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魔王様は退屈しのぎに勇者パーティーを育てることにした 〜ところで勇者よ、なぜ私と戦わない?〜

作者: Kei
掲載日:2026/09/15

【〇 魔王様は退屈している】


「暇だ」


 私の言葉に、王の間にいた幹部たちが「またか」と言わんばかりの顔でため息をつく。

 そして聞かなかったことにして、それぞれの仕事を再開した。


 まったく、失礼な奴らだ。人の話をちゃんと聞けと、学校で習わなかったのか。

 魔族学校の教師たちに、申し送りしておく必要がありそうだ。


 唯一、私の膝の上で丸くなっていた使い魔のクロだけが、ルビーのような赤い瞳でこちらを見上げた。


「まおうさま、ひま?」


「ああ、暇だ。勇者たちは一体、何をしているのだろうな」


 クロは私の肩に飛び乗ると、その黒い体を頬に擦り付けてきた。よく整えられた毛並みが、とても気持ちいい。

 少しでも私の憂さを晴らそうとしてくれているのだろう。もちろん、クロの毛並みを楽しむのも立派な暇つぶしにはなる。


 だが、それにしたって限度がある。

 毎日二十四時間撫で続けていたら、さすがのクロの毛並みもごわごわになってしまうだろう。それは私にとっても、本意ではない。


 私は魔王だ。

 この魔王城で魔族の王として、勇者が来るのを待っている。


 しかし、その勇者たちが一向に来ない。


 これまで幾人もの勇者が現れた。だが、優秀な我が魔王軍が、彼らをこの城にたどり着く前に倒してしまうのだ。

 おかげで、私の出番がまるでない。


 私が魔王に即位してから、早百年。

 すでに両手では数え切れないほどの勇者が葬り去られてきた。


 なんと不甲斐ない。

 それでも勇者か。恥を知れ。


 私は魔族の中でも気が長いほうだが、百年はさすがに長くないか?


 今までの魔王は、即位して数十年もすれば勇者と死闘を繰り広げ、そして討伐されてきた。

 私も──いや、もちろん討伐されるつもりはない。ないけれど、そろそろ一度くらい勇者と対峙したい。


 その機会がないと、魔王というのは案外やることがないのだ。


 私が育てた幹部たちは優秀すぎて、魔王にまで仕事が回ってこない。

 もはや私がいなくても、この国は何の問題もなく回ってしまう。


 …………ん?


 そこで私は、ふと気づいた。


 ……あれか。

 私が育てすぎたのがまずかったのか。


 だから、勇者が一人もここまで来られないのか。


 私はこの百年間、自分で自分の首を絞めていたらしい。


 頭を抱えそうになるのをどうにかこらえ、偉そうに王座にふんぞり返ったまま、ゆっくりとまぶたを閉じる。


 ──なるほど。

 そういうことであるならば。


 一つ、実にいい考えが浮かんだ。


 私はクロを両手で抱き上げ、その顔に自分の顔を近づける。

 私が何を企んでいるのかも知らず、従順な使い魔は三角の耳をピクピクさせ、長い尻尾を楽しそうに振っていた。


 そんなクロにだけ聞こえるように、私はそっと囁く。


「私が、勇者たちを育ててやろう」




【一 魔王様は仲間になりたそうにこちらを見ている】


「というわけで、そなたたちの仲間に入れてくれ」


 私の目の前には、男が二人。


 最近結成された勇者パーティーらしいが、なかなか見どころがあると幹部の一人が言っていた。

 あの筋肉バカが人間を褒めるなど珍しい。だから私は、こいつらを育てることにした。


 勇者らしき男は、金髪碧眼の整った顔立ちに、穏やかな笑みを浮かべている。いかにも勇者って感じだ。


 一方、賢者らしき男は、警戒心の強そうな赤褐色の瞳をこちらに向けていた。灰色の長髪はサラサラで、肌はツヤツヤだ。毎日しっかり手入れしているのかもしれない。こいつは色々と面倒くさそうなやつだな。


 そんなことを考えていたら、賢者が叫んだ。


「何が『というわけで』だ! 意味がわからん!!」


 あー、もううるさい。

 男がぴーぴー騒ぐな。


 唾をかけかねない勢いで怒鳴り散らす賢者を前に、私はこっそり防護魔法を展開して、飛沫から身を守った。


「なんだ、説明しただろう。そなたは賢者ではないのか? 理解力が足りなさすぎる」


「な……っ! あ、あの説明で何を理解しろと!?」


 賢者はわなわなと震えだした。

 顔を赤くしているが、この一瞬で風邪でも引いたのか。ひ弱すぎる。


「大体、魔王というのは、もっとこう、見た目が──」


 私を指さそうとして、賢者はなぜか言葉を濁した。

 人の容姿についてとやかく言うのは、ヒト族だろうと魔族だろうと礼儀知らずだ。さすがにそのくらいの常識はあるらしい。


「えっと……あなたは『魔王』なんですか?」


 タコのように茹で上がっている賢者とは対照的に、勇者がおっとりとした口調で言った。


 私はそちらに顔を向けると、「ああ」と頷く。


「そう言っている。そなたたちも『勇者パーティー』なら、魔王くらいは知っているだろう」


「そうですね。僕たちは、魔王のもとに向かっていますから」


「その魔王が、私だ」


「その魔王が、じゃない! なんで魔王がここにいる!!」


 ようやく話が進むかと思ったら、賢者が割り込んできた。


 正直、少し黙らせてやりたいところだったが、私はこいつらを育てることに決めたのだ。

 いきなり暴力に訴えるのはよくない。


「だから説明しただろう。そなたたちを育てに来たと」


「い・み・が・わ・か・ら・ん!!」


「育ててもらえるのはありがたいことですが、なぜなんでしょう?」


「ありがたくないだろ! なんでお前は普通に会話できるんだっ!?」


 逆に、なぜお前は普通に会話できないんだ。


 ヒト族と魔族の違いはあれど、言語は共通だろう。

 なんだ、あれか。古代語ばかり研究していて、人との会話の仕方を忘れたのか。


 お前はコミュニケーション能力を勉強したほうがいい。


 私は賢者を無視して、勇者と会話を続けることにした。


「理由か? それはもちろん、そなたたちが不甲斐ないからだ。先代の魔王討伐から早百年。さすがに時間が経ちすぎだろう」


「それは……そうですね。大変申し訳ないです」


「なぜ謝る!?」


「勇者パーティーの劣化が目立つ。このままでは、私の出番は何百年待っても来ない。であれば、私自ら勇者パーティーを育ててやろうと思ったわけだ」


「恐れ入ります」


「恐れ入るなーーーっ!!」


 いちいち賢者がうるさいが、勇者は話のわかるやつのようだった。


「ようやく理解できたか。では、私を仲間に──」


「入れるわけないだろっ!!」


「そなたは賢者だろう。そなたにパーティー構成を決める権限はない。指揮系統を無視するな」


 意見を述べるのは構わないが、役職を逸脱した行為は許されない。組織の管理体制が問われるからな。

 そこらへんもきっちり教育しなければならないようだ。


「すみません、うちの賢者がいちいち口を挟むせいで、話が進まなくて」


「お前、どっちの味方だ!?」


「僕たち戦ってないじゃないか。敵も味方もないよ」


「お前は勇者だ! 魔王と戦えーーーっ!!」


 しかしこの賢者、そんなに叫んでよく喉が潰れないな。なかなかの声帯の持ち主のようだ。

 賢者はひたすら呪文を唱え続ける必要があるから、そこは見込みがある。


 勇者は賢者の言葉に目を丸くしたかと思うと、穏やかな笑顔のまま言った。


「やだなぁ。今、この人と戦ったら、僕たち死んじゃうよ?」


 ──ほう。


 私は勇者の横顔を凝視した。


 なおも喚き続ける賢者から少し距離を置き、「まぁまぁ」と両手を上げる勇者の評価を、私は改める必要があるようだ。


 今の私は魔王の力を何億分の一に圧縮し、表に出ないよう閉じ込めている。

 いつでも取り出すことは可能だが、外から見ただけでは、私の魔王としての力は測れないはずだ。


 もし魔王の力をだだ漏れにした状態でヒト族の地に降り立ったら、人間たちは私の魔力に当てられ、正気を保てないだろう。

 そのため、動きやすいように力をしまっておいたのだ。


 そのせいで賢者のほうは大変舐めた態度を取ってくるが、勇者のほうはちゃんと私の実力を感じ取っているらしい。


 これはもう、天性の勘というやつだろう。

 さすが勇者と呼ばれるだけのことはある。


「──それで、どうする? 私を仲間に入れるのか、入れないのか」


 私は興味深く勇者を眺めながら、その回答を待った。


 勇者は賢者をなだめるのをやめて、私に向き直る。


「もちろん、答えは『はい』ですよ」


 碧い目が、じっとこちらを見つめてきた。その視線にわずかな違和感を覚えたが、このときの私は、その意味まではわからなかった。




【二 魔王様は勇者パーティーの育成計画を立ててみた】


 勇者パーティーとの冒険が始まった。


 数ある勇者パーティーの中でも、彼らはまだひよっこだった。

 筋肉バカの配下がうっかり潰してしまったヒト族の村の生き残りらしい。うっかりで潰すんじゃない。力の加減を知らん奴らめ。


 筋肉バカに尻拭いに行かせたら、なぜかワクワクした顔で帰ってきた。

 見込みのある勇者“候補”がいたらしい。まだほんの子どもだったが、あれは強くなると興奮気味に報告してきた。


 それはいいが、お前は何をしに行ったんだ。生き残った者たちの保護は済ませてある。お前に任せたのはそっちじゃない。バカな部下どもが二度とこんな真似をしないよう、灸を据えろと言ったんだぞ。

 そう言ったら、筋肉バカは「あっ」と声を上げて、村に戻っていった。これだから筋肉バカは……


 とにかく、その生き残りが成長して、最近ようやく勇者パーティーを結成したらしい。自分の村を滅ぼした魔族に、ひいては魔族の王たる私に復讐しようというわけだ。

 うむ、実に勇者らしい。泣かせるではないか。


 筋肉バカがさっそく「戦いに行ってきてもいいですか!?」と聞いてきたので、デコピンしておいた。魔王城の外まで吹っ飛んでいった。

 他の幹部には、「城の壁に穴を開けるな」と怒られた。私は悪くない。


 勇者と賢者は幼なじみらしい。一つの村に、勇者パーティーを組めるだけの人材が二人もいるとは、なかなか優秀な村だったのだろう。

 もしかしたら戦士や武闘家、僧侶もいて、理想的なパーティーが組めたかもしれない。惜しいことをした。


 賢者は頭こそ硬いが、賢者としては優秀だった。この年で賢者に就けたことが、その証左だろう。

 ただし、体力は壊滅的で、いつもぜぇぜぇ言いながらついてきている。


 そのくせ潔癖症で、どんなに疲れていても絶対に風呂に入ることを欠かさない。土魔法で釜を作り、水魔法で水を入れ、火魔法で沸かす。髪の手入れも欠かさないため、いつもツヤツヤだ。回復魔法で肌の手入れまでしている。


 いや、力の入れどころが違うだろ。


 こいつ、賢者になるために魔法を極めたんじゃなくて、快適な生活を追求した結果、賢者になったんじゃないのか?

 ただの生活魔法の賢者じゃないか。


 そんな賢者は、いつも眉間にシワを寄せて文句を言っている。一方、勇者はいつもニコニコしている。

 この正反対な二人が一緒にいるのが、なんとも不思議だった。


 勇者は勇者らしく、何でもできる。剣も魔法も使える。どちらかというと剣のほうが得意なようだが、賢者が魔法で後方支援するので、当然と言えば当然だろう。逆に、賢者はひ弱すぎて前に出せない。


 ただ、ものすごく強いかというと、そうでもない。筋肉バカが斧を振り回したら、たぶん剣ごと木っ端微塵にされる。そのくらいの実力だ。

 まぁ、冒険の序盤で魔王城の幹部クラスが襲来したら、普通はそうなるので仕方ない。


 では、どこを見てあの筋肉バカは、この勇者パーティーに見込みがあると判断したのか。


 ……正直、さっぱりわからん。どこからどう見ても、ただの勇者パーティー──しかも、下から数えたほうが早そうだ。

 あの筋肉バカ、勘だけは鋭いから、その勘で何かを感じ取ったのかもしれない。ということは、根拠などなく、間違っている可能性もあるということだ。


 そのときは仕方ない。見込みがなくても、一人前の勇者になるまで育て上げるしかない。時間はかかるかもしれないが、どうせ数年程度だ。


 ヒト族は魔族より能力が低い。しかし、そのぶん成長が早い。


 魔族が何十年もかけて習得する魔法でも、彼らは数年で習得する。もちろん、そもそもの寿命が違うので、そうでなければ不公平というものだが。


 そのため、私が数年かけて育て上げれば、魔王城にたどり着けるくらいには成長するだろう。

 ヒト族を育てるのは初めてだが、このくらい早く結果が見えるのならば、育てがいがあるというものだ。


 私はさっそく、育成計画を立てることにした。




【三 魔王様は勇者パーティーと交流した】


 案の定、最初に音を上げたのは賢者だった。


 なんと不甲斐ない。毎日四十キロ移動するくらい、普通の人間でもやる。マラソンが趣味の一般人と同じレベルだ。これくらいでへばっていて、よく魔王城に行こうと思ったな。あそこまで何万キロあると思っているんだ。


「走る……必要は……ないだろ……っ」


 移動し終わってから、毎日息も絶え絶えに文句をこぼす。ダメだこいつ、一般人より体力がない。


「走ってなどいない。そなたの足が遅いのだ」


 こいつの速度に合わせていたら日が暮れるし、いつまで経っても弱い魔物しかいないエリアから出られない。

 手っ取り早くレベル上げするには、強い魔物と戦わせる必要がある。いつまでもスライムと戦っていても、魔族くらいの寿命がなければ、レベル99など夢のまた夢だ。


 そして二日目には、完全に限界を迎えた。

 賢者は涙と鼻水を垂らし、勇者の肩を借りながら足を引きずっている。昨日の筋肉痛が残っているらしい。若いからすぐに筋肉痛が出るようだ。


「魔王様、すみません。もうキリーは限界のようです」


 キリーとは賢者のことらしい。名前を覚える気はないが、識別はできるようにしておこう。


「……ひ弱すぎないか? それでどうやって一日で次の町まで移動するんだ」


「残念ながら、人間の足では一日で町から町まで移動することはできません。そのため、馬を使ったり、野宿をしたりするんです」


 なるほど、そういうことか。やたらこの賢者の生活魔法レベルが高かったのは、どうやっても町の宿にたどり着くことができないからか。


 だが、勇者はケロリとしている。手加減しているとはいえ、私の移動速度にはついてこられたし、こうして賢者を支えながらでも私のペースについてきている。


 この程度では判断できないが、少なくとも賢者よりは有望だ。


「そなた、パーティーを組み直したほうがよいのではないか?」


 私は親切心でそう言った。おそらく、幼なじみだからパーティーを組んだのだろう。同じ村で育ち、同じように仲間を失ったから、必然的にそうなったのかもしれない。


 しかし、こいつに魔王討伐の旅は無謀だ。その生活魔法を活かして、町の便利屋になるほうがよっぽど幸せだろう。


 しかし勇者は、顔をグシャグシャにしている賢者を眺めて、首を振った。


「──いいえ。僕のパーティーには、彼が必要です」


 その言葉に、賢者は涙を止めた。虚空を見つめながら、唇を噛む。

 ややして、賢者は勇者の肩から腕を外すと、ふらふらした足取りで歩き出した。生まれたての子鹿のほうがもっとうまく歩くと思うが、一応、自分の足で歩いている。


 そんな賢者の背中に、勇者は微笑みを向けた。


 ──なるほど。これが勇者か。


 私は初めて、勇者という存在の特異性を認識した。




 賢者の体力増強を図る一方、勇者の育成計画も進めることにした。

 何と言ってもこいつが本丸だ。勇者が弱くては意味がない。


 しかし、こちらは思った以上に順調だった。

 剣は私が毎日直接指導している。利き手とは逆の手で剣を持ち、片足で相手をしてやっているが、なかなか筋が良い。

 魔法は賢者がいるので、攻撃魔法よりも回復魔法を中心に詠唱させている。回復させる相手はそばにいるので、練習し放題だ。

 少しは見習え、そこの回復魔法をかけてもらっている賢者。


 しかし、あまりに順調すぎて逆に怖い。今まで多くの魔族を育ててきたが、どいつもこいつも順調とは言い難い過程を経てきた。

 文句は言うわ、歯向かうわ、挙句の果てに逃げ出すやつもいる。そんな輩は丁重に簀巻きにして連れ戻し、心ゆくまで話を聞いてやるのだ。大体のやつは、二、三日で音を上げるが。


 この勇者には、そういった紆余曲折が一切ない。

 言われたことを淡々とこなし、そして結果を出す。

 師匠としてはありがたい限りだが、そこに底の知れなさを感じた。


 筋肉バカが感じ取ったのは、こいつのこういうところなのかもしれない。


 今日もいつものように特訓を終え、野営の準備を始めることにした。

 賢者が途中でへばってしまったので、今日も次の町まではたどり着けなかった。

 しかしこいつ、へばっているくせに風呂の準備は欠かさないのだから恐れ入る。その美意識の高さを体を鍛えることに使え。


 一方の勇者は、さすがに疲れは見えるものの、料理の準備など日常生活を送れるくらいの体力は残っているようだ。こいつの作る野宿飯はうまいので、倒れていたら私が回復魔法をかけてやろうとは思っていた。


「魔王様は、なぜ僕たちを鍛えようと思ったんですか?」


 賢者が風呂に入っている間、料理の準備をしながら、勇者がそんなことを聞いてきた。


「暇だったからだ」


 私は即答した。

 勇者は目を丸くしたかと思うと、ぷっと吹き出した。


「ははっ……変わってますね、魔王様」


「そなたに言われたくないぞ、勇者」


 お前も相当変わっている。

 自分のことを棚に上げて笑い続ける勇者に、私は抗議の目を向けた。


「そなたこそ、なぜ勇者などやろうと思った」


 口にしてから、自分でも愚問だったと反省する。


 そんなことは決まっている。彼らの村は、魔族に滅ぼされたのだ。復讐以外の理由があるものか。


 私の質問に笑うのをやめた勇者が、真剣な顔でこちらを見た。

 原因を作った張本人──いや、私が滅ぼしたわけではないが、責任を取るのは統治者の役目だろう──をじっと見つめてくる。


「すまない、忘れてくれ」


「──から」


 私の言葉と、勇者の言葉が重なった。

 そのせいで、彼が何をつぶやいたのかわからなかった。


「なんだ?」


「……なんでもありません」


 勇者はニコリと笑うと、何事もなかったかのように鍋をかき回し始めた。

 私も、忘れろと言った手前、それ以上追及することはしなかった。


 ただ、こいつが語ろうとしていた“理由”は、聞いてみたいと思った。




【四 魔王様は勇者パーティーの育成に成功した】


 勇者たちを鍛え始めて、すでに一年が経過した。


 魔王城への道のりの約三分の一は過ぎただろう。それなりの成果が出ていた。


 やはりヒト族の成長は早い。賢者は毎日の移動だけで、そこそこの体力を身につけていた。

 もちろん、魔族にまともに殴られたら山の向こうまで吹っ飛ぶ程度ではあるが、素早さがあるので当たらなければ問題ない。

 それに加え、魔法の上達は特に著しかった。魔族より成長が早いとはいえ、上級魔法をすべて唱えられるようになったのは、さすが賢者といったところだろう。毎日、喉から血が出るまで呪文を唱え続けさせたかいがあった。

 やはり筋肉と同じで、傷ついては修復させると、より強くなるのだ。魔法は声帯が命。


 副産物として、賢者の生活魔法は類を見ない成長を遂げた。野宿時、こいつは全属性魔法を駆使して、毎回コテージを作るようになった。キッチン、トイレ、お風呂付き。もちろん、野宿が終わったらちゃんと大地に還るエコ仕様だ。

 そんなところを鍛えなくてもいいとは思ったが、どんどん生活が快適になっていったので、途中から小言を言うのをやめた。


「成長したな、キリー」


 ある日、見事にコテージを完成させた賢者を、素直に褒めてやった。こいつの生活魔法は、もはや私の知るどの魔族よりレベルが高い。


 すると賢者は、赤褐色の目を大きく見開き、顔を真っ赤にしてわなわなと震え始めた。


 また風邪でも引いたか。ひ弱なところは変わらないらしい。


「どうした。回復魔法が必要なら、勇者にかけてもらえ」


「ち、ちが……な、なんで……っ」


 いつもならハキハキと不平不満を言う賢者が、珍しくどもっている。


 そんな賢者を見て、勇者がくすりと笑った。


「魔王様、キリーは名前を呼んでもらえて、喜んでいるんですよ」


「なっ!? マリエス、お前……!!」


 さらに一段と顔を赤くした賢者が、勇者の胸元を掴んで「違う、違うからなー!!」とがくがく揺さぶっている。

 勇者は揺さぶられながら、ハハハと笑っていた。


 人間はよくわからん。




 賢者以上に成長が凄まじいのが、やはり勇者だった。


 初めから私の特訓についてこられただけのことはある。今では、片足では剣の相手ができなくなった。

 先日、いつものように利き手とは逆の手で剣を受けていたら、一瞬の隙をつかれて剣を弾き飛ばされた。


 もちろん、手加減はしていた。しかし、手は抜いていなかった。


 呆然とする私に、勇者はにっこり笑って言った。


「僕も、成長していますか?」


 ……なんだか悔しかったので、拳で殴りつけておいた。

 殴られても、勇者は笑っていた。私から一本取ったことが、よほど嬉しかったらしい。なんだか腹が立つが、一方で育てた弟子の成長を見るのは、師匠としては嬉しいものだ。

 それでもやっぱり、腹は立つ。


 とにかく、二人とも勇者パーティーを名乗るのにふさわしい実力は手に入れつつあった。

 あとは実戦あるのみだ。


 ここまでの道のりでも、相当数の魔物と戦わせてきた。私がいると魔物が逃げてしまうので、二人をダンジョンに突っ込んで、最下層のボスを倒すまで出てくることを禁じた。

 こういうときのコツは、自身のレベルより数レベル高い魔物のいるダンジョンに挑むことだ。そのほうがレベルアップの効率がいい。


 死ななければ、だが。


 どのダンジョンも、彼らは一週間くらいでクリアした。ボロ切れみたいになった賢者に肩を貸しながら、勇者も同じくボロボロになって戻ってきた。

 体力も魔力もゼロになった二人に回復魔法をかけて、次のダンジョンに向かう。それをひたすら繰り返した。


 賢者は文句ばかり言って抵抗していたが、途中から無駄だと悟ったのか、文句を言いながらダンジョンに潜るようになった。文句を言うのはやめないらしい。


 勇者は一言も文句を言わなかった。思えば、こいつが私の特訓に対して文句を言ったことは、一度もなかった。賢者の文句が多すぎるから気づかなかったが。


「そなたは文句を言わないのだな」


 私の疑問に、勇者はきょとんとした顔でこちらを見つめた。「なぜそんなことを聞くのかわからない」といった顔だ。


 私は人を育てるのが得意だと自負している。私の特訓についてこられた者は皆、幹部級まで成長した。そして彼らに統率された魔物たちが、順調に勇者パーティーたちを蹴散らし、魔王城には平和が訪れてしまった。

 このままだと世界を征服できてしまうので、幹部たちには魔王城から出ることを禁じた。ヒト族を滅ぼしすぎないように調整することにしたのだ。筋肉バカの部隊はたまにやらかすが、それでも世界の均衡はかろうじて保たれている。


 そんな私でも、ヒト族を育てるのは初めてだった。今までのやり方が通用するのかわからなかったが、今のところ成果を上げているとは思う。

 ただ、今まで育てた者たちも、文句を一つも言わなかったことはない。最初の頃など、文句ばかりだった。賢者くらい文句が続くやつは初めてだったが。


「だって……楽しいですから」


 さも当然のように答える勇者に、私のほうが困惑した。


 ……なんだこいつは、マゾなのか。痛いのが好きとか、そういうことなのか。


 若干引き気味になった私を見て、勇者は苦笑する。


「痛かったり、苦しかったりしますけど、──……から」


 碧眼を細めながら、綺麗な顔に綺麗な笑顔を浮かべる。それと同時に吹いた強風が、勇者の金髪を撫でた。


「……なんだって?」


 風とともにかき消えた言葉を、私は聞き返した。

 しかし勇者は笑顔のまま、その言葉を再度口にすることはなかった。


 ──きっと、空耳だろう。


 もしくは、聞き間違いだ。


 私はその言葉を、聞かなかったことにした。




【五 魔王様は勇者パーティーを出迎えた】


 さらに一年経過した。


 勇者パーティーの成長は加速し──とうとう、魔王城にたどり着いた。




 魔王城に乗り込む勇者と賢者の後を、私はゆっくりと追った。


 勇者たちにとって、魔王城はラストダンジョンだ。当然、そこらの魔物とはレベルが違う。

 しかし、私の育てた勇者パーティーは、危なげなく先を進んでいる。


 死屍累々と横たわる魔物たちの間を、私はゆうゆうと歩いていく。すまないな、お前たち。だが魔王がいる限り、何度でも復活するのが魔物だ。今は屍になっておいてくれ。


 しかし魔物の血や攻撃であちこち汚れたり壊れたりした城を見ると、あとで幹部たちに小言を言われる未来が想像できて、憂鬱になった。もう少しおとなしめに戦ってほしい。


 王の間の前までたどり着くと、そこには魔王軍の幹部がいた。


 筋肉バカだ。


「ガーッハッハ! よく来たな、人間どもめ!!」


 私よりよほど魔王らしい貫禄で、いかにも魔王らしい出迎えの言葉を口にすると、筋肉バカは豪快に笑った。心底嬉しそうだ。


 まったく、勇者の相手がしたいというから門番を任せてみたが、ノリノリじゃないか。王の間に入る前に、勇者パーティーを返り討ちにしてしまわないか心配だ。


「貴様……っ!!」


 賢者が歯をぎりりと鳴らした。その顔には、憎しみの色が浮かんでいる。


 それはそうだ。こいつは、彼らの村を滅ぼした魔物──の親玉だ。尻拭いに行かせたとき、彼らと相対していたのだろう。

 そうであれば、彼らにとって筋肉バカは、仇の親玉ということになる。


 私はさらにその親玉だが。


「ひよっこだったお前たちが、どのくらい成長したのか、見てやろう!!」


 戦闘を開始した勇者パーティーと筋肉バカを尻目に、私は王の間に入った。


 おそらく、勇者パーティーは筋肉バカに勝てるだろう。

 とすれば──私は、彼らを魔王として出迎えなければならない。


 長かった。

 ようやく、私は魔王としての役目を果たすことができるのだ。




 王の間の扉がゆっくりと開かれる。

 私は王座から、ここへ足を踏み入れる勇者パーティーを見下ろした。


「──よく来たな、勇者たちよ」


 筋肉バカとの死闘を制した勇者と賢者は、肩で息をしながら、それでもしっかりとした足取りでこちらに向かってくる。


 賢者の表情は晴れない。いつも文句ばかり言っているし、今も言いたい文句は山のようにあるといった顔をしているが、唇を噛んでそれを口にはしない。


 勇者は──いつも通り、穏やかな笑顔のままだった。

 ただ、その碧眼に宿る光は今までよりも強く、まっすぐにこちらを見据えていた。


「はい。……お待たせしました、魔王様」


 王座に至る階段の下までたどり着いた勇者と賢者は、その足を止めて、私を見上げた。


 視線が交錯する。


「なかなか楽しい時間だったぞ、勇者たちよ。礼を言おう」


「僕たちも……なんとお礼を言っていいものか……」


「──違うだろっ!!」


 いつもと変わらない調子で会話する私たちに、賢者が持っていた杖を乱暴に床へ打ち付けた。

 おいやめろ、無駄に床を傷つけるな。私が怒られる。


 賢者は苛立たしげに私たちを睨みつけると、押し込めていた感情を吐き出すように叫んだ。


「ふざけるな!! こんな、こんな……俺は……!!」


 賢者の文句にキレがない。自分でも、何を言えばいいのかわからないのだろう。


 私にとっては一瞬だったが、ヒト族にとっての二年はそれなりの時間だ。

 その時間を共に過ごした相手と相対することに、抵抗を覚えているのかもしれない。


 だが、それは初めからわかっていたことだ。


 私は魔王で。

 彼らは、勇者パーティーだ。


 私は、魔王のもとにたどり着ける勇者パーティーを育てたのだ。

 そして、その成果が出ただけの話だ。


「お前たちは、勇者パーティーだ。魔王と──戦いに来たのだろう?」


 賢者の顔が、悔しそうに歪んだ。勇者に「魔王と戦え」と言ったのは、こいつだ。まったくもって、それは正しい。


 杖を握りしめながら、何かに耐えるように震える賢者の肩に、勇者がそっと手を置く。

 彼は一歩前に出ると、私を射抜くように見た。


 いい目だ。


「では──戦いを始めようか、勇者」




 勇者の口から出た言葉に、私は一分ほど動きを止めた。


 勇者の後ろで、賢者が切れ長の目をこれでもかと見開いて、自身の仲間を凝視している。


 王の間に、痛いほどの沈黙が流れた。


「…………すまない。歳のせいか、耳が遠くなったらしい。もう一回、言ってくれないか?」


 そこまで老いぼれたつもりはないが、こいつらに比べると長く生きてきた。もしかしたら少々耄碌したのかもしれない。


 勇者は笑顔のまま、私が先ほど聞いたものと同じセリフを口にした。


「はい、何度でも。──僕は、戦いに来たのではありません」


 …………

 ……………………どうやら、聞き間違いではなかったらしい。


 賢者の様子を見るに、こいつも状況を把握できていないようだ。勇者が何を言い出したのか、理解できていない顔をしている。完全に頭が真っ白になったときの顔だ。


 しまった。こいつは大丈夫だろうと思って、勇者にリーダーとしての心得を説くのを忘れていた。ちゃんとパーティー内で意思疎通を図っておくべきだ。あとで聞いてなかったとメンバーに言わせるのは、組織として最悪だ。


 軽い頭痛のする額に指を当てながら、私は状況を整理することにした。


「……お前は、勇者だよな?」


「はい、勇者です」


「…………お前は、魔王を倒しに行くと言っていなかったか?」


「言っていません。『魔王のもとに行く』とは言いましたが」


 ……それは、「魔王を倒しに行く」と同じではないのか?


 ダメだ、理解が追いつかない。状況を整理しようとしたが、こいつの意図がまったく理解できないのだ。


 混乱する私と賢者をよそに、勇者はニコニコと笑い続けている。


「……つまり、どういうことなんだ」


 私は理解するのを放棄して、答えを求めた。


 勇者は笑みを深めると、私をまっすぐに見た。


「つまり、僕は魔王様に会いに来たんです」


 …………え?


 私の思考は完全に停止した。そんな私に構わず、勇者は続ける。


「魔王様は覚えていないかもしれませんが、僕たちは昔、魔王様に会ったことがあるんです」


 隣で賢者が「えっ」と驚愕の声を上げた。どうやら賢者も初耳らしい。もちろん、私も初耳だ。


「……人違いではないのか?」


「いいえ。僕があなたを見間違えるはずはありません──絶対に」


 勇者の視線が強い。

 私はよくわからない悪寒を感じて、二の腕をさすった。


 ──二年前に感じた、わずかな違和感が蘇る。


 勇者によると、彼らの村を筋肉バカの部下が滅ぼしたとき、とある人物が通りかかり、彼らのいた孤児院を守ったらしい。


 それにより、村は滅びたが、孤児院にいた子どもたちは生き残った。

 その生き残りのうち二人が、勇者と賢者だった。


 賢者は意識を失っていたため、その人物を見ていなかったらしい。しかし勇者は、傷ついた賢者を支えながら、その人物の姿を目に焼き付けたという。


「後ろ姿しか見えませんでしたが……あれは確かに、魔王様でした」


 嘘だろ。後ろ姿しか見ていないのに、なんでわかるんだ。怖い。


 私は記憶をたどった。いや、たどるまでもなく、あのときのことは覚えていた。けれど、まさかあそこに勇者たちがいたとは思わなかったのだ。


 確かに私は、あのとき魔王城を抜け出し、あの辺りで暇をつぶしていた。見込みのある勇者パーティーがいないものかと散策していたのだ。

 そこに偶然、筋肉バカの部下が村を襲っている場面に出くわした。


 だがあいつは筋肉バカの部下だ。私が直接制裁を下しては、組織として不健全だ。

 だから、私はとりあえず、被害を最小限に抑えるため、まだ無事だった建物やヒト族を防護魔法で守った。

 そしてすぐに魔王城に戻り、筋肉バカを蹴飛ばして鎮圧に向かわせたのだ。


 それだけのことだった。

 別に勇者たちがいたから村を守ろうとしたわけでもないし、そもそも存在すら知らなかった。


 しかし、勇者は私の姿を見て、ずっとその姿を覚えていた。


「あなたが魔族であることはわかりましたが……なぜ、僕たちを救ってくれたのかがわかりませんでした」


 ──だから、理由などない。


 けれど勇者は、どこにもない理由を聞くため、自分たちを救ってくれた魔族に会いに行こうと思った。


 そして、彼は勇者になった。


「まさか……あなたから会いに来てくれるとは、思いませんでしたが」


 勇者の目に宿る熱が怖い。魔王である私がこんなに恐怖を感じるとは、さすが勇者といったところか。

 だが、私が期待していたものとはちょっと違う。いや、だいぶ違う気がする。


「魔王に聞けば、あなたが誰かわかると思って……それが、魔王様本人だと知って、さすがに驚きましたよ」


 ジリジリと近づいてくる勇者に、私は少しずつ後ずさる。


「あなたがどんな人か知りたくて、ずっと観察してました」


 観察。


 ……え、何か。私がこいつを育てている間、こいつもずっと私を観察していたのか?


 圧倒的に私のほうが強いはずなのに、勇者の圧がすごすぎて、思わず逃げ出したくなる。

 しかし逃がしてくれる気がしない。回り込まれそうだ。


 そのとき、あの風でかき消えた勇者の言葉が脳裏に蘇った。


『──魔王様がいてくれますから』


 私はあれを、空耳だと受け流した。

 だが、受け流してはいけなかった。あの時点で逃げ出すべきだった。


「そして、僕は確信しました。僕の気持ちは、間違ってなかったと」


「いや、待て。きっと、それは間違っている」


「いいえ、間違っていません。僕は──」


 ──私は、見誤っていた。


 賢者は手のかかるやつだが、勇者は優秀で聞き分けのいいやつだと。


 だが違った。こいつはやばい。一度決めたら死ぬまでそれを貫き通す。なんなら死んでも諦めない、クレイジーなやつだ。


 ……そうか、それが勇者なのか。


 私に向かって伸ばされる手を眺めながら、なぜ魔王が勇者に倒されるのか、その理由を理解した気がした。




【六 魔王様は次の退屈しのぎを見つけた】


「そこまでだ」


 勇者の手が私に届く前に、私と勇者の間に一筋の雷が走った。


 勇者は飛び退くと、腰に佩いていた剣を抜いて構える。その瞬間、王の間の両脇の空間が歪み、複数の影が現れた。


 我が魔王軍の幹部たちだ。


 彼らはずらりと私の前に並ぶと、勇者と賢者を見下ろした。

 あまりの事態に呆然としていた賢者も正気を取り戻したのか、慌てて杖を構え直す。


 私が育てた幹部たちと、私が育てた勇者パーティーが静かに対峙した──かと思うと、幹部の一人が振り返って、じとりとした目で私を睨んだ。魔王軍の軍師だ。


 え、何。なんで私が睨まれているんだ?


「思ったとおりだ。また無自覚にたらしこんだな」


「たら……!?」


 なんだそれは。しかも“また”ってなんだ。身に覚えはまったくないぞ。


「だから言ったじゃない。魔王ちゃんを野放しにすると、またライバルを増やして帰ってくるんだからって」


 さらに別の幹部が「ほら見たことか」と言わんばかりに肩をすくめている。女言葉を使っているが、こいつは男だ。こう見えても軍団長の一人だ。


 幹部たちは口々に私に文句を言ってくる。なぜ私が文句を言われているんだ。


 そもそも、こいつらは魔王城から遠ざけておいたはずだ。

 勇者パーティーを育てたものの、こいつらがいたら私のところまでたどり着けないことは明らかだった。こいつらを全員倒せるようになるまで育て上げるには、さすがにヒト族の寿命が足りない。


 だから、私は筋肉バカだけを残して、幹部たちに暇を与えた。


『私が倒されたら、そなたたちの中から新たな魔王を選ぶがよい』


 そう言い残して、私は勇者を出迎えたのだ。


 なのに、なぜこいつらはここにいるのか。


 そんな私の疑問が顔に出ていたのだろう。軍師は鼻で笑った。相変わらず腹の立つ仕草だ。


「私は魔王になる気などない。そして、お前以外の魔王に仕える気もない」


 何かすごくいいことを言われている気がするが、態度が横柄すぎて納得できない。


「そうよ、魔王ちゃん。あたしたちは、魔王ちゃんだからここにいるのよ」


 軍団長がこちらに向けてウインクする。気持ち悪いからやめてくれ。


 どうやらこいつらは、ずっと城の中にいて、私たちを見ていたらしい。

 くそ、隠匿魔法をマスターした幹部のせいだ。あいつの隠匿魔法は、私でも見破るのが難しい。


 そして、もし万が一、私が倒されるような事態に陥ったら、止めに入るつもりだったそうだ。

 それがなぜか、勇者が変なことを言い出したせいで予定が変更になり、こうしてぞろぞろ姿を現したというわけだ。


「そういうわけで──」


 幹部たちの視線が一斉に勇者たちに向かう。魔力のこもった威圧が、二人にのしかかった。

 しかし、さすが私の育てた勇者パーティーだ。一歩も引かず、幹部たちを睨み返していた。


「お帰り願おうか、勇者殿」


「アタシたち全員倒せるようになってから、また来てね〜」


 …………それはつまり、二度と来るなと言っているのと同義じゃないのか。


 さすがに勇者たちといえど、こいつらを全員倒すのは無理だ。

 それは彼らにもわかったのだろう。勇者は静かに剣を下ろすと、そのまま鞘に納めた。


「……そうですね。今はまだ、無理のようです」


 勇者の顔には、珍しく悔しそうな表情が浮かんでいた。

 どんなに厳しい特訓を課しても笑顔を崩さなかった勇者が、初めて見せる素の感情のように思えた。


 だが、すぐに表情を整えると、こちらに向かって微笑みかけてきた。


「──必ず、僕はまた、“貴女”に会いに来ます」


 そうはっきりと宣言すると、勇者は私たちに背を向けた。王の間の気温が五度くらい下がった気がするのは、気のせいだろうか。


 その場に取り残された賢者は、そんな勇者と私たちを交互に見て、力尽きたようにへたり込んだ。

 ようやく覚悟を決めて魔王と対峙したというのに、こんな展開で台無しにされたのだ。


 師匠として申し訳なく思う。強く生きてほしい。


 やがて立ち上がる気力が生まれたらしい賢者は、杖を支えにゆっくりと立ち上がると、こちらをしっかり見据えて言った。


「覚悟するんだな。うちの勇者は──しつこいぞ」


 ──勇者をよく知る賢者の言葉は、何よりも重かった。




 それから私は、幹部たちに散々説教を食らうことになった。


 この二年間、私は使い魔のクロに影武者を頼んでいたが、あっさり見破られていたらしい。

 おかしいと思ったんだ。勇者パーティーが魔王城に来るという話をしたとき、こいつらはさも当然のような顔で聞いていたからだ。


「まおうさま、おかえり」


 クロは私の姿からいつもの黒猫の姿に戻り、私の肩に乗った。甘えるように頬ずりしてくるクロの体を、そっと撫でる。


 ようやく説教から解放されたが、しばらくはチクチク言われそうだ。頭が痛い。


「まおうさま。ひま、なくなった?」


 クロが首を傾げながら、私の顔を覗き込んだ。

 私はクロの赤い瞳と視線を合わせ、口角を上げて笑った。


「そうだな。──しばらくは、暇を持て余さずに済みそうだ」


 あの様子なら、勇者は本当にやるかもしれない。

 ヒト族の寿命が尽きる前に、我が魔王軍の幹部全員を倒すだけの実力をつける可能性がある。


 そうなれば、私も退屈しなくて済むだろう。


 あの熱視線はいただけないが、この二年間はなかなか楽しかった。

 たまには彼らの様子を見に行ってやってもいいかもしれない。


 勇者が私のもとに再びたどり着いたときのことを想像し、多少身震いしたが、そうなったらそうなったときに考えよう。


 長い人生だ。

 退屈しのぎには、ちょうどいい。


最後までお読みいただき、ありがとうございました!


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