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雪が降ってきた。まあ、雨と大差はない。差があるとすれば、状態の違いだろうか。それでも、すれ違う半ズボン姿の少年は、嬉しそうな声を上げていた。
何が、あんなに楽しいのだろう。僕は足を止め、必死に雪を捕まえようとしている少年を眺めた。彼は飛び跳ね、腕を振り回し、大きな口を開けている。そして、たまに手のひらを眺め、自分の成果を確認していた。いったい少年は、何を期待しているのだろうか。氷の結晶を、そのまま手のひらに納めたかったのだろうか。あるいは、熱で雪が台無しになるところを見たかったのだろうか。
いずれにしても、きっと、水分が結晶となっていなければ、つまり雪ではなく雨だったなら、彼はこんなにもエネルギィを消費することがなかっただろう。些細な状態の違いが雰囲気を変え、人間の気持ちを構築し、やがて無用なエネルギィを放出させることになる。まるで藁しべ長者のようだ。あるいは、風が吹けば何とやら。否、ここは素直に、雪だるまのように、と表現するべきか。まあ、そんなことはどうでもいいこと。氷の結晶一つで冬を満喫できる少年が、とても羨ましい。
翻ってみて、僕は冬が嫌いだ。その感情に、明確な理由があるわけではない。ただ、漠然と嫌いなだけ。だから肌寒くなってくると、家の中に閉じこもり、余計なエネルギィを使わないようにする。それが僕の習慣だ。つまり、少年とは真逆なのだ。あるいはそうやって、世の中というものはバランスをとっているのかもしれない。
冬においての、僕のそんな状態を、友達は冬眠と呼んでいた。なかなかに上手い言い方だと思う。彼らは夏の間、毎日のように僕の家へ入りびたり、そして枯葉が落ちるのと同時に僕から離れていく。やがて春になり、桜が散り終えたころに、またひょっこり顔を出すのだった。彼らも僕と同じように冬眠態勢に入っているのか、あるいは、僕に気を使っているかのどちらかだろう。しかしそういった、いらぬ気遣いもまた、僕が冬を嫌いになる要因の一つなのだった。
やがて僕は、飽きることを知らぬ少年から目を離し、通過する予定だった道を、予定通りに進んだ。周りに立ち並ぶ真新しい住宅群は、だんだんと古いものに変わっていき、ついには寂れた木造建築物の群れに変化する。昔はこのあたりが、町の中心地だったのだろう。立ち並ぶ商店の多さが、それを物語っている。
傾いた煙草屋と置物のような老婆を目印に、右へ曲がる。目的地は、もうすぐそこのはずだ。
――いや、待て。
そういえば彼女は、必ずこの、置物のような老婆から煙草を買うと言っていただろうか。思い返して足を止め、煙草屋でラッキィストライクを購入することにした。彼女が特に好む銘柄だ。女性に対する手土産としては幾分色気がないのだろうが、元来彼女とはそのような関係ではない。それにこれまでの経験からして、喫煙者に対するプレゼントとしては、煙草が一番無難なのだ。
裸のままの煙草をコートの胸ポケットに突っ込み、さらに歩を進める。とはいっても、目指す場所は目の前にある。
『よろず屋』




