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第三話 highspec death

 入学式から数日が過ぎた。今日も今日とて理生の悪あがきが始まる。一切分かるはずもない授業内容を、ひたすらにノートに書き写していく。何もしないよりかはマシだと、心の中で自分に言い聞かせながら。


「うぉぉぉぉ!!」


 しかしこれといって成果は出ていない。理解できないのならば受けなくても構わないと、学校側から容認されるほどのものなのだ。一般人となんら変わりない理生が、ハイスペックな授業をまともに受けられるはずがない。

 今日も全ての日程を終え、茉夜と共に寮へと帰る理生。トボトボと歩く姿に元気はない。


「あんたも学ばないわね。受けなくてもいい授業を受けるだなんて」

「そういう茉夜もずっと受けてるだろ?」

「私はほら、優秀だから」


 理生と違ってノートは取っていない。ただ黒板を見つめ、先生の話を聞いているだけだ。


「それで覚えられる茉夜が羨ましいよ……」


 落ち込む理生がさらに落胆。何か労いの言葉を掛けてやろうかと、茉夜が話の種を求めて周りを見渡す。すると、校門の方から何やら不気味な影が見えた。


「何かしら、あれ……」


 人……ではあるようだ。だが様子がおかしい。両腕を垂れ下げたまま、左右に身体を揺らしながらゆっくりと近づいてくる。


「ねえちょっと。あれ見てよ」

「あれって何?」


 理生にも確認を取ってもらうため、茉夜が人影の方を指差す。理生は目を細めてよく見てみた。


「誰だろ……。ここの生徒じゃないみたいだけど……」


 ハイスペック高校の制服を着ていないことは、遠目でも分かった。むしろ私服に近い服装だ。まだ学校の授業が終わって間もないというのに、こんな時間に校外の人間が現れるなど考えにくい。先生や生徒の親というなら納得も出来るが、些か若すぎる。理生や茉夜と同い年くらいの男性だ。ならば誰が何をしに?


「俺、ちょっと見てくる」


 理生が人影へ近づこうすると、茉夜が腕を掴んで制止した。


「待って。行かないで。嫌な予感がするの」

「んなこと言われてもよぉ……じゃあどうすんだよ?」

「わかんないけど……」


 そうこうしてるうちに、別のハイスペック高校の女生徒が男性に近づいていった。やはり他の生徒たちも、不審に思っているようだ。


「ほら、あの人に任せて、私たちは寮に戻るわよ」

「お、おう……」


 腕を引っ張られながら茉夜に連れられる理生。目線は不審な男性に向けたままだ。女生徒が男性に話し掛けているのが見える。しかし次の瞬間、目を疑いたくなるような光景が瞳に映る。


「え……?」


 一瞬だけスローモーションに見えた……気がした。それは、もしかしたら目の当たりにした光景を拒絶したかったからかもしれない。

 なぜなら男性が大きく口を開け、女生徒の首筋に噛みついたからだ。


「ぎゃあああぁぁぁぁ!!」


 耳を塞ぎたくなるような女生徒の悲鳴。もはや女性のものなのかと思うほどの太い叫び声。ただ噛みつかれただけで出るような声ではない。現実離れしたその状況は、理生の足を止めるに容易いことだった。


「なん……だよ、あれ」


 女生徒の首筋は食いちぎられ、血飛沫(ちしぶき)を撒き散らしながらその場に倒れ込む。男性の方は気に止める様子もなく、それどころかしゃがみ込んで女生徒の身体を貪り始めたのだ。

 ヤバいと思った。放心状態の理生でも、それだけは理解できた。だが身体は固まり、目を見開いたまま動くことができない。


「どうなってんだ……」


 理生が次に目にしたのは、助けに向かったと思われるもう一人の女生徒の姿だった。しかし駆け寄ったは良いものの、叫び声を抑えるかのように手を口にかざし、ただ友人が食われていく姿を見つめることしかできないようだ。怯え、恐怖し、後ずさる女生徒。それに気がついた男性が立ち上がり、もう一人の女生徒に手を伸ばす。逃げたいが足が思うように動かないのだろう、少しずつ後ろへと下がるしかしない。

 悪寒が走る。理生が見ているのは、もう襲った男性でも、助けに行った女生徒ではない。倒れている、いや、倒れていた女生徒の方だ。

 なぜあれほどの傷を(・・・・・・・・・)負いながら(・・・・・)立ち上がれる(・・・・・・)? それだけではない。立ち上がった女生徒も、男性と同じくゆっくりとした動作で、まるで何かを求めるように両腕を前へと突き出す。あれはまさしく……。


「ゾン……ビ……?」


 噛まれた人間が次から次へと感染していくという、映画などでよくあるパターンだ。だがそれは作り話(フィクション)での話だ。現実に起こりうるはずがない。


「はっ……はっ……はっ……」


 うるさいくらいに鳴り響く心臓の鼓動。喉が渇く。呼吸も荒くなる。そんな理生を我に返したのは、茉夜の叱責にも似た叫声だった。


「はやく!!」


 その言葉で、まるで時間が停止したかのような理生が突き動かされる。そして数秒前と同じく、理生の腕を引っ張っていく茉夜。


「ど、どこへ行くってんだよ……」

「一旦寮に籠るわ。あの様子じゃ、校門は使えそうにないし」


 先刻と目的地は変わらない。だが、その目的は打って変わって『帰宅』から『籠城』へと変化した。ハイスペック高校の出入り口はあの校門しかなく、通ることができないとなると選択肢が逃亡しかなくなるのは必然と言えよう。

 寮の扉はいつものように開け放たれ、そのまま走って入ることができた。玄関ホールを抜けると、廊下は左右に分かれている。左は女子寮、右は男子寮だ。茉夜は迷うことなく左へ進む。


「お、おい茉夜! そっちは女子寮……」

「こんな時に何言ってんのよバカ!」


 再び怒号。根負けした理生は、茉夜に連れられるまま女子寮へと足を踏み入れた。

 女子寮といっても、男子寮とさほど変わりない。左右が反転してはいるが、それ以外は理生の見覚えのある風景ばかりだ。

 茉夜が階段を使って二階へと上がる。腕を掴まれているので、理生も階段を駆け上がるしかない。そして上がった先の廊下を突っ走って着いたのは、『十六夜茉夜』のネームプレートが掲げられた部屋だった。


「入って」


 ようやく腕を開放される理生。茉夜に促されるまま、茉夜の部屋へと入る。理生が利用している部屋と寸分の狂いもなく、ただ左右反転されている部屋だ。もちろん、部屋の装飾などの間取り以外は相違点もあるが。

 部屋の扉に鍵を掛け、一息つく二人。扉にもたれかけ、上がってしまった心拍数と呼吸を整える。


「あ……」


 落ち着いてくるとともに、茉夜の腰が抜ける。理生も一緒になって座り込む。


「なんなんだよ……あれ」


 理生が呟く。ただの独り言だったのだが、茉夜は答えた。


「分かんない……分かんないわよ……」


 恐怖と緊張からガクガクと震える茉夜の手足。抑えようと必死に膝を抱きかかえているが、誰がどう見ても強ばって小さくなっているようにしか見えない。それを芳しくないと思った理生は、茉夜の手を握って勇気づける。


「大丈夫さ、茉夜。きっと先生たちがどうにかしてくれるって。それに、この学校には昴先輩みたいなすごい人たちがたくさんいるんだ。しばらくすれば元通りさ」


 そういう理生の手も震えている。自分だって怖いくせに、それを押し殺しているのだ。


「うん……」


 茉夜は力なく頷き、理生の手を握り返した。

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