百合の間に挟まるな、バカ王子
短編です。
「カリエッタ、お前がこれまでシェリーに対して行ってきた非道の行いの数々を今日この場にいる全員に知って貰おうじゃないか!」
舞踏会の会場となるメインホール、その入口の向かいにある階段の上からきらびやかな衣装で身を飾った王子が吠えた。
会場の者達は何事かと騒動の中心となっている王子含めた三人の人物に注目する。
壇上の王子を見上げる形で対峙するのは、漆黒のノースリーブドレスに身を包んだ公爵令嬢。名をカリエッタ・ホワイトという。
そして片や王子に庇われるような形で後ろに立っている少女は平民出身の才女、シェリー・ノアーク。今日はカリエッタと対をなすようなデザインの真っ白なドレスを着ている。
困惑する二人の少女の視線が交差する。
カリエッタが怪訝そうに片眉を上下させると、シェリーの方も首を横へ振る。
二人の考えは一緒だった。
「この王子、何言ってんだ?」
*****
学園にいる者であればカリエッタとシェリーの関係は良く知っている。
一人は幼い頃から王子の婚約者として英才教育を受けたエリート・オブ・エリート、そしてもう一人はがむしゃらな努力に裏打ちされた類まれな才能で学園トップに上り詰めた天才。
「試験や競技がある度に一、二を争うライバル同士であり、王子の寵愛を我が者にせんと日々しのぎを削る……」
「はい?」
「え…?」
友人同士の茶会で自分達の評判を聞かされていたカリエッタとシェリーは同時に疑問を呈す。
二人の顔には同様に不可解と不快が浮かんでいた。
「前者のライバル同士というのは否定しません。シェリーの存在が私を高めてくれていることは紛れもない事実。ですが後半は聞き捨てなりません」
「カリエッタは私にとても良くしてくれます。感謝しても感謝しきれません!婚約者を奪うなど…」
「誰かに押し付けられるのであれば押し付けたいのですけれどね。シェリーにはそんなことしません」
「はは…まあ、あの方は私もちょっと…」
お茶会の席で向かい合って座る二人の少女の間に嫉妬の炎は少しも窺えない。
むしろその仲睦まじしい様子には別の関係を想像してしまうほどだ。
*****
カリエッタにとってシェリーは入学当初から興味の対象であった。
平民でありながら自分と同点で首席入学した才媛は、きっと尋常でない人物なのだろうと。
だが、いかにも聡明な顔つきの生徒を想像していた彼女の予想は裏切られた。
入学式で初めて目にしたシェリー・ノアークは貴族だらけの学園に放り込まれておろおろと自信なさげに周囲を見回すばかりで、とても天賦の才に恵まれた神童のイメージとかけ離れていた。
しかしそんな彼女の姿を目にしたカリエッタの中では、落胆よりも母性にも似た保護欲が上回った。
「あなた、シェリー・ノアークでしょう?」
気がつけばそう言って手を差し出していた。
「私、あなたと同じクラスのカリエッタ・ホワイトといいます。良かったらお友達になって下さらない?」
その時の自分の判断を後悔したことはない。
カリエッタは瞬く間にシェリーと仲良くなった。
最初は環境の変化に震える小動物のようだった彼女も、学園での生活に慣れてくるに従って徐々に本来の芯の強さを取り戻していった。
当初カリエッタは甲斐甲斐しく世話を焼く側だったが、次第に彼女を頼ることも増えてきた。
いつしか二人はお互いにとってかけがえのない存在となっていた。
*****
さて、これだけならただの美談、聞きようによっては惚気話に終わるのだが。
カリエッタには悩みのタネがあった。
それが婚約者であるカーク王子の存在であった。
婚約者がいること自体は親同士が政治で決めたことなので貴族の子供として生まれたからには致し方ないところもあるのだろうと、ある程度納得はしている。
だがこのカークという男、良いのは見てくればかりで性格はどうも自惚れ屋と言おうか独りよがりと言おうか。王子として生まれ育ったものの宿命なのだろうか、常に自分が世界の中心であり、誰もが自分を愛し、自分だけが正しいという思想で生きている。
幸か不幸か、カリエッタは既に長い付き合いなのでカークのあしらい方も扱い方も慣れたものだが、正直言って親しい者ほど遠ざけて置きたい存在だった。
そんな彼がシェリーに興味を抱いた。
いや、正確にはカリエッタがシェリーと過ごすことが多いため、そこに彼なりの嫉妬が生じたというべきか。自分の預かり知らぬところで婚約者が人付き合いしているという事実が気に食わないのだろう。
理由は何にせよ、カリエッタがシェリーと一緒に過ごしていると度々どこからかやってきた。
二人の間に挟まって会話に入ろうとするくらいならまだ可愛いものだが、カークの場合はすぐに自分を話題の中心にしようとする。他の話題について話していてもすぐに自分のことへ持っていこうとする。
婚約者としてカリエッタは何度かそういったカークの態度について諌めたこともあったが、彼は「どうせお前達が話すことなど俺のことだろう。ならば本人がいたところで何ら問題はない」とにべもない。付ける薬がないとはこのことだ。
次第にカークはシェリーが一人の時を狙って話しかけるようになった。
おおかた、シェリーの関心を自分に向けて二人の仲を壊そうとでも思ったのだろう。
シェリーは聡明な女性であるものの、立場は平民だ。カークに話しかけられれば無視するわけにもいかないし、一緒にでかけようと言われれば他に用事があっても断るわけにはいかない。
街の中で王子に連れ回されるシェリーの姿は度々目撃されるようになり、そのことはすぐにカリエッタの耳にも届いた。
王族としての権威を振りかざして大切な友人を振り回す彼には、流石の彼女も堪忍袋の緒が切れた。
「いい加減になさいませ!」
ある日、キレた。
それはもう派手にブチギレた。
「平民の娘が婚約者を差し置いて王子と懇ろにしている」
そんな風に揶揄されて傷つき涙を潤ませるシェリーの姿を前の日に見ていたから尚のこと憤怒した。
だがこの王子は自分が間違っているとは夢にも思わない。
「嫉妬とは見苦しいぞ、カリエッタ」
ニヤニヤと笑いながら言うではないか。
有効な手立てがないまま卒業まで来てしまったが、これで少なくともシェリーはカークと接点がなくなるのと安堵していたのも束の間。
卒業記念の舞踏会でまさかの糾弾である。
*****
「殿下、このような場で婚約者である私の名を冤罪で汚すことの意味…まさか知らないわけではありませんよね?」
卒業生にその保護者、教員にその他関係者。カークの卒業記念でもあるため王族や王宮の関係者も少なくない人数来ている。
これほどの衆目に晒された場所でこの行為。
将来の夫婦生活にヒビが入るどころではない。
下手しなくとも婚約自体がパーになる。
だがカリエッタの脅しをカークは一笑に付す。
「構わん。お前との関係にはいい加減飽き飽きしていたところだ」
「?どういう…」
「私はこの場でカリエッタ・ホワイトとの婚約関係を解消し、シェリー・ノアークを新たな婚約者とすることを宣言する!」
会場にいる全員が息を呑んだ。
いくら優秀とはいえ、王子が公爵令嬢を捨てて平民の娘を婚約者にするとは。
「冗談じゃない…っ」
カリエッタは思わず小さな声で漏らした。
どうせ自分達の関係を壊そうとシェリーに構っているうちに彼女のことを本気で好きになってしまったというところだろう。
自分にとってもシェリーにとっても良い迷惑でしかないことは明らかだ。
「お前はこれまでシェリーが私に近づくことに良い思いを抱かず、三年に渡って彼女を虐め続けた。勉強道具を隠し、生徒同士の交友関係から弾き出すよう仕向け、終いには彼女を階段から突き落として怪我をさせようと…いや、命を狙うまでした!とんだ悪女だ、貴様は!」
「気が触れられましたか、殿下」
カリエッタは冷静な態度を努めた。この場で感情的になることは悪手だ。事務的に対応する必要がある。
「私はシェリーにそのようなことは一切していません」
「あの、そもそも私…階段から突き落とされたことなんてないんですが」
シェリーも王子の糾弾に反論するが。
「シェリー、カリエッタを恐れて嘘を吐かなくても大丈夫だ。僕がいる」
「いや、嘘じゃないんですが……勉強道具も全部無事ですし……」
駄目だ、聞く耳を持とうとしない。
「そこまで言うのであれば証拠はあるのですか?」
「証拠ならあるさ」
そう言ってカークは懐から一枚のハンカチを取り出した。
「シェリーが階段から突き落とそうとするのを私は見ていた。そして後に残されたのがこのハンカチだ!どうだ、見ろ!ここに刺繍されているのはお前のイニシャルだろう!」
自分のイニシャルが金糸で縫い込まれたハンカチを頭上に掲げるカークの姿に、カリエッタは思わず目を伏せた。
「どうした、カリエッタ。ほら、反論してみるがいい」
「……返す言葉もありません」
思わず溜め息が漏れる。
婚約者の彼がカリエッタのハンカチを入手する機会などいくらでもある。
カークが手にしているのは遥か昔、彼が自家の屋敷に訪問した直後から行方不明になっていた代物だ。どうせそんなことだろうとは当時から思っていたが、屋敷では年頃の娘の持ち物が消え失せたということで使用人らが隈なく探し回る羽目になったのを覚えている。
「そのハンカチは学園入学前に殿下が私の部屋から持ち帰ったものでしょう?どうしてそれを今更シェリーが階段から突き落とされた現場で見つけるんですか?」
「う…!」
案の定、バレると思っていなかったカークの顔が歪む。
馬鹿だ。大馬鹿者だ。
「い、言い訳をするなど見苦しいぞ、カリエッタ!」
どっちの話だ。
こんな間抜けに振り回される自分が情けなってくる。
「そもそも、殿下はシェリーが私に突き落とされるのを見ていたと言っていましたが、どうしてその場で捕まえるなり、後を追いかけるなりしなかったのですか?」
「そ、それは…」
カリエッタが逃げた後でハンカチを見つけたという筋書きで説得力を持たせようとしたのかもしれないが完全に悪手だ。
「あとは何でしたっけ?勉強道具を隠した?生徒同士の交友関係から弾き出した?それらについても詳しくお聞かせ願いたいのですが」
「お、俺は見たぞ!」
すると会場から声が上がった。
男子生徒が挙動不審な目でカリエッタを指さしていた。
「か、カリエッタ嬢やその取り巻きがシェリー嬢に近づこうとする女子を威圧するところを俺は見た!」
「お、俺もだ!」
「僕も見たぞ!」
最初に声を出したのは確かカークの取り巻きか。続いたのは下級貴族の嫡男…おそらくこれを機会に取り入ろうという魂胆だろう。
どうせ考えなしの発言に違いない。話を細かく詰めればあっとう間に瓦解する筈だ。
「ではそういうあなた達に尋ねますが…」
「いい加減にして下さいっ!」
シェリーの激昂に会場がしぃんとなった。
涙を目にいっぱい溜めた彼女は怒りで顔を真赤にしていた。
「私はカリエッタ様に嫌がらせを受けたことなどありませんっ!全てカーク王子のでまかせです!」
「しぇ、シェリー…!?」
平民の彼女が王族の自分の言葉を真っ向から否定した。
下手すれば首が飛んでもおかしくない行為に、流石のカークも狼狽した。
カリエッタも慌てて彼女を止めようとする。
「シェリー、止すんだ…ここは私に…」
「いいえ、黙りません!」
諌めようとするカリエッタの言葉をシェリーは遮る。
「大切な友人の名誉が傷つけられているんです!黙っていられるものですか!」
その言葉にカリエッタは胸にじーんとしたものを感じて言葉に詰まった。
「シェリー、もうカリエッタを恐れることはないんだ。俺がいるからには…」
「自惚れるな、この糞王子!」
場を誘導しようとしたカークの言葉もシェリーの怒りに両断される。
「私はお前のことなど愛さない!独善的で自分勝手で自己中心的なあんたと婚約なんてするくらいなら死んだ方がマシだっ。私が……私が愛しているのはカリエッタ様だけだ!」
「おぅふ」
会場にいた恰幅の良い大人が声を漏らした。
突然の愛の告白である。
自分の発言に気が付いたシェリーの顔はみるみる怒りとは異なる赤みを帯びた。
「あの、その、これは言葉のあやと言いますか……」
「私もだ」
カリエッタはそんな彼女に答えた。
「私もシェリーのことを世界で一番愛している」
静まり返った会場に、ぱちぱちぱちと拍手の音が聞こえてきた。
その音にかき分けられるように、参加者たちが左右に分かれる。
「良いものを見せてもらった」
「は、母上…」
前に進み出てきたのはカークの母親にして、この国を統べる女王。
カリエッタはすぐさまその場に跪こうとするが、女王は落ち着いた笑みを湛えて「構うな。今日は無礼講の場だ」と言った。
「カーク、これまではいつかお前が自分で気付くことを期待して放置してきたが流石に最早看過できぬな」
「母上、これは、その……カリエッタの……カリエッタの陰謀……」
「たわけっ」
女王の口から発せられた一喝。
天井のシャンデリアが小さく揺れた。
「既にこの場にいる誰もがお前の嘘を見抜いているとわからんか」
そう言うと彼女は先程、カークの嘘に便乗してシェリーがいじめられているのを目撃したと主張した男子生徒を一人ずつ睨めつけた。
貴様らには後で相応の処分を下す、と言外に述べていた。
それから女王は、萎縮し黙ってしまったカークの向こうにいるシェリーに視線を向けた。
「シェリー・ノアーク、こちらへ」
「は、はい…」
小走りにやってきたシェリーはカリエッタの隣に並んだ。
二人を見比べて女王は満足そうに顎をさする。
それから会場内を見回して。
「この二人を見よ。この対となるドレスを目にして、二人の仲睦まじきことを疑う者はいるか?」
女王の言う通り、黒と白の違いはあるがカリエッタとシェリーのドレスは左右対称の対となるデザインをしている。
しかも見るべき者が見ればこれは王都でも五本の指に入る高名デザイナーによる一級品であることは明らか。
平民のシェリーに用意できるものではなく、カリエッタが二人分依頼して片方を贈ったものと予想がつく。
少なくとも忌まわしい相手に贈る代物ではない。
女王は二人の少女の手を取ると、慈しみ深い声で言った。
「願わくば、君達の将来に幸多からんことを」
*****
カリエッタとカークの婚約は破談となった。
ついでに彼は皇太子としての立場も失い、一度も政治の場に姿を現すことなく隠居。
女王の後は彼の妹が継ぐこととなり、カリエッタとシェリーはその後見人として長らく善政を支えた。
二人は生涯を通じ、仲睦まじくあり続けたという。
ぶっちゃけ色々と不満が残る出来。最後も力尽きてます、悪しからず。




