6章 共闘の火蓋――騎士カイルの来訪と組織の壊滅
ギュンターが工房の結界内で腕の解析に没頭する中、拠点の外に一人の男が姿を現しました。彼は、かつてギルドに流したクイーンアントやアーミーアントの極上素材で作られた漆黒の防具を身に纏い、腰には王家の紋章が刻まれた長剣を帯びています。
「失礼。私は王都騎士団副長、カイル・ヴァン・ブライト。ギルドから漏れ聞こえた驚くべき素材の出所、そしてこの聖域に漂う尋常ならざる魔力の源を確かめに参った」
現れたのは、非の打ち所がないほど正統派の、正義を重んじる騎士でした。三人の戦女神――抜群のプロポーションを誇るセーラ、そして170cmを超える長身のルナとエルナが、落ち着いた態度でこれに応対します。
「王都騎士団の副長殿が、このような辺境に何の御用でしょうか。ここは私たちの私的な拠点ですが」
セーラは静かに、しかし威風堂々とした立ち振る舞いで問いかけました。その落ち着き払った声音には、以前のような荒っぽさはなく、確かな実力に裏打ちされた強者の余裕が漂っています。カイルは彼女の姿を一瞥し、深く一礼しました。
「不躾な訪問、平に容赦願いたい。この防具の素材を調達した者が、深淵の脅威を退けていると聞き、その実力に敬意を表したかったのだ。……貴殿、相当な研鑽を積まれていると見受ける。良ければ、騎士の嗜みとして一手、剣を交えてはいただけまいか?」
「……分かりました。そのお申し出、お受けしましょう」
広場で始まった模擬戦は、静謐ながらも苛烈なものでした。カイルの剣は重く、一切の無駄がない王家直伝の技。しかし、ギュンターの理論に基づく訓練を経たセーラは、最小限の動きでそれを捌いていきます。
「『アクセル』」
セーラが小さく呟いた瞬間、彼女の姿は黄金の残像となり、カイルの視界から消失しました。カイルが驚愕と共に背後を振り返るより早く、セーラの氷の短剣が、彼の首筋数センチのところでぴたりと止まります。
「……見事だ。参ったよ。速さ、精度、そして魔力との調和……。これほどまでの武人が、このような場所に隠れていたとは」
カイルは潔く負けを認め、その瞳に深い敬意を宿しました。模擬戦を終え、ルナとエルナが彼を迎え入れ、茶を差し出します。そこで二人は、昨日遭遇した不穏な存在について報告しました。
「カイル殿。実はこの聖域に、禁忌の錬金術師と名乗るパラケルススという者が現れました。奴は組織的に動いており、この地の均衡を脅かそうとしています」
その名を聞いた瞬間、カイルの表情が険しく引き締まりました。
「……何だと。あの『物質の支配』を掲げる狂信者の一味が、ついにここへ。我ら騎士団も奴らの動向を警戒していたが、まさかこれほど深部まで食い込んでいるとは」
「奴の右腕は、私たちが斬り落としました。今は主がその『遺物』を解析中です」
カイルは、拠点の奥で静かに青い光を放つ解析工房を、驚愕の眼差しで見つめました。王宮の賢者ですら手を焼く錬金術師の隠秘術を、一介の少年が解き明かそうとしている。その事実に、彼はこのパーティーの底知れなさを改めて痛感したのです。
「承知した。この件、直ちに騎士団へ報告し、公式に警戒態勢を敷こう。だが、奴らは狡猾だ。……セーラ殿、そしてルナ殿、エルナ殿。どうか、その主と共に、この地の平穏を守り抜いてほしい」
正義の騎士カイルは、再び厚い敬意を込めて頭を下げました。王都の正義と、聖域の最強魔法戦士たち。共通の敵を前に、静かなる共闘の意志がここに示されたのです。
解析工房を覆っていた魔力結界が静かに霧散し、中からギュンターが姿を現しました。数日間の不眠不休の作業にもかかわらず、その表情は冷徹なほどに落ち着いており、手にした羊皮紙には解析によって導き出された術理の構造がびっしりと記されています。
「お待たせしました、カイル殿。解析は完了しました」
ギュンターは丁寧な敬語で、王都騎士団副長カイルに接見しました。卓上に広げられたのは、パラケルススの右腕から抽出された術理の構造図です。
「あの右腕は、単なる義手ではありません。周囲の物質を強制的に分子レベルで分解・再構成する『ポータブル錬成陣』そのものでした。パラケルスス本人の実力もさることながら、背後にある組織の技術力は、現在の魔法文明の数十年先を行っています。効率的に情報を精査した結果、奴らは単なる逸れ魔術師の集まりではないことが判明しました」
カイルはその図面を食い入るように見つめ、自身の持つ情報を共有しました。
「……やはりか。王都騎士団の調査でも、彼ら組織は失われた古代遺産の修復と、それを応用した人体実験を行っていることが判明している。パラケルススはその実行部隊の筆頭だ。奴は強い。実際、奴一人で小規模な城塞を落とすほどの火力を、あの一腕に秘めていたはずだ」
実際に刃を交えたセーラも、真剣な面持ちで口を開きました。
「……あたしの印象だけど、あいつ、あの時はまだ本気を出し切っていなかった。右腕を落としたのはこちらの神速が上回ったからだけど、あの一瞬の反応速度と物質錬成の練度は尋常じゃなかったよ。組織の連中が同じような武装を揃えているなら、一軍に匹敵する脅威になるのは間違いないね」
落ち着いた口調で語るセーラの言葉には、実戦を潜り抜けた強者の重みがありました。続いて、かつてその脅威を間近で見ていたルナとエルナが、意を決したように語り始めます。
「私たちが以前いた国――『エストーリア王国』では、彼らは『禁忌の錬金術師』として、国家の中枢を影から支配しようとしていました」
ルナの言葉に、エルナも深く頷きながら続けます。
「ええ。エストーリアでは、彼らは『完全なる物質』を求める過程で、一つの村を実験台にし、丸ごと消滅させたこともあります。目的のためには手段を選ばない。それが彼ら組織の、最も恐ろしい点です」
170cmを超える二人の女神たちの証言に、場に重苦しい沈黙が流れました。しかし、ギュンターは動じることなく、解析データの最後の一枚を指し示しました。
「ですが、効率的に弱点も見つけました。彼らの錬成は、特定の銀糸回路に依存しています。この周波数を干渉・崩壊させる術式を構築しました。パラケルススが強いのであれば、その強さの源を無力化すればいいだけの話です」
ギュンターの瞳には、未知の強敵に対する恐怖ではなく、既に「攻略対象」として捉えた冷徹な光が宿っていました。
「カイル殿、騎士団は王都の防衛をお願いします。僕たちはここ聖域で、奴らを迎撃する準備を整えます。理を汚す者たちに、相応の報いを受けてもらうために」
カイルはギュンターの揺るぎない自信に打たれたように頷き、力強くその手を握り返しました。聖域の深淵で、巨大な組織と一人の少年、そして三人の女神たちの運命が、激しく火花を散らし始めようとしていました。
聖域を後にしたカイル・ヴァン・ブライトは、愛馬を飛ばし、夕闇に沈む王都の堅牢な城門を潜りました。彼が向かったのは騎士団詰所ではなく、国王陛下への直接拝謁が許される謁見の間、その奥にある軍議室でした。
そこには、威厳に満ちた王都騎士団長と、静かに炎を見つめる国王が待ち構えていました。
「帰還したか、カイル。聖域の調査報告を聞こう」
国王の重々しい声に、カイルは深々と膝をつき、淀みなく報告を始めました。
「陛下、団長。聖域において、禁忌の錬金術師パラケルススの出現を確認いたしました。奴は単独ではなく、失われた技術を背景に持つ巨大組織の一員として動いております。その組織の恐ろしさは、かつて隣国『エストーリア王国』を影から蝕み、一つの村を実験台として消滅せしめた非道な手口からも明白です」
「エストーリアの悲劇……。やはり、あの国を崩壊の淵へ追い落とした毒素が、我が国にも回っているということか」
騎士団長が忌々しげに顔を歪めます。カイルはさらに続けました。
「奴らの狙いは、聖域に眠る古代の理、あるいは高純度の魔力源であると推測されます。実際、パラケルススは既に聖域内で何らかの接触を試みております」
ここで騎士団長が、鋭い眼光で問いかけました。
「それで、パラケルススはどうなった? 奴の魔力は一軍に相当すると聞くが、貴公一人で退けたのか?」
カイルは一瞬、ギュンターたちの姿を思い浮かべましたが、彼らを公の政争や組織の標的にさらさぬよう、慎重に言葉を選びました。
「……幸いにも、先遣隊として動いていた腕利きの協力者たちがおりまして、彼らとの共闘によりパラケルススを一時撤退させました。奴の右腕を斬り落とす戦果を挙げております。協力者たちは、引き続き聖域の監視を志願しており、表に出ることは望んでおりません」
「……左様か。名もなき勇士たちがこの国を救ったというわけだな」
国王はカイルの報告の行間を読み取るように頷きました。カイルがギュンターたちの情報を最小限に留めたのは、彼らの静かな修行の日々と、あの特異な力を国家の管理下に置かせないための配慮でした。
「団長、カイルの報告を重く受け止め、国境付近および主要都市の魔力共鳴波を徹底的に監視せよ。エストーリアの二の舞は演じさせぬ」
「御意!」
軍議が解散した後、カイルは一人、夜風の吹くテラスで聖域の方角を見つめました。ギュンターが語った「効率的な弱点」の解析。それが果たして、組織という巨大な津波を押し止める堤防となり得るのか。
「ギュンター殿……あとは頼みましたよ」
カイルは小さく呟き、自らの腰にあるアーミーアントの防具を強く締め直しました。王都が組織への警戒に動き出す中、聖域では少年と三人の戦女神が、運命の決戦に向けて牙を研いでいました。
聖域の静寂を破り、三度現れたパラケルススは、失った右腕に代わる禍々しい銀の義手、そして左腕をも強化した異様な姿で立ちはだかりました。その隣には、周囲の空気を歪めるほどの熱気を放つ男が並んでいます。
「紹介しよう。我が組織が誇る火魔法の至極、『爆炎のイグニス』だ。前回の屈辱、その命で購ってもらうぞ」
パラケルススが哄笑を上げ、イグニスと名乗った男が指先を鳴らした瞬間、周囲一帯が火の海へと変貌しようとしました。しかし、ギュンターの厳しい修行を経て、自在型へと進化した四人に動揺はありません。
「効率的ではないですね。熱源の遮断を開始します。セーラさん、お願いします」
ギュンターの冷徹な指示が飛ぶと同時に、抜群のプロポーションを誇るセーラが神速で踏み出しました。『アクセル』によって加速された彼女の動きは、火魔法の達人であるイグニスの動体視力さえも置き去りにします。
「火遊びが過ぎるよ。少し冷えな!」
セーラが放ったのは、圧縮された水分子を操作する弾丸――『ウォーターバレット』。着弾した瞬間、水は生き物のように広がり、イグニスの全身を包み込む強固な水牢へと変化しました。
「な……馬鹿な、俺の炎が、内側から押し殺される……!?」
火魔法を放とうとする魔力の循環そのものを水圧で拘束する、精密な捕縛術。イグニスは身動き一つ取れず、自慢の炎を燻らせたまま地面に組み伏せられました。
一方、パラケルススは背後の鋼の剣を操ろうとしましたが、そこに170cmを超える長身のルナが立ちはだかりました。その隙を見逃さず、セーラが再び地を蹴ります。
「――二度目、いえ、三度目だね、パラケルスス!」
鋭い斬撃が二度。パラケルススが誇る最新鋭の右手、そして左手の義手が、接合部から鮮血と共に宙を舞いました。錬金術の起点となる両腕を失い、彼は絶叫を上げます。
「あ、あああ……私の、私の最高傑作が……ッ!!」
その際、パラケルススが放った自爆用の錬成陣が爆発し、破片がルナの肩をかすめました。鮮血が舞いますが、控えていたエルナが即座に杖を掲げます。
「『ヒールバレット』!」
着弾した光の弾丸が瞬時にルナの細胞を活性化させ、傷跡すら残さず完治させました。170cmを超えるルナは、痛みなど無かったかのように静かに武器を構え直します。
しかし、両腕を失い絶望の淵にいたはずのパラケルススは、その瞬間に足元の影から予備の転移触媒を起動させました。
「おのれ……この私をここまで貶めるとは! 覚えていろ、次こそは貴様らの全てを灰にしてくれる!」
「逃がしません」
ギュンターが『ダークバレット』を放ちましたが、パラケルススは自身の胸部に埋め込まれた緊急脱出用の錬成陣を強制爆破。その衝撃を推進力に変え、空間の歪みの中へとその身を投げ込み、またしても姿をくらませました。
後に残されたのは、水牢に閉じ込められたまま絶望するイグニスと、切断された二本の義手だけでした。
「……執念深いですね。ですが、逃走の際に彼の魔力の残滓を完全に捕捉しました。次は逃げ場などありません」
ギュンターは冷徹な瞳で空間の裂け目を見つめ、静かに次の策を練り始めました。
聖域の空に冷たい月が昇る頃、森の向こうから地響きのような跫音が聞こえてきました。王都騎士団副長カイル・ヴァン・ブライトが、約束通り王国の精鋭騎士団と魔導師団、総勢五百名を引き連れて帰還したのです。
「カイル殿、時間通りですね」
ギュンターは、拠点の広場で彼らを迎えました。その足元には、セーラの『ウォーターバレット』によって魔力を封じられ、さらにギュンターの『バインドバレット』と『アイスプリズン(氷の牢獄)』によって物理的にも概念的にも完全に身動きを封じられた「爆炎のイグニス」が転がっていました。
「報告します。パラケルススが再来しました。今度はこの火魔法の達人、イグニスを伴っていましたが、既に無力化しています」
ギュンターの淡々とした報告に、カイルは絶句しました。後ろに控える五百人の兵士たちからも、どよめきが上がります。王国を揺るがしかねない「爆炎のイグニス」が、まるで氷漬けの剥製のように無様に横たわっているからです。
「……信じられん。あのイグニスを、怪我一つなく捕縛したというのか」
「ルナさんが多少の掠り傷を負いましたが、エルナさんの『ヒールバレット』で完治済みです。効率的に制圧できました」
170cmを超える長身のルナとエルナは、カイルの視線に静かに頷きました。抜群のプロポーションを誇るセーラも、腰に手を当てて余裕の笑みを浮かべています。彼女たちの放つオーラは、五百人の精鋭を前にしてもなお、圧倒的な強者のそれでした。
「イグニスを引き渡します。アイスプリズンは外部からの魔力干渉を遮断するよう構築してありますので、そのまま王都の地下牢へ運んでください」
カイルは頷き、魔導師団に命じて重厳な拘束陣を重ねがけさせた上で、イグニスを移送させました。そしてギュンターは、懐から一枚の結晶体を取り出しました。
「本題です。先ほど逃走したパラケルススの両腕を再び切り落とし、その際に彼の魔力残滓を完全に捕捉しました。これを解析した結果、奴らの組織『ヘルメス・トリスメギストス』の拠点の正確な位置を特定しました」
ギュンターが結晶に魔力を通すと、空中に立体的な地図が浮かび上がりました。それは、エストーリア王国との国境近く、険しい断崖に隠された古代遺跡の座標を示していました。
「奴らはここで、さらなる非道な実験を続けています。カイル殿、騎士団による包囲網の形成をお願いします。僕たちは……効率的に、正面から潜入し、組織の心臓部を叩きます」
カイルは、ギュンターの冷徹かつ正確な戦術眼に、もはや驚きを通り越して深い信頼を寄せました。
「承知した。これより五百の兵を再編し、陽動と包囲を開始する。……ギュンター殿、そして三人の女神たちよ。エストーリアの悲劇をここで終わらせよう」
王国の正規軍と、聖域で進化した最強の四人。ついに、大陸を蝕む闇の組織への反撃の火蓋が切られました。
断崖の古代遺跡に築かれた組織「ヘルメス・トリスメギストス」の本拠地。かつてエストーリア王国を影から支配しようとしたその禁忌の聖域も、今や騎士団五百名の包囲網と、四人の魔法戦士の圧倒的な実力の前に、その威容を失いつつありました。
「効率的に、中心核へ進みます」
ギュンターの冷徹な号令と共に、四人は遺跡の深部へと足を踏み入れました。通路の奥から、パラケルススが心血を注いで錬成した異形のキメラ――複数の魔物を継ぎ接ぎした人造の獣が、咆哮を上げて襲いかかってきます。しかし、ギュンターは歩みを止めることすらありません。
「『ダークバレット』」
放たれた漆黒の弾丸がキメラの眉間に着弾した瞬間、爆発も衝撃もなく、その巨躯は霧が晴れるように「無」へと消し飛んだ。存在そのものを闇に返す一撃の前に、禁忌の被造物は塵一つ残さず消滅しました。
さらに奥、組織が誇る三人の強者――水、風、土の魔法を極めた幹部たちが、防衛線として立ち塞がりました。
「ここを通すわけにはいかない! 物質の真理を、貴様らのような……っ!」
激越な魔力の奔流が四人を襲いますが、セーラ、ルナ、エルナの三人は既に『自在型』として完成されていました。
「無駄だよ。あたしたちの地力を舐めないでね」
抜群のプロポーションを誇るセーラが神速の『アクセル』で風を切り裂き、水魔法の使い手を『ウォーターバレット』による逆干渉で封じ込めました。続いて170cmを超える長身のルナが、土魔法の盾を生成して敵の攻撃を完璧に防ぎつつ、氷の『アイスプリズン』で土の強者を物理的に凍結・固定。仕上げにエルナが、風の使い手の魔力回路を『バインドバレット』の影の鎖で内側から捕縛し、三人の強者は一分と経たず、無残に地面へ這いつくばらされました。
最奥の玉座の間。そこには、逃げ帰ったものの両腕を失い、もはや自力で錬成陣を描くことすらできないパラケルススの無様な姿がありました。
「あ、ありえん……。我が組織の英知が、たった四人の子供と女に……ッ!」
「英知ではなく、ただの執着ですね」
ギュンターは冷たく言い放ち、パラケルススの全身を『バインドバレット』で完全に無力化。拘束された彼は、もはや蛇に睨まれた蛙のように震えることしかできません。
後を追って突入してきたカイルが、その光景を見て静かに剣を納めました。
「……見事だ。ギュンター殿、これより我ら騎士団が経営幹部全員を拘束し、この遺跡を封鎖する。エストーリアの悲劇を繰り返そうとしたこの組織、今日をもって地上から消滅させよう」
「お願いします、カイル殿。機密資料と残された魔石は、悪用されないよう僕が回収し、適切に処理します」
王都騎士団による一斉検挙が始まり、歴史の裏側で暗躍した「ヘルメス・トリスメギストス」は、その全容を白日の下に晒され、崩壊しました。
戦いを終えた三人の女神たちは、夕闇が差し込む遺跡の出口で、ようやく安堵の表情を見せました。
「終わったね、ギュンター。これで少しは、平和になるかな」
セーラの言葉に、ギュンターは手にした古文書をアイテムボックスに収めながら、静かに答えました。
「効率的にリスクは排除できました。ですが、世界にはまだ解析すべき『理』が溢れています。……まずは拠点に戻って、ゆっくりお茶でも淹れましょうか」
四人は、自分たちを賞賛する騎士たちの列を抜け、静かに、しかし確かな強者の足取りで聖域の家へと帰路につきました。
「ヘルメス・トリスメギストス」の本拠地であった古代遺跡の最奥。静寂が戻った空間で、ギュンターは捕縛した風魔法の強者が遺した魔力回路の残滓を、じっと見つめていました。
これまで、ギュンターは火、水、土、光、闇という主要な属性を効率的に習得し、独自の術式へと昇華させてきました。しかし、唯一「風」の属性だけは、その流動的で掴みどころのない性質ゆえに、完璧な解析に至っていませんでした。
「……なるほど。空気の振動ではなく、空間の『疎密』を操作する。これが風魔法の真髄ですか」
ギュンターの瞳に青白い解析光が宿ります。捕縛された風の幹部が放っていた術理を、彼は脳内の演算領域で瞬時に分解、再構成していきました。分子レベルでの大気操作、そして気圧差を利用した真空刃の生成。
「解析終了。効率的に、風の術式を構築しました」
ギュンターが指先を小さく振ると、周囲の空気が一変しました。鋭利な真空の刃が音もなく壁の石材を両断し、直後、柔らかな微風となって三人の女神たちの髪を揺らしました。
「すごい……。ギュンター、一瞬で風まで自分のものにしちゃったのかい?」
抜群のプロポーションを誇るセーラが、驚きと共にその風を掌で受け止めました。170cmを超える長身のルナとエルナも、神々しい美貌を驚愕に染めています。
「皆さんにも共有します。風属性を組み込むことで、これまでの魔法の射程と速度、そして『自在型』としての機動力が飛躍的に向上します」
ギュンターは三人に歩み寄り、その額にそっと指先を触れました。膨大な風の術式データが、彼女たちの魔力回路へと直接転送されていきます。
「……解るわ。気流を読むことで、敵の攻撃を紙一重で回避するだけでなく、自分の放つ弾丸の弾道を空中で補正できる」
ルナが杖を振ると、その周囲に透明な風の防壁が展開されました。エルナもまた、足元に小さな竜巻を発生させ、重力を無視したような軽やかな跳躍を見せます。
「『アクセル』に風の推進力を上書きしてください。摩擦抵抗をゼロにすれば、セーラさんの速度はさらに一段階上の領域に到達します」
「……やってみるよ。これなら、もう誰にも追いつかせないさ」
セーラが不敵に微笑むと、その全身から黄金の魔力と透明な風の衣が溢れ出しました。
五つの属性、そして光と闇。全属性を手中に収めた四人の魔法戦士は、もはや一つの国家の軍事力を凌駕する、完全なる「個」の集合体へと至りました。
「さあ、拠点に戻りましょう。この風の力を馴染ませるための、新しい訓練メニューを考案しましたから」
ギュンターの丁寧な、しかし逃げ場のない言葉に、三人は苦笑しながらも、その頼もしい背中を追いました。組織を潰し、風を手に入れた彼らの前には、もはや遮るものなど何一つ存在しませんでした。
組織の本拠地から回収した膨大な魔道資料。そこには、パラケルススたちが禁忌として隠匿していた古代の術理が記されていました。ギュンターは拠点に戻るなり、それらを効率的に精査し、一つの術式に目を止めました。
「……重力干渉の基礎術式『レビテーション』。単に浮かぶだけの稚拙な構成ですが、これに先ほど習得した風魔法の指向性を組み込めば、実戦レベルの機動力に昇華できます」
ギュンターは工房の結界内で、自身の魔力回路を調整しました。重力を相殺する波動に、高密度の気流による推進力を同期させる。慣性中和の術式を核に据えることで、急激な加減速による肉体への負担を最小限に抑える構成です。
「解析、および統合を終了しました。……『飛行魔法』として確立します」
ギュンターが小さく指を弾くと、彼の体は矢のような速さで工房の天井近くまで上昇し、そこから重力を無視した鋭い旋回を見せました。
「皆さん、集まってください。新しい術式を共有します」
広場に集まった三人の女神たち。抜群のプロポーションを誇るセーラ、そして170cmを超える長身のルナとエルナは、宙に静止するギュンターを見上げて目を見張りました。
「……浮かんでいるだけじゃない。まるで空そのものを支配しているみたいだね」
セーラが感嘆の声を漏らすと、ギュンターは静かに舞い降り、三人の魔力回路へ直接データを転送しました。
「授けました。風の魔力で気圧差を生み出し、浮力と推進力を制御してください。慣性中和の術式も組み込んでありますから、空中での急な方向転換も可能です」
三人は即座に術式を起動しました。
最初に空を掴んだのはセーラでした。黄金の魔力に透明な風を纏い、彼女は一気に上空へと駆け上がりました。170cmを超えるルナとエルナも、神々しい肢体を躍動させ、白銀と黄金の光の尾を引いて大空へと躍り出ます。
「すごい……! 世界が、あんなに低く見えるわ!」
「これなら、地上に縛られず、あらゆる角度から敵を制圧できますね、ギュンター様!」
雲を切り裂き、自在に空を舞う三人の姿は、まさに天から舞い降りた戦女神そのものでした。超美人と呼ぶに相応しい彼女たちの貌には、全属性を制し、ついに「空」までも手中に収めたという確かな自信が溢れています。
「……良好です。これで移動と戦闘の効率は飛躍的に向上しました。地上という二次元の制約に縛られる段階は、今日で終わりです」
ギュンターは地上で古文書をめくり、空を舞う三人を見上げながら、次なる訓練の指針を示しました。
「飛行魔法を維持しながらの武器錬成、および空中での高速スイッチを行います。皆さん、準備ができ次第、高度を維持したまま模擬戦を開始してください」
空から舞い降りた三人は、鋭い眼光で頷きました。四人の魔法戦士は、新たに手にした「翼」を羽ばたかせ、圧倒的な強者としての地位をさらに確固たるものにしていきました。
組織「ヘルメス・トリスメギストス」の壊滅から数日。聖域の拠点に、王都騎士団副長カイルからの連絡が入りました。彼は、戦果に対する王国からの破格の「報酬」の知らせを携えていました。
「ギュンター殿、セーラ殿。そしてルナ殿、エルナ殿。陛下は今回の貴殿ら四人の功績を、国家の危機を救った英雄として高く評価されています。つきましては、四人全員に叙爵の打診……つまり、貴族の位を授けたいとの意向を示されています」
カイルの声には、深い敬意が込められていました。一介の冒険者や協力者が、四人揃って貴族に列せられるなど、王国の歴史でも前例のない快挙です。
170cmを超える長身のルナとエルナ、そして抜群のプロポーションを誇るセーラは、思わず顔を見合わせました。かつてエストーリア王国で組織の影に怯えていた二人は、今や救国を成し遂げ、一国の貴族として迎えられようとしているのです。
「……あたしたち四人全員に、か。陛下も随分と思い切ったことを考えるね」
セーラが驚きを口にしましたが、ギュンターは手元の魔導書から目を離すことなく、冷淡なほど落ち着いた声で答えました。
「効率的ではありません。カイル殿、そのお話は固辞させていただきます」
「……何だと? ギュンター殿、これは名誉だけの話ではない。貴族の特権があれば、魔導の研究もより円滑に進むはずだ。なぜ断る?」
カイルの問いに、ギュンターは静かに本を閉じ、彼を真っ直ぐに見つめました。
「爵位を得れば、僕は王国の法と儀礼に縛られることになります。社交、政争、そして義務としての軍事協力。それらは僕が『世界の理』を解析するための時間を著しく奪うノイズでしかありません。僕の目的は権力ではなく、真理への到達です」
丁寧な敬語ながら、その意志は鋼のように強固でした。ギュンターにとって、爵位や領地は研究の邪魔になる足枷に過ぎないのです。
「セーラさん、ルナさん、エルナさん。皆さんはどうしますか? 望むなら僕は止めません。爵位を受け、王都で安定した地位を得るのも一つの選択肢です」
ギュンターの問いに、セーラは不敵に笑い、170cmを超えるルナとエルナもまた、晴れやかな表情で首を振りました。
「あたしが窮屈なドレスを着て、お偉いさんに頭を下げるなんて無理だよ。あたしはあんたの『護衛』だ。空を飛べるようになった今、領地に縛られるつもりはないね」
「……私たちも同じです、ギュンター様。エストーリアで居場所を失った私たちを救い、戦う術を教えてくれたのは、あなたです。私たちは、あなたの隣で研鑽を積む道を選びます」
ルナとエルナの言葉には、迷いなど微塵もありませんでした。名誉よりも、ギュンターと共に歩む修行の日々に、彼女たちは真の価値を見出していたのです。
「……左様か。四人揃って辞退とは、陛下も驚かれるだろう。だが、貴殿ららしい答えだ」
カイルは残念そうに、しかしどこか誇らしげに頷きました。
「感謝します、カイル殿。報酬として頂けるのであれば、爵位ではなく、王立図書館の禁書庫への閲覧許可をいただけると、非常に効率的で助かります」
「ははは、最後まで徹底しているな。承知した、そのように計らおう」
名誉よりも実利を、権力よりも真理を。四人の魔法戦士は、王国の誘いすらも風のように受け流し、再び静かな、しかし苛烈な修行と探究の日々へと戻っていきました。




