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死へ歩み寄る

 死んだらどうなるのだろう。

 それは人類の最大の謎だ。


 天国へ行く。

 地獄へ行く。

 生まれ変わる。

 無に帰す。

 人生を、記憶をなくしてやり直す。

 全てはただの夢。


 死を経験した者は語った。

 神を信じる者は語った。

 超能力と呼ばれる力を持つ者は語った。

 この世界を科学で証明しようとした者は語った。


 考えるだけで鬱になりそうだ。


 ――頭が痛い。考えるのは止めよう。


 そして俺は、そんな鬱世界へ踏み込まなくてはいけない。

 こんな世界で生きられない。


 学校では悲惨ないじめにあった。

 何もしちゃいない。

 前にいじめを受けていた奴が転校したから、番が回ってきたのだ。


 酷く罵られ、俺は口を聞く事すら許されなかった。

 歩けば笑われ、口を開けば笑われる。


 何をしても笑われ蔑まれる。


「…………はぁ」


 こんな世界、もう嫌だ。

 逃げよう。


 夕焼けの橙が、カーテンの隙間から足元を照らす。

 電気の消えた部屋に一人、俺だけが佇む。


 手に持ったロープを、汗ばんだ両手で強く握る。


 漫画で見た。クローゼットの取っ手に紐を引っ掛ける自殺方法があるらしい。

 俺はこれで逝く事を決めていた。


 心残りは……。


「アヤカ。ごめん」


 俺の可愛い妹くらいか。


 俺が中学校に入るときに生まれたから、今年で五才だ。


 お兄ちゃんお兄ちゃんと懐いてくれて、本当に心の支えになってくれた。

 アヤカを残していくは辛い。

 俺が自殺した所為で、なんらかの影響を受けるかもしれない。


 ――ま、遺書書いたから大丈夫だろう。


 俺の勉強机に置いてある遺書にはなんて書いたっけか……。



『父さん、母さん。そしてアヤカ。

 先に行ってしまう僕をお許し下さい。


 みんなにいじめられてるってバレないようにするの大変だったよ。

 みんなに相談もせずに死ぬなんて、本当に勝手だってわかっています。

 ですが、僕は死ぬことを決めました。

 この傷は、死ぬまで付いてくる。

 多分いじめが終わったとしても、僕は一生苦しみます。

 もう耐えられなくなりました。


 本当にごめんなさい。


 母さん、せっかく産んでくれたのに本当に申し訳ありません。気づかなかった母さんが悪いわけじゃないです。

 僕が頑張ってバレないようにしていたので、僕が上手(うわて)だっただけです。

 泣かないで下さい。


 父さん、いつも仕事を夜まで頑張ってくれてありがとう。たまに怒鳴りあったりとかしたけど、その時間はとても、とても大切な時間でした。

 俺の代わりにアヤカをちゃんと守って下さい。

 下を向かないで下さい。


 アヤカ、お兄ちゃん先に遠くに行ってきます。

 寂しいかもしれないけど、アヤカはお姉ちゃんだから大丈夫。中学校の制服姿見たかったけど、見れなくてごめんな。筆記用具は捨てるのもったいないから、使ってくれ。別に使わなくてもいいよ。でもお兄ちゃん泣いちゃうかも。

 アヤカ、ずっと笑っていてくれ。


 最後に、誰も悪くはありません。

 いじめをした人たちも、僕も、家族も。


 とりあえず学校は干されろ、とは思います。


 では、先に参ります。』



 ……みたいな内容だったかな。


 確証は無いが、この内容ならアヤカがいじめに遭う確率は減ると思う。


 湿った縄を、胸の高さほどの取っ手に回してしっかり縛る。

 首をかける方の縄は、引けば引くほど輪が小さくなる縛り方なので、簡単には抜け出せない。


 足で立てば中断できるが、この方法でやる。


 理由は、覚悟を示すためだ。


 普通の首吊りでは、途中でやめたくなってもやめられないようになっているが、この方法なら、最期まで死ぬ気じゃないと死ねないようになっている。


「ふぅ……」


 ドクッ、ドクッと、少し大きめの心臓の鼓動が聞こえてくる。


 その場に座るとクローゼットに背中を預けて、ちょうど頭一つ上にある輪に手をかける。


「……フゥッ」


 息を吐きながら、一気に頭を通して手を離す。


 喉仏がグリンと締め上げられ、喉に激痛が走る。


「ゲッ! ガゲッ!」


 汚い音が口から漏れる。

 頭は何も考えられなくなり、足をバタ! バタ! と、馬鹿みたいに本気で振り回す。

 あまりの痛みに、縄の食い込む部位に爪を突き立てて引っ掻き回す。

 爪の間に何かが詰まるが、グチャグチャと生暖かいまま必死に書き続ける。

 頭を振り回し、脳が揺れてクラクラする。


 ――イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ!


 早く死ね! 早く死ね! 

 自らに心の中で叫び散らす。


 ――早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く!


 頭がおかしくなる。

 ドロドロの暖かい血が首から流れて身体中に行き届き、足先から部屋中に飛び散っていく。


 バタバタバタバタバタバタバタバタ!


 ゴキブリの死に際のように暴れまわる。


「クギ! グッ! ゲハッ! ガッ! カッ‼︎

…………」



◆◆◆◆



 ボツリ、白い場所に立たされていた。


 服は着ていない。


「命、失いし者よ」


 目の前に、黒い大きな男がいた。


 閻魔様だろうか。


「人は生きている内に、数え切れぬ罪を犯す」


 天国へ行くか、地獄へ行くか、それを決めるんだったっけ。


「お主には、その罪償ってもらう」


 地獄行きか。

 そういや俺って死んだんだっけ?


「覚悟は良いな」


 まあいいや。

 針山なりなんなり受けてやろう。


「お主の殺した命、その痛みを全て味わえ」


 は?


 いきなり、何かに体を粉々に潰された。

 全身が一瞬激痛に包まれ、意識が飛ぶ。

 体から何かが失われる感覚がした。


 俺は、気がつくと俺は白い場所に立っていた。

 何かに頭がすり潰された。

 痛いと思うより先に、体から何かが失われた。


 目を開くと、そこには白い世界が広がっていた。

 何かに右腕がちぎり取られた。


「あああああああああああああああああああああああ‼︎」


 血が溢れ出し、痛みが頭を支配する。

 イタイということ以外考えられない。

 続いて、左腕、右脚、左足がちぎり取られた。

 俺は痛みのあまり意識を失い、しばらくして俺の体から何かが失われた。


 いつの間にか、俺はどこともしれない白い場所に立っていた。


「お主の殺した命の数、一万七千百八十一!」

「あああああああああああ!」

「虫を主とする様々な命を散らせた!」

「うっぶ…………」

「時にはアリ踏みつけ」


 ベチョリ。


「時にはセミの腹を穿ち」

「ゲハッ!」

「時には薬液をかけ」

「あああああああああああああッ‼︎ あああああああああああああああああッ‼︎ あああああああああああああああああッ‼︎」

「時には手足を毟り取り」

(イダ)いッ‼︎ (イダ)いッ‼︎‼︎ ああああッ――」

「全ての所業、その身をもって償え」


             死んで。

       死んで。

         死んで。

       死んで。

    死んで。

            死んで。

      死んで。

           死んで。

 死んだ。



◇◇◇◇



 自らの命を絶とうと、自室のクローゼットに縄をかけて首を吊った青年は、のたうちまわったのちに動きを止めた。そして、その瞬間に彼の人格はこの世界から消え失せた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 蟻の巣を潰し、蝉にエアガン撃ったり、油蝉に火つけたり、蝶々を蜘蛛の巣にかけたり色々したなー(地獄一直線) 首つり描写や痛みの文章表現がリアルに迫るものがあり、とても勉強になりました。 生…
2015/07/13 23:20 退会済み
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