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花と血、主と私  作者: お餅もちもち
第一部 花弁は舞う
8/24

7枚目

部屋の中が珈琲の匂いになるくらいが一番好きなのだが、自分の主人は紅茶派なので肩身がせまい。しかし彼はもう少し家を開けるというし、自分の部屋くらいそうしたって文句はないだろう。

ノックに生返事で答えると、ゆっくりと扉が開く。そちらに目をやると、黒い髪をまとめたやや背の高い少女が台を運んできた。真紅に染まったその目をこちらにむけて微笑むと、軽食をテーブルの上に置いた。

「トレニアがそろそろお腹が空くだろうって」

「ありがとう、アシュガ。彼にもお礼を言っといてくれるかい?」

彼女はにっこりと笑って珈琲のボトルの残量を確認する。

「大方仕事は片付いたかい?」

「ええ、アフェさんは?」

「僕はまだ、もう少しかな」

主人が目をつけた通り、彼女はやはり仕事ができる。吸血鬼は成長が早いが、成人するとピタリと体の時間が止まったようになる。長命であっても子どもの時期まで長いと死ぬリスクが高いからなのか。彼女が成人するまではもうすぐだろうが、トレニアが紳士になる頃には俺は今よりちょっとおじさんで、彼女は綺麗な女性のままだろう。現時点で自分と彼女の年は変わらないから、余計に何だか少し複雑でため息がつきたくなる。

「アフェさん?」

そんな自分を見かねてか、彼女はこちらを覗き込む。

「気にしないで。仕事が終わったんならゆっくりするといい、昨日はバタバタしてたから」

「はい」

困ったように笑う彼女を見て、失言だったかと後悔する。昨日、というのはやや巻き込まれ体質の彼女が人界の姫に巻き込まれるという事件のことを指す。

「トレニアは寂しがりだから、一緒にお茶でもしたらいいよ。美味しいお菓子を用意してくれるだろうから」

「…ありがとうございます」

ふわりと笑って、彼女は一礼した。台を持って部屋を出るまでを見届け、手元の資料に目を落とす。

現在調べているのは、昨日のワームについてだった。本来、あの地区に大きなワームは存在しない。また、ワームの血の匂いから推測すると、あのワームの種は穏やかな気質で、攻撃されなければ滅多に人を襲うことはない。見た目がグロテスクなのはまぁ…どのワームも一緒なのだが。主人が異変に思い、調べておいてくれと自分に渡した資料を置き、持ってきてもらったサンドイッチを口に運ぶ。

「あ」

美味しい物を食べると頭が働く気がするが、それは本当なのかもしれない、そう思いながら地図を広げる。昨日アシュガが行った丘にそう遠くないところに森がある。森から丘へワームが移動することは不可能だが、移転魔法を使えない距離ではない。急に移転魔法を使われたワームは、穏やかな気質とは言えパニックを起こし、暴れる可能性もあるだろう。ただ、その移転には高位な魔法技術が必要であるが。

確かその場に居たのはアシュガと姫君だけだったが、その後に姫君の護衛たちが現れた。その中で高位魔法を使えるのはアシュガとカルミアという青年だけであろう。ただアシュガは戦闘以外の魔法がことごとく下手なため、可能性から外される。カルミアは確か、若くして魔法関係の高官だったはずだ。姫君と親類であり、多大な魔力、それも聖魔法を得意とする青年。魔法技術も人界のトップクラスだと聞く。ただ、何故そんなことをしたのかわからない。姫が危険に晒されるのみなはずだ。

「あーっ」

思考がそれより先に踏み込めず、ベッドに勢いよく倒れ込む。ベッドに置いていた資料がくしゃりと音を立てた。腕の下にあるそれを引き抜くと、整った字が目を引く。マスターの字である。まだ目を通してなかったその文字をなんとなく読み上げる。

「『姫は聖の力を身に纏っており、同じ空間にいるだけで自分もトレニアも少し気分を害した』…とんでも体質だな姫さん、って!?」

がばっと起き上がり、事件の報告書のコピーを眺める。そこには『姫は女の手を取り、』やら『女は姫を背に使い魔を呼び、戦闘を始めた』だのが書いてある。

「アシュガは聖の力が効かないのか?」

聖の魔力は自分たち魔人にとっては脅威のものである。他の魔界の動物に比べ、魔力が数倍多いからだ。使い魔は呼び出している間じゅう自分の魔力を食わせているし、アシュガは魔法を駆使した戦闘を得意とする。聖の力を浴びてそんな芸当ができるのは、同じ聖の力を多少なりとも宿す人界の者か、魔王クラスの魔力を持つか。そのどちらかかである。しかし、見ただけではそれは分からない。アシュガは目こそ真紅であるが、それ以外は普通の人間でも通る容姿をしているし、魔力も使用していないときは測れないのが普通だ。

「じゃあ、そのどちらかを試すために…?」

前者なら、2人で逃げ惑うのを助ければいいし、後者ならワームごとき、一瞬で潰せるだろう。気配を隠す魔法みたいなものを使って側で観察していれば、どちらであっても構わないだろう。

だが、どちらでもない場合は?

吸血鬼といえども魔王には到底かなわない。混血であれば尚更である。ワームくらい問題なく倒せるが、やはり時間がかかってしまう。そんな吸血鬼が、姫の側にいても別段体調を崩すことなくいつも通り魔法を使えるのは、異常だ。

その理由はよくわからないが、カルミアがその脅威を取り押さえる理由にはなるだろう。もしあの場に彼が現れていなかったら、アシュガは死よりも辛い研究材料として使われる可能性だって、あった。

トレニアからアシュガと逸れた、なにやら綺麗な金髪の少女に引っ張られていったらしい、という話を聞いて、そのままマスターに伝えた。綺麗な金髪の少女と今まさに歴史書作りの様子を見にわざわざ魔界まで来た人界の王の娘とが彼の中でリンクしたらしい。絶対に事件に巻き込まれている!と断言したマスターは、研究を放って馬車に乗り丘に走った。なんでも、どうせその少女と仲良くなっているだろうからそこに連れてって話でもしているだろうということ。読みがドンピシャ過ぎてちょっと引いた。蛙の子は蛙といった気分である。使用人がアレなら主人もコレだ。

アシュガの父は死んでしまった。奥様の従兄弟にあたる人で、旦那様の親友だった。彼は幼子のアシュガをご夫婦に任せ、息を引き取ったという。母親は吸血鬼でないことしか皆知らない。ただ言葉も話せない幼子に基礎知識を埋め込むのが先決だろうということになったらしい。

アシュガの聖魔法にたいする耐性、といえばいいか。それは恐らく、生まれつきのものだろう。突然変異か、はたまた彼女の謎に包まれた母親が理由か。それは分からない。

コンコン、とノックされ、またも生返事で返すと、今度はアシュガだけでなくトレニアも顔を覗かせている。

「アフェさん、休憩しませんか?」

「トレニアと茶菓子を作ったんです、珈琲にも合うと思うのですが…」

数少ない使用人、しかも年下に気を使われてしまっては断ることもできない。可愛い部下を持ったものである。書類たちを封筒に直し、机を広げた。マスターに3人で茶をしたと自慢すれば、彼は少し寂しがるだろうか?それもいい、そんな風に思い始めた頃。少し空は明るくなり始めていた。

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