっている茉夜の番号をリダイヤルする。
プルルルルル……。コール音だけが聞こえてくる。昨日から続けていることだが、当然ながら一度も繋がらない。
「茉夜……」
ひとりでに好きな人の名前を呼ぶ。理生はスマートフォンの電源を落とし、昴の元へ戻ることにした。
「……ん」
その頃、茉夜も起床したところだった。上半身を起こし、掛け布団を跳ね除ける。
「あ〜……またやっちゃった」
ベッドで寝ていたのは茉夜だけではない。茉夜の横で静流が静かに寝息を立てている。補足するに、二人とも素っ裸である。茉夜は起こさないようにベッドから降り、シャワーを浴びていつもの制服に着替えた。
「ふぅ。さて、どうしたものかしら」
もうとっくに起床の時間は過ぎている。気持ち良さそうに眠っている静流の処遇を決められないでいる茉夜を他所に、静流は寝言を立てた。
「茉夜ちゃぁ〜ん……」
「はいはい、私はここにいるわよ」
軽くペシペシとおでこを叩いてみる。微笑みが返ってきた。
「…………」
ならばと下のシーツをベッドから剥がす。静流ごと剥がしたので、静流は地べたへと放り出された。
「あいた!?」
「おはよう静流。さ、早くシャワーを浴びてきなさい」
「おはよう? ございます?」
寝ぼけながらもシャワー室へと向かう静流。茉夜は静流がシャワーを浴びている内に昨日のアレで汚れてしまったシーツを取り替える。取り替え終わるとほぼ同時に静流がシャワー室から出てきた。ちゃんと制服も着ている。
「あ、茉夜ちゃん。お布団替えてたの?」
「ええ。昨日はヤバいくらいしちゃったしね」
「私は今朝もしたかったな〜」
「冗談よしてよ……。私の体力が持たないわ」
思い出しただけでも茉夜の心身がだるくなる。まさか静流がガチのレズビアンだとは思わなかった。それを受け入れたのは他でもない茉夜自身なので、茉夜の文句はただの独り言になる。
「ええ〜? おはようのキスがまだだよ?」
「それよりも先に、あなたは自室に戻って新しい制服に着替えてきなさいな。昨日のやつでしょ、それ」
入学すると同時に数着もらった制服が、静流の部屋にもあるはずなのだ。洗濯機も各部屋ごとに設置されている。
「ん〜……じゃあ着替えたらキス、してね?」
「はいはい、他人の見ていないところでね……」
とりあえず静流を部屋から追い出すことに成功。溜め息を吐いて少し休む。
こんな状況故か、昨日はいつもより激しかった。静流のことは、入学式の日に出会ったその日から本人の口から聞かされている。彼女も彼女なりに苦しんでいたらしいことも知っている。だからこそ茉夜は静流を受け入れた。しかし、さすがに疲れが残るようでは日常生活にも差し支えるので、後で釘を刺そうと茉夜は誓った。
「よしっと」
考え事をしていたら腹の虫が鳴った。茉夜は朝食を調達しに食堂へと向かった。
食堂は、茉夜の部屋から出ると階段とは反対の方向にある。なので階段の方を見る必要はないのだが、静流の部屋は階段を上がってすぐのところにある。ついちらりと一瞥してしまう。
「!!」
なんということだろうか。見てはいけないものを見てしまった。いや、居てはいけないモノが居る、といった方が正しい。階段からナニモノかが、姿を現したのだ。
「ウソ……でしょ?」
ありえない。ありえるはずがない。何故ヤツらが入ってきている? それも一人や二人ではない。どうやって侵入したかは分からない。だが、茉夜の取るべき行動は一つだった。
「みんな逃げて!」
絶叫とともに、食堂から繋がる男子寮へと走ることだ。