『募る想いのわけは……』
冬のとある日、私は引き始めの風邪で寝込んでいた。
昨日、朝は特になんともなかったのに夜になって急に発熱があった。熱はだいぶ下がったはずだが、安静にする意味も含めて今日は一日中寝込んでいる。
「じゃ、弥生、留守番お願いね」
「はぁい」
今日は土曜日、祝日だ。今、姉を送り出したことで、家には私一人になってしまった。ま、風邪自体は殆ど治っているから大丈夫なんだけど。
昨日は、紗枝にまで気付かれてしまっていた。私でも気付かなかったちょっとした、普通なら気付くわけもない些細な行動でだ。
「弥生、具合悪くない?」
「え? そんなことないと思うけど」
「そう? 気のせいかな? 普段より顔が少し赤い気がしたんだけど」
その後トイレの鏡で顔を見てもむしろ血色がいいといえるレベルにしか見えなかった。でも、紗枝がそう言ってくれたおかげで寄り道せずに早く帰宅し、それないの対処ができたはずなので、よしとするか。
ピンポーン。昼ごろ、退屈しのぎに、小説を読んでいたら玄関のチャイムが鳴り響いた。
「はいはーい」
私は、玄関に行き、扉を開いた。
「こんにちは、弥生」
ドアを開けたそこには紗枝がいた。
「どうしたの、急に」
「お見舞いに来たの。昨日具合悪そうだったから」
風邪のことは金曜だったこともあり、特に誰にも連絡はしていない。それから考えられるのは昨日のあの指摘から想定して見舞いにきたということだろうか。
「もう殆ど大丈夫そうだね」
紗枝は満面の笑みでそういう。
「う、うん。熱はだいぶさがったから」
私は、紗枝を部屋へと招きいれながら昨夜から今日までのことを話した。
「でも、紗枝ってほんとすごいよ。顔がいつもより赤いなんてよく解ったね。私でも解らなかったのに」
二人してベッドに腰をかけながらそんな話を始めた。
「それぐらい解るよ。だって弥生の顔は毎日見てるから」
「え? 毎日って……」
一瞬、頬が熱くなったのを感じる。臆面も無くそんなことを言う紗枝の顔は無邪気そのもので、普段より何倍も可愛く思えた。もしかして、まだ具合が悪いのかな……。
「どうしたの? 顔、赤いよ? まさかまた熱を上がったの?」
紗枝は慌てたようにそう言う。確かに熱くはなっている。でも、それは病気による発熱なんてものではないような気がする。
「ちょっと熱測らせて」
そういうと紗枝は一気に顔を近付け額をくっつけてきた。
「え? 紗枝?」
眼前にいる紗枝の顔は真剣そのもので、私を心配しているのが物凄く伝わってきた。しかも、そんな紗枝の顔を見ているとさっきより頬がより熱くなっているのを感じる。
ちょっと待て、こんな状況、前にもあった気がする。そうだ、少し前紗枝が具合を崩した時だ。あの時は、私から額をくっつけたんだっけ。確か、あの時もこんな感じで頬が熱くなったのを覚えてる。
「まだ少し熱いね」
紗枝は心配そうな顔になってそう言う。
「いや、えっと、熱いのは、多分、紗枝の顔が……近くに来たから」
「……え?」
紗枝はよく解らないという顔で首を傾げる。
「あぁ、あれね。この前のお返し」
紗枝はすぐふざけるように言った。
「そ、そうなんだ……。でも、なんか、嬉しかったよ」
自分でも何故言ったのか解らない。でも、その感情に嘘は全く無い。それに、あの時の顔は、お返しでやっているにしては真剣過ぎた。また、やはりというべきなのかもしれないが、紗枝にそうされた時に感じたのは、友達同士のものとは違う。その先の感情のような気もしていたのだ。
「有難う」
紗枝は満面の笑顔でそう言う。
「ねぇ、紗枝……」
「ん? 何?」
曖昧に誤魔化すのはいけないだろう。気がしたのではない、自覚したのだ。それに、前回だって、解らないのではなくて、解りたくなかった。いや、認めたくなかったのだ。もし、その時に悟った気持ちが一方通行のもので、私の勘違いだとしたらその後、どう接したらいいのだろう。でも、そんな後ろ向きに考えて結論を先延ばしにして、機を逃して後悔するのはもっと醜い結果になる。だったら、今、この気持ちを伝えてしまったほうが楽ではないのか。それに、そんなことで壊れるようなら幼馴染をやってはいないはずだ。
「あのね、……私、その、気持ち悪がられるかもだけど……」
「うん」
先を促すような相づち、もう紗枝の顔を見ることができなくて、私は俯いてしまう。胸に手をあてなくてもいいほどに心臓の鼓動が聞こえてくる気がした。もう後には引けない。一世一代の大勝負だ。
「紗枝のことが……す、好きみたいなの! 友情とかじゃなくて、愛情ってやつで、恋人として」
最後の方は捲くし立てるように早口になってしまった。
言ってしまった。言語化してしまった。もう戻れない。もう『親友』などという生易しいものには二度と……。
たった数秒にも満たない沈黙のはずなのに、私にはそれが永遠にも感じられた。
「……私もだよ」
顔を上げて紗枝の方を見る。いつもと変わらない笑顔。でも、そこには意思の固さが介在しているのは明白だった。
「え? それって……」
「もちろん、恋人として」
気が遠くなるようだった。自然に目から涙が毀れた。嬉しい……、気持ちが報われるとはこんなに気持ちよかったんだ。
「ふぅ、よかった。弥生が言ってくれるのずっと待ってたんだから」
紗枝はため息をつく。
「え? 何それ!?」
「私はずっと前から弥生のこと好きだったよ。だから小さな違いにも気付けるんだから」
「うそ……」
度肝を抜かれるとはまさにこのことだろう。なら、私の今日の逡巡はなんだったというのだ。ただの徒労だったとでもいうの?
「うそじゃないよ。それに、同姓同士なんて、そうそう告白できるもんじゃないでしょ。弥生の気持ちを知りたかったから弥生が言ってくれるの、待ってたんだ」
「そ、そんなぁ……」
私は一気に力が抜けてベッドに仰向けで倒れ込んだ。
「はは。ごめんごめん」
紗枝ったら、こっちの気も知らないで。私がどんだけ悩んだと思ってるんだろう。
「謝ったって許さないんだから」
私はわざとらしくそんなことを言った。実際、相手が同じ気持ちだったのはすごく嬉しかったし、幸せではある。
「そっかぁ、じゃぁあ」
そういうと紗枝は私に顔を近付け、次の瞬間には唇に唇を重ねてきた。
「ん……」
一秒にも満たない、短いキス。さすがにレモンの味とかいうのは解らなかったけど、とても甘い感じはした。
「いきなりすぎない?」
「こういうのは、いきなりのほうが効果あるもんなの」
紗枝は嬉しそうにそう言った。実際私も嬉しかった。まさか、風邪を引いた翌日にこんなことになるなんて誰が想像しただろう。いや、誰も想像なんてできなかったはずだ。こんな二人だけの幸せな、大切な記念日ができるなんてことは。




