第十一話 highspec abandon
快晴とはいえないまでも、青い空が広がっている。理生は日差しを顔に浴びることで自動的に起床した。
昨日の食料問題のこともあり、より『死』というものが鮮明になってきた。ただでさえ寝付けない日々が続いているというのに、その事が気掛かりで睡眠時間的にはあまりよろしくない。それでも今日という一日が始まった以上、理生は渋々ベッドから降りるのだった。
とりあえず食堂に行ってみる理生。男子女子と合わせて十人と少しだろうか、一応人数はいるが、賑わいは見せていない。
「昴先輩」
理生は、いの一番に昴に挨拶を交わす。昴も笑顔で答えてくれる。
「よ、理生。おはようさん。今日がハイスペック高校とのお別れの日になるが、準備はできてるか?」
「はい。といっても、ここから持ち運べるものなんて自分の身くらいしかありませんが……。それに、本当に転さんの言ってた通り迎えなんて来るんですか? ちょっとそこら辺心配なんですけど」
「まあそこは大丈夫さ。な、転?」
昴はそばで朝食を食べていた転に話を振る。ちょうど食べ終えたところらしく、ナプキンで口を拭いていた。
「はい。なんと言ってもあの方がいますしね!」
転は自分の後ろ髪を手で結び、一時的にポニーテールらしきものを作る。誰かを示唆しているようだ。
「ああ……やっぱあいつか」
昴には理解できたらしく、苦笑いを浮かべる。理生は首を傾げたが、昴には『すぐ分かる』と言われて答えは聞かせてもらえなかった。
閑話休題、昴が別の話をし始めた。
「理生。お前、ハイスペック高校の校則、覚えてっか?」
「え? ええっと……ある程度は」
「じゃあ校外に出ればいかなる校則も適用されないってことも知ってるな?」
理生は突然すぎて何の話がしたいのかは分からなかったが、相槌がてらに肯定する。
「そいつがこの学校のネックよ。いかなる校則も適用されないってのはつまり、本来出席すべき授業に出なくとも卒業できるってこった」
「??」
「分からねえか? 入学したその日から校外に出れば、ただ三年過ぎるだけで何もしなくていいのさ。だからそれを利用した生徒もたくさんいた」
理生は訳が分からず、一旦脳内で整理する。
校外に出れば校則を免れる、ということは、ハイスペック高校がいかな特殊な出席事情といえど、それらの適用外ならば関係のない話になってくる。つまりは授業をサボりながらも校則違反にはならないことになる。
「でもそんなことして何になるんですか? せっかくこれだけいい設備のある学校に入学したのに、もったいないじゃないですか」
「理生の言うことは尤もだ。だがな、人には人の事情ってもんがあんだよ」
「そういうもんですか……。でもなんで急にそんな話を?」
「まあ、単刀直入に言えば、その理由で外にいるやつがこっちに来るって話だ」
知ったような口振りの昴。理生の見解だが、先ほどの転のポニーテールと関係あるように思う。
ハイスペック高校が建っている山の麓では、陸上自衛隊が使用する十トン級の輸送車が、小さな住宅街を縫うように走り回っている。もちろんその住宅街にもヤツらは居るが、それをお構い無しに轢き殺しながらハイスペック高校へと向かう。返り血を浴びたフロントガラスにワイパーを這わせ視界を良好にし直す。その間、運転手は眉一つ動かさないでいた。せせら笑うのは助手席に座っている人だ。
「いや〜、運転上手いな、麗華ちゃんは」
「私は私のできることをしているだけだ。ハイスペック高校に着いたら貴女にも働いてもらう」
二人の会話は長くは続かない。それでも二人を乗せた輸送車は止まることはなかった。
山の天気は変わりやすい。段々と空模様が暗くなってきた頃、昴は校門の向こう側を見つめていた。
「お? 見えてきたぞ」
昴の言葉で、その場にいる全員が校門に注目する。理生は目を細めるが、とくに変わった景色は確認できない。
「ホントに来たんですか? 全然見えないんですけど……」
「んじゃこれ使え」
昴が投げ渡してきたのは、どこから取り出したのか双眼鏡だった。理生はそれを受け取ると、もう一度校門に見やる。確かにまだ遠くではあるが、輸送車が見えた。
「あれ……すごい運転の仕方してません? ヤツらを轢きながら来てますけど……」
「ちょっと貸しなさい」
茉夜は有無を言わさず理生から双眼鏡を奪い取り、自分も覗いてみる。遠近感が狂ってしまいそうになるほど猛スピードで走る輸送車が見えた。
「縦横無尽ってのはああいうのを言うんだろうな」
昴が感心するのも無理はなく、輸送車は何度轢いても横転せずにハイスペック高校の校門をくぐり抜けてきた。そして寮の前でドリフト走行し、校門に向き直した。
運転席と助手席から二人の女性が降りてくる。二人ともハイスペック高校の制服に身を包んでいる。
「まずはお掃除やで!」
「うむ」
輸送車の周りはすでにヤツらに囲まれている。それを嬉々としているのは助手席から降りてきた女性だ。その人はあろうことか、素手でヤツらを投げ飛ばしている。
運転席から降りてきた女性は、両脇に下げているホルスターから二丁の自動拳銃を取り出し、ヤツらに向けて連射し始める。銃声一つにつき一人の頭を撃ち抜く。
ダン!ダン!ダン!ダン!ダン!ダン!ダン!ダン!ダン!ダン!ダン!ダン!ダン!ダン!ダン!ダン!ダン!ダン!
左右合わせて十八発。その全てをヤツらの脳に命中させ、制服のポケットから出した新たなマガジンを拳銃に込める。
「さっさと降りてこい!」
ポニーテールの女性が、銃の連射を止めることなく叫ぶ。ハッとなった理生たちは、行動を起こした。
「昴先輩、先に降りて俺たちの着地を保護してください」
「おうよ!」
昴は窓ガラスを割り、二階から飛び降りる。難なく着地するが、その隙にヤツらのうちの一人が昴を襲う。
「うおっと」
顎に掌底を叩き込む昴。問題なく払い除けた昴が上を見上げる。
「いつでもいいぞ!」
昴が促すが、一番前にいるのは理生だ。いざ飛び降りようとすると、意外と高く感じてしまい尻込みをしているのだ。
「うう……」
そんな理生を見かねたのか、静流が代わりに飛び降りた。
「お先に失礼します!」
律儀にも断りを入れる静流。静流の方も綺麗に着地。玄関ホールの前にいたヤツらが気づき始め、こちらに向かおうとしてくるが、ポニーテールの女性が抑えてくれている。
「茉夜ちゃ〜ん! カモ〜ン!」
両手を広げ、茉夜へラブコールを放つ静流。痛い視線が茉夜を襲う。
「早く行きなさいよこのバカ!」
「のわ!?」
照れ隠しからか、理生を窓から蹴り落とした。バランスを崩した理生は地面へと激突──する前に昴がお姫様抱っこでキャッチしてくれた。
「あ、ありがとうございます……」
「おう。それよか、お前は輸送車の後ろを開けてくれ。みんなを収容する」
昴は理生を降ろし、指示を出す。理生は言われた通り扉を開けると、中は広々とした空間があった。詰めれば今寮にいる全員を収容できそうだ。理生が昴に報告しようとした時、突如悲鳴が聞こえてきた。
「きゃあああああ!?」
悲鳴は二階の食堂からだ。誰のものかは分からないが、尋常ではない叫びであることには間違いない。その後間もなく、次から次へと男女織り交ぜた悲鳴と怒号が鳴り響く。理生は焦燥感から大声で茉夜の名を呼んだ。
「茉夜! 何があったんだ!」
茉夜からの返事はない。だが理生は別の何かを僅かに見た。理解した時、ソレは寒気立つものだった。
ヤツらが男子寮にいる。
すると一人の男子生徒が別の窓から飛び降りてきた。しかしそこは玄関口から程近く、ヤツらの中へ自ら入っていく形になる。
「おい! そこは……!」
昴の制止は間に合わず、その男子生徒は一瞬のうちにヤツらの餌食となってしまう。
「いやだ! 死にたくない! 誰か助け……!」
断末魔のような懇願。昴は急いで助けに向かうが、それよりも先に銃声が轟き、男子生徒の脳天を突く。昴が足を止め振り返ると、ポニーテールの女性が手に持っている自動拳銃から煙が挙がっていた。
「現実を見ろ。私たちは現実主義者だ」
その言葉は昴だけでなく、理生の心にも刺さった。
「茉夜……!」
ポツポツと雨が降り出す。




