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09☆ひとつの出会い



 終業を生徒達に告げる鐘の音が天月学園に響く。

 それは午後。

 遠くに見える空から広がる赤い色が、街の全てを包み込んでいた。

 天月学園二年生の教室では、今、担任の解散の声にざわつきを取り戻し、生徒達がそれぞれの動きを見せる。

「あ」

 その中に紛れて、気の抜けた女の声が伸びた。

 窓側、最後部の席に座ったままで欠伸をしたのは、夕陽に左の頬を染めた日向・美沙紀だ。

「バイバイ美沙紀ちゃんっ」

 クラスメイトがそんな美沙紀に手を振る。

 欠伸をした後の涙目で軽く応答すると、クラスメイトは他クラスの生徒と合流し、教室から出て行った。

 学園生活が始まって数日。

 関西弁が珍しいのか、美沙紀に話し掛ける生徒は多い。

 美沙紀の抱く新生活への不安の一つは、問題無く消えて、少しずつ馴染み始めていた。

 仲良うできそうやな。と心に零す。

 生徒達は今からそれぞれの時間に身を置く事になる。

 クラブ活動や、アルバイト。

 遊びに行く者や行かない者。

 その中の一人に混ざる為に、美沙紀はゆっくりと椅子から立ち上がり、伸びをする。

 椅子のずれる乾いた音が響いた。

 その音が嫌だったのか、直す時は軽く持ち上げた。

 机の側面に掛けたリュックを背負うと、溜め息一つ。窓の外に目をやる。

 陽が沈むまで後どれくらいだろうか、赤く滲んだ景色がそこにある。

 ここから見える世界は今、ゆっくりと夜を迎えようとしている。

 その光景に背を向けて美沙紀は思った。

 今日は陽が沈む前に、寮に戻ろう。

 と、そして、足早に教室を後にした。



 夕陽色に染まる廊下に美沙紀の歩く音が鳴る。

 陽がくれる前に寮に帰るつもりだからか、少し急ぎ足だ。

 広い廊下に人は少なく、真直ぐに歩いていける。

 このまま歩けば学園の正門だ。

 と、ふと中庭の方に目が泳いだ。

 赤く燃えた空の下で木々が揺れている。

 そこで、以前ここで見たヴァイオリンの少年の事を思い出した。

 今日はおらんのやな。と零す。

 あれから何度か、あの少年を見掛けた事があるのだ。

 いつもあそこの木の下でヴァイオリンを弾いている。

 何かに取り付かれた様に、無我夢中で、だ。

 それを見て、美沙紀はいつも残念に思う。

 もっと楽しめばいいのに、と。

 しかし今日は居ない。

 だから足を止めることも無い。

 そう思った時だ。

 不意に、美沙紀は立ち止まる。

「ん?」

 耳を澄ませる。

 すると、遠くからピアノの奏でる旋律が、聞こえてきた。

 そのメロディは抑揚良く、鮮やかに、あるリズムをもって流れる。

「あれ。これ……」

 美沙紀はそのメロディに聞き覚えがあった。

 この後の展開が胸の中で響く。

 いつもとは違う音で、それは紡がれた。

「これ、同じや」

 そう。そのメロディは、いつも中庭に響くヴァイオリンの音と同じモノだった。

 それに気付いた時、美沙紀は自分の足が止まっている事に気付いた。



 学園寮は学園よりも小高い丘の上にある。

 男女別棟で建てられた寮の中央には緑と花の香りが漂う中庭がある。

 が、そこは既に暗く、夜が落ち始めていた。

 後少しで街は夜の色に覆われる。

 気付かぬ内に、覆われてしまうだろう。

 中庭のライトに光が灯されるのを見て、美沙紀はそう思った。

 自室がある階の廊下。

 ここは一年生のスペースだ。

 何人かともすれ違ったし、目もあったが、対した反応は無い。

 向こうからすれば美沙紀も同じ一年生に見えるだろう。

 それが少しおかしく、美沙紀的にはしてやったりな感じになる。

 とは言え、新生活という点は同じだ。

「うちも一年と同じ様なもんか」

 呟き、足を進めた。

 自室の前、日向の表札がある。

 何度見てもそれは嬉しい事だ。

 ここには日向・美沙紀という生活があるのだから。

 と、鍵を回して、ドアノブを捻った。

 ちょうどその時。

 右側でドアが開けられる音がした。

 思わず美沙紀の動きが止まる。

 音のした方向を見れば、さっきまでは居なかった少女がそこに立っていた。

 短く切った金色の髪を額の位置でピンで止め、白いブラウスに黒いズボンを履いた少女。

 今から出掛けるらしく、鍵を締める。

 一度ドアノブを掴み確認すると、うん。と頷いて顔をあげた。

「?」

 その時に、美沙紀の存在に気付いたらしく、振り向く。

 目があった。

 少しだけ沈黙が続き、時間が止まった様な錯覚を得る。

 が、それも僅かな内だ。

 先に声をあげたのは金髪の少女の方だった。

「あ!どうも。私、夕凪・春日(ゆうなぎ・かすが)といいますっ初めまして」

 なんと言うか。

 元気がいいな。と美沙紀。

「う、うん。うち日向・美沙紀言うねん」

 言って、部屋に入ろうとする。

 が、春日の声で拒まれた。

「おぉーっ関西の方ですかぁ!よろしくですっ」

「そやよ」

 これが一年の若さの違いなのか。と、内心で考えながらも、もう一度春日の方を見る。

 笑みが、そこにはあった。

 嘘一つ無いと思う程、見ているこちらが気持ちよくなってしまう笑みが、だ。

 それから美沙紀は言葉を付け足す。

「よろしくね」

 美沙紀も僅かながら口許に笑みを作り、答えた。

「はいっ!あっ急がなきゃ安売りに間に合わないっ」

 どうやら近くのスーパーでセールがあるらしい。

 美沙紀もこの後に行こうかと考えるが、止めた。

「それじゃ、あの。でわっ!」

 言って春日は踵を返し、走る。

 階段のある位置を一度通り過ぎ、一歩引いて駆け降りて行った。

 それを見送り、美沙紀は部屋のドアを開けた。

 自分の部屋のドアを……。



 美沙紀の部屋の窓から見える景色は既に暗く、夜の空気に包まれている。

 時計を見れば、二十時より少し前。

 引越してきたばかりの綺麗な部屋には、ステレオから流れる音が漂っている。

 ゆったりとした緩やかなリズムに甘い男性の声。

 アコースティックな音と演奏。

 それが静かに聞こえている。

 そんな中で、この部屋の主はと言えば、ベットに座って一冊のノートに目を落としていた。

 普通の、どこにでもある様なノート。

 授業の内容を写したり、落書きをしたり、人それぞれに使い方があるモノだ。

 そして美沙紀には美沙紀の使い方がある。

 ノートの表紙には、『言葉と出来ごと』とマジックの太字で書かれていた。

 美沙紀にとってソレは、ベースの次に大切なモノで、誰にも見せたくないモノだ。

 感じた事や、見た事に言葉をつけた、どこか日記に似た所がある。

 しかし、これは日記ではない。

 美沙紀の心の中の秘密から溢れ出たいくつもの言葉を閉じ込めた、小さな手紙の様なモノ。

 伝える為の言葉。

 詞だ。

 今まで溜め込んできた詞がそこにある。

 自分の知っている言葉で、自分の知っている風景を伝えようと書いた詞が、押し込められている。

「ん」

 ページを捲ってはまた戻して、過去の自分に向き合う。

 美沙紀にとってこれは凄く大切な時間なのだろう。

 時間は緩やかに経過する。

 こうして詞を見る事で、今の自分に無いモノを探すのだ。

 そして、新しい言葉を繋げていく。

 いつもの様に、難しい事など何も考えず、浮かんだモノを掴んでいく。

 意識が、一点を見つめる様に集まり、集中していく。

 が、しかし、それは張り詰めた糸を切る様にして途切れた。

 ぐ。と、下腹部でだらしない音が響いたのだ。

「う、さすがに夕飯時やな……」

 時計を見れば、既に二十時過ぎている。

 世の中ではもう夕飯を済ませた家も少なくないだろう。

 立上がり、キッチンへ向かった。

 明かりをつけ、冷蔵庫の中を覗き込む。

「どしよかな」

 頭の中で今出来るいくつかのレシピを展開。

 どれも簡単なモノだ。

 そのせいか、なかなか決まらない。

 もうコンビニ弁当で済まそうかなんて事も思う。

 そんな時だった。

 美沙紀の部屋にインターフォンのチャイムが鳴り響いた。

「ん?誰やろ……うち知り合いおらんのに」

 少し不安になるが、出ない訳にもいかない。

 キッチンから出てインターフォンの受話器をとった。

「はい。日向です」

 マイクが雑音までとって少し耳障りだが、その向うから声が返ってきた。

『あ、あの夕飯を多く作ってしまって……で、その、どうでしょうかっ』

 その声は、夕方に聞いた事がある。

 だから美沙紀は受話器を置き、玄関のドアを開けた。

 そこには、黄色いチェック柄のエプロンをつけた夕凪・春日が立っていた。





まず、読者様。

更新が遅れた事をお詫びします。

いつもありがとうございます。

この話からシキとミサキ楽団の第一話だと思って頂けると幸いです。

次話更新をなるべく早く出来る様に精進したいと思います。

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