『想いが叶ったその後は』
かけがえのない二人の思いが交差し、秘めた思いが報われる。そんな素敵な経験をたった今、私は味わった。でも……、どうしよう。
「……」
「……」
お互いの思いが通じ合って、結ばれたのはいいのだけど……、妙な雰囲気の沈黙が降りてしまった。
私は上半身を起こして、顔を少し逸らしている。紗枝も同じ状態だ。私は、必死で今まで読んだり見たりした恋愛物の記憶を辿る。でも、どうがんばっても告白してからの展開が解らない。それはつまり、フィクションでは描かれないということだ。物語で描かれないということは、各々で紡ぎ、進んでいかなければならないということなのだろう。
「あ、えっと、私、飲み物取ってくるね」
あまりの沈黙に居たたまれなくなった私は、部屋を出て、リビングに行く。コップを二つ取り、それぞれにジュースを注ぐ。その間も私の頭は、このあとどうするかということでいっぱいだった。
「普通にしたほうがいいのかな?」
結論の出ない疑問を口に出してみる。誰かが答えるわけもなく、その言葉は空気と同化し、消えていく。だが、言語化することで吹っ切れた部分もある。そう、普通に、至って普段どおりにすればいいのだ。
リビングからコップを持って部屋に入る。ベッドの上では、紗枝が少し気まずそうにしている。
「お待たせ」
私は出来るだけ普通に振舞った。
「や、やよ……」
「紗枝、私ほんと嬉しかったんだ。でも、その、こんな緊張しちゃうのはなんか耐えられないから、いつもどおりにしよ」
「え? あ、う、うん。そうだね。私もそう思うよ」
その後、二人で他愛ない話をした。なんだ、ちゃんといつもみたいにやれるんじゃん。でも、なんだろう。やっぱり、空気自体が甘い気がするんだけど……。まだ緊張してるのかな?
「じゃ、そろそろ帰るね。あまり長いするのも悪いし」
紗枝は部屋の時計を見てそう言った。時間的にそんな遅くもないんだけど……、やっぱり、この雰囲気はきつかったのか?
「あ、うん。……ねぇ、その」
思わず声をかけてしまった。
「ん? 何?」
紗枝は笑顔でそれに振り向く。
「……しよ」
「え」
「……キ、キス」
つまり、このまま返すのはとても寂しい気がしたのだろう。そうでないとこんな恥ずかしい台詞を口走ってしまった説明がつかない。うん、きっとそうだ。そうに違いない。
「……うん」
紗枝は顔を真っ赤にしてそういう。
「そ、その……、さよならの……代わり……だから」
私はかなりしどろもどろになっていた。この恋を確かめたいと……、味わい続けたいと思っての言い訳。
「はは。弥生も甘えん坊なんだね」
紗枝は紅潮した顔をほころばせながら、私の方へ近寄ってくる。
「じゃぁ、今度は、さっきのより濃いのにする?」
紗枝は悪戯っぽく言う。
「こ、濃いって。まぁ、いいけど」
そんな言い方をしたものの、嬉しいのが本音で、むしろ、そのキスの間。時間が止まってしまえばいいとさえ思ってしまった。その時したキスはさっきの触れるだけのものとは違い、しっかりと唇の感触と、相手の吐息が感じられるはどに甘く、長いキスだった。




