親友の異変
今日は一日中あの子の調子が変だ。
彼女・紗枝と私・弥生とは幼稚園からの幼馴染だ。小学校も中学校も同じクラスで、もちろん高校でも同じクラスなのだ。そんな腐れ縁とも言えてしまうような関係だからこそ少し体調が悪いくらいでも簡単に察知できあえてしまうのだ。そんな状態で見るからこそ紗枝が体調が悪いことは瞬時に理解できた。
「ねぇ、紗枝、体調悪かったりしない?」
「弥生は心配しすぎなのよ。大丈夫、大丈夫。今日も紗枝さんは元気だよ」
その言葉は傍から聞けば普通の体調がいい人の台詞にも聞こえるかもしれない。でも、私にしたら完全に無理していることは一目瞭然だった。紗枝は、例え体調が悪くても空元気で無理をする癖がある。おそらく無意識にやっているのだろう。
どうやら私の予想は当たったらしい。紗枝が六時限を前に早退したのだ。
「まったく紗枝ったら、やっぱり無理してたんだ」
放課後、私は紗枝の家に見舞いに行くことにした。
ピンポーン。
紗枝の家のインターホンを押す。暫くすると、玄関のドアがゆっくりと開かれた。
「あ、弥生」
出てきたのは紗枝だった。既にパジャマに着替えているところを見ると寝室で横になっていたのだろう。
「紗枝。もしかして一人なの?」
紗枝は、別に一人暮らしをしているわけではない。普段こういう場合なら両親が出てくると思ったのだ。
「今ちょうど外出してて。家には私だけなの」
「そうなんだ。だったら居留守使ってもよかったのに」
私は少しおどけるように言った。
「そのつもりだったけど、弥生が来た気がしたから出てみたの」
紗枝は笑顔をつくりながら冗談を言う。でも、その笑顔はいつもの明るいものではなく、弱弱しいものに感じた。
「とにかく中に入って」
私は紗枝に招かれるままに彼女の部屋へと入った。部屋に入ると彼女はベッドに横になった。
「で、具合はどう?」
「うん。少し疲れただけだと思う。明日には元気になってるよ」
そう言って笑う彼女の笑顔は、とても弱弱しくて、痛々しくて、無意識のうちに私は彼女の額に自分の額を重ねていた。
「ちょっ、弥生!?」
「うん。熱は無いみたいね」
眼前の紗枝の瞳は潤み、頬は少し紅潮していた。不謹慎かもしれないけど、それはかなり色っぽいものに見えてしまった。
額から顔を離すと紗枝がかなり動揺しているのがわかる。目は泳ぎ、口をパクパクとさせていた。少しすると、私は自分のした行為に対する恥ずかしさに苛まれていた。まるで、意中の人に大胆な行動をした後のような後悔にも似た不思議な感覚。まさか、私は……。数分ほど気まずい沈黙が流れた。
「し、心配してくれてありがとう」
最初に口を開いたのは紗枝だった。
「あ、当たり前でしょ。幼馴染だし。……それに、紗枝が無理してるのなんてすぐわかるんだから」
少しぶっきらぼうになってしまっただろうか。でも、恥ずかしさが抜けていないのだからしょうがない。
クスッと紗枝が小さく笑う声が聞こえた。
「な、なんで笑うの」
「だって、解りやすいのは弥生もなんだもん」
「え?! そうかな?」
「そうだよ」
そういわれると確かにそうだったかもしれない。紗枝は私の体調がすぐれないのをすぐに見極めていた。しかも、自覚すらしていないほど微細な不調にさえ気付いていたはずだ。
「じゃぁ、私たち、お互いのことわかりあってたってことかな」
私がそう言うと紗枝は少し不満そうな顔をした。
「それだけじゃない……と思うけどね」
「え?」
「別に、なんでもない」
その後は二人他愛も無い会話を続けた。
さっき感じた気持ちや紗枝の言葉の真意がなんなのか今の私にはわからない。いや、もしかしたら心の奥底では理解しているのかもしれない。でも、それを言語化できるまでには至っていないだけで。




