第一話 highspec physical
私立枠島高等学校。その学校には、一つの分野において圧倒的なハイスペックをほこる生徒のみが集められている。それ故に通称『ハイスペック高校』と呼ばれている。
ハイスペックな彼らはまさしく『バケモノ』と言っても過言ではないほどの実力、または実績を持つ。そんな高校に、とある中学生が合格した。彼の名は広影理生。凡庸な彼が合格できた理由は分からない。しかし当の本人はそんなこと気にもせず、好きな人と同じ高校に通えることに喜びを隠せずにいた。
「マジか! やったー! ひゃっほーい!」
理生が学校から帰るなり、彼の家に合格を示す書類が届いており、そのまま彼の手元に渡った。目を通すなり、理生は両手を上げて舞い上がる。早速とばかりに隣に住む幼馴染みの家へと向かった。その家には十六夜と書かれた表札が掲げられている。
「おーい、茉夜! いるかー!」
遠慮もなしに呼び鈴を素早く連打。すぐに玄関の扉は開いたが、それでも十回以上は鳴らした。当然も当然か、出てきた女性は怒りをあらわにした顔つきだ。彼女の名は十六夜茉夜。理生とは小さい頃からの腐れ縁だ。彼女は既に推薦による先行入学試験に合格し、合格内定書を受け取っていることを、理生は知っていたのだ。
「……何かしら?」
真っ直ぐに整った長い黒髪をかきあげながら、見下した目で理生を見る。理生は質問に答えた。
「俺もハイスペック高校に行けるぞ! お前と同じ高校だ!」
感極まったとばかりに目をキラキラさせている理生。しかし茉夜は表情を崩さない。
「へぇ。それで?」
「これからも一緒に居られるぞ茉夜! こんなに嬉しいことはないさ!」
「あらそ。要件はそれだけかしら?」
あくまでも淡々とした態度を示す茉夜。理生は続けてこう言った。
「愛してるぜ茉夜!」
「興味無いわ」
理生がドヤ顔で親指をグッと突き立てるが、茉夜はそそくさと玄関の扉を閉めてしまった。取り残された理生は満足気に帰っていく。
この二人は昔から変わっていない。一途な理生と、それを毛嫌いする茉夜。そんな二人も、四月からは新しい高校生活が始まるのだ。
迎えた入学式。春うららかな季節に行われた入学式は、他の学校とはさほど大きな違いなどなかった。ハイスペック高校などと呼ばれているあたり、入学式も普通のものとは違うのだろうと思考を巡らせていた茉夜にとって、意外とあっけないという感じだった。いつもと変わらないのは、今も目の前で机に突っ伏して寝こけている幼馴染みもそうだ。
「起きなさい。もう放課後よ」
「むにゃ……茉夜か……?」
理生は寝ぼけながら周りを見渡す。新品の机や椅子が並ばれた教室に、理生と茉夜だけが取り残されている。今日は入学式と、それに伴って行われた学校説明会だけだったので、まだ日は明るい。
「その様子だと、入学式の間も寝ていたみたいね。ま、あなたに校長先生のお話なんて理解できるとは思わないけど」
茉夜は呆れたと言わんばかりに、人差し指でこめかみを抑えながら溜め息を漏らす。
「確かに寝てたけど、話はちゃんと聞いてたし、ここまで歩いてきたぞ! って俺、茉夜と同じクラスになれたんだな」
「そうよ。性懲りもなくこんなところまで腐れ縁よ。全く、いい迷惑だわ」
プイっとそっぽを向く茉夜。そんな茉夜を、理生が愛おしそうに眺めながら言う。
「俺は嬉しいぞ。茉夜のこと、まだまだもっと知りたいし」
「だから……いい迷惑だっての……。まあとにかく、そんなことどうでもいいから、さっさと行くわよ」
「あちょ、ま……待てよ!」
茉夜は有無を言わさず鞄を持って教室を出ていく。理生も慌てて茉夜の後を追い掛ける。
私立枠島高等学校、通称ハイスペック高校は少人数高校だ。全校生徒の総勢は約二百人程度と、あまりにも少ない。当然といえば当然、ハイスペック高校の生徒はその名の通りハイスペックな生徒しかいないのだ。と言っても、見た目は普通の人と変わらないせいで特にこれといって目立ったところはない。あるとすればなぜか山頂に校舎を構え、ソーラーパネルや浄化槽等が完備されていことだろうか。しかしそれも全寮制だから、と言ってしまえば違和感らしい違和感ではない。
「えっと……?こっちでいいのかしら?」
茉夜が入学の時にもらった学校案内のパンフレットと現在地を見比べる。女子寮へと向かいたいのだが、いかんせん道がわからない。とりあえず校舎の外には出たが、そのあとの道のりがてんで見当がつかない。
「おい茉夜! どこへ行くんだ?」
追いついた理生が後ろから茉夜に対して叫ぶ。だが呼ばれたのにもかかわらず、茉夜は何の反応も示さずにてくてくとパンフレットを睨みながら歩いていく。
「茉夜ってば」
茉夜の肩を掴み、少し無理やり気味に振り向かせる。そこには眉間に皺を寄せた茉夜の顔があった。
「……なによ」
「お前、寮に行きたいんだろ? だったら逆の方向だぞ」
理生が茉夜の持っているパンフレットの地図上をなぞり、どこへ向かっているのか分かるように指を走らせる。茉夜の向いていた方向だと、辿り着くのは女子寮ではなくさっきとは別の校舎だ。この校舎は、寮とは運動場を挟んだ向かい側にある部室棟だ。寮と校舎の外見が似ているせいで見分けがつかない故に間違えたのだ。
「……ちっ」
「なんで舌打ち!?」
茉夜は踵を返して女子寮へと足を運ぼうとするが、その直前気になる光景が目に映った。制服を着崩したアレは、まさしく不良というものではないだろうか? やはりどこの学校にでもいるものだ。すぐに校舎の影に隠れて見えなくなったが、何か悪いことでもしているような、そんな気がしてならない。
「面倒事は厄介だけど……」
様子を見るだけ、と思い茉夜は後を付けることにした。理生もその不良に気づいたらしく、二人して気配を殺しながら音を立てないようにゆっくりと歩いていく。
校舎に身を寄せながらチラリと覗く。そこには数人の不良に囲まれ、校舎の壁に背を向けている女生徒がいた。
「君可愛いねぇ。見ない顔だけど、一年生?」
「…………」
「俺らさ、暇してんだよね。ちっとばかし遊びに付き合ってくんない?」
「…………」
女生徒は目も合わせず、何を言われてもただ沈黙を守っていた。不良の方は下品に小さく笑いながらジリジリと女生徒との距離を詰めていく。一部始終を目撃した茉夜が鼻で落胆する。
「これってアレじゃないかしら。ナンパ? ちょっと違うわね……。まあどのみち先生を呼んでくれば済む話……って、あいつどこ行ったのよ」
振り向くと、つい先ほどまで真後ろにいたはずの理生がいない。まさかと思い再び不良の方へと視線を向けると、案の定、そこに理生がいた。
「おいおい、お前たち。女の子一人に何人掛かりだよ。この子が迷惑してんのが分かんない?」
「……はぁぁぁぁ」
面倒事は厄介だと言った矢先にこれだ。 茉夜は頭痛がするのを感じた。
「なんだお前? お前も一年か?」
「おうとも」
「俺ら二年だぜ? 分かる? 敬語使えよ敬語」
「敬語なんて使う要素一つもないね」
人数的にも不利なのは理生の方だが、それでも不良相手に一歩も引かない。さてどうしたものかと茉夜が考え込んでいると、頭上から声が降ってきた。
「おーい、そこで何してんだ?」
声を向けられたのは理生たちだ。見上げると、声の主であろう男子生徒が、四階の窓から見下ろしていた。なんとその男は、窓から身を乗り出して飛び降りてきた。
ドーン! という着地音。常人ならひとたまりもない高さだ。しかし飛び降りた男子生徒は、事もなさげに立ち上がり、不良たちに向けて言い放った。
「俺の妹になんか用か?」
理生と茉夜が、真のハイスペック高校の一端を目撃した瞬間だった。