表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/10

OP☆風に揺られて



 澄み切った空に朝の風が舞う。

 どこへゆくのか草木を揺らし、まるで今日の予定を話し合っているかの様に小さな音が重なる。

 それは自然の中で鳴り、そして吹き抜けた。

 第二東京区環状線"天月学園前"と言う駅を降り、真っ直ぐに続く大通りを行けば、そこには桜並木が立ち並んでいる。

 この季節になればそれは桃色のトンネルを作り出すのだ。

 その中を今、生徒達であろう若者達が進んでゆく。

 今やその場所は、桜の色と天月学園へ向かう生徒達で彩られていた。

 駅から来る者だけでは無く、学生寮のある坂を下って来る者。

 どこからか自転車でやって来る者もいる。

 桃色の下を川の様に流れ、その場所は声と足音で賑わっていた。

 その中に日向・美紗紀はいた。

 人の波に揺れる姿がある。

 薄手の黒いパーカーに、赤いチェック柄のスカートを纏った姿は、溢れかえる若者達の間でふらつきながらその本流に身を任せていた。

「あぁ」

 気の抜けた声は誰にも聞こえない。

 俯き加減の顔の表情は、いかにも寝起きと言った様な気怠さを醸し出していた。

 昨夜。

 ふと目が覚めてしまい、それからなかなか寝付けなかった。

 おかげで今朝は寝不足だ。

 と、僅かに痛みが響く頭を持ち上げる。

 美紗紀の視界には見知らぬ人々の頭だけが見えていた。

 それはやはり波の様に揺れながら、明るい声を上げては笑い、歩いている。

 誰もが、天月学園を目指しているのだ。

 当然、美紗紀もその中の一人である。

 その証拠に、背中に下げたバックの中には新しい教科書やノートがびっしりと詰められているし、ポケットには生徒手帳だって押し込まれてある。

 私立天月学園二年生。

 つまり転校生だ。

 本来なら既に複数人と親しくなり、一緒に寮を出ている筈なのだろうが、今は美沙紀を知る者は学園の先生達だけだ。

 この場で美沙紀と言う名前を呼ばれる事は無い。

 一人ぼっちと言う感覚に身を任せ、少女はただ真直ぐと歩く。

「……」

 今、美沙紀は何を思っているのか、吹く風だけが知っている様に揺らいでいる。

 街に吹く風。

 髪を梳く風。

 春色付く風。

 それは今、この桜並木に吹き、そして全ての若者達の腕をそっとひいた。

 誰もが知らず知らずに体を揺らし、一つの流れが現れる。

 美沙紀は気付いた。

 人の波が綺麗に開け、自分の正面に校門まで続く僅かな隙間が出来た事を……。

 これが風の仕業かは誰にもわからないが、美沙紀は確かに見た。

「あ」

 声が漏れる。

 細く開いた雑踏の隙間の先。

 僅かに見える天月学園の校門前。

 瞬間的なこの空間は凍り付き、美沙紀の目はただ一点だけを見つめ、立ち止まる。

 美沙紀は見た。

 その場所に、確かに見た。

 白と黒のドレスを振り、踊る銀髪の少女の姿を……。

 ゆっくりと回る銀色の髪が揺れ、振り返るのを……。

 そして視線が絡まる直前、少女は再び動き出す時間と雑踏の中に飲み込まれてしまう。

「シキ……」

 その名が美沙紀の記憶の中で浮かび上がってきた。

 天月・乙時の言っていたその名前が、美沙紀の中で確かなモノの様に現れた。

 瞬間、美沙紀は雑踏の波の中に足を踏み入れ、ただまっすぐと少女の居た場所を見つめ走り出す。

 人の波を押し退けては前へ、隙間を見つけては前へ。

「ごめんっ通して…!」

 焦りとも逸りともとれる感情を全面に押し出し、美沙紀は突進む。

 打ち崩された人の波は、抜けて行く美沙紀を唖然と眺め、何か言おうと息を吸うが、その時にはもうそこに彼女はいない。

 まるで何かに導かれる様に、僅か数秒で雑踏の中を掻い潜り、美沙紀は校門のある場所まで辿り着いていた。

 生徒はそこでそれぞれの目的の為、無数の泡に別れ、そして視界が開ける。

 美沙紀は息を飲み、辺りを見渡すが、その頃にはもう、銀色の髪一つ見つけられない。

 ただ、美沙紀の記憶の中でその姿だけが踊っている。

 それだけだった。

 ほんの少し走っただけで上がった息をそのままに、美沙紀はそこで立ち止まる。

 若者達の群は変らずに動き、永遠とも思える一瞬は過ぎ去っていた。

 それでも美沙紀は立ち止まったまま動かない。

 いや、動けないのか。

 何かが変った様な気がした。

 視覚的にも聴覚的にも、何一つ変わりない筈の世界が、このほんの僅かな時間を経て、違った様な気がした。

 それはシキと美沙紀が奏でる初めての呼吸の様に、春風が吹き抜ける。

 美沙紀はゆっくりと顔を伏せ、そして唇を噛み締めた後、ポツリと短い言葉をこぼし、そしてまたゆっくりと頭を持ち上げた。

 その表情に迷いは無く、あるのはただ口許に含んだ笑みだった。


 OP☆風に揺られて。


 美沙紀は今駆け出した。

 春の中へと、風に身を任せて……。

 そして色付いてゆく。

 今日を生きる人達の間に咲いては枯れゆく花を一つずつ摘んでは空へと流してゆく。

 美沙紀は今駆け出した。 




後書き。


今回も更新遅れてしまいすいません。

読んで下さっている方達や更新を待っててくれている読者様。

いるのかはわかりませんが、ありがとうございます。

これからも不定期更新ではありますが続けていきますので、時間に余裕がある時にでも読んでくれると幸いです。


やっと序章が終わり、はじまります。

美沙紀がどの様に風に揺られるのかはまだまだわかりませんが、よろしくおねがいします!


でわ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ